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第二十四話 増尾の狐 (古都編 第七部)

 あれから二つの洞窟を駆け抜けた。

 鴉に任せた鬼とは比べ物にならないほどの雑魚達であった事を考えると、どうやらあそこが鬼門だったらしい。

 鴉が無事かどうかは分からない。

 だが、ここまで来ればあいつを信じるしか道は無い。

 前方に視えてくるのは三つ目の洞窟であり、最終目標地点。

 あそこにある殺生石を取れば、今回の事件は終了の鐘を鳴らす。

 残暑が残る道から涼しい洞窟の中へと入る。

 奥には水場でもあるのか、辺りは水蒸気が立ちこめて前方を遮り、天井からも水滴が落ちてくる。

「小僧、滑って転んだりするでないぞ?」

「お前は俺の母親か何かか?そんな事より、ちゃんと警戒しとけよ。目的の物はもうすぐだが、いつ邪魔が入るか分からねえからな。」

 風を切りながら走る俺達の前には鍾乳石が大量にある。

 障害物はどんな物でも隠れ場所としては最適だ。

 不意打ちには気をつけてはいるが、やはりいきなり脇から出てこられたりすると反応がどうしても鈍る。

 最後だからこそ、仕事は慎重に行わねば。

「セレ、どうだ?何か石みたいな物は見えてこないか?」

 青い髪を揺らしながら前を走るセレ。

 その顔は険しさを徐々に増しながら、それでも速さを緩めずにただ走る。

 セレの顔の険しさには訝しさも混じっている。

 俺もその違和感には気付いている。…つまる所、こう言いたいのだ。

『この洞窟、やけに長過ぎるな。』

 久城から具体的な長さは聞いていないが、これまでの洞窟の長さはだいたい同じだった。

 今の俺達なら、100メートルを五秒とかからず走りきれる。

 どれだけの時間が経ったか、時間の感覚を日頃感じていない俺には分からない。

 でも、流石に時間が経ちすぎだ。

 具体的には、攻撃性の高い俺がこれだけ長い間冷静な思考を出来るだけの時間が経っている。

「セレ、一度止まろう。この現状はおかし過ぎる。」

「…ふむ。」

 水平に水飛沫を上げながら俺達は停止する。

 水気は霧のように四方を囲み、互いの姿すら認識するのがやっとになるまで酷くなっている。

「これが、最後の妨害か。」

「実に浅ましいのう。この程度の幻術で我らを誑かすつもりとは。」

 ああ、実に情けない。

 まさかこれほどまでに舐められるとは。

 情けなさすぎて泣けてさえくる。

 現状に辟易している俺を見兼ねたセレが溜息を一つ吐いて俺の肩に手を置く。

「小僧、我に気を遣うな。…吹き飛ばせ。」

 セレの一言を聞いた途端、俺の中で何かが切れる音と、刀に電気が集まる音がする。

 自身の周りに円を書き、体を絞るように捻じりながら回転力を利用して爆発力を付与する。

『葛の式、雷爪円』の応用技

『葛の式、外雷円』

 水平に一閃。

 霧を全て吹き飛ばし、鍾乳石の陰に隠れていた原因の妖怪をも消し飛ばす。

 全方位攻撃の新技は味方をやや巻き込みつつも完全に邪魔者をねじ伏せて、その先にある紅い光を視界に一瞬だけ捉えさせる。

 殺生石を…見つけた。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「…っ痛う!」

 左腕と額から血を流し、山伏の服は胸の所が三条に引き裂かれながらも俺は鬼から距離を取る。

 そこそこ広い洞窟の中を滑るように後退しながら、一本しか使えない錫杖を固く握りしめる。

 洞窟の壁面には穴が幾つもあり、まるでクレーターのような印象を与える。

「ったく、何だよ。あの爪の威力は嬢ちゃんの重力操作と同等ってか?」

 以前重力に押し潰された時の記憶がフラッシュバックする。

 あの時潰された後の状態が、この壁面に酷似している。…痛かったなあ、内臓側が。

「そろそろ諦めるか?人間。退屈凌ぎには十分な働きをしてくれた。このまま引き下がるなら、別に追いはしないぞ?」

 鬼が爪を開閉しながらこちらを見ずに言う。

