第三十七話 仙人の谷 (遭難編 第二部)
長らくお待たせして申し訳ありませんでした…。
とりあえず、本編をどうぞ。
ゴロゴロと鳴りながら進むタイヤの音。
砂利道を進む小さなトラックに乗るのは筋骨粒々の男。
ピチピチのTシャツにサングラス、短めに刈られた髪には少しだが白髪も見える。
男はいつものように鼻歌を歌いながらトラックを転がし、青木ヶ原樹海への道を進む。
公道ではなく、この整備されていない明らかに人の寄り付かなそうな道を行っているのは酔狂などではなく、それが彼にとっての正規ルートだから。
道の周りには既に木が生い茂っているが、ここはまだ樹海の入り口付近でしかない。
いつものようにこのトラックで、いつものようにたった一人で道を行き来する。しかし、男はそれを苦に思わない。
彼がここにいるのは義務であり、望みであり、使命である。
そんな彼には不満などあろうはずもないし、あってはいけない。
自分の師に任されたこの場所を、他の弟子達のように自由にではなく、定められる事に意義を感じる。
それが彼の性格なのか、それとも内に潜む何者かがそうさせているのか?
まるで箱庭か、はたまた箱舟か。
なんにしても、この場所に、この動作に、この毎日に、全てが自分の意思とは関係なく過ぎていく。
前述の通り不満など無いのだが、やはり人生は面白くあってなんぼとも思う。
「さあて、もうすぐ『谷』だな。今日もお勤めご苦労さん…と」
整備されていない道を走る事数十分。
目的地までは一本道を走るだけという、終盤に差し掛かった彼の前に、一つの非日常の光景が広がっていた。
「なん…だ?」
ブレーキをゆっくりとかけて車外に出る。すると、そこには異形の羽や耳、角を生やした四人組が倒れていた。
いや、正確には行き倒れているの方が正しいか。何故なら…
「お腹が……」
「赤原さん、マッチです…。マッチを使えば、あるいは…」
「嬢ちゃん、使うなら…せめて嬢ちゃんじゃねえと見えねえ…よ」
「何を言う…。使わんでも…見える物は見えるのじゃ…」
リアルマッチ売りの少女を実行しそうなほど、この四人が腹を空かしているのは、明白なのだから。
「はあ、まあ、面白ければ何でも良いか」
自慢の力を使って、この四人をトラックの荷台に乗せる。
乗せられている間も、耳元でリアルマッチ売りが展開されていたのだが、それは語ると長いし、何より聞いていた自分の方が怖かったので割愛するとしよう。
トラックは再び動き始める。
ゴロゴロと一本道をただひたすらに進み、やがて白い霧に全体を包まれるまでひたすらに。
霧の向こうは聖域。
彼が住まう、『仙人の谷』へと通じるたった一つの入り口。
四人の同乗者を乗せたまま、トラックは溶けるように霧へと呑み込まれていった。
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「う…ん」
どうも、おはようございます。赤原 雷咼です。
あまりの空腹に耐えかねた脳が意識を放り出してからどの位経ったのか、それは分からないけど…。
「なんで、トラックに乗ってるの?僕」
「あっ、おはようございます、ご主人」
「お腹は大丈夫ですか?もしよろしければ、ここに蜜柑がありますけど」
なるほど、蜜柑か。空きっ腹に刺激の強い蜜柑を入れて大丈夫かはさておき、貰えるのならば貰っておこう。
お腹が空いたままなのは事実だし。
沢山ある段ボールの一つから蜜柑を取り出して皮を剥く。
口に入れた時に広がる酸味と甘さは、抑制されていた食欲を掻き立てて胃の中へと消えていった。
「ところで、青田さん達は?まさか、乗せられたのが僕達だけなんて事は無いでしょ?」
「土花達なら、そこの段ボールの向こうでまだ寝てますよ」
「取り敢えず、口の中に蜜柑は突っ込んでおいたので、当面は餓死しないと思います」
口の中いっぱいに蜜柑を放り込んだコンとコルが一つの段ボールを指差す。
僕が蜜柑を取った段ボールとは別の段ボール。その奥に見える見憶えのある成人男性の足。
一見すると運ばれている死体のようで、その光景は少しシュールなようにも思えた。
黒部さんの足があそこにあるという事は、何処かで青田さんも寝ている事だろう。探すべきか少し迷ったが、今は現状把握に精を出すとしよう。
「お〜い、カゲメ〜」
相も変わらず段ボールから蜜柑を強奪しているコンとコルを放置し、僕は自分から伸びる真っ黒な影に声をかける。
傍から見たらただのイタイ人だが、こうでもしないと彼女は自分から出て来たりはしないだろう。
『……何かしら?』
予想がはずれ、僕の頭に直接響く幼い声。
寝ていたのかその声は少し怒気を孕み、一言一言を発するのが億劫そうだ。
「カゲメ、このトラックの運転手さんが向かってる場所って分かる?もしも駅とかに向かってるなら…」
『知らない。私もライカと同じで、さっきまで気を失ってたの。私と会話したいなら何か食べ物を頂戴』
