第五十話 霊扇
「ちょっと、森場。手紙が届いてるわよ」
「ん?おう、悪いが受け取っといてくれ。たぶん、ようやっと動き出したんだろうさ」
けたたましい音を立ててヤくカンが鳴る。ガスを止めて、コップにお湯を注いでインスタントのコーヒーを淹れる。
一口啜り、居間の様子を伺ってみる。そこにはある時期以降、よく姿を見せるようになった木霊の姿があった。
木霊は手紙を一瞥し、その差し出し主を見るや俺に放り投げてくる。そのしかめっ面たるや、おそらく俺の予想通りだろう。
「どうだったい?例の家だろう?」
「想像してたんなら最初から言いなさいよ。てっきりあの子からかと思ったじゃない」
「それは無いだろ。少なくとも、彼らと関わりを持つ事は俺達の立場も危うくする」
「そんな事は分かっているわ。でも……自分の娘だもの。肩入れもしたくなるわ」
玄関の扉にもたれかかって顔を憂させる木霊。緑の長い髪も、瞳も、着ているタイトなワンピースも彼女の気分によってその色の深さを変える。
楽しい時は明るく、気分が暗い時はそれだけ色は濃く深くなる。
それが精霊。自然であり、世界の末端であり、未だその力を完全に把握出来ない妖しい存在。
「なあ、結局俺も知らないんだが、『半妖』ってのは要するに何なんだ?」
俺は投げ渡された手紙を指ではねる。投げ渡された手紙をじっくりと検分する。
何も仕掛けられていないか確かめる。勿論杞憂だろうが、何せ悪戯というのはあの家の十八番だからな。
「何って……名前の通りよ。半分人間で半分妖怪。妖怪の血が混じってはいるけれど『殆ど』人間。ただちょっと…あの子は特別だけど」
「ふーん。まあ、そうナイーブになるな。この手紙が来たって事は会えるはずだ。そう遠くないうちにな」
先ほど渡された手紙の差出人欄を見せる。そこには…『朱雀家より』
その筋では有名な、朱雀家からの直々の招待状。それは、波乱の幕開けを知らせる魔の手紙。
そう。遠くないうちに、全員が集合する。
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「また森か…」
人気の無い所となると真っ先に浮かぶのが森だから仕方ないが……沖縄の木々が密集する場所といえば精々が林の部類だ。
ではどうするか?簡単だ。その森を造って仕舞えば良い。
適当な林に入って敵に感知されないように結界を張る。誰も入れず、誰も出られない。形状は『森』、性質は『迷宮』、経路は『螺旋』、起点は俺。
「土花、結界は張った。あとは好きにやれるぞ」
「分かりました。では、あの人の相手は私がやります」
ヒソヒソ話で作戦を決める。依然として俺達の前を先導する男の背中はガラ空きだ。今なら奇襲が簡単に出来そうだが…
「奇襲しようとは考えないで下さいね。雷咼さんは気づいてないでしょうが……あの人、既に憑依済みです」
「はあ⁉︎」
「んあ?」
あまりの衝撃に大声が出る。…しまった、奴に気付かれた。奴の不思議そうな顔に余計に腹が立つ。
「ははあ、いつの間にか結界までこしらえて、ご苦労な事だ。だが、まあ通りでいつまで経っても木ばっかりな訳だな。…さて、そろそろやるかい?」
「よく喋る外国人だな。日本語もペラペラで、その癖日本で活動してるなんぞ馬鹿か勇者か…」
腹の底から笑いたいのを堪えるようにしてニヤける男の顔は、今すぐにでも動き出して暴れたい子供のようだ。これ以上の問答はあまり意味が無いだろう。
あとは…土花に任せる!
