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第三十八話 昔語り(遭難編 第三部)

今回は拡大版!

二倍程文章量が増えていますが、大きな心を持って本編へGO‼︎

「ほい、到着」

「早いねえ。こいつは確かに便利な代物だ。流石は、元神様なだけはあるようだねえ」

「現在進行形で神様!失礼ね」

 時は少しだけ遡って、朱雀苑の玄関前。

 こちらは赤原 雷咼達と別れた朱雀とイタコのペア。

 イタコの千代と言えば、五十年と少し前のとある出来事で有名になった女だ。

 この世界に蔓延る英雄伝説、その中でもマイナー過ぎて、もはや存在すら怪しい伝説の主人公の一人。

 そんな女がこの場所に来たのは、おそらく弟子の遺した物の後始末といった所か。

 二人は軽口を叩き合いながら、真っ直ぐにとある部屋へと向かう。

 その部屋では従者達の目覚めの促しを華麗にスルーし、今なおスヤスヤと寝息を立てる少女が一人。

 その傍らに立った老婆の眼は限界まで見開かれ、物理では見えない者を視る視線へと変わる。

 老婆の視線は頭の先からつま先までじっくりと、事件現場を検分する刑事のように少女の体を移動する。

 共に部屋に訪れ、未だ部屋の入り口で興味無さ気に門番の真似事をする朱雀も、長年の勘が異様な恐怖心を伴って警告する。

 おそらく、この部屋に泥棒の類いがいれば耐えきれずに自首するくらいの、縫い止めるような老婆の眼。

 朱雀が少し席を外そうか。と思った直後、老婆から発せられていた緊張感はなりを潜め、恐怖心も和らぐ。

 興味を抱かなかった時も、恐怖心が背筋を襲った時も朱雀は老婆の方を向かなかった。しかし、生きている者の本能とも言うべきだろうか、朱雀にも探究心があった。

 部屋の入り口。門番のように佇んでいた朱雀が視線を後ろへと寄越すと…

「ふう〜、あの坊やらしいねえ。まさか、こんな所に『一部』だけ遺していくとは」

 少女の元から一歩ずつこちらへと近づいて来る老婆。その老婆の手の中で光る…エメラルドに光る手の平サイズの球体。

 そして微かだが、その球体がこちらに近づいて来るにつれ、小さな心臓の鼓動のような物が聞こえてくる。

「おい、それは何だ?鳥肌を立たせるその奇怪な物は?」

 殺気と言うには弱々しく、警戒と言うにはあまりにも鋭い。そんな朱雀の視線が球体に注がれる。

 老婆の足は朱雀の元で止まると、それを優しく手の平で包み懐の中へと入れて、空いた手で朱雀に撤退を示した。

「こいつについては少し長話になるからねえ。出来れば、お茶の一つでも飲みながら話そうじゃないか。…あの阿呆弟子の意志でもあるしね」

 ひっそりと、こっそりと部屋を後にした二人は大きな食堂に行き着き、使用人にお茶の用意を頼む。

 お茶が運ばれて来るまで、二人は一言も口を開かず、お茶を運んで来た使用人が開けるドアの音がやけに目立った。

 上座にある大きな椅子は当主の物である為、二人はそれを避けて向かい合いながらちびちびとお茶を啜る。

 元来、緊張なんてした事の無い朱雀ではあったが、その奇妙な沈黙は嫌が応にも神経を張り詰めさせられた。

「あんたでも緊張なんてするんだね。とことん人間らしくなったじゃないかい?半世紀前は姿形すら怪しかった連中が」

「そうね…。私も目覚めてからはとことん混乱したわ。まさか、『融合』ではなく『憑依』なんて技術を見つけるなんて」

「言っておくが、それは私らは関係無いからのう。聞きたいなら、聞かせてやらんでもないぞ?」

 老婆の顔はニタニタと意地の悪い笑みで問いかける。

 朱雀としても、人間が新たに見つけた技術には大変興味がある。

 しかし、それを知るにはおそらく一から説明を受けなければならないだろう。…それが、一体どれだけ時間のかかる事か。

「因みにじゃが、私はお前がどう返答しても、この話を聴かせようと思っている。どちらにしても逃げ場は無いから、安心して耳を貸しな」

「意地の悪い婆は、大抵孫に嫌われるよ」

 皮肉を一つ。

 それで朱雀は姿勢を正して老婆に向き合う。

 妖怪にしては珍しく、朱雀は時間を重んじる。だからこそ、人が何代にもかけて妖怪に対抗する事を、忌々しいとは思っても愚かだとは思わない。

「話しなさい。この朱雀、私が眠ってからの人間の進歩とやらを」

「神様ってのは上から目線なのが普通なのかねえ?少しはあの擬似神格を持った狐を見習って欲しいもんだよ」

 老婆は訥々と語り出す。

 違う場所、違う時間軸であるにも関わらず、その話の軸はブレず、殆ど同様の事を語り出す。

 樹海と屋敷にいる起点。二人の言はまるで、合わさっているように流れた。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「よし、君達は一体自分達の力をどう認識している?『憑依』という戦い方を、君達はどう感じているのかな?」

