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第二十二話 辛苦な少女 (古都編 第五部)

 群がるのは有象無象の悪鬼達。

 紅く光る殺生石は彼らに陶酔を与え、愉悦を与え、絶望を与える。

 洞窟の中は冷気に満ちており、本来ならば癒しの空間となっていただろう。

 だが、たった一つの光る石により、冷気は水蒸気となり石を取り囲む。

 一つの影が殺生石の前に躍り出る。

 青い皮膚に人間とは遠く離れた醜い顔。

 唾液を撒き散らしながら石に駆け寄った鬼は石に触れると、太陽に焼かれるように熱傷を負いながら幸福そうに死んだ。

 悪鬼達は狂喜を、歓喜を揚げる。

 決して広くない洞窟の中は、入口から石の所まで魑魅魍魎の坩堝となっている。

 石の位置は一ミリも動いていない。

 先ほどの鬼は確かに触れたはずなのに、その形跡を一切合切焼き払う。

 その恩恵は不浄の光。

 神の一席を担う火の鳥の成れの果て。

 蛇に騙された人間のように、蛇に宝を盗まれた王のように、彼女も蛇に騙された。

 甘い甘言、苦い現実、蛇は全てを包み込み、彼女を殺生石へと姿を変えた。

 洞窟の前に立ちはだかる洋館を見下ろすように、紅い石は煌々と光り続ける。

 小さな太陽のように、触れれば死を与える歪んだ能力。

 しかし、皮肉かな。どんな時代も崇拝される者は絶対者だ。

 誰にも届かない力を持ち、誰にも届かない位置へと身を置く存在。

 人間であれ、妖怪であれ、やはり対象は変わらない。むしろ、対象はより強くなる。

 悪鬼達は唸りながら夜の中へと消えていく。

 三々五々、自分達が暮らす本来の居場所へ、彼らの宝を奪う者達が現れるまで。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 洋館の中央に位置する食堂。

 俺達はそこで作戦会議を開いている。

 俺と鴉と土花は憑依をし、カゲメは朱雀の部屋でお守りとの事。…あいつ、最近こういう役回りが増えてきたな。

「それでは、作戦会議を開こうと思います。まずは私、久城が依頼内容を改めて申し上げさせていただきます。」

 この場で唯一憑依をしていない久城が深々と頭を下げる。

 だが、この場に憑依してくるように言ったのは奴だ。その奴が憑依をしないとは、どういう事だ?

「おい、何でお前は憑依をしねえんだ?俺も土花も、鴉だって憑依したんだ。お前もするのが普通じゃねえか?依頼内容より先に、そういう所をキチンとしやがれ。」

 憑依して容赦の無くなった俺の言葉に、食堂にいる全員が苦笑いを浮かべる。

 いや、俺だって重々承知している。だから、そんな生暖かい目で見ないでほしい。

「赤原様の言う事はもっともでございますが、残念ながら私は憑依は出来ません。妖怪を体に宿した後遺症と言いますか、その必要が無いのです。」

 そう言うと、久城さんは食堂の扉をじっと見つめた後、おもむろに一言呟いた。

「五秒後、カゲメ様が駆け込んで来ます。」

 俺達がその言葉の真意を測り損ねていると、突然扉が開き、カゲメが駆け込んで来た。

「ラ、ライカ!何ですか?あの少女は⁉眠り姫が如く、私を巻き込んで寝ようとしてきて迷惑なのですが!」

 カゲメは憑依している俺の和袴の袖を掴んで軽く涙を浮かべている。

 一体何をされてきたのか、それを聞くのが憚れる程、カゲメの様子は必死だった。

 カゲメが入ってきてから少し後、今度は眠そうな顔をした朱雀が入ってきた。

「さあ〜、一緒に寝ましょ〜、カゲ〜。」

「キターーーーーー‼」

 奇声をあげながらカゲメは再び消えていく。

 その後を追うように、朱雀もノロノロとした足取りで部屋から出ていった。

「はあ〜、何か緊張感を削がれるなあ。それにしても、よく分かったな。カゲメが来る事。」

 二人が鬼ごっこを再開させた後、鴉が久城に探るような視線を向ける。

 確かに不思議ではあるが、偶然じゃないのか?