「それじゃあ、土花。あとは任せた」
「任されました」
「……」
両者一歩、ただ静かに開戦の狼煙を上げる。先に一撃を振るったのは、一瞬で間を詰めた土花だった。
今の俺でも視認するのが難しい程に、一歩目からトップスピードで間を詰めた土花の鋭い一撃が男の身体を左上がりに斬る。
「貰いました!」
「いや、まだダメだ」
刃と刃が重なる鋭い響き。
土花の斬撃は俺と鴉なんかよりも遥かに速い。神速の速さ、というのを俺は土花の斬撃で体感した気分だったのを今でも鮮明に思い出せる。…まあ、それと同時に初めて命の危機も体験したが。
そんな土花の斬撃を、男は鷹のように鋭く光らせた碧眼で確かに剣で受け止めていた。
「(ご主人、あの外国人の武器って…)」
「(西洋剣…なんでしょうか?)」
土花の刀を受け止めた男の武器は少なくとも、刀という形状ではない。
柄は包帯でグルグル巻きにしただけの簡素な物だ。だが、刀身はドス黒く、腐りかけの肉を塊にしたような嫌悪感を抱く大剣だ。
西洋剣と言えば形はよく似ているが、そんな見た目では剣かどうかも疑問が出る。
「仄かに出てる妖気…何なんですか?その剣は」
「さあな、君には関係無い事だよ!」
「 ‼︎ 」
「土花⁉︎」
ゴウ!という音を立てて土花の細い身体が此方に向かって飛んでくる。
片手で土花を受け止め、片手で持った刀を地面に刺して勢いを殺す。…が
「勢いが強すぎる⁉︎」
「(ご主人、コルも使って下さい!刀ではなく、『憑依する前』のように!)」
「憑依する前⁉︎」
両足と刀を刺した三つの支点でも止まらないこの衝撃。それを止め得る瞬間的な力を出せて、尚且つ憑依出来るようになる前に使ってた力?
「これで合ってるのかーーー‼︎」
力の限り叫んでコルの力を全て刀を握る手に集中する。
「『葛の式、雷華』!」
刀に雷撃を纏わせ、後方に向かって爆発させる。腕はコルによって強化され、刀は『雷華』によって推進力を増加させた。ここまで全力を尽くしてようやく、衝撃が緩和されてゆっくりと止まる。
土花も俺の腕を掴みながら、先ほどの衝撃に驚きを隠せずにいた。
「土花、大丈夫か⁉︎」
「ええ…、なんとか刀で受けられたので」
見ると、土花の刀の柄がひび割れている。土花の刀は柄が地面そのものを使って精製されている。故に替えが効くという利点があるが、壊れやすいというデメリットも存在しているのだ。
土花は俺から離れると割れた柄を再生させて再び男の元へと駆け出す。どうやら、俺に意識を割ける程余裕は無さそうだ。
「となると、ここから先は自分の身は自分で護らなきゃならないなわけだ」
「(ご主人、一度離れて観戦しましょう)
「(土花さんなら大丈夫です。おそらく、もう既にスイッチが入っているでしょうから)」
刀で受けたお陰でダメージはあまり無かったのだろう。確かな足取りで歩いている土花の左手には、先ほどまで無かった一本の扇子が握られていた。
樹海で初めて見た時は青かったのだが、樹海で見た物とは少し違って今の扇子は全くの無地だ。
「コン、コル、一応念のために『虎狐』の用意はしておいてくれ」
カチャリと鳴る刀を肩に担ぎ、俺は傍観の立場を取る。
土花の今の実力は俺からしても未知数だ。前よりは強くなったはずだが、それは奴の先ほどの馬鹿力に対抗出来るのか?