「妖怪達への対抗手段?」

「俺は…専門家みたいなものか。こいつら、人間にはほぼ無害だし」

「私は隣人でしょうか。対話無しでは、力を貸してはくれませんし」

 森場さんがふむふむと腕組みをしながら頷く。

 なんだか進路相談している生徒のような心境だが、聞いている内容が内容だけに、楽観的にはどうもなれない。

「なるほど。そのまんま、皆表面上の噂とか体験談しか知らないのか。となると、そもそもの基本的な所から話すべきだな」

 森場さんはそう言うと席を立ち、一枚の紙と木製の鉛筆を一本持って戻ってくる。

 その紙の中央に、森場さんは定規も使わずに正確な正三角形を書いて僕達に見せてきた。

「まずは初歩中の初歩、我々が住んでいるこの世界に住む妖怪達の区分を教えよう」

「「「区分?」」」

「そう。大雑把ではあるけれど、今書いた三角形。これは謂わばピラミッドだ。食物連鎖と同じ…ね」

「食物連鎖って、人が最上位に立っている生物界の強弱でしたよね?」

 既に寝てしまったと思っていたコンとコル、そしてセレとカゲメが久し振りに話題に入ってきた。

 それ自体は喜ばしいし、そもそも話に入るのは当たり前なのだが、どうにも妖怪組の注目点はピラミッドにあるようだ。

「人が最上位に立つかは分からないね。君達、妖怪に比べれば人間は卑小で脆弱だから」

「じゃが、そもそも存在自体が希薄な我らは、その食物連鎖には含まれておらん。……なるほど、その為の妖怪専用のピラミッドという事じゃな?」

 妖怪組が納得したように肩の力を抜く。

 カゲメに至ってはまた寝だした程だ。

「何、どういう事?コン、コル説明してくれる?」

「そうですね〜。私達が説明しても良いのですが…」

「森場さんの見せ場を奪うのは気が引けますし、まずは続きを聞いてください。ご主人様」

「あはは…、なかなか手厳しい狐達だな」

 こめかみを掻いて苦笑する森場さん。

 体格の良い人間がそんな事をすると、大抵の人は似合わなかったりするのだが、森場さんは自然に決まっていた。

「まあ、説明と言ってもそんなに大した事は無い。食物連鎖と同じで、上に行けば行く程強くなるって事だ」

 そう言って、森場さんは三角形に二本の横線を引いて三等分する。

 そうして描かれた三角形の天辺に『神』、真ん中に『精霊』、そして一番下の段に『霊』と書いて鉛筆で叩く。

「文字通り、『神』ってのは八百万の神の事だな。まあ、八百万と言ってはいるが、本当にいるかは眉唾ものだ。見た感じ、そこの狐が神クラスに相当するだろう」

 鉛筆をプラプラさせてコンとコルを指す森場さん。……そして、それにドヤ顔で応えるコンとコル。

 正直、あまりツッコミたくない…。

「こいつらが最上位ってか?案外、大したことないんじゃないか?」

「「んなっ⁉︎」」

 黒部さんの含み笑いの混じった声に、コンとコルが耳の毛を逆立てて掴みかからんばかりに立ち上がる。

 止めようと僕も立ち上がりかけるが、その前に森場さんが鉛筆で机を叩く事で先手を打った。

「まあまあ、確かにそこの兄ちゃんの言う通り、神クラスと精霊クラスの違いはあまり大きくはないんだ」

 森場さんの言葉に、コンとコルが無言で悔しがっている。(正確には、隣にいる僕の脇腹に拳がめり込むという形で)

 そんな状況に意を介さず、森場さんと青田さんは話を進めていく。