「やはりお分かりになりますか。経験が長い黒部様だからこそですね。」

「どういう事だよ、久城?」

「どうもこうも、私の妖怪の能力、その一端をお見せしただけでございます、赤原様。」

 にっこりと微笑んだ久城は真っ直ぐ俺の方だけを見る。

 久城が反対にいる鴉や土花から完全に視線を外した瞬間、鴉が憑依した反射神経を生かして錫杖を投げた。

 普通の人間なら避けるどころか、反応する事すら難しい速さの錫杖。

 それを久城は、錫杖の位置を確認する事なく屈んで避けた。その動きは、錫杖が来る事が分かっていたかのようだ。

「未来予知か?」

「それに近い物ですかね。私の内にいる妖怪は『サトリ』と言いまして、他者の心を読んで行動する事が出来るんですよ。お陰で不意打ちとかには滅法強くなりました。」

 壁に刺さった錫杖を抜き、鴉にそれを返しながら久城は言う。

 その物いいはどこか皮肉が混ざっているような気がした。

「赤原さん、いい加減会議を再開しましょう?早くしないと朝になってしまいますよ?」

 頬を膨らませて大変愛らしい表情の土花が文句をつける。

 俺もそうだが、やはりギャップは土花も負けていないと思うね。

 性格は内側を変えるが、表情は器を変える。

 内と外で目に見える変化があれば、それはギャップとして映るわけだ。

 改めて緊張した面持ちをした面々が一つずつ事態の確認を始める。

「では依頼内容の確認を。今回の我々の目的は、この洋館の裏にある洞窟の殺生石の奪取です。今回の事は全て殺生石が引き起こした事件。この殺生石を奪取、その後封印を施して終了です。皆様にはそこに行くまでの道程を護衛していただきます。」

 ああ、そんな感じだったっけ。

 この姿になると大雑把になり過ぎていけないな。

 しかし、殺生石…か。

「なあ、殺生石っていうと玉藻の前の殺生石が有名だが、それとは違うのか?」

 俺の問いに、鴉と土花が意外そうな顔をする。何だよ?俺だって勉強くらいするさ。

 この世界に入ってからというもの、誰も妖怪については教えてくれないからな、独学で学ぶしかないんだ。

 まあ、合っているのかどうかは分からないけどな!

「それで?殺生石ってのは何だ?玉藻の前と同じで呪い系の奴か?」

「ええ。といっても、呪われてるのは時間ですが。殺生石は妖力を吐き出す壺と同じです。しかし、壺の中身はそれぞれ違います。玉藻の前は人体を破壊する毒。今回は時間を無かったものにしていますから、根本的な所は同じですが、別物と考えて良いでしょう。」

 壺か…。中々良い言い方をするな。

 だが、やはり何度聞いても気になる事がある。久城の最初の台詞、呪われているのが時間というものだ。

「たかが一体の妖怪に時間を消す程の力があるのか?」

「私や赤原様、大妖怪を持つ青田様や結界を得意とする黒部様でも無理でしょうね。ですが、殺生石になる妖怪は神の座に座る程の存在ですから。」

「おいおい、神様なんてそれこそ偶像だろ?嬢ちゃんや坊主はまだしも、俺だって見た事無えぞ?」

 半分茶化しを交えた鴉の言葉は満場一致の意見だろう。

 神なんて者がいるなら、俺達は皆妖怪を恨んだりする事は無かったはずだ。

「黒部さん、赤原さん、水を差すようで悪いのですが、神の座に座るとはイコールで神様という訳ではないんです。」

 小さく手を挙げた土花の言葉に男性陣から感嘆の声が上がる。…何で土花はそんな事知ってるんだ?

「私の両親が妖怪について詳しい方でしたので、生前に聞いたことがあります。子供心ながら、神様の言葉が魅力的に映りまして…。」

 土花はあまり昔の事を話したくないのか、微妙な表情で補足を加える。

 そういえば、土花の両親については聞いた事が無かったな。

「嬢ちゃん、悪いがそれについては俺も知らねえ。ちと話してくれねえか?」

「あっ、はい!神の座とは、人々が勝手に定めた階級みたいな物です。その昔、陰陽師がまだいた頃には沢山の神の座があったと言われています。分かりやすい所で言うと、四神とかですかね。」

 ふむ、勝手に祭りあげられた妖怪達の総称…みたいな感覚で良いのか?

 四神って言うと、青龍、玄武、白虎、朱雀だっけ。…朱雀?