なんだ、カゲメも同じだったのか。
影に入ってもお腹が空くとは、ただ移動に楽という事しかメリットが無いらしい。
まあ、移動を任せていた分、僕達よりかはエネルギー消費が少ないだろうけれど。
『だとしてもよ。普通一週間も飲まず食わずで歩く人間はいないわよ。いくら憑依してるからって…体力は無限じゃないのよ』
「仰る通りです…」
段ボールの中から蜜柑を一つ取り出して影の上に置く。
カゲメは影から手だけを出して蜜柑を取ると、そのまま影へと再び引っ込んでしまった。…何だろう。何故か引きこもりの子供を持つ親の心境みたいのを感じる。
『……コタツが欲しいわねえ』
「食べ物の次は暖房器具とは…完全に引きこもりになっちゃってるよ、カゲメ」
『引きこもりは悪い事ではないわ。悪いのは、引きこもらせるのに充分な進化をした現代だわ』
「引きこもりの心境の吐露をありがとう…」
近いうちに必ずカゲメを外に連れ出そう。そう、出来れば二十四時間位。三人で八時間ローテーションをすれば充分に捌けるはずだ。
カゲメが現代病へと罹ってしまった所為で現在の状況が相変わらずさっぱりだが、何はともあれ街に向かっているようではなさそうだ。
トラックが進んでいるのはまったく整備されていない道なのだが、真っ直ぐ伸びる一本道の両脇には木々が生い茂っている。
街どころか、そもそも人の気配すら感じないのだから近くに街は無い。
更に言うと、今僕達の前には大きな大きな山がある。
日本人なら知らない者はいないだろう有名山…富士山だ。
「この人も観光…とかなのかな?いや、でも憑依してた僕達を普通にトラックに乗せたって事は、やっぱり普通ではないのか…」
『普通どころの騒ぎじゃないわね。このトラックの運転手、身体中から妖気垂れ流しっぱなしよ。退治されてないのが不思議なくらい…ね』
直接運転手を視てはいないから僕はなんとも言えないけど、カゲメの声がその異質性を物語る。
憑依していれば、体感で妖気の有無や大小を感覚的に知る事は出来るだろう。が、それを積極的にやろうとは思わせない程、カゲメの声は本気の警戒心を窺わせた。
『まあ、こうして拾われているのだから、今すぐに私達をどうこうするとは思えないわね。そこの所は安心したら?』
「うん、そうだね」
カゲメの言う通り、目的地はもうすぐそこまで迫っている。
それを自ら棒に振るくらいなら、どんな道でも進むしか選択肢はありえない。…でも、何故だろう。無性にさっきから落ち着かない。
両脇から誰かに監視されているような、かなり遠い所から覗き見られているような、そんな感覚。
勿論周りは木しか無いし、第一トラックに乗って常時移動している僕達を監視するなんて、向こうも車に乗っていないと出来る芸当ではない。
『…ねえ、ライカ』
「なに?カゲメ」
周りに気を配りながら、なんとかして監視者の正体を暴こうとする僕にカゲメが不意に話しかけてくる。
もしかして、カゲメも監視者の視線に気付いたのだろうか?
『……蜜柑、まだあるかしら?』
僕は手近な蜜柑の入った箱を、自分の影の上へと静かに、それでいて少し乱暴に置いてあげた。
すると監視者の気配が消え、感じていた視線が消失する。
むこうトラックが止まる間、僕が感じていた視線や感覚が再び現れる事は無く、僕達はイレギュラー的とはいえ、目的地へと到着したのだった。
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「……そうか、覚の奴は死んだか」
トラックが止まって到着したのは森の中にある一軒のログハウスだった。
トラックから荷物(蜜柑の段ボールが一個消えている件は全力でトボけさせてもらった。)を降ろし、ログハウスの中で事情を話す。
トラックを運転していたのは森場 持敏さん。
ログハウスに備え付けてあるキッチンでお茶を入れてくれた彼の声は沈み、久城さんの逝去を本気で哀しんでいるのが分かる。
「お友達…だったんですよね。お察しします」
青田さんの適切なフォローが場を温める。
唯一の欠点を挙げるとすれば、やっぱりのその顔が無表情な事だろうか。
「友達…か。あれはそんなんじゃないんだよ。まあ、なんというか…アイツがどう思っていたかはしらないけどね」
森場さんの視線が遠くなる。
その感覚を僕は知っている。いや、知っているよりも身に沁みて実感出来る。
死者を追悼する視線、過ぎ去った過去を思い出す意識。
家族を、恋人を、相棒を、そして想い人を回想する時に纏う雰囲気。
華蓮がいなくなってから何度、その数少ない思い出を掘り起こした事だろうか。
「それで?君達はこんな所に何をしに来たのかな?どうにも…君達は『対抗者』のようだが?」
たっぷり五分弱、視線を遠くしていた森場さんは今度はその視線を鋭くし、僕達に一つの気になる単語を出してきた。
なに?『対抗者』?