油断せず、気を緩めず、神経を最大限まで逆立てる。
遠目から見た土花の後ろ姿は自信に満ち、俺はその頼もしい姿に、まるでスポーツの試合を観るように精神を昂らせた。
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「『霊扇』を出してください、土蜘蛛」
今まで空だった左手に確かな手応えと共に無地の鉄扇が現れる。
一歩ずつ、一歩ずつ、再び男の人が静かに立っている場所に向かって進む。
「…転換」
たったその一言で、私の命の性質が変化する。人間から妖怪へ。
私の母から授かった妖怪の側面。土蜘蛛の角は変わらず、服は赤と白を基調とした露出の多くなった衣装へと。身体の造りは人間味を失い妖怪へと、目に見える変化として、私の耳は母ーワカナから受け継いだエルフ耳となった。
「先ほどの攻撃は驚きました」
再び向き合った男の人に正直な感想を述べる。その人はまるで、自慢の玩具を見せびらかすように大剣を振り回した。
「おう、俺も驚いたよ。あの一瞬で見た目がかなり変化したからな。……それが半妖って奴か」
ジャキっと音を立てて鉄扇を開く。中身は勿論、外装と同じで無地。一見すれば、何の意味があるかも分からない鉄扇。
「まだ、理解の半分です。皆が皆同じかは分かりませんが、私に関して言えば、その認識ではまだ半分です」
相手の目を見て、敵意をしっかりと向ける。
戦闘の前段階。
「そうかい。なら、なるべく多くその手札を晒してくれ!」
戦闘開始。
まずは大剣の剛力が私に牙を剥く。
上から下へ、下から上へ。大剣らしい、力任せの重い一撃を細い土蜘蛛の刀で受ける。
大剣の戦い方は基本的には振り下ろしを軸にした力任せの叩き斬るパラースタイル。対して私達の持つ日本刀は速さと斬れ味を重視した小回りの効くスピードスタイル。
本来、この2つが真正面からぶつかればスピードスタイルである日本刀は歯が立たない。相手の圧倒的な力に刀が折れかねないからだ。
「(土蜘蛛の刀が折れるという事はつまり…その妖怪の死を意味する)」
剛力から繰り出される剣圧の嵐を的確に避け続けながら、私の頭は勝利へと向かう為の道筋を作る。
勝利へ向かう為の出発点とそこに帰結する為の到着地点を設定し、必要最低限の作戦を練る。
「力で攻めてくるのならまずは…!」
振り下ろされた大剣の力を刀で受け、その勢いを利用して背後に回る。完全に振り下ろされた剣を引き返して私に反撃するまでに…おそらく二秒。
「しっ!」
横一文字。ガラ空きの背中に感情を乗せない必殺の一撃を浴びせる。
「甘い!」
虚空から現れた二本目の大剣が私の刀を阻害する。その大剣もまた、不気味なオーラを纏った生々しい剣。身の丈もある大剣を二本も持っているのは、正直驚いた。
「まだ持ってたんですね」
「まあね。君のような洗練された動きをする人間には、こういう隠し玉の一つや二つ用意しとかないと…ね!」
一本目の大剣を水平に振り回す。伏せて避け、私は刀を引いて一度距離を取った。
「二本の大剣。今まで両手で握っていたものを片手に変える、という事は単純に見れば力が半減するという事。…でも」
もしも、アレが本来の姿なのだとしたら?雷咼さんのように、二刀流が本来の戦い方なのだとしたら、今のままでは太刀打ち出来ない。
少なくとも、刀一本では……。
「行くぞ、お嬢ちゃん!その刀を折って、この剣の錆になりな!」
勝利を確信した顔で、その人は突進する。
大剣二本を軽々と持って、まったく影響を感じさせない速さで、私に迫る。
まずは一歩…
「Install…」
鉄扇を開き、妖力を流し込む。
次に二歩…
「Reproduce…」
無地だった鉄扇に色がつく。その色は…青。
更に一歩。これで、私との距離はあと二歩にまで狭まる。
「Release!」
限界まで広げた鉄扇を、上から下へと力一杯振り抜く。
その瞬間、鉄扇が通った場所から水の矢が産まれ、向かっていた男の人に射出された。
「なに⁉︎」
驚愕に染まった顔で、相手は急ブレーキをかけて左手に持っていた大剣を盾にする。西洋剣は刀身の幅が広い。故に、攻防両方を同時にこなそうと思えばこなせてしまう。…それが、自身の身の丈以上ならば尚更!
