深紅の瞳と崩壊の未来
戦いが終わった後の公園は、不気味なほど静かだった。
魔法陣がゆっくりと消えていき、現実世界の空気がじわりと戻ってくる。
ルクス=ブレードを握ったままの手に、まだわずかに力がこもっていた。
俺は魔束に剣を返そうとするが──
「ちょっと待って」
魔束が静かに手をかざす。
彼女の指輪が淡い青光を放ち、その光が俺の手に握られた剣へと吸い込まれていく。
「──《変形・小型化》」
キィィン……と高音が鳴り、ルクス=ブレードの光の刃が粒子となって散り、その姿が縮んでいく。
やがて剣は、手のひらに収まるほどの短剣サイズになり、金の装飾がついたペンダントのような形へと変化した。
「持っておいて。これからも今夜みたいな敵が来るかもしれないわ。
小さくしておけば携帯しやすいし、必要なときは魔力で元の姿に戻せるようにしてある」
「……その、俺の魔力で戻せるのか?そもそも実感がないというか」
「いざというときは、私が魔力を送ってあげる。だから安心して」
「すげぇ……」
俺は変化した剣をそっと胸ポケットにしまった。
二人で、公園の出口に向かってゆっくりと歩き出す。
だが──その時だった。
ビリ……と、空気が軋むような音が耳を突いた。
「……止まって」
魔束が小さくつぶやいた瞬間、まるで空気が凍ったような感覚が全身を貫いた。
──異様な魔力。さっきの使い魔とは比較にならない。
次の瞬間、空間がねじれた。
公園の中央──戦いの跡地に、“裂け目”のような闇が広がっていく。
そこから、音もなく、一人の男が現れた。
黒いコートのような長衣をまとい、背筋を真っすぐに伸ばして立っている。
漆黒の髪に、深紅の瞳──その姿は一見すると人間のようだったが、この場に漂う空気が、それを否定していた。
……間違いない。こいつは、人間じゃない。
「……ようやく見つけた」
低く、静かな声が夜を裂く。
男はゆっくりと歩を進めながら、俺をまっすぐに見据えていた。
背筋が凍る。視線だけで、体の奥が揺さぶられるような圧だ。
「あなた……何者……!」
魔束が一歩前に出て、指輪をかざした。
だが男は彼女には目もくれず、俺から視線を外さない。
「名乗るほどの者ではない。今夜は、挨拶に来ただけだ。……焦る必要はないさ」
「……俺に、何の用だよ」
「君が──“鍵”なのか。あるいは、まだ“可能性”の段階か。ふむ……まだ曖昧だな。だがそれでいい。
発芽はいつだって静かに始まるものだ」
男は片手を軽く持ち上げ、指をパチンと鳴らす。
空気が揺れ、微かに魔力が震えた。
「君の中の“因子”が芽吹けば……“扉”が開く。
それが君たちにとっての“希望”なのか、それとも“破滅”か──それはまだ、誰にもわからない」
「……ノクタニア……ね。あなた」
魔束が険しい表情で問いかける。
「ノクタニア……か。否定はしない。だが、私をあんな野蛮な連中と一緒にしないでもらいたいな」
「何を言ってるのよ。あなた達はみんな、崩壊の未来をもたらす存在でしょ!」
「“崩壊の未来”か。……ああ、そう呼ぶのかい。面白い。
だが、私は別の未来を見ている。それがどんな形をしているのかは──まだ私自身にも見えていないがね」
「……崩壊の未来? それって、一体どういう意味なんだ……?」
目の前の男も、魔束も、まるで常識のようにその言葉を口にしている。
けれど──俺には分からない。
“崩壊”とは何が壊れることなのか。
俺たちの世界のことなのか。それとも……。
胸の奥がざわついた。
俺はまだ何も分かっていない。分からないまま、何かに巻き込まれていく──そんな恐怖が、じわじわと広がっていく。
そして、そんな俺の心を見透かすように、魔束が一歩前に出る。
「……一体、何を企んでいるの?」
俺の疑問も不安も、空気の中に置き去りにされたまま、会話は進んでいく。
「近いうちにわかるさ」
男は口元にわずかに笑みを浮かべると、ふっと肩を下ろした。
するとその体が、黒い霧のようにぼやけていく。
「また会おう。……“鍵”よ。そして、美しい魔法使いよ」
その声だけを残して、男の姿は完全に消えた。
まるで最初から存在などしていなかったかのように。
ただ、夜の空気だけが、重たく張り詰めたままだった。




