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第十七話 胸に宿るは妖怪なり (人格過多編 第六部)

 何年経っただろうか。

 彼と私が出会って、一体。

 人魚に限らず妖怪は、皆時間に対しては鈍感だ。

 基本的に不死の私達は、時間をさして重要視する必要が無いのだ。

 時間なんて、眠れば簡単に過ぎ去る。

 時間なんて、何もしなくても過ぎ去って行く。

 時間は、私達に変化を与えない。

 そう思っていたのに…違った。

 私達もそうだが、時間もかなり鈍感で、ノロマだったのだ。

 変化が無いんじゃなく、感じなかっただけだったのだ。

 彼と早く会いたい。

 早く朝になれば良いのに。

 私は変わった。

 私はいつしか彼を拠り所に、彼と会う日々に愛しさを感じていた。

 長い夜を鬱々と過ごし、短い昼を喜々として暮らした。

 やがて私の欲は大きくなる。

 肥大した欲を満たす為、私は願った。

『あの人と共に、どこでも構わない、幸せに生きていきたい。』

 そんな愚かな願いを叶える、人間の足。

 何を代償にしても、私は自分の欲の為に、人間になる事を願った。

 仮に得ても、それがハリボテの偶像にしか、ならないと言うのに。

 私は本気でその偶像を信じ、憧れ、そして…人魚の特性の一つ、何者をも魅了する歌声を失った。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 いつもと違う、落ち着いた思考。