「くそっ!こんな目くらましで!」
「その目くらましが、詰みの一手です!」
私は射出されて襲いかかっている水の矢に続くように、鉄扇を振るって更に矢を量産しながら敵に迫る。
そう、勝負では小さな力も馬鹿には出来ない。水の矢自体には大した威力は無くとも、その速さと貫通力は動きを鈍らせる。
「これが最初の隠し玉、『霊扇』の力の一端です!」
「はっ!それがどうした。まだ右手が残ってる!」
大剣の盾に間近まで接近された事に気付いたのだろう。敵は大剣の盾から半身だけ出して右手を横薙ぎに振るってくる。
敵の狙いは、私の首。私はそれを、『霊扇』を振り上げて叩きつけることで大剣の軌道をズラす。
虚しく私の頭上を通過した大剣を確認して、タメ無しの突きを盾から出ている半身へと繰り出し……寸止めする。
「……どういうつもりだ?」
「言ったはずです。『詰みの一手』だと」
「俺を見逃すとでも言うつもりか?俺は君らの因縁の相手の使者だぞ?」
「だからこそです。もう一度言いますが、私は本来あなた達とは『関わりすらしたくない』のです」
「甘っちょろいな」
切っ先を離して、『霊扇』を閉じる。
戦闘終了の合図。
視界が捻じ曲がり、世界の様相が変わっていく。おそらく、雷咼さんが結界を解いたのだ。
「では、私達はこれで失礼します。証拠関連なら、見つけられませんでしたから安心して下さい。これ以上何もしなければ、私達もこれ以上は関与しませんから」
背中を向けて、警戒を解いて雷咼さんが手を振っている場所へと向かう。
結界が完全に解除されるには、まだ少し時間がかかるだろう。結界が解けたら憑依を解いて…それから…
「おい!お嬢ちゃん」
不意に呼び止められ、私は立ち止まる。
そこには大剣を仕舞い、既に殺意も敵意も無いただの外国人が立っていた。
「お嬢ちゃん、悪いが俺達にもまだやる事があるんでな、大人しくしてるわけにはいかないんだ。だが、確かに約束しよう。三日間、俺達は動かない。それまでに、この地から去るか、はたまた俺達を殺せ。……以上だ」
「それは、どういう…」
事ですか、と私が問い質す前に、それだけを言い切ったその外国人は不敵に笑って消えた。
文字通り、煙のようにその場から姿を消してしまった。
結界が完全に解けて、森ではなく林となったその場所で、私はただ立ち尽くす。彼が残した最後の笑みと、胸に残る小さな違和感の正体を掴めずに。
「土花?」
いつの間に隣にいたのか、憑依を解いた雷咼さんが私の顔を覗き込んでいた。
胸の中で騒つくこの感覚と、解けない問題を前にしたようなもどかしさが探求の欲求を掻き立てる。
「雷咼さん……」
「どうした?」
「いえ…、今は、何でもありません」
問いたい。でも、何を問えばいいのか分からない。
私は結局、矛盾した返答しか出来なかった。
少し離れた所で車の走る音がする。釈然としない部分はあるけれど、時間はもうすぐ集合時間。
私は納得していない部分を残してつつも、雷咼さんと共に、ホテルへと戻っていった。
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「いや〜、単純な技量だけで切り抜けられて良かったのですよ」
「我が主も伊達にあの歳で刀を握ってはおりませんからね。持ち前の判断力と俊敏性、そして新たに手に入れた『霊扇』の賜物ですな」
もしもの時の為に土花の中に入っていたわたしは、そこで知り合った土蜘蛛さんと話をしていた。
もしもの時の妖力のドーピング用、という事で中に入りましたが、正直そんな物は必要無い程にあっさりと勝負が着いてしまったので、内心不完全燃焼なのです。
そんな時、この土蜘蛛さんと知り合ったのですが……
「実体の無い妖怪なんて久し振りに見たのですよ。てっきり、絶滅したと思っていたです」
「これでも大妖怪なのでね。そう簡単には死ねませんよ」
ニヒルに気取った仕草で、手近にあった木の枝を掴んで振り回し始める土蜘蛛さん。
元々、実体の無い妖怪は外の世界を知る術が無いだけに宿主の中にいる時は架空の世界をでっち上げてそこに居るはずなのです。
わたしのように、実体の持つ妖怪は生まれた場所や、思い出の場所、印象に特に残っている場所などが宿主の中にいる時は具現化する。しかし、この妖怪は珍しく、そんな心象世界を持っていなかった。
その結果、今わたし達がいるこの場所はわたしの生まれた、今は無き沼地を模っている。
仮初めとはいえ生まれ故郷、一泳ぎもしたくなる。土蜘蛛さんは沼の縁に腰掛け、わたしは沼の中をゆっくりと泳いでいた。
