神の名は、アマテラス
「おはよう、人間……」
私の脳は一瞬、フリーズした。
黒いTシャツ一枚の少女が、ベッドの横に立っている。
黒髪が朝日を受けてやわらかく光っている。
「……誰?」
思わず声が漏れた。
すると少女は小さく首を傾げた。
「昨日、お前に助けられた」
「え?」
「犬だ」
「……」
「いや、神だ」
情報が、渋滞している。
犬。
太もも。
黒Tシャツ。
神様。
すっごい太もも。
「待ってください」
私はゆっくり布団を引き上げ、顎まで隠れた。
「順番に説明してください」
少女は腕を組む。
「私は昨日、雨の中で倒れていた黒柴だ」
「はい」
「お前が拾った」
「はい」
「本来の姿は神だ」
「はい?」
自分でもわかるくらい、声が裏返った。
「神って……あの、神社とかにいる?」
「いることもある」
「太陽とか月とかの?」
「主に太陽だ」
「主に!?」
私は勢いよくベッドから転げ落ちた。
どすん。
床が冷たい。
「痛い……」
「大丈夫か、人間」
なぜか心配そうに覗き込んでくる。
その顔が昨日の黒柴と同じ角度で傾いていることに気づいて、背筋がぞくっとした。
「……証拠は?」
自分でも意外なくらい冷静な声が出た。
少女は少し考えるように視線を上げる。
カーテンの向こうは、まだ小雨が降っていた。
「雨は嫌いだ」
ぽつりと呟く。
その瞬間。
ふっと、部屋の空気が変わった。
光。
カーテンの隙間から、細い一筋の光が差し込む。
次の瞬間、ぱあっと部屋が明るくなった。
雨音が、止んでいる。
私はゆっくりカーテンを引いた。
雲が割れ、青空が覗いていた。
「……え」
スマホで天気予報を見る。
降水確率90%。
なのに、外は快晴。
後ろから声がする。
「だから言っただろう。主に太陽だ」
振り返る。
黒髪の少女が、少しだけ誇らしげに立っている。
「……」
数秒、沈黙。
そして私は叫んだ。
「えええええええええええええ!?」
少女は耳を押さえる。
「うるさい」
「神様がうちにいるって何!?どういうこと!?え、え、私なんかしました!?」
「犬を拾った」
「それだけ!?」
「それだけだ」
あまりにもあっさり言われて、逆に言葉を失う。
テーブルの上に置いたままの袋が目に入った。
昨日買ったドッグフード。
私はゆっくり指差す。
「……あれ」
少女も視線を向ける。
「それは犬用だな」
「あなた用でした」
「そうか」
「私の貯金計画が……」
思わず膝を抱える。
少女は少しだけ目を細めた。
「金がないのか?」
「高校生の一人暮らしなめないでください」
「一人暮らし?」
「両親は……海外赴任中なんです」
ほんの一瞬だけ、空気が静かになる。
少女は何かを言いかけて、やめた。
代わりに小さく息を吐く。
「ならば、私が礼をしよう」
「礼?」
「お前は私を助けた」
真っ直ぐな目。
昨日の黒柴と同じ目。
「だから、しばらくここにいる」
「え?」
「居候だ」
「ちょっと待ってください!?」
「問題があるか?」
問題しかない。
でも。
昨日、あの雨の中で震えていた黒柴の姿が脳裏をよぎる。
「……家事、できます?」
少女は考え込む。
「太陽は皿を洗わない」
「覚えてください」
即答した。
少女はふっと小さく笑った。
「未乃」
「え?」
「お前の名だろう」
「な、なんで」
「昨日、寝言で言っていた」
顔が一気に熱くなる。
「忘れてください!」
「断る」
少しだけ意地悪そうな目。
けれどどこか柔らかい。
少女は胸を張った。
「改めて名乗ろう。私はアマテラス」
数秒の沈黙。
私は深く息を吸う。
そして、観念した。
「……神楽坂未乃です」
アマテラスは満足そうに頷く。
「よろしく頼む、人間」
私は頭を抱えた。
とんでもない朝が、始まってしまった。




