8. 追いつかない治療
魔の森を抜け出し、私たちは馬車を停めていた場所まで戻ってきた。
隊長さんは私だけ馬車に乗せてから、隊員さんたちの状況確認に行ってしまった。
「……みんな、大丈夫だったかな」
はあ、と両手で顔を覆いながら、皆の安否が心配で大きくため息をつく。
隊長さんから「馬車の中で待っていてほしい」と言われたので、私は外に出られない。車窓から外を覗いてみるが、馬車についた小さな窓からでは、全速力で森を抜けてきた隊員さんたちの数名が地面に座って息を切らせている姿しか見えない。
魔獣との戦いで何名かは間違いなく怪我をしていたはずなので、その隊員たちが気掛かりな私はとてももどかしい。
車窓を覗く角度を変えて見てみるも、やはり怪我人はどこにも見えない。
「怪我人はどこかテントに運ばれてるのかな……」
椅子に座り直して、腕を組んで考える。
隊長さんにはここで待っているように言われたものの、私は怪我を負った隊員さんたちがどんな状態なのか気になってしょうがないのだ。
……私が行っても治療はできないけど、少しくらいなら疲弊した隊員さんたちの代わりになれたりしないかな?
多分今、ここにいる人たちの中で一番体力が残っているのは、隊長さんに抱っこされて森から抜け出して来た私のはずだから。怪我人に肩を貸したり、薬を塗ったり、包帯を巻いたり、何か物を取ってきたり。私でもやれることはあるのではないだろうか。
考えた末、隊長さんには後で謝ろうと決めた。邪魔さえしなければきっと怒られないだろうと自分に言い聞かせながら、私は密かに馬車の外に出た。
念のため、誰にも見られないように頭を低くしてコソコソと移動していく。
少し行くと、隊員さんたちが普段使っているテントが並ぶ場所に来られた。
複数並ぶテントの中で一つだけ、十人以上が入れるほど大きく、また、バタバタと隊員さんたちが出入りしているテントがあり、それに目が留まった。
一瞬で、あのテントに怪我人が集められているのだと分かった。
……一体、何人いるの?
テントの入り口は正面の一つだけのようだ。
だがその一つはあまりにも人の出入りが多すぎて、さすがにこれ以上近づけば見つかってしまう。そう思うと足が進まない。
そうして、私がテントを目前にして尻込みしていたその時だった。
耳を疑うような会話が聞こえてきた。
「いやしかし、さすが隊長だよな」
「そうだな。あんな怪我を負いながら聖女様を抱きながら帰ってくるんだから大したもんだよ」
……え? 隊長さんが怪我?
そんな様子は全くなかった。
私を抱きかかえて魔の森を出てきたではないか。
でももし本当に怪我をしたのなら、それはきっと、私が魔獣に襲われたあのときではないのか?
……私が怖くて目を瞑っている間に、隊長さんは怪我をしていた? でもあのときはそんな……彼はただ私の目の前に立っていて、怪我をした素振りなんて微塵も無かったのに。一体どのくらいの怪我をしていたの?
隊長さんを心配する気持ちが高まると、私は隠れていたことも忘れてテントの入り口に向かっていた。
「聖女様!?」
「いけません聖女様。こちらは今、」
「退いてください」
入り口にいた隊員さんたちに入室を拒まれるも、その制止を聞く余裕はなかった。私は目の前の隊員さんを横に退かしてテントの中に入る。
するとそこには、予想以上に痛ましい状況が広がっていた。
ベッドに横たわる複数の怪我人が呻き声をあげ、彼らの隊服はべっとりと血で汚れ、テント中に血と汗の匂いが充満している。その匂いは、反射的に鼻を覆ってしまうほどキツい。
「聖女様、こちらはあなたが来る場所ではありません。どうか馬車に戻ってください」
「医者はいないんですか? いえそれより、治癒魔法を使える方でしょうか?」
医者か、魔法を使える者か。
どちらでも良い。
とにかく、怪我をした隊員さんたちを助けてくれる人はいないのかと、私は隊員さんに問う。
「治癒係は三名います。ですがそのうちの一人は魔獣に襲われてしまい現在対応が困難です。そして、今回は重傷の怪我人が多くて、現在対応できる二名の治癒係はあそこにいますが、怪我人が多くて二名では対応しきれていないのです」
治癒魔法を使える隊員がいるにはいるが、その隊員たちでは手が足りないほどに怪我人が出てしまっているらしい。
私はキョロキョロと左右を見渡しながらテントの奥へと進む。
「……隊長さんはどこに?」
「聖女様それは、」
「どこにいますか? 教えてください」
先ほどから制止を聞かない私を見て、隊員さんは観念した表情をする。
はーっとため息を吐いてから、小さく右を指差した。
「隊長は……三つ先のテントで班長たちと会議中です」
「会議? 隊長さんが怪我をしたと聞いたのですが、聞き間違いでしたか?」
「いえ隊長は……あ」
一瞬、私が聞いた話が間違いだったのかと喜びかけたが、目の前の隊員さんのバツが悪そうな顔を見るに、聞き間違いではないようだ。
「……もしかして隊長さんは、怪我をしているのに会議をしているんですか?」
ボソッと口に出すと、隊員さんはさらに困った様子を見せた。
「いやその……」
隊員さんはハッキリとは答えてくれなかったけれど、その反応だけで十分だ。
「分かりました。ありがとうございます」
私はバッと踵を返し、隊員さんに教えてもらったテントへと走って向かった。