「それにしても、まさか奴にこんな所で会えるとは思っていなかったのです」
「お知り合いの方だったんですか?ルイ殿」
「マスターを襲ってきた奴らの仲間なのです」
あの日、悪魔みたいなあの妖怪にマスターが襲われた時、確かに近くで傍観していた者達の一人が、あの男なのです。
正直、土花がアイツを逃したのには非常に納得いかないのです。が、今ここでアイツを土花に殺してもらっても、マスターの居場所は分からない。
「本当に、奴らとまた会えるのですね?土蜘蛛さん」
「まず、間違いないかと。どのみち彼らとは、会って戦わねばならない運命ですから。今はその時ではないと思いますので、どうか堪えてください」
紳士的な態度で接する大妖怪。
土蜘蛛の噂はわたしもよく知っているのです。蜘蛛の形はしていても、その正体は無残な死を遂げたある一族の集合体。その頭を張っているのが…今目の前で木の枝を振り回している青年。……イメージが根元から崩れ去りそうなのです。
「それよりも、我が主はあなた達に『霊扇』についてどれほどご報告したですか?」
枝を振り回していた手を止め、急に真剣な表情をして青年が聞いてくる。
だが、良い機会です。
おそらく、あの力についてはまだ誰も具体的には知らない。それが何か意図があるのか、はたまた現実を見るのが怖いのか。
「わたしも気にはなっていたのです。あの扇子、妖力を流した時に彼女とは違う力を感じたのです」
「鋭いお嬢さんだ。…仕方ない。我々が話そう。………『霊扇』とは彼女の母、木霊の血が生み出した青田 土花という妖怪の力。君の『地震操作』と同じようなものだ。だが、やはり元が人間だから、真正の妖怪のように媒介無しでとはいかないようだ」
「つまり、あの扇子が土花の能力なのです?」
「ええ、強いて言うなら『能力貯蔵』といった所ですか」
これまたチートも甚だしいのです!
妖怪の血を半分しか持っていないにも関わらず、媒体一つでそれ程とは。
「まあ、対象の妖怪と憑依していない時にはとある事情で精々50パーセント程しか出力は出ませんがね」
50パーセントだとしても、多種多用な妖怪の能力を保持などしていれば、それは驚異でしかない。爆発現場の探査中に話していた内容ーー憑依の限界の一歩手前までいけばもはや手がつけられない怪物となる。
「憑依の限界がなければ一人で一個師団を超えているのです……」
「ああ、それですがね。彼女に憑依の限界はありませんよ。彼女の母親のお陰で…ね」
「母親…木霊です?しかし、それ程強い力を持った妖怪ではないはずです。むしろ、たった一人では何も出来ない、集合体にならねば自然と消えてしまいそうな程の弱い妖怪のはずです」
酷い言いようかもしれないが、それは事実です。
日本での木霊の扱いは沢山の小さな精霊が山に住んでいる、といった程度の弱い認識でしかない。
妖怪は、語られなければ力を得ず、語られなければ在りはしない。
人間の認識と噂の定着度。この二つは妖怪には非常に重要なファクターとなる。八百万の神がいるこの国では、木霊など紙切れ程の価値も持たないはずなのです。
「確かに、木霊は本来大きな力を持つ事は無い。ですが、それはこの国に限定した場合の時だけです。木霊は海外では俗に言う『フェアリー』に分類される。ではフェアリー、妖精の能力とは?」
「人間に与えるだけの役立たずの恩恵『加護創造』…です?」
「正解。本来なら与えるだけで自身には何も恩恵はありませんが、もしも、半分人間であれば?」
その人間としての部分に、恩恵を与えられる。それで得た力が、『能力貯蔵』。なるほど、日本ではなく海外の力ならば能力起動が和洋折中になっても不思議ではないのです。
では、憑依の無制限化というのも、恩恵で得た力という事なのです?
わたしの勝手な創造も土蜘蛛さんには筒抜けだったらしく、静かに首を振ってわたしの内心の仮定を否定する。
「憑依の制限が無いのは、単純に身体の造りが妖怪に似ているからです。憑依のプロセスを簡単に説明するなら……一生をかけて何かを供物として捧げる事で、身体の造りを変えて我々を受け入れやすくする。我が主は母親に会う事で『妖怪としての自分』を手に入れました。故に、身体の造りを変える必要はなく、供物を捧げる必要が無いという訳です」
人差し指をピンと立てて講義をするように語る大妖怪。
だが、彼は気付いているのだろうか?自分で掘った墓穴というものを。
『妖怪としての身体』を手に入れた、と彼は言った。ならば、どうして彼は未だに『人間』に憑依しているのか?