「では、このクラスにはどんな違いがあると?」

「そうだな…。例えば、最下級の霊クラスは多くの霊が集まる事で力を貯める。鬼なんかが最たる物だろう。精霊と神はそんな必要は無い。それ単体で土地一つ位は壊滅させられるからな」

「ですが、それではあまり区分として機能が不十分だと思います。『神』と明記するからには、それなりの理由があるのでは?」

「勘が良いというか、察しが良過ぎるというか…。君、探偵の素養があるんじゃないかい?」

「どうも…」

 無表情の顔はどこまで行ってもその裏を見せる事は無い。でも、その時僕は確かに、青田さんが少し不機嫌になったように視えた。

「よし。ここからは俺の実体験も交えて話を進めよう。……そうだな、まだ俺達が千代婆と一緒に行動していたから…五十年以上前か」

「その時点で既に圧巻ですね…」

「見た目年齢で既に五十代なのに、世界とは不思議ですね。ご主人」

「私達が言っても、あまり説得力ありませんけどね〜」

 カラカラと笑うコンとコル。だが、森場さんはそんな事はお構いなしに、重々しく、昔の記憶を浮かばせながら話し出した。

 長い年季の短い話を、僕達はそれ以降茶々を入れずに聴き入った。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「さて、あんたは基礎が出来てるから、いきなり本題に入るとしようかねえ」

「当然よ。むしろ、基礎から始めたら燃やしてやるから覚悟しなさい」

 半分冗談、半分本気の朱雀としては、自分の気まぐれ程不安定な物は無いと自負している。

 朱雀というのは時々不死鳥の類と間違われるのだが、朱雀は不死鳥程、高性能ではない。

 普通に死ぬし、不死鳥やフェニックスと違って放浪もしない。

 しかし、見かけが似ている為か、はたまた科学が進歩した所為なのか、どうもこれらを一緒と考える輩が意外といるのだ。

 不死鳥達からすると全く害は無いが、朱雀はそうはいかない。

 別に放浪する必要も無いのに、時々ここにいて良いのか怪しくなる。

「(まったく、私達妖怪は人のイメージや意識に大きく左右されるというのに…。私をあんな、自身の能力の所為で放浪しなければならない連中のイメージまで投影されるなんて)」

 とまあ、朱雀は目覚めてからというもの、こんな事を度々感じていた。

「ほほっ、そりゃあ怖い。それなら、早く始めるとするかねえ」

 老婆の雰囲気に影が挿し、部屋の電気が消えていないにも関わらず、心なし部屋が暗くなったような錯覚を味わいながら、朱雀は老婆の口から漏れる言葉を静聴し始めた。

「そうだねえ。話すとするなら、五十年前にあった事件から話すとしようかねえ。お前さんがいつから寝てたのかは知らないけど、五十年と余年前、ある男が禁忌を犯した」

「禁忌?」

「ああ。お前さんは知らんだろうが、人間ってのは意外と簡単に妖怪に成れるものなんだよ。その中の一つを、その男は使ったのさ」

 人間を辞め、化け物へも身を堕とす。

 普通なら絶対に考えない事を、その男は十代の頃から…否、もしかしたら自我を持った時から考えていたかもしれない。

 そんな風に思わせる程、その男は妖怪に……………魅せられていた。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 時は約半世紀前。