 今僕は、コンとコルの憑依ではなく、セレで憑依をしている。

 本来、憑依は決められた刀で行うのが普通だ、と黒部さんは以前言っていた。

 理由は三つ。

 まず一つは、最初の憑依が暴走の危険を招く為。

 憑依自体がリスクの上に成り立つ為、進んでリスクを増やす人間がいないのだ。

 二つ目は、人間が妖怪を嫌う為。

 大切な人を妖怪に奪われた人は大抵、妖怪を憑依させる事すら躊躇う。

 出来るなら、憑依を最小限にしたがるらしい。

 気持ちは良く分かる。

 僕も、出会ったのがコンとコルじゃなければそうなっていただろう。

 そして、三つ目。

 これが最も大事な事で、致命的な物。

 それは、長期的に与え続けた供物。

 憑依をする為に必要な、絶対条件の不足。

 この三つの条件を理解した上で、僕はセレに憑依を頼み、そして、ここにいる。

「さて、義務に駆られた使命劇を始めよう。」

 右手に握る、しなやかな鮮やかに輝く青い刀を、僕は肩へと持っていきながら鼬地さんを見た。

 獣の様に血走った目、口から垂れる唾液、全身を覆う毛。

 まさに獣と化した鼬がそこにいた。

 最初の一撃以降、鼬は攻撃も動作もなく、僕の事を見ている。

 僕が黒部さんと青田さんに近づいている間も、ずっと見ているだけだった。

「少しぶり、ですね。遅くってすいません、黒部さん。」

「坊主、お前、腕治ったのか?」

 黒部さんと青田さんが驚きで固まっている。

 まあ、確かに腕は切断されてたし、普通は治るはずもないから当然だけど。

「赤原さん、コンさんとコルさんはどうしたんですか?その憑依と、何か関係が?」

 青田さんが中々に鋭い事を言ってくる。

 一から説明しても良いのだが、流石にそこまで時間をくれる程、向こうは親切じゃないだろう。

「黒部さん、青田さんと一緒にコンとコルの所に行ってくれませんか?僕がさっきまでいた電柱にいますから。」

 僕は笑顔で黒部さんに頼み事をする。

 青田さんは何か言いたそうな顔をするが、黒部さんが手を青田さんの肩に置くと、青田さんは渋々黒部さんについて、僕が来た方向へと走っていった。

「ごめんね、青田さん。三十分で終わらせるから、コンとコルを頼みます。」

 獣となった鼬を見る。

 人語ではなく、ただの呻き声をあげている姿は奇怪で、痛々しさを抱かせた。

「セレの言う通りだったなあ。あれは、さぞ苦しいだろうね。セレが義務感に駆られるのも分かる気がする。」

 左手を胸に当てて独り言を呟く。

 微かに内で疼いたそれは、早くしろ、と促している様に感じた。

「はいはい。分かりましたよ。」

 風が頬を撫でる。

 優しくない、暴力の様な強い風。

 その中に混じる、殺意の乗った意図的な風が喉元へと迫る。

「ふっ…!」

 一息吐いて膝を一気に曲げる。

 殺意は後ろへと向かって飛んでいき、背後にあった一軒家の塀を横に両断する。

 曲げた膝の力を爆発させて、僕は鼬との距離を白兵戦が出来る所まで縮めた。

 いつもは二刀で戦っていた所為で、若干やり辛さは否めないが、それでも刀のリーチがいつもより長いお陰でプラマイ0だ。

 鼬地さんは相変わらずの徒手空拳、否、両手刀に風を纏わせた、風の刀。

「ガルッ、ルアーーーー‼」

 二撃も見えない風を避けられた。

 それだけで挑発としては十分だったのだろう。

 コンマ何秒の戦闘。

 そんな白兵戦を三分、たったの三分を僕達は死ぬ気で繰り広げ、再び距離を開けた時には二人共、全身に傷を負っていた。

 服は裂けて血が滲み、再憑依で新しくなった和袴も、既に袖の方からボロボロになっている。

「邪魔だな。」

 僕は肘から先の袖を強引に引き千切る。

 引き千切られた袖からは腕が伸びている。…腕から手首の全域に広がる、青い鱗に覆われた腕が。

「はあ、流石に風の刀だけに速いな。刀と同化している分、元の妖怪に近い速度が出せる訳か。」

 何て呟いている内にも、鼬地は暴れる様に手刀を振るう。

 その手刀が動く度に大気が震え、見えない刃が僕を襲う。

 僕はそれを…視て避ける。

 まるで投げられた石を避ける様に。

 通行人にぶつかりそうになって避ける様に。

 見えない刃を、視て避ける。

「無駄ですよ、鼬地さん。今の僕は水精と憑依している。大気に水があるのなら、僕はその水を視る事が出来ます。大気には水は不可欠、つまり水がない所が、あなたの風の通り道だ。」

 刀を前に突き出す。

 確かな手応えと共に、風船を割った様な圧迫感の放出。

 大気の水を刀に纏わせ、僕は鼬へと突っ込んで行く。

 その間も、鼬はヤケを起こした様に吠えながら手刀を切り続ける。

 刀に纏った水が風に触れる度に飛び散る。

 水は空気を舞って後方へ、舞った水は大きな塊となり僕へと続く。

「その苦しみ、僕達が断ち切る!『洋の式、断罪水虎』!」

 水塊が僕を呑み、そのまま鼬の元までひた走る。

 水塊は鼬の風刃から僕を守りながら走り続け、鼬を呑み込む寸前、僕は鼬に横に一閃を喰らわせて水塊から出る。

 背後には、僕に腹を深く斬られた鼬地と、その鼬地を呑み、窒息させている水塊がある。

「終わりです、鼬地さん。あなたが正気な時に、もう一度闘いたかった。」

「は…はっ!じゃあ、やる…っすか?良いっすよ?…あんたが…最後かも…しれないんすから。」

 背後から掛けられた声に驚き、水塊のある後ろを向く。

 そこには、優しく、穏やかな笑みを浮かべた、今まで接してきた鼬地さんの姿があった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 坊主をあの時置いた電柱。

