06 フィリップ様(仮)
驚く、というより、私は呆れてしまった。
「宰相ともあろうお人が、警護の者共も付けずにお一人で?」
「うん? いや、いるよ。さすがに彼らまで巻くのは無理だな」
「へえ、全くわかりませんね」
フィリップ様の言っているのは、見えないように影から警護している者達のことだろう。
私は周りを見渡して、警護官の姿を探したが、それらしい人物はいなかった。
「しかし、君はどうやら才能や美貌だけでなく、度胸もあるようだね」
「あら、ありがとう御座います。自称宰相のフィリップ様」
私がウフフと笑うと、彼もハハハと笑った。
フィリップ様(仮)は男の方にしてはやけに細い指を伸ばして、私のかぶっているフードを退けた。
「ああ、これは無作法をしていました」
私はフードを被ったままで対応していたことを謝った。
そう言えば隣同士で座ったままで良かったかしらと思ったが、これはいいだろうと思い返した。実際はどうあれ公爵家同士でこちらは淑女なわけだし。
「ほう」
フィリップ様(仮)はフードから開放されて風になびいた髪から顕になった私の顔を見て少し驚いたように嘆息した。
「噂はあてにならないというが、その言こそあてにならなかったな」
「噂ですか?」
「南方に美しく賢しい姫あり」
「ああ」
私は『きっちり』噂は伝聞していることが、あまり嬉しくはなかった。だって、
「その噂、続きがありましたね」
「とてもそうには思えないがね」
ただし、『短気で気に入らない者を打ち据える乱暴者』と続くのだ。
「あとは六歳とは思えないほど大人びているね」
「それもよく言われます」
「アイツと同い年とは思えないよ」
「アイツ?」
「アイツ」
フィリップ様(仮)は先程まで騒ぎを起こしていた赤髪の少年を指さした。
「たしかジークフリート・イツァーリ様と名乗っていらっしゃってましたね」
へぇ、六歳? それにしては随分大きいわね。オツムの方は確かに子供だけど。
私も六歳にしては背が高いほうだけど、彼はさらに頭ひとつ分ほど大きい。体つき自体は年齢が年齢だけにそれほどガッシリとしているわけではないが、上背はかなりある。百四十センチ弱ってところかな?
「そう。君と同じ歳で、『学園』の幼稚舎に通っているんだが、見ての通り問題児でね」
赤髪のジークフリート少年は五連勝したことに満足したのか、それともしていないのか少しキョロキョロして、何か面白いものがないか探している。しかしもう子どもたちの姿もほどんどない。
「君はあれを見てどう思った?」
「漠然としすぎていて答えにくいのですが」
「思いつく限り言ってごらん」
私は溜息を隠さずに吐いた。
これは推薦状の発行面接と考えていいのだろう。
こんなギリギリで推薦取り消しとかやめて欲しいが、相手はこの国一番の権力者だ。なんとでもなるだろう。損得考えて素直に答えとけばいいのだろうけど、私って自分に正直なので面倒くさいことってすぐに態度に出ちゃうのよね。
「そうですね。まず」
とはいえ支援者様なので致し方ない。
「最初に言ったとおり、この国の将来が心配になりますね」
「理由は? 乱暴者だからかい? しかし統治者が自分の力を示すのは悪いことではないよ」
「まさにそれだから、心配になります」
「ほう?」
「ジークフリート様に負けた子たちは誰も、本当の実力で負けたのではなく、この国一番の大貴族様の戯事に『負けてあげた』ことが、一目瞭然ですもの。しかも悪いことにジークフリート様本人はそれに気がついていない。力を示すと言ってもそれが舐められることになっては逆効果でしょう。おまけにここにいるのは未来の帝国を才能面で支える子たちですからね。初対面で面従腹背の人間関係が出来上がったんじゃ、致命的ではないですか?」
「ふむ。確かに宰相としては困ったことだね。おまけにあの子は少し特殊な立場だからね」
「特殊?」
「簡単にいえばあの子は未来の皇帝だよ」
「帝位継承順位はまだついてないですよね?」
「うん。十二歳になるまでは。しかし順位なんてものはあってないようなものだからね。昔は十歳以下でも帝位につくこともあったし。あの子は政治状況的に次でなくとも確実に席が回ってくる」
「そんなことを宰相様が公言していいんですか?」
「公然の事実だからね。だからこそこんな場所で喧嘩しても誰も文句も言えないんだけど」
「おやまあ」
「それで? 他に気がついたことは?」
「そこでしょうね。誰も文句が言えない。近しい中にも賛同者しかいない。大人でもそんな環境じゃ駄目になるものでしょう。信頼関係もない、自分を高めてくれる苦言を呈する人もいない。情操教育的には結構問題がある環境だと思いますけどね」
「そうなんだよなぁ。私も注意しているんだが、中々立場的に頻繁に会うわけにもいかないしさ」
「そんなに忙しいのでしたら、お仕事に戻られたほうがよろしいのでは?」
「ラウールみたいなこと言うなよ」
ラウールという名には聞き覚えがあった。治副司という領主の補佐官として数年前までウチの家にいたあのラウールだろう。彼は確か宰相の直属の部下から出向したと聞いていた。
「フィリップ様はジークフリート様と面識が? 確かお互いに領地は中央地方と西方で離れていましたよね?」
「よく知っているね。だが五大家の貴族なんて領地にほとんど帰らないしね。みんな公爵家の連中は帝都生まれの帝都育ちさ。君たちオヴリガン家やビスマルク家みたいに何百年も地元から出てこない方が珍しいよ」
「ああ、ビスマルク家」
私は何気なく相槌を打ったのだが、フィリップ様(仮)の顔色が初めて真剣な表情を見せた。




