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10 赤髪の猫を躾ける






「失礼ですが……」


 そう口を開いたのは、審判を買って出た、王子風の美男子。帝国なので王子なんて隣の国まで行く必要があるが、とにかく首のあたりまである金髪を風にそよがせる優男騎士のテオドールさんだ。


「なにか?」

 一生懸命、作り笑顔で媚を作る。イケメン万歳。顔がいいっていうだけで依怙贔屓の理由になる。

 私はカワイイ系が大好きだが、王道のイケメンもイケる口だ。誰だってそうでしょう?


「貴女の実力の程は知りませんが、いくらなんでもそれは無謀というものです」

 私の百万ドルの笑顔に、しかしテオドールさんは少し厳しいお顔になっていた。


 なんだ百万ドルって? ドル?


「ジークフリート様はこの帝都で一番大きな剣道場で、同年代で最も優れた剣を持っています。もちろん、貴女の体の所作を見れば、腕に自信があるのも分かっていますが」

 私の心のうちに浮かんだ違和感を、テオドールさんは疑問と誤解したらしい。


 しかし、ふーん。ジーク坊っちゃんはそんなに強いのか。

 まぁ、六歳でこれだけ体が大きいと、それだけで圧倒できるのかもね。

 都会育ちのモヤシっ子相手ならそれで十分ってわけだ。


「うん。別に侮ってないですよ」

 私はテオドールさんの忠告を補足に加えても、やっぱり素手のまま、自然体で立ったままだ。


「しかし、私は剣の腕前が見たいんだが?」

 これはフィリップ様だ。


「もちろん、『剣の腕前』を見せればいいんですよね」

 とちょっと含みをもたせた答えを返す。


「ふ、ふ、ふ」

 笑っているのか。

 と思ってジーク坊っちゃんを見ると。


「ふざけんな! 剣も持たない女と勝負できるか!」

 どうやら怒りだったようだ。


 ホホホ。怒ると少し可愛いいわよ。


 私はフィリップ様に黙って視線を送る。

 宰相様は少し溜息をついて、

「ま、本人がそれでいいというなら構わないだろう」

「しかし……」

 まだ、躊躇しているテオドールさんは言いよどむが、


「六歳だろうが特待生試験を受けようとする者が彼我の実力も把握できないなら、この国に必要はない」

 と銀の宰相がピシャリと言うと、テオ様は諦めたように溜息をついた。


「しかし無理だと思ったらすぐに止めさせて頂きます」

「優しいんですね」

 語尾にハートをつけて返事をする。


 さてっと、


 ジーク坊っちゃんを見るとまだ素手の、しかも女の私と手合わせするのに納得が言っていないらしい。


 やれやれ、仕方ないわね。


 私はゴソゴソと足を上げる。


「?」

 不思議そうにそれを眺めるジークフリートの前で私は布靴スニーカーを脱いだ。


 爪先のアッパー部分を持ってスリッパでツッコミする時の様に両手に構える。

 あんまり乱暴にすると痛むからヤなんだけど、どうせ直してもらうつもりだからいいや。


「なんだそれ?」

 少し訝しげな顔でジーク坊っちゃんが訊くので、

「素手が嫌だって言うなら、この靴を武器に使ってあげるわよ。裸の皇子様」


 私の挑発に見る見るうちに顔が真っ赤に染まっていく。

 おーおー、簡単だなぁ。


「きっさまぁ!!」

 ジークフリートがブチ切れた様に、木剣を振り上げて、体当たりでもするような勢いで飛びかかってきた。


「おっ!」

 私はその身長に似合わない敏捷性アジリティに感心しながら、しかし冷静に観察する。少しくらいなら眺める余裕があった。


 なるほど、確かに王子騎士テオドールさんが言うだけあって身体能力は大したものだ。

 でも、こんな程度は先程の勝負を見ていたので驚くほどでもない。


 それどころか、実力もわからない相手に、怒りにかられて飛びかかるなんて、甘ちゃんもいいところだ。