「まさか、……青田 土花という少女って」
「それ以上はいけませんよ。それ以上は、彼女と会うのが気不味くなります」
不敵に笑う大妖怪の顔は、今度はわたしの仮定を否定してくれない。では、わたしの仮定が正しいならば……
「マスター、もしもこれが必然というならば、マスターが襲われたあの日の襲撃は…」
騒つく胸中に過る懐かしい顔。血に塗れた刀と変異したその姿、焼ける肉の匂いと斬られ倒され、折られた仲間達がいる。
あの日の出来事が仕組まれていたとしたら?
わたしがここに居る事が仕組まれていたのだとしたら?
それは………なんて最高の不幸なんでしょう。
カ 「『狐の事情の裏事情』のラジオコーナー〜」
セ 「……」
カ 「…ねえ、私だけにこれを押し付ける気かしら?」
セ 「そんな事を言われてものう。今日我が呼ばれた理由を考えれば当然ではないかの?」
カ 「『メインパーソナリティーのルイさんは現在沖縄にいますので参加出来ないからセレさん呼んどいたよ〜』って、笑顔で言われたわ。しかも今朝」
セ 「部屋の結界が解けたと思ったらいきなりドアの前にいたから正直焦ったわい」
カ 「あの作者、私達が置いて行かれたの絶対に馬鹿にしてるわね」
セ 「じゃろうのう」
カ 「まあ、アレに関しては終わったら問い質すから問題無いわ。それより、ちゃんと仕事しましょう。一応、ラジオだし」
セ 「とはいえ、何をするのじゃ?お題などが別段あるわけでもないじゃろ?」
カ 「その件については大丈夫よ。お題は前もって聞いておいたわ。ずばり…『各メンバーのプロフィール紹介』よ!」
セ 「そういえば、あまり詳しい事は知られていないのう?しかし、流石に全員分やるのはツライじゃろ?」
カ 「ええ。だから、今回はライカとツチカ。この二人についての紹介ね。何回か分けてやるそうよ」
セ 「なるほどのう。…まあ、おそらく全員分終わる頃には年が明けておるじゃろうな」
カ 「細かい事は気にしない事ね。では、まずはライカから。『名前、赤原 雷咼。年齢は現在17で誕生日は11月3日。身長172』。これが自己申告のプロフィールみたいね」
セ 「まあ、あの小僧はこんな時に嘘は吐かんじゃろ。我が知っている限りで補足するならば、クラスでの立ち位置は中立といった所じゃな。誰とも関わらぬわけではなく、かと言って積極的に関わるでもない。まあ、らしいと言えばらしいのう」
カ 「まあ、ライカの事をこんなに細かく知りたがる人間はあまりいないでしょ。主人公っていうのは、大概がそんな感じだし」
セ 「うむ、我もどちらかと言うと小娘の方が気になるのう。真の申告をしておるか気になるわい」
カ 「流石に大丈……夫でもないわね。明らかな詐称があるわ。『青田 土花、身長は147で歳は14。誕生日は4月3日。趣味は家事と刑事ドラマを観る事』。ここまでは良いけど……任意で書いたスリーサイズが明らかに詐称ね」
セ 「女としては当然と言えば当然じゃの」
カ 「胸の前で腕を組んで頷かないでくれるかしら?なんか、嫌味にしか思えないわ」
セ 「なんなら少し触ってみるかの?」
カ 「斬り落とすわよ」
セ 「はっはっは、冗談じゃよ!しかし、この二人の出会い方を考えれば、なかなかに趣深いものを感じるのう」
カ 「ライカも、よく自分の命を取りに来た相手と暮らせるわね。……まあ、そこが良い所ではあるけれど」
セ 「むふ〜、どうしたのじゃ?少し赤くなっているようじゃが?」
カ 「うるさいわね!ほら、時間も迫ってきたし、そろそろ打ち切るわよ!」
セ 「結局グダグダじゃのう〜」
カ 「次のプロフィール紹介はセレとコンとコルでいくわ。それじゃ、また次回もお楽しみにね」
セ 「そういえば、次回もまた我なのかの?」
カ 「さあ?本人の前でのプロフィール紹介はないだろうから、別の誰かを連れてくるんじゃないかしら?」
セ 「ふむ〜」




