新たな魔力
夕食が終わり、母さんは食器を台所に運びながら「二人とも、くつろいでてね〜」と、いつもの調子で声をかけた。
リビングのソファに並んで座る俺と魔束の間には、微妙な静けさが流れていた。テレビはついているけど、誰も見ていない。
魔束が、ふと湯気の立つ紅茶のカップを手に取る。母さんが淹れてくれたものだ。
「……いい家ね、ここ」
「そうか?」
「うん。あたたかくて、静かで……ちょっと懐かしい感じがするの」
「……魔束の家って、異世界にあるんだよな?」
「そうよ。父と母、そして姉が二人いるわ。お父様とお母様は昔から私に甘くて、長女は物静かで優しい人。逆に次女は……まあ、騒がしくて破天荒ね」
魔束は、思い出すようにクスッと笑った。
「……お前がそんなふうに笑うの、初めて見たかも」
「失礼ね。私だって、笑うことくらいあるわよ」
「……そうだな」
俺も、少しだけ笑う。
でもふと、気になったことが浮かんできて、口にする。
「なあ……帰りたいって思わないのか?」
魔束の笑みが、すっと消える。
「……思うに決まってるじゃない。両親にも、姉たちにも……会いたいわよ」
その声には、ほんのわずかに滲んだ寂しさがあった。
「でもね、私には“使命”があるの。鍵を守るという使命が」
そう言って、魔束は真っ直ぐに俺の目を見た。
「私はあなたを守る。それが、私の役目。鍵の力を、ノクタニアの連中になんて、絶対に渡しちゃいけないの」
「ノクタニア、か……」
呟いたその言葉が、急に現実味を帯びて聞こえた。
たった一日で、世界が大きく変わった。
でも──たしかに、何かが始まっている。
会話が途切れた静かな空間に──ふと、低い声が響いた。
『……微かに、魔力を感じる』
ソファの上、魔束の指にはまっているエスフェリアが静かに囁いた。
「魔力……?」
魔束の目が鋭くなる。
『近くだ。……おそらく、この家からそう遠くない──公園あたりか』
「……あの裏の?」
『ああ。揺らぎは弱いが、放っておくべきではない。念のため、確認を──』
そう言いかけたところで、魔束が立ち上がった。
「行くわ。エスフェリア、状況を感知してて」
魔力の気配を感じたのか、彼女の顔つきは昼間のそれとはまるで別人だった。
「ちょ、待てよ。行くって、お前ひとりで──」
「あなたはここに残ってて。下手に動いて狙われると困るから」
「……っ!」
迷いも躊躇もないその声に、少しだけ心が揺れた。
でも──
「俺も行くよ」
思わず、立ち上がっていた。
「……他人事じゃないんだ。俺が“鍵の可能性”なら、関係ないなんて言えないだろ」
魔束が振り返る。わずかに驚いた表情を見せたが──すぐに、目を細めた。
「……じゃあ、くれぐれも私の背後から離れないこと。いい?」
「わかってる」
『やれやれ、血気盛んなことだ……だが、それでこそ“鍵”の器かもしれんな』
エスフェリアの声が、どこか愉快そうに響く。
こうして──俺たちは、夜の静けさの中、公園へと向かうことになった。