 私はヒョイッと横に体を躱すと、態勢が流れたジークフリートの足を引っ掛けようと伸ばした自分の足を、しかし、直前で引っ込めた。

 代わりにガラ空き丸見えの後頭部に布靴スニーカーで一撃を加える。


 スパコーン! といい音がしたが、当然なんのダメージも物理的にはないだろう。

 本当は足を引っ掛けて転ばせてやろうかと思ったが、怪我をさせちゃ駄目だって言われてるしねぇ。


「て、て、てめぇ!」

 後頭部を抑えて振りかえったジークフリートの顔色は、真っ赤を通り越して蒼白になっている。

 ふーん、人って怒りすぎると青白くなるのねぇ。


 しかし、まだまだこんなもんじゃないぞ、ジークちゃん。


「頭のなかがカラッポだといい音がするわねぇ」

 ピコピコと布靴スニーカーを顔の前で揺らしてやると、ジーク坊っちゃんはまたワナワナと震えだした。


「こんのぉ!」

 怒りに我を忘れたのか、癇癪を起こしたジーク坊っちゃんは無茶苦茶に剣を振り回す。

 体が大きいだけあって、風切音は中々のものだ。当たらなければ意味が無いが。


「ほらほら、上半身だけで撃っているから、足元がまたお留守になってるわよ」

 私は布靴スニーカーで剣の腹を叩き側面へ逸らすと、すかさず硬直していたジークフリートの大腿骨をつま先、親指で蹴りつける。


「痛ってぇ!」


 太ももに激痛が走ったのだろう、ケンケンになって片手で蹴られた部分を抑えている。

 剣を手放さなかったのは褒めてあげるけど、まだ戦闘中よ?







「なるほど、外見に似合わず辛辣な女性レディのようですね」

 ポツリとテオドールさんが漏らす。


「なんだ? どういうことかな?」


 フィリップ様には分かっていないみたい。というか王子風騎士様テオドールさんはこれだけの手合わせでこちらの意図を察したらしい。この人もしかして顔と身分だけじゃなくて、剣の腕前も相当なものかもしれないわね。


 イケメンパワーか。


「言ったとおり『剣の腕前』を見せているのですよ。ただしジークフリート様の剣の改善点を肉体的に指摘するという方法で、ですが」


 ビンゴ!


「ふむ、そりゃ随分底意地の悪い子だな」


 ええい、何を言う。宰相様には言われたくない。多分絶対に性格の悪さなら敵わないわよ。

 それに賭けの条件である『実力差』を見せつつ、『怪我をさせない』となるとこうするしかないじゃない。


 おっと、そうこうしている内にジークフリートが痛みから回復したようだ。


 性懲りもなく、また馬鹿正直に工夫もなくかかってきたので、今度は避けもしなかった。

 私は右の布靴スニーカーで木剣を持った手首を打ち据え、剣を叩き落とすと、左の布靴スニーカーで往復ビンタを開始した。


 一度、二度……三度目でジーク坊っちゃんが掴みかかってきた。

 中々良い反応だ。


 私は両手の布靴スニーカーを放り捨てるとまずは右腕を下から突き上げるように掴み、左腕で反対の手を押しこむように下げさせる。

 そして体を相手の懐に入れる。

 そのまま足を引っ掛けてジーク坊っちゃんを背中に担ぎあげた。


 所謂「袖釣込腰」の完成だ。


 そのまま勢い良く前方の地面に向かって回転させ、背中から叩きつける……前に掴んだ両手を引き上げた。

 ジーク坊っちゃんは背中からではなく、見事に一回転して足から着地した。

 掴んでいた両手を離すとお尻を前蹴りで押すように蹴っ飛ばし、距離を空ける。


 ジーク坊っちゃんは自身の身に何が起こったのか分からずポカンとしていた。

 いきなり一回転させられたので意識がついていっていないのだろう。


 私は地面に転がる布靴スニーカーを脇に放り投げて場所を片付けると、木剣も拾いそれを図体だけは大きい少年に投げてよこす。


 今度は本当に素手になって、自然体で構える。






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