「なあ、ここが朱雀苑っていうのと今回の依頼。まさか関係があるのか?」

 久城の顔がニヤリと歪む。

 どうやら核心をついたようだ。

「赤原様の言う通り、殺生石の正体は四神の一柱の朱雀です。朱雀は炎を司る四神。それがどうしてか眠りに入ってしまったんです。神の座に座る妖怪は存在するだけで危ないですからね。誰かが管理しなければなりません。」

 理由は分からないのか、と聞いた所で無駄なんだろうなあ…と思わせる程にはっきりと久城は言った。

 しかし、管理とはどういう事だ?

 それを察した久城が再び、今度はちゃんと椅子に座って説明を始める。

「管理…と言っても大したものではありません。出来ればお嬢様の持ち霊に、程度のものですよ。」

「神の管理を幼女に任せるとは、なかなかに冒険者だな、お前。」

 ついでに冒涜者、と言いたいがそこは堪える。

 これ以上の話の脱線は本格的に戻ってこれそうにないからな。

「護衛って要るのか?裏の洞窟に行って殺生石を取って来るだけだろ?そこらのおつかい並に簡単そうだが。」

 久城は両手を振ってやれやれとジェスチャーで表してくる。

「これだから事情を知らない人間は困る…。」

 殴った。思いっきり殴った。

 しかし目を閉じた久城はそれを軽々と避けていきやがる。ちっ!面倒だな、あの能力。

「おいおい坊主。一旦落ち着け。心配せずともちゃんと説明させるよ。…断っても力づくでな。」

 鴉も椅子から立ち上がり少しずつ近付いてくる。どうやら鴉もムカついているらしい。

「く、黒部様も落ち着いて下さい!分かってます。ちゃんと説明しますよ。…まず、ここに囚われてから私とお嬢様で一度行ってみようとしたのですが、逃げるのがやっとでした。」

「何からだよ、久城。」

「…見てみるのが一番だと思いますので、一度洞窟に向かってみましょう。」

 久城は椅子から立ち上がり、迫っていた俺達の肩に手を置いて部屋から出ていく。

 少し経った頃、俺達も久城に付いて玄関から外に出てみる。

 宵闇の空は雲一つ無く、星が散りばめられた宝石のように輝く。

 洋館の周りにある森も大した変化も見当たらない。久城が言った問題を感じることも出来ない。

「おい、久城。」

 俺が身動きの無い久城に声をかける。

 久城は返事をせず、ただ淡々と前方の森だけを見つめて何かを警戒していた。

 久城の目が据わった状態になった時、ようやく変化は起こった。…否、既に変化が終わっていた、と言う方が正しいか。

「「「 ‼ 」」」

 光る沢山の眼がこちらを見ている。

 その数は、10…20…30…ちくしょう!数えきれねえ。

 視線だけを色々移動させると、完全に俺達は囲まれており、尚且つ空にも何かが旋回しながら飛んでいる。

「何だよ、この量。」

「赤原さん、一度に何体まで相手した事ありますか?」

「嬢ちゃん、殺る気満々だな。しかし、こいつはちと多過ぎやしねえか?」

 森の茂みの中から視える眼達はそれぞれ唸り声を上げながら威嚇してくる。

 近付こうものなら殺される。

 何十、下手をすると何百もの爪と牙が俺達の喉を引き裂き、血を浴びる事を渇望している。

 分が悪い…なんて言葉で片付けて良い物ではないぞ?これは。

「皆様、これでお分かりになりましたか?では、少しずつで良いので、前を見ながら後退して下さい。奴らも今はまだ襲ってはこないでしょうが、念には念を入れねばなりません。」

 ジリジリと後退する度に、茂みの化け物共は唸り声を鎮めていく。

 なるほど、確かにこいつは問題だ。

 早くも第二回の作戦会議を開く必要が、どうやら訪れたようだ。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ふ〜。」