 そこには坊主の言う通り、狐共がいた。

 コンの方は寝ているコルの頭を膝に乗せて、少し憂鬱そうな顔をしている。

「コンさん、コルさん、どうしたんですか⁉」

 嬢ちゃんが二人に近づく、するとコンの方がこちらに気付くと同時に泣き始めた。

 こう言う時、男が出しゃばっても良い事がない。

 故に俺は、この場を嬢ちゃんに任せる事にした。

「土花、…すみません。私が不甲斐ないばかりに、ご主人が…。」

 静かに泣くコンを、嬢ちゃんはしゃがんで目線を合わせると問いかけた。

「大丈夫です、コンさん。赤原さんなら、今は元気に戦っています。腕の事なら、別にコンさんが気にする必要はありません。」

 嬢ちゃんの言葉は感情に溢れ、どこか母性さえ感じさせる。

 もし嬢ちゃんが感情豊かだったら、どんな人生を歩んでいたか、少し興味が湧いた。

 そんな嬢ちゃんの言葉に、コンはフルフルと首を横に振る。

「違う。腕の事は別に…気にしてません。でも…これは、酷すぎます!」

 そう言って、コンは大きな声で泣き始めた。

 嬢ちゃんも、コンが何を言いたいのかさっぱり分からずに右往左往している。

 俺自身、狐が何を言いたいのかさっぱりだ。

 そんな混乱した中に、一つの声が聞こえた。

「私が…説明します。」

 コンの膝に乗ったコルだ。

 目を覚ましたコルは、ゆっくりと上体を起こして俺達の方を向くと、心底辛そうな声で、一つの事実を話した。

「ご主人様の今回の憑依は、三十分しか保ちません。加えて、今回の憑依でご主人様が失った物があります。それは、……です。」

 俺はコルの最後の一言に絶句し、体が一瞬動かなかった。

 だから、嬢ちゃんが土蜘蛛の力で坊主の所に向かった時、止める事が出来なかった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 水塊の中にいる鼬地さんは、空気の無い水中でも声を発している。