 片田舎に住む一人の少女には、想い人がいた。

「やっほー、お兄ーちゃん!」

「うおっ!って、千代ちゃんじゃないか。また、家抜け出してきたの?」

「うん!だって、修行とか辛いだけなんだもん」

 小さな村の脇に流れる清流。

 そこに腰掛けていた青年に、当時まだ十を少し超えただけの少女がじゃれている。

 この村は数多の霊を信仰し、故にその為の職も存在している。…霊や異能の力を持つ呪術師という職業だ。

 少女の家は代々続く呪術師の家系で、平日だろうが休日だろうが、お構いなしで修行を積まされる。

 少女はそんな家系の自分をただ受け入れるだけで、そこに誇りなんてあるはずが無かった。

 休み無しの修行にそれでも不平言わずやってきたのは、ただ親達に言い聞かされてきたから。

 それが当然よ、と。それが我が家なの、と。

 でも、そんな少女が自主的に、手練手管を使って抜け出す日は、いつも決まって日曜だった。

 それは、いつも日曜にこの清流で本を読んでいる青年に会う為。

 たったそれだけの理由で、彼女は毎週日曜は両親に怒られるのだ。

「今日は一体どうやって抜け出してきたんだい?千代ちゃん」

「単純にね?式神を二枚用意したの。一枚は少し手を抜いて穴を作るの。するとね、お父さんかお母さんのどちらかが気付くでしょ?そしたら、用意しておいた完成度の高い方の式神が出て行くの。まさか、二重に式神を使うなんて、二人共考えないと思って」

「そ、そうだね…」

 青年は困ったように笑う。それは、少女が手の込んだ仕掛けをしてきたから……ではない。少女が気付いていないだろう、両親の優しさに気付いているからだ。いや、もはや諦めてしまっているのか。

 少女は確かに手の込んだ仕掛けをしただろう。だが、毎週いなくなっている娘が、家に留まっている時点で怪しい。

 おそらく、今頃その二枚の式神は元の札に戻っているだろう。

 まあ、それ以前に、娘がいなくなる度に村を探せば良いだけではあるのだが…。

「お兄ちゃんは今日も本を読んでいたの?」

「ん?ああ、これはもう…終わったんだ」

 古く、紙が陽に焼けてしまった本を閉じる。

 青年は清流でいつもそれを読んでいた。

 少女も一度見せてもらったが、外国の言葉で書かれたそれを読む事は出来なかった。だから…

「読み終わったの?だったら教えて?その本の内容。そういう約束でしょ?」

「…………」

 青年は目を伏せ、重い沈黙を返す。

 それは迷っているようにも見えるし、計画を練っているようにも見える。そんな表情をしていた。

 少女が再三口を開こうとすると、青年は溜め息を一つ。そして、言葉を紡いだ。

「千代ちゃん。少し手伝って欲しい事があるんだ」

「 ? 」

「今から、この清流の上流に行く。…付いてきてくれないかな?」

「どうして?」

「欲しい物が…あるんだ」

 青年の目は憂いを帯びているかのように潤み、そこに行くのに、自分は絶対に必要なのだと少女は直感する。

 しかし、何故自分が必要なのか。欲しい物とは何なのか。

 それを聞かれる事を青年は恐れている。そんな事も直感した。

「…うん。良いよ」

 そんな不安定な申し出も、少女は首を縦に振る。

 青年が自分に頼るのが初めてというのもあるが、単純に青年と出歩きたかったというのが本心だった。

 少女の返答を聞いた青年はその顔に満面の笑みを浮かべ、すぐ行こう。今すぐ行こう。と子供のように少女を急かした。

 少女も嬉々として青年の後を追い、清流を上っていった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ちょっと待ちなさい」