 その態度は正に、退屈な人間のソレ。

 はあ、やっぱ戦闘タイプじゃない人間に速攻は無理だな。

 得意の体術戦に持っていこうにも、あの爪はかするだけでもかなりヤバイ。

 現に今負っている傷は全て紙一重で躱した結果の産物だ。

 躱しているにも関わらずこの有り様。これよ鬼としての膂力の賜物か。

「ふむ、その眼ではまだ諦めるという選択はしないようだな。別に構わない。手加減は出来なくなるが、ここで終わられるのも後味が悪いのでな。」

「はは!よく開く口だ。喋ってる内に舌噛むんじゃねえぞ?どうせ、あと十分の命だからな。」

 錫杖を持つ手を前にかざして指を一本立てる。

 精一杯の意地を見せて嗤う俺を、鬼は両手を振りながら殺気を上らせる。

 十分…たった十分。

 死ぬ気で体術戦に持っていけるギリギリのタイムリミット。

 それ以内に勝ちをもぎ取らねば、俺はおそらく殺される。

「はは!一世一代の大勝負。勝つのは俺か、お前かな?時間稼ぎとしては十分な働きはした。あとは、俺の勝手だ!」

 頭の中のストップウォッチを強く押す。

 翼を大きくはためかせ、爆発的な発進をした俺は、錫杖一本で鬼の懐に潜る。

 槍の如く突き出される錫杖。それを捌く鬼の赤褐色の鉤爪。

 隙を見つけては振るわれる腕を躱して、傷を負いながら泥臭く特攻を続ける。

 軽やかに、重厚に、錫杖に付いている鈴が音を鳴らす。

 洞窟の中で反響し、その音はやがて重なるように鳴り始める。

 五…いやまだ四分か。

 鬼は退屈そうな顔を崩さずに錫杖を丁寧に捌いていく。

 俺の中では焦りが、それと同時に期待が、錫杖を突き出す度に増えていく。

 あと三分…二分…一分…

「つまらん。」

 鬼が漏らしたその言葉は、大振りな鬼の爪によって証明される。

「………‼」

 無言で受け、かなりの距離を飛ばされる。

 地から足を離さず、足場の悪い洞窟の中を滑る俺の前には赤い鮮血が舞う。

 確認するまでもなく、痛みで判断がつく。

 覚悟していたが、どうやら左肩から脇腹までをざっくりやられたようだ。

 まあ、このぐらいで済んだのは幸運だな。

 ギリギリではあったが、なんとか保った。

「…ぬん?」

 洞窟の中で反響する錫杖の鈴の音。

 しかし、今俺が持っている錫杖は一切の動きを止めていて鳴るはずがない。

 では何が鳴る?簡単な事だ。

「十分…これが答えだ。」

 反響する音を聞いた鬼の体が硬直していく。

 最初は軽やかに、野生的に動いていた足も、手も、体の全てが固まっていく。

 腕を完全に振り抜いた状態で、音が止む頃には鬼の動きは完全に停止していた。

「ほほう、人間。隠し球とは、姑息だな?」

「失礼な。せめて奥の手と言いやがれ。」

 大量の血を流し、ほとんど前に進めない状態で俺が答える。

 正直痛みで気絶しそうだが、まあ、小僧が味わった分と考えれば帳尻も合うだろう。

「洞窟で出来るとは思ってなかったんだが、やってみるもんだぜ。『音響結界』成功だ。」

『音響結界』

 本来は大きな結界の中に敵を閉じ込めて行う結界なのだが、今回は反響しやすい洞窟の中。

 洞窟が結界の役割を成し、錫杖の奏でる音が敵の行動を完全に止める。

 文字通り、音を利用した催眠術のような物だ。

「さて、仕上げだ。…『鴉羽』を空中展開。方角は360度、間隔は5ミリ以内、使う枚数は5284枚。お前に最大限の敬意を示し、俺が同時に扱える最大枚数で終わらせてやる。」

 虚空から現れ、鬼の周りを囲む大量の羽根。

 鬼の特性として、『死』への怖れをまったく感じていない顔で眼を閉じる鬼。

 鋭い刃と化している『鴉羽』は既に、その黒い毛を逆立てるように狙いを定めている。

 ここまでの戦闘時間、およそ二時間。

 これで、ようやく…

「チェックメイトだ。」

 錫杖の鈴を鳴らして命令を与える。

 次の瞬間には、5000枚を超える漆黒の刃が鬼へと目掛けて殺到した。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 どこかで勝負が終わった。