 空気の振動が無ければ声は発生しない。

 つまり、鼬地さんの周りは空気があると言う事になる。

「風の恩恵…ですか?」

「ご名…答。でも、これは…僕自身…と言うより、彼が…得た力…っすけど。」

 空気があるはずの鼬地が、苦しそうに顔を歪めている。

 傷の痛みでと言うより、何かを抑えつけている様な苦しみ方だ。

「鼬地さん、あんたもしかして、妖怪を抑えているのか?」

「は…はっ!惜しいけど…違うっす。人間が…妖怪を抑えてるんじゃない。妖怪が…人間を抑えてるんす。」

「なっ⁉それじゃあ、あんたが刀の本体って言う事ですか⁉」

「ははっ!…驚いた…っすか?でも、…事実っすから。」

 鼬地さんはそう言って、両手の手刀で前方を掻いた。

 すると、鼬地さんを閉じ込めていた水塊が、内側から爆ぜた。

「ははっ!雷咼の攻撃、凄く効いたっすよ。だからなのか、お陰で僕が出てこれたっす。今はもう、完全に支配権は僕の物っす。さあ、今度は本気で、戦いましょう。」

 鼬地さんはさっきの様な優しい笑みを浮かべて、手刀を構える。

 その手刀には、今までとは比較にならない程の風が、渦を巻いて纏われていた。

「鼬地さん。妖怪のあなたが、何で人間の人格を抑えてるんですか?いや、そもそも抑えなければいけない状態になったんですか⁉」

 血が出るんじゃないか、と言う程の力で刀を握り、僕は鼬地さんに問いかける。

 鼬地さんは、(妖怪とは思えない)優しい笑みを浮かべたまま首を振る。

 語る事は出来ないとでも言う様に。

 語る気が無いとでも言う様に。

 僕の内で疼くそれも、これ以上は意味がないと言っている。

 妖怪同士の価値観。

 それは人間の僕にはまったく分からない。

 語りたくない気持ちも、語る気が無い気持ちも分かる。

 でも、語らなければ…分かる者も分からないままではないか。

「安心するっす、雷咼。語る気なんて、さらさら無いっすけど、伝える気はあるっすから。だから、一瞬で伝えるっす。…一回の攻防に、命を乗せるっす。」

 鼬地さんの風が、鎌の様な姿を現す。

 手刀に纏っていた風が凝縮され形を得た結果、それが鎌となったあの刀。

「今までの手刀は初期状態っす。手刀を鎌に、この姿が鼬の本当の姿っす。」

 鎌には今まで通り風を纏わせ、明確な刃物となった事で威力も上がっている。

「分かりました。元々、命を賭けるのが約束みたいな物です。僕も、セレの能力を百パーセント出して、あなたに勝ちます。」

 虚空に手を伸ばし、水を圧縮して作った特製の鞘を出す。

 和袴の腰に鞘を差し、刀をその中に仕舞い、セレが教えてくれた構えをする。

「抜刀術…ですか。まるで時代劇みたいっすね、雷咼。」

「甘くみない方が良いですよ。僕自身はやった事無いですけど、セレの記憶と経験が、教えてくれます。これは僕の技じゃありません。セレの、前の主の技ですから。」

 それが、僕と鼬地さんとの最後の会話で、最期の出会いだった。

 鼬地さんは鎌を下からすくい上げる構えで正面から突撃してくる。

「『風刃、上昇斬鬼』!」

「『海技、水虎暴泉』!」

 予想通り下からすくい上げて来た鎌を、水をコーティングして抜刀した一息で押し戻す。

 鎌は完全に上へと上げられ、こちらは抜刀した所為で引き戻しは出来ない。

 決着付かずの相打ち…なんて結末、あり得ない。

「まだっす!」

「こっちも!」

 振り上げた鎌は、風の力で振り下ろす鎌に。

 抜刀して振り抜いた刀は、一回転して遠心力の付いた水の刀に。

 さっきの一発目とは違う、単純なスピード勝負。

 水飛沫と暴風のせめぎ合い。

 しかし、本体の刀は一切触れ合わず、二つの現象が終わった時、二人は三メートル程の間隔が開いていた。

 その間隔を、両者を繋ぐ様に引かれている赤く、太い線。

 やがて両者は、同時にその体を水を吸った地面へと倒した。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 沢山の記憶の流れ。

 誰の視点なのかも定かではない。

 映るのは二人の男。

 一人はずっと海辺の岩場で話している風景。

 一人は一緒に日本を歩く風景。

 二人はまったくの別人で、なのに何処か似ている感じ。

 そんなどうでもいい、ほのぼのとした記憶。

 そんな幸せな記憶が、何年か続いた。

 だが、記憶はやがて負の記憶が混じっていく。

 その内に記憶は戦いの記憶や寂しい記憶、痛々しさを覚える記憶だけを観るようになった。

 負の記憶は少しずつ量を増していく。

 挙句の果てに観た記憶は、二人の男を殺す光景。

 一人はまったくの別人。

 一人は別人に見える本人。

 ここに来て、僕はようやく誰の記憶か見当がついた。

「ああ、これは、セレの記憶か。」

 呟いた途端に遠のく記憶。

 僕が最後に観た記憶は、一人の少女が男を抱いて泣いている姿だった。

 意識体の筈なのに、僕の頬は温かい水が流れていた。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「…さん!赤原さん!」