「なんじゃい?」

 朱雀が老婆の話を遮って、質問をぶつける。

「今の話が一体どうして、私達が明確な『器』を得た事に繋がるの?ただの思い出話にしか思えないわ」

「お前さん、『影を売った男』という話を知っているかい?」

 知らなかった。

 だが、朱雀は時間を惜しむという事を知っている。

 その『影を売った男』という話もまた、自分の知りたい事とは無関係に思えて仕方ないのだが、老婆の眼は冗談を言っている眼ではなかった。

「知らないわ。それがどうしたと?」

「『影を売った男』というのはその題通り、一人の男が魔女に影を売ったという話だよ。貧しかった男は嬉々として魔女に影を売り、村に帰った。しかし、村人は影の無い男を気味悪がり、男は魔女を捜す旅に出るんだよ」

「……影を捜す旅、という事ね」

「ああ。結果論からすると、男は影を見つけられないまま、この世を去ったそうだがね。私が話していた昔話の結末は、それに少し似ている」

「その男も影を売ったのかしら?」

「まあ、落ち着け。それも含めて、これから話してやろう」

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 もう少しで陽が落ちようかという時間に、二人は清流の源流へと辿り着いた。

 いくら修行をしているとはいえ、少女はまだ幼い。源流まで歩き続けた所為で少女は疲弊してしまっていた。

「大丈夫?千代ちゃん」

「ハア…ハア…うん。まだ、平気」

「うん。それじゃあ、お願い出来るかな?」

 源流のすぐ傍にある一見すると何の事も無い、ただの岩壁。

 だが、呪術師である少女と、その呪術師の少女の話を平気で理解する青年は確かに、その岩壁に幻術が掛けられている事に気付いた。

 青年が欲しい物はこの先にある。

 少女はここまで来てようやく自分が連れて来られた理由を悟った。

 絶壁に手をかざし、少女は最近教わった霊力操作の応用を始める。

「人の中に流れる源流……生来持ち合わせたあの世とこの世の対話術。それを踏まえた上で、体内の霊力を万物に緩やかに流す」

 父の言葉を頭の中で反芻しながら、その通りに霊力を岩壁に流し込む。

 電流が走るような痛みと共に、少女の小さな体躯は弾き飛ばされ、後方にいた青年に抱き留められる事で事なきを得た。

「千代ちゃん!大丈夫かい⁉︎」

「うう………」

 弾き飛ばされ影響か、はっきりしない頭を振って意識を覚醒させる少女。

 父からは自分の身体が飛ばされるなんて聞いていない。失敗したのだろうか?と少女は心配した。

「失敗…しちゃった?」

「いや、大成功だよ。…たぶんね」

 青年に支えられながら、少女は岩壁の方を見据える。

 すると、先ほどまで堅そうな岩壁だったはずの前方は、大きな黒い穴へと変貌していた。

「お兄ちゃん、これ何?」

「これが…『常闇』。『神への洞』。書物通りだ!」

 青年は一寸先も見えない真っ黒な穴を見て大喜びする。

 少女は身震いを抑えながら、青年が喜ぶ様を嬉しげに眺める。だが、その顔はどこか不安気でもあった。

「さあ、行こう、千代ちゃん!君には、僕が欲しかった物を見せてあげるよ」

「う、うん…」

 青年の妖しい笑みに怯える自分を、少女はまだ頭が混乱しているだけだと自分に言い聞かせる。

 そう。怯える必要なんて無い。この青年が間違った事をするとは、少女は信じたくなかった。

 差し出された右手に自分の左手を重ねながら、青年と少女は真っ黒な穴へと身を投げた。



 洞に入った少女は奇妙な感覚を味わっていた。

 真っ直ぐ直進していたはずなのに、いつの間にか地面は消えて奈落の底に落ちている。

 ただの穴でない事は、耳に風切り音が無い事で自覚する。

 風だけではない。

 空気、重力、空間、そんな本来なら感じる事は無くとも確かに存在している物が……無い。

