VSノクタニアの使い魔
夜の公園に着いた頃には、辺りはすっかり静まり返っていた。
聞こえるのは、遠くで鳴く虫の声と、街灯のわずかな電気音だけ。
「ここから先は少し騒がしくなるわ。念のため、現世と空間を隔離しておく」
彼女がそう言って右手を掲げると、指輪が淡く青い光を放った。
その輝きが地面に広がり、足元に魔法陣が展開されていく──
幾重にも重なる幾何学模様が淡い光を放ち、円環となって周囲を囲んだ。
「──《展界術式・結界転位》」
その言葉とともに空気が震え、公園の風景が一瞬だけ揺らめく。
まるで透明な膜に包まれたような違和感──世界が、切り離された。
「これで、外には影響が出ない。魔獣との戦闘が、普通の人間に見えることもないわ」
2度目だがまだこの空間には慣れない。
息を呑む俺の前で、魔束はおもむろに胸元に手をかざした。
すると、彼女の身を覆っていた制服の上から、漆黒と金の縁取りを持つ“戦闘用ローブ”が重なるようにして現れる。
ふわりと揺れる袖、背中に広がる魔力の紋章、そして腰元には魔力を収束させる装飾具。
「……よし、準備完了」
その姿は、先ほどまでの少女とは打って変わって、まるで異世界から降り立った戦士のようだった。
その中で、魔束がふと振り返る。
「……いざという時、自分の身は自分で守れるわね?」
「は? なに急に……」
魔束は真剣な表情のまま、右手を掲げた。
その指に嵌められた《エスフェリア》が、一瞬、淡い青白い光を灯す。
「──《転写・ルクス=ブレード》」
空間がきらめき、そこに一筋の光が形を成す。
まるで夜を裂くかのように現れたその剣は、澄んだ刃を持ち、金と銀の装飾が柄に施されていた。
神聖な意志を宿したような、その輝き──
「これを持って」
魔束が両手で剣を構え、俺に差し出してくる。
「これって……昼間お前が使ってたやつだろ? でも俺、剣なんて使ったこと──」
「これは“光”の剣、ルクス=ブレード。あなたの魔力に反応するように調整してある。今は微弱でも、自己防衛くらいには使えるわ」
言葉に押され、俺は恐る恐るその柄に手を伸ばした。
──その瞬間。
剣が微かに光を帯び、掌に吸い付くような感触が走る。
それは確かに、自分に“応えている”感覚だった。
「っ……!」
「やっぱり、反応したわね。あなたの中に魔力が宿っている証拠よ」
「……マジかよ……」
剣は驚くほど軽い。でも、確かな重みがある。
まるで、目の前の現実を否応なく認めさせるかのように。
「もしも敵があなたに迫ってきたら、剣を“振る”だけでいい。意識を集中して、斬る意思を持てば、光があなたを守ってくれる」
魔束の瞳が、真剣に俺を射抜いてくる。
「……いいわね?」
「……ああ、わかった」
頷いたそのときだった。
──ギィィ……。
耳障りな軋む音が、遠くから聞こえた。
空気がじわじわと歪み、闇の中に黒い染みが滲み出していく。
「来たわよ。気を抜かないで」
「ああ……」
地面から這い出すように現れたのは、黒い靄をまとった影だった。
その中心から、ぞわりとした異様な気配が立ち上がる。
「ギ……ギギギ……!」
それは──カラスのような顔に人間のような胴体、そして獣の爪。
黒い煙を纏う、小さな魔獣。
「……ノクタニアの使い魔、“スモールスカー”よ」
魔束が低くつぶやき、背後の《エスフェリア》がぴくりと震える。
『結城楓真、下がっておれ』
「……言われなくても」
俺は剣を構えたまま、一歩も動けなかった。
脚が重い。頭では動けと言ってるのに、まるで身体が凍りついたようだ。
そのとき、魔束が前に出た。
「“スモールスカー”なんて雑魚。すぐに片付ける」
彼女の指輪が輝き、空中に展開される魔法陣。
「──《リュミエール・ランス》!」
光の槍が一直線に、魔獣へと飛んでいく。
避ける間もなく命中し、黒い霧が炸裂。
「ギギィィィ……!」
それでも奴は立ち上がる。
呻き声を上げ、鋭く身をねじって襲いかかる。
「来るなら来なさい!」
魔束は空をなぞり、連続して光の術式を描いた。
「──《シールド・セレスティア》!」
白光の盾が出現し、迫る爪を完全に弾く。
ガガガッ!と耳をつんざく音が響き、空気が震える。
「……逃がすわけにはいかない!」
彼女のローブが翻り、最後の一撃を放つ。
「《ルミナス・ストライク》!」
閃光が夜を貫き、魔獣の身体を撃ち抜いた。
断末魔のような鳴き声をあげ、スモールスカーは霧と化して消滅していく。
──終わった。
俺はずっと、剣を構えたまま、立ち尽くしていた。
一歩も動くことができずに、ただ……見ていた。
魔法を放ち、戦い、勝った彼女を。
すごい──
美しくて、強くて、怖くて。
そして……そんな自分が、情けなかった。
「……無知的といっても、魔法を連発したから少し疲れたわ」
魔束が、ふうっと息を吐く。
「帰りましょう」
俺はただ、何も言わずに頷いた。
ルクス=ブレードの柄が、手の中で、静かに光を収めていった。