 再び、誰かの声で目を覚ます。

 また僕は、気絶していた様だ。

 でも、今回は外傷あっての気絶じゃない。

 おそらく、今回の気絶の原因は時間制限が来たからだろう。

 三十分

 それが、僕がセレから聞いた憑依の制限時間。

「え、えっと、お早う…かな?僕、どれ位眠ってた、青田さん?」

 僕を心配そうに見つめる青田さんの顔。

 その顔は泣きそうなのに、それでも僕に安心感を与えてくれる。

「赤原さん!体は、大丈夫なんですか⁉何かいっぱい血が付いてますけど⁉」

 青田さんが僕の顔や手に付いている血を拭う。

 その下からは健康な肌、一切傷を負っていない皮膚がある。

「大丈夫、怪我はしてないから。これは、たぶん彼の血だ。」

 そう言って鼬地さんが倒れている方を指差す。

 鼬地さんの側にはセレが座り、静かに黙祷を捧げている。

「終わった…んですか?」

「たぶん…ね。」

 青田さんはしばらく鼬地さんを見ていたが、やがて僕の顔の前に手を出す。

「赤原さん、この手、何本に見えます?」

 青田さんが急に不思議な質問をしてくる。

 僕はありのまま、視えている通りに答えた。

「えっと…三本だけど、どうかした?」

 青田さんは僕と自分の指を交互に見た後、何かをはぐらかす様に手を振った。

「い、いえ何でもありません。さあ、帰りましょう。コンさんとコルさんが待ってます。」

 元気を取り戻した青田さんの言葉に頷いて、僕は立ち上がる。

 鼬地さんを人が寄りつかない場所に丁寧に埋葬した後、僕達は黒部さんやコンとコルに合流し、屋敷へと帰った。

 屋敷に着いた時、少し空が白んで来ていた。

 その日は結局皆、大人しく寝ていようと言う事になり、全員が自分の部屋へと引っ込んでしまった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 これから語るのは皆が部屋に引っ込んで後、ほとんど全員が眠っていた時の出来事だ。