 なんとなく、そう思った。

 不意に感じたわだかまりが解ける感覚に、俺は鴉達がいる方を振り向く。

 森や景色に変化は無く、未だ夜の宵闇が果てしなく広がっている。

 俺が幻術使いを倒したのが約三十分程前。

 今はセレが殺生石を調べ終わるのを待っている状態だ。

 殺生石の周りは高温度の水蒸気が集まっており、近づくだけで火傷してしまいそうな熱気を放っている。

 火傷覚悟で進むか、はたまたセレのように水を防護服のように包んで進むかのどちらだ?と聞かれたら即答で後者だろう。

 まあ、別に前者は前者で面白そうだが。

「セレ〜、どうだ?」

 水蒸気で姿の視えないセレに声をかける。

 半分危惧してはいたが、やはり返答は無い。

 奥行きも把握出来ない俺にはセレがどこまで行ったのか判断出来ない。

 やはり俺も突っ込むか。と一大決心をした時…

「 ⁉ 」

 不意に感じた寒気に再び背後を視る。

 勿論敵はいないし、まして土花と鴉の気配ではなかった。

「気のせい…か?」

 そう思い、俺は水蒸気の方に目を向ける。

 だが水蒸気の方には、人間のような形をした影が、まるでホラー映画の如くいきなり現れていた。

 突飛な事態に混乱する頭に鞭打ち、俺は全力で後ろに跳ぶ。

 心臓が早鐘を打つ。

 それはいきなり現れた衝撃よりも、むしろ長年待ち焦がれていた奴に会えた感覚。

 記憶をあたり、こいつの正体を脳内で自身に検索をかける。

 だが生憎と、俺はこの場にいない人間の知人なら少しいるが、顔の無い、影をそのまま三次元化したような知り合いはいない。

 俺はこいつに会った事は無い。それが脳内で下した判断だ。

 だが俺の内からは言いようの無い感覚が渦巻いている。

 水蒸気を見ていた影が俺の方を向いた…と思う。

 顔は一面真っ黒で、その顔も輪郭がどこか曖昧の影は、しばらくこちらを見た後、急にその姿を変貌させた。

 黒かった体は霧が晴れるように消えていき、やがて普通の人間の肌を視せ始める。

 だが、現れているその姿は、俺が実によく知っている人物。

 ここにいるはずのない、否、いてはならないその人は…

「ああ、君はこの娘の知人か?何年前だろうね?まだそんなに前ではないと思うんだが、思い出せないのは仕方が無い…ねえ?」


 長篠 華蓮


 俺の前にいるのは、五年前に死んだはずの優しい幼馴染。

 誰に対しても分け隔て無く笑顔で対応し、人生を謳歌するのを約束されたような少女。

 目の前の華蓮は死んだ時より成長して、年齢はだいたい俺と同じくらいに視える。

「でも、騙されない。」

 火事の様子がフラッシュバックする。

 全焼した家屋、消防士達の苦痛そうな顔。道路は煙の匂いが立ち込めて非常に気持ち悪い。

 あの記憶は今もまだ俺の記憶野に、視力を失った今でもその光景は鮮明に視える。

 何より、彼女は一度としてそんなに冷静そうな話し方をした事がない。

「お前、一体何だ?」

 俺は刀を構えながらすり足で距離を詰める。

 いきなり現れる事といい、華蓮の姿を模した事といい、まるで幽霊みたいな奴だ。

 華蓮の姿をした影に近づく度に、俺の持つコンとコルの刀が震える。…二人が警告している?

