1.失敗
最悪だ。
苦しい。
辛い。
もう嫌だ。
死にたい
ベランダのカーテンが風に揺らされている。泣きそうで泣けない、薄く目に水分が張った状態で、半開きの戸を見つめた。
そうだ、死んでしまおう。心做しか風が誘っているように見える。もう全てどうでもいい。死ねば全て終わるんだ。本当に、どうでもいい。
おぼつかない足取りで立ち上がった。全ての条件が揃っている。誰も居ない、夏の済んだ夜の空気が、より一層死へと導く。もう疲れた。
「お疲れ様、私。」
本当に要らない子――。
……?
「なんだ?死ぬんじゃないのか?」
彼女……いや、彼?目の前にいるソレは身体よりも大きな鎌を持ち、重力を無視して逆さまに大鎌に座っている。黒いパーカーに短いかぼちゃのサロペットパンツ。私は眺める一方で動揺して声も出ない。
「……お前、見えているな。」
ニヤリと笑ったソレはまるで――
「死……神……?」
「そう見えるか?俺が怖いか?」
ソレは嬉しそうに尋ねた。これから死のうと言う時にそんな事を聞かれても、恐怖なんてものは痛いことや苦しいことが起きない限り感じないと思うけれど。とにかく今の私にとって死は恐怖では無い。
「嬉しそうにしているところ悪いけれど、残念ながら怖くは無いよ。死神というのも大鎌を見て思ったことで、君が怖いからじゃない。」
「え、まじか……じゃあ……死ね。」
「は……?」
おそらく死神らしきソレは、大鎌を大きく振って私の首を切った……と思った。次の瞬間、大鎌は何かに弾かれて大鎌の主と共に数メートル飛んで行った。
「ちっ、クソが。」
「今、何をしたの?」
ソレは吐き捨てるように続けた。
「こっちにも色々あるんだよ、お前が死ぬ前に、俺が見える位置に居たのが悪かったな。もう1回死ぬ気は?」
「君のせいで一切その気は無くなったね。」
ソレは頭を掻きながらブツブツと言った後、こちらにずいっと顔を近づけて来て、青い瞳が私を捉えた。
「な、なに?頼んでも死んでやんないよ。」
「俺を見たからにはこれから4年間の間に死んでもらう。」
「話し聞いてた?ていうかなんで4年なの?」
「お前が何言おうが知らねぇし、そんなこといちいち聞くな……上の趣味が悪いだけだっつの。」
「は、はぁ。」
そうこうしているうちに頭の整理が少し追いついてきた。とにかく死ぬのはやめよう。特に人の命令に従って死ぬなんてもってのほか、大鎌に乗ってる奴とか、目の色もなんか奇妙だし、色白過ぎるし、生きてるのかこいつは。そもそも人間かも分からないのに……。
「……何そんなに見てんだよ。見世物じゃねーぞ。」
「今更だけど初めましての人にそういう生意気な態度は良くないと思いますけど。」
「お前も大概じゃねーの。」
「私はそこまでじゃないもん。しかも君、死神でしょ?」
「誰がそんなこと言ったよ。」
「え?違うの?」
予想外の返答に整理された脳内での考えがガラッと崩れた。死神じゃないのなら何なのだろうか。悪魔?それこそ「人間……?」
「違うね……俺は魔法使いだ!」
「……は?」
自殺しようとした私の前に現れた少年は、色白のせいか少し透けて見えた。何故か楽しげに笑う彼を前に自殺失敗後の特有の寂しさを感じている暇はなかった。