 あの時、僕は庭が視える廊下に座っていた。

「坊主。」

「ああ、黒部さんですか。どうしたんです?」

 僕は庭を視ながら、話し掛けてきた黒部さんに意識を向ける。

「隣、良いか?」

「ええ、別に許可なんて取らなくて良いですよ。いつもそうじゃないですか。」

 隣に黒部さんが座る気配がする。

 黒部さんの声は、いつもと違って真面目な物だ。

 おそらく、コンとコルから聞いた事だろう。

「坊主、単刀直入に聞かせてもらう。その目、今見えてるのか?」

 案の定だ。

 まったくもって想像しやすい。

「いえ、今は見えてませんね。視力はセレに供物としてあげましたから。」

 何の事もなく、僕は黒部さんに正直に言う。

 黒部さんも、そうか、と言って黙った事を見るに、コンとコルから大体の事は聞いたのだろう。

「何で視力を渡したんだ?と言うか、何で視力だったんだ?」

「ストレートに聞いてきますね。まあ、その方がらしいですけど。…そうですね、第一の理由としては、質の問題ですか。」

「質?」

「『憑依は見えない長期的な供物が望ましい。』、黒部さんの言葉です。」

「ああ、そう言う事か。」

 黒部さんはそう言っただけで納得してくれる。

 話が早くて大変助かる。

 つまり、言葉遊びだ。

 視力は現物として見る事が出来ない。

 さらに、感情や性格と違って、視力は生活に支障をきたす。

 前の二つより供物の質が良いのだ。

 だが、流石に時間の問題は大きく、制限時間が三十分だけと言う制約が付いた。

 今後、どれだけ視力を渡してもその制約は付きまとう。

 これが、セレと交わした憑依の実態だ。

 お陰で、僕の視力は今皆無の状態である。

 ではどうやって、青田さんの質問やここまで帰ってきたかと言うと。

「それは分かってる。どうせ、狐共の能力を使ったんだろ?正確には、『葛の式、夢幻憂月』だったか。」

 黒部さんが僕が答えを言う前に答えてしまう。

 まあ、実際そうだから良いが。

『葛の式、夢幻憂月』は人の頭を流れる生体電気を操作する技。

 これは悪用すれば人の気を失わせる事も出来る邪道な技だ。

 だが、裏を返せば、生体電気を操って視力を回復させる事も出来る。…らしい。

 と言うのも、実際は回復させられず、コンとコルはショックを受けてしまったのだが。

「でも、やった甲斐はありました。」

「視力を戻せなかったのにか?」

「ええ、だって今僕の目は見えてませんけど、確かに青田さんの時は視えてましたから。」

「すまん、ちゃんと説明してくれ…。」

 黒部さんが頭を抱えて懇願してくる。

 少し言葉遊びが過ぎたかな。

「えっと、簡単に言うと、コンとコルの視力を三人で併用出来たんです。」

 人間の視力は、目で見た情報を脳で理解する事で見えている。

 僕は別に目の機能を失った訳では無い。

 目で見た情報を堰き止められてしまっている状態なのだ。

 だったら、その情報を別の所で処理して貰えば良い。

 そこで白羽の矢が立ったのが、『葛の式、夢幻憂月』で媒体となるコルである。

 自分に『葛の式、夢幻憂月』をする事で、コルに情報伝達用のバイパスを作り、僕が見た情報はコルの頭で認識され、僕の目に映る。

 まあ、直ぐに保たなくなって倒れてしまったから、コンにも半分受け持ってもらったのだが。

「成る程、それで、狐共が寝ている今は目が見えない訳か。」

「ええ、因みに、黒部さんは二人から何を聞いたんですか?」

「特には、お前が視力を供物にしたってのと、制限時間の事、それを超えたらどうなるかも聞いた。」

「大丈夫ですよ。流石にそれは命知らずです。」

「だな、制限時間を超えると死ぬ。なんて、中々やる気にはならんわな。」

 何だろう、凄くフラグっぽく感じるのは僕だけだろうか?

「嬢ちゃんには今の説明、するのか?」

「今はする気がありません。聞かれたら話しますけど、バレるまでは話しません。」

 その一言で黒部さんの表情が曇ったのが視力の無い状態でも分かる。

「黒部さん、一応言っときますけど。二人が寝ていても、どこに何があって、誰がどこにいるかは分かりますからね。表情位なら読めますよ。」

「ご忠告どうも。そんじゃ、俺もそろそろ寝るわ。お前も、少しは寝といた方が良いんじゃねえか?」

「ええ、もう少し経ったらそうします。」

 黒部さんは静かに立ち上がって歩き出す。

 黒部さんの部屋に続く廊下の角、そこを曲がろうとした黒部さんは再び、僕の方を向いて聞いてきた。

「そう言えば、坊主。お前、何で腕が治ったんだ?」

 僕は座ったまま、黒部さんを視ないままに少し茶目っ気を交えて答えた。

「黒部さん、人魚って、不老不死なんですよね〜。」

 黒部さんは僕の言葉を聞くと、無言で去って行ってしまった。

「はは、まったく、気が小さいなあ。そう思いません、鼬地さん?」

 僕はもう居ない人間、否、妖怪に問いかける。

 刀を交えて、流れ込んできた彼の言葉。

 戦っている時は意識しなかったけど、今なら思い返せる。


『僕と彼は一心同体。主と共に在るのが、刀って物っす。』


 さしずめ、こんな所か。

 彼が言っていそうな。

 そんな感じの言葉を、僕は部屋で眠る二人の妖怪を思いながら、自然と胸へと焼き付けていた。






人格過多編、終了ーーーーーーー‼

と言うわけで、今回終了しました。狐の事情の裏事情 人格過多編。

皆様の予想を打ち砕く事が出来たか、それを知る事は出来ませんが、しかし、今回主人公が失った物の大きさだけは、理解して欲しいと思います。

今回の銘である、人格過多編はつまり、主人公と鼬地を表しております。

この二人の戦いは一種の、同族殺しです。

二人共、人格を最低二つは持ち、刀を所持していました。

しかし、主人公は恵まれた環境が、鼬地には刀しかありませんでした。

その結果、刀に意識を呑まれるという事になった訳です。

いや、書ききれなかったからここで書いてる訳じゃありませんよ?

そんな事は決して御座いません!

次回はスピンオフを一つ書いた後、再び本編を再開します。

ここまで読んでくださった方も、まだ少ししか読んでいない方も、是非読んで下さい。

因みに、スピンオフは黒部の話を書こうと思っております。

では皆様、また次編でお会いしましょう。


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