 隣の青年に再びこれは何なのか、それを聞こうと声を出そうとするも、空気が無い為に音が振動しない。

 頼りになるのは隣で自分の左手を握っていてくれる青年のみ。…だが、この時間が永遠に続けば良いのに…と思う程に、少女は満ち足りていた。

 目を閉じて、左手に感じる熱を確かめている内に、久しぶりに地面へと足が着く感覚が少女を現実に引き戻す。

「着いたよ。千代ちゃん」

 洞に入る前とは打って変わった青年の声を聞いて、少女は静かに目を開ける。

『ほう、妾の幻術をすり抜けてくるとは。人間共は妾に何を求めようというのだ?』

 臓腑に響く威圧感のある女性の声。

 二人が立っていたのは大きく開けた円形の密閉空間。

 その最奥にはお盆型の祭壇が置かれ、祭壇には金色に輝く煙状の何かが浮遊している。

 それが一体何なのか、少女は全く分からなかったが、辛うじて煙状の何かから九本の尾のような物だけが見えた。

「千代ちゃん、君はここで待っていてくれるかな?ここからは、僕だけで行く」

 繋いでいた手を離し、誕生日プレゼントを前にしたような瞳と笑みで青年は歩き出す。

 少女はただ、目の前の異様な者に目を奪われそれどころではなく、完全に萎縮し切っていた。

 それでも、青年を行かせてはいけない事だけは、はっきりと確信出来た。

「お兄ちゃん、行っちゃダメ!」

 体力も殆ど残っていない状況で、それでも少女は青年を繋ぎとめようとする。

 青年はそんな少女を振り返る事も無く、どんどんその背中を遠ざけて行った。

 この後、少女が憶えている事は実にあやふやだ。

 おそらく、青年はその煙状の何かと話をしたのだろう。

 青年が煙に話し掛けて暫くすると、その煙状の何者かは神々しい光を放射して姿を消した。…青年と共に。

 少女がその状況に困惑していると、背中の方から太陽の光が差し込み、後ろを振り返ると大人達がいた。

 出入り口など無かったはずなのに。

 少女は祭壇のある方へと再び視線を走らせたが、祭壇どころか、開けた密閉空間にさえ少女は立っていなかった。

 ただの一本道の洞窟。

 入り口から少し進んだ所で、少女が立ち尽くしているように大人達は見えたらしい。

 それ以降、青年の姿は村に無く。それどころか、元々そんな人間はいなかったように、人々の記憶から青年は消えていた。

 覚えていたのは少女だけ。

 憶えているのは少女だけ。

 それから少女が立派な呪術師となるまでの約五年間、何も異変は起こらなかった。

 そう。……五年経って、村を大火が襲う、その時までは。


どうも〜、最近ご無沙汰だった、片府です。

いや〜、受験勉強って恐ろしいですね〜。何より親の圧力や自分の勉強の出来なさと言ったら、正直泣きたくなってきます!

しかし、弱々しい意志を何とかして少しずつ燃やし、ギリギリでも頑張っていきたいです。

さて、ここ最近更新が遅れているこの私、片府ですが、今年から三年生になって受験勉強が本格化した事もあり、執筆のペースを落としていく事をここに宣言させていただきたく思います。

更新が遅く、離れてしまった読者の方もいらっしゃるでしょうが、是非とも根気良く待っていて欲しいと私は思っております。

出来れば月に二度、酷い場合は一度しか更新出来ないかもしれませんが、何卒これからも片府とこの作品『狐の事情の裏事情』を宜しくお願い致します。

感想や応援メッセージは随時募集中ですので、こちらも宜しくお願いします。送って下されば、返事は欠かさずに書く所存でございます。

さて、長くなってしまいましたが、今回はこの辺で。では、忙しい毎日をこれからも頑張って生きていきましょう。さよなら〜。

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