「へえ、その刀、どうやら私の事を知っているようだね。一度会った事があるのかな?…まあ、別に良いや。今回の用事は別だし。」

 そう言うと偽物は水蒸気の中をくぐっていこうとする。

「あっ、おい!そこに入ったらただでは済まな…い。」

 言葉が途中でつっかえる。

 なぜなら、偽物が水蒸気の中に入った途端、水蒸気が自ら道を開けるように開いたからだ。

 そしてそれと同時に感じる、先ほども感じた背筋の寒気。

 一歩一歩を踏む度に予感する。…こいつは野放しに出来ないと。

「おい、待て!」

 俺が偽物を止めようと声をかけた。

 しかし…

「ふぐっ‼」

 視界が急転、俺は洞窟内に体を投げ出す形で倒れこむ。

 この感覚は土花の重力操作とは違う。

 まるで体を縛られたような、大量の蛇に絡まれたような窮屈感がある。

 視えない力に体と口を封じられ、残っている視力だけで偽物を視る。

 そこにいたのは、華蓮の顔をした悪魔。

 何もかもを敵に回す事を決めている者の眼。

 そして、まるで虫を見るかのような冷たい視線。

 戦慄する。

 こいつは、ただ視線を投げただけで俺を殺せるだけの力を持っている。

「ふん、二刀一対とは珍しいが、所詮はその程度か。私に存在を与えるだけの価値は無いな。話しかけなければまだ、生きられていたであろうに。」

 華蓮の物とは思えない冷淡な声で偽物は告げる。

 お前を殺す、と。

 なんという理不尽。

 なんという恐怖。

 こいつは、話した相手全てを殺すという考え方で動いている。

 もはや目を合わせる事も出来ない。

 こいつが俺に言葉をかけた瞬間、俺の体を縛る力が急激に増して悲鳴すら許さない。

 上を視る事も出来ないまま、ただ声だけが降ってくる。

「無意味な殺しなど何年ぶりか…。いや、まだそこまでではないか?確か、五年前のこの娘を殺した時以来か。」

 五年前…華蓮…殺し…

 頭の中で廻り続ける言葉。

 鮮明に燃え続ける家の光景。

 俺が最後に観たのは、笑っている華蓮が燃えていく悪夢のような映像だった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「おや、動きが止まった。」

 少年の体に無意識の力を与えていた恐怖が消えた。

 どんな人間であれ、全く力を出さない奴は存在しない。

 力が完全に抜ける時、それは気を失った時か命を失った時でしかありえない。

 幾つもの命の存在を吹き消した私だから分かる。

 今この少年は、気を失った訳でも、まして命を失った訳でもない。

「ふむ、まあどうでもいいか。どうせ殺すのだし。時間を掛けては偽物の神を起こしかねないし。」

 さて、どこを壊してやろうか?

 頭か、心臓か、はたまた私の能力で殺すか。

 もう覚えていない少女の髪を一本抜き、赤い眼をした蛇を創り出す。

 うん、決めた。この蛇を体内に入れて空っぽにしてやろう。

 後でその蛇を回収して喰えば、少しは存在の足しになるだろう。

 一歩、二歩と蛇を手で遊びながら少年に近づいていく。

 少年の髪を掴み、持ち上げて口の中に蛇を入れようとしゃがんだ私は、今までに感じた事の無い悪寒で少年を離した。

「殺気?誰の?」

 少年は未だ動く気配どころか力を入れた気配も無い。あるはずが無いのだ。

 この蛇の呪縛を逃れる事は。

「………殺す。」

 聞こえた。

 今確かに、少年の口が動いた。

 全身くまなく、それこそ口にまで効いているはずの蛇の呪縛。

 しかし、口を動かした少年の体を縛る蛇達は、私にだけ聴こえる断末魔を上げて消えていく。

「…………殺す。」

 ゴムが切れるように、縄がナイフで切られるように、私の呪いが消えていく。

 少年には一切の力が入っていないにも、関わらず。

「……………殺す。」

 最後の一本。それも切って肉体の自由を取り戻す少年。

 幽鬼のように立ち上がる少年の後ろに生える金色の二尾…否、三尾。

 特に注意して見てはいなかったが、少年は二尾ではなかったかな?

 まあ、どうでもいいが。

「ふむ、まあ良いや。面倒だし、その殺気に免じて私に話しかけるくらいは許そう。…それと、刃を向ける事もね。」

 少女の姿で私は笑う。

 男でもなく、女でもない。

 そんな曖昧な存在である私を、私は許さない。

 そして、私に価値を与えない奴らもまた、許さない。

 さあ、君はこの偽物の存在を壊せるか?


 たとえそれが、君の死に直結するとしても。

ユニーク500突破〜!

皆様、いつも稚拙は文の『狐の事情の裏事情』を読んでいただき、誠にありがとうございます。

皆様のお陰で、この度ユニーク500突破のご報告をさせていただきます。

コツコツと溜まっていったユニーク。まあ、まだ友人には敵いませんが、いつかは追いつける(希望的観測)と思っております!

さて、今回の話では最後の方に出てきた黒い影。

皆様のご想像通り、この作品のボスとなる存在でございます。

設定をお忘れかもしれませんが、この主人公、過去に幼馴染を殺されております。

ようやくその仇と出会えた訳ですね〜。

まあ、出会い早々に殺されかけておりますが…。

では、この後主人公はどうするのか?そもそも主人公、一体どうした?と思ってくれる読者様がいてくれる事を願って、今回の後書きは終了とさせていただきます。

最後に一つだけ、読者様にご注意したい事があります。

この作品はあくまで『狐の事情の裏事情』です。『○ルト』とは狐が違う事をご了承下さい。

『ナ○ト』の狐とは違う設定をつける予定ですので、そちらと同一視などはしないようにくれぐれもご注意下さい。

では皆様、また次回のお話でお会いしましょう〜。


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