「何だ、知らないのかい?君達のような妖怪の使い方、そして『第二』の救世主となり得る者。それが…『対抗者』」
知らない。この場にいる誰一人としてそんな事は知らない。
この中で一番経歴が長いだろう黒部さんでさえ、涼しい顔しながら僕に目配せしてくる。…いや、だから知らないですって。
「……あの、質問が三つあるんですが」
「どうぞ?」
男性陣二人が話についていけていないにも関わらず、女性陣代表の青田さんが話を進める。
コンとコル、セレとカゲメは我関せず、というか興味が無いらしく舟を漕いでいる。
まあ、木の家ってなんか落ち着くよね。人間も、妖怪も。
「まず一つ目、妖怪の使い方って言うのは何個かあるものなのでしょうか?」
使い方…道具だけでなく人の雇用などにも使われる言葉。場合によってはパシリを表す言葉であるが、森場さんが使ったのには幾つか別の方法もあるという事を表す。
「ああ、ある。…他には?何なら全部言ってもらえるかな。一つずつ説明するより、全部聞いてから全部を説明するのが俺のスタンスなんだ」
ワイルドというか、なんというか。聞きたい事が二十個とかある場合はどうするのだろうか?
まあ、そうならないように誘導はされるのだろうが、ちょっとだけ気にはなる。
そんなどうでもいい事を考える僕とは対照的に、青田さんはその言を聞いて少し戸惑いはしたものの、すぐに真面目な口調で話しだした。
「分かりました。…ただ、三つ目は二つ目を聞いた後にします。もしかしたら、二つ目を聞いたら三つ目も理解出来るかもしれませんし」
「うん。それが一番良いだろう。あくまで足りない部分の補完であり、吸収は君達にも、私にも得は無いからね」
「では、二つ目の質問です。あなたは先ほど『第二』と仰いました。『第二』という事は『第一』があったはずです。一つ目の質問に繋がりますが、『第一』の使い方とはどういう事ですか?」
表面に出された『第二』ではなく、裏にあった『第一』の存在。
文字で示されれば気付く人もいるだろうが、それを口頭で、しかもたった一回聴いただけで看破する人間がはたしてどれだけいるだろう。
青田さんの探偵のような口振りに、森場さんも実に面白そうに目を細める。
年季を重ねていそうな見かけではあるが、その雰囲気は実に若々しい。
出されたお茶はとうに冷めて湯気も消え、誰一人としてお茶に手を伸ばす者はいない。
ログハウスの中は暖房が効いているが、二人の睨み合いに近い沈黙は全身の感覚を遮断させかねない程に刺々しい。
物音一つ立たない沈黙の中、その均衡を破ったのは当然というかなんというか、森場さんだった。
「お茶が冷めてしまったね。温め直そう。……この後、結構な時間がかかる話をしなければならないからね」
「では」
「ああ、まあ、覚の奴から本来は話すべきだったんだろうが、たぶんあいつも気にしてられなかったんだろうな。まだ五十年しか経ってないのに、随分懐かしいもんだ」
さらりと驚きの年数を呟きながら、森場さんは人数分のカップをトレイに乗せてキッチンに消える。
彼が再び現れるのは約五分後くらいなのだが、その時に語られた昔話は、少し時間をかけていこうと思う。
五十年前の久城さんと森場さん、千代お婆さんの勇姿。
いや、それは勇姿というよりは蛮勇という方がしっくりくるだろうか。
五十年前から続く。『第一』の救世主が起こした一つの壮絶な時代。
久城 覚、森場 持敏、千代お婆さん、そしてまだ見ぬ三人目のお弟子さん。
この四人が主人公となる昔話。
『対抗者』、『救世主』、妖怪を使って妖怪を祓うという方法の原点。
それは次回のお楽しみ。…いや、お愉しみにさせてもらうとしよう。
師走は去り、いつの間にやら年も越え、今年もガキ使が面白おかしく終わった今日この頃。
あけましておめでとうございます。読者の方々は良い年末、お正月を過ごす事が出来ましたでしょうか?
私?私ですか?そうですねえ。まず年末は塾に行っていましたね。朝八時から夜の八時まで。
心優しい読者の皆様なら察して下さると思いますが、今日まで投稿出来なかった理由はそこにあり、尚且つ一度書いていたデータが消失するという異常事態が発生した次第にございます。頭の中で非常事態宣言が発令されましたね、その時は。
まあ、何はともあれ、仕事や学校も始まってしまいましたが、いつもの日常が戻ってきたのだと思って諦めましょう、皆様!
出来ればもう一度くらいブラジル辺りまで旅行に行って欲しいですねえ。…日常。
次回はちょっと昔のお話として、若かりし日の久城さん達が登場します。
今までよく分からなかった『狐の事情の裏事情』の設定が少しは分かるかも!というか、分かるように心がけます。
では皆様、今回はここら辺で締めさせていただきます。
次回も『狐の事情の裏事情』をお楽しみに、ではさよなら!