 洋館に戻って簡単な打ち合わせをした後、僕達は自分の部屋に戻った。

 あの大量の眼。あれは全てがこの洋館周りに潜んでいる妖怪達と聞いた時、改めて僕は背筋が震えた。

 今まで僕は少数戦しかしておらず、団体戦、もとい殲滅戦に関しては知識も無い。

 しかも久城さんの話では、小型の妖怪を通り抜けた後にも大型の妖怪が潜んでいるとの事。

 思わず溜め息を漏らしそうになる。

 何であの人はそういう大事な事を先に言ってくれないのか…。

 ベッドに体を埋めて頭を冷やす事を心掛ける。

 正直な話、方法が無い訳ではない。

 だが、これは僕の力だけではどうにもならないのだ。

 最低でも、青田さんと黒部さんがあと一人ずつは必要になる。

「あ〜、モヤモヤする!」

 ベッドに拳を沈めて鬱憤を晴らす。

 二度、三度と殴り四度目を振りかぶった時、部屋の扉が控えめに叩かれる。

「ん?青田さん…かな?」

 再び叩かれた扉に急いで返事をしながらベッドから飛び降りる。

 急いで扉を開けてみると、そこには青田さんではなく、朱雀さんがぽつんと立っていた。

「え、えっと、カゲメを探してるの?」

 僕の問いに朱雀さんは黙って首を振る。

 少し無言の時間が続いたが、僕は取り敢えず朱雀さんを部屋へと入れる。

 朱雀さんの顔は暗く、何かを話しあぐねているような感じだ。

「あ、あの、すみません!」

「へっ?」

 朱雀さんは部屋に入った途端、いきなり頭を下げる。

「ど、どうしたの⁉何を謝ってるの?」

「久城の事です…。彼から話し合いについて聞きました。何やら失礼な事を沢山言ったみたいで、すみません…。」

「いや、君は気にしなくて良いよ。でも、一つ聞きたい事があるんだけど?」

 朱雀さんが頭を上げて、不思議そうな顔を向けてくる。

 やはり、どうにもしっくりこない。

 この少女は、本当に妖怪を使役する気があるのだろうか?

 それだけは、どうしても確認しておきたい。

「久城さんが、今回の原因の石を君に持たせようと考えているみたいなんだ。君は、妖怪って信じているかい?」

 朱雀さんは僕の言葉を聞いて、体を少し震わせる。誰にも気付かれないように努めるように。

 その反応だけが、僕には答えのように感じた。

「あの、少しだけお話を聞いてもらって良いですか?」

 少女は僕のベッドに腰掛けて僕の顔を真っ直ぐに見る。

 真面目な話。悩みの話。不満の話。

 誰にも話せなかったのだろう話を、彼女は出会って間もない僕に話してくれた。

 少しだけ、という割には長く。お話というにはあまりにも重く、辛い。

 涙ぐみながら話す彼女を、いつの間にか僕は背中をさすりながら聞いていた。

 話し終わると彼女は僕のベッドで眠り、再び僕をベッドから追い出した。

 しかし、初めて彼女を視た時も、二度目に彼女を視た時も、ここまで安らかな顔はしていなかったように思える。

「何か、馬鹿らしくなってきたなぁ。」

 状況の悪い事を嘆いて、苛立って、鬱憤を辺り構わずぶちまけて。

 彼女の話を聞いた後では、僕は本当に愚かだと思わされる。

 だって、あんな話を聞かされて、涙なんか視させられて黙ってるなんて。

「華蓮にバレたら怒られてたな。」

 僕は朱雀さんの前髪を分けて、そのまま青田さんと黒部さんに会いに行く。

 迷っている時間は無い。

 僕が迷っている間にも、一人の幼い女の子が苦しんでいる。

 駄目で元々、当たって砕けろの精神で。

 二度目の九月七日の夜は、一度も眠らず更けていく。

 もう僕の目的は脱出なんて自己満足ではない。

 改めて言おう。


「さあ、愉しい救出劇の始まりだ!」

皆様、今回はだいぶ頑張りました、片府です!

いや〜、人間頑張れば出来るものなんですね〜。

今回やっぱり0時を過ぎての完成となってしまっているのは申し訳ない限りです。

文化祭も近くなり、私の所属している文芸部も慌ただしくなってきました。

いつの間にか私が部長に就任されていたり、メンバーがなかなか全員揃わなかったりと大変ではありますが、それでも早めに手を打っておいたので少し楽です。

お陰でこっちも書き進める事が出来ましたし。

さて、大量の妖怪に囲まれた雷咼達。

これを打破する事は彼らに出来るのか!的な所で今回は終わりましたが、はてさて、一体どうやってこの状況をくぐり抜けるのか楽しみですね。

それに、そろそろ定着してきた雷咼の名言、『さあ、愉しい〜の始まりだ!』ですが、皆様は一体どう思っているのか、気になる所です。

後書きにアンケートや感想を募集しても実りが無く、最近悲しくなりつつあります。

これも自分の文才が無い所為なのでしょうか?

次回の投稿も出来るだけ早くしたいとは思いますが、最近忙しくなり、遅くなったりする事もあるかもしれません。

ですので優しい目で見てもらえる事を切に願います。

では皆様、また次回でお会いしましょう。

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