10. ヒール
「脱いでください!」
そう言って私は、勢いに任せて隊長さんの服を脱がしにかかった。
隊長さんに抵抗されるも、私には目の前のシャツのボタンしか目に入らない。
彼の手をどかしつつ、私は無理矢理シャツのボタンを上から一つ一つ外していく。
「ちょ、聖女様!」
「隊長さんが嘘をつくからです! 本当に怪我を負ってないなら脱いで見せてください!」
「しかし、」
「隊長すみません先程の…………きゃっ!?」
隊長さんと押し問答を繰り返していたところで、ナディアさんがテントに入ってきて目が合った。
その瞬間、全員が動きをピタリと止めた。
そして私も、一瞬で冷静になる。
ナディアさんから見たこの状況は、私が嫌がる隊長さんに襲いかかり服を脱がそうとしている……まるで痴女ではないか。
「あ!? ち、違うんですナディアさん!」
シャツのボタンにかけていた手をパッと離し、両手を上げて慌てて否定をする。
「これはその! 隊長さんが私に嘘をつくから、えっと……」
「すみません私……二人がそういう関係だとは知らず……。あ、後でまた来ます」
慌てているのはナディアさんも同じようだ。
まあ自分の上司が聖女に襲われているところを目にして、慌てるなという方が無理だろう。
「え、そういう関係って、」
「良いんです良いんです! 大丈夫です、誰にも言いませんから! 失礼します!」
誤解を解こうとするも、ナディアさんはそう言ってすぐテントから出て行ってしまった。しかも少し、赤面して。
……確実に誤解された気がする。
顔面蒼白になりながら、私はちらりと隊長さんを見る。
すると目の前には第三ボタンまで外されて胸元をはだけさせられた隊長さん。
「!?」
自分で脱がせておきながら、冷静になってその姿を見ると色気が増し増しで目の毒感がすごかった。
それに気づけば、かなり近い距離にまで隊長さんに迫ってしまっている。
「す、すみません。私ついムキに……」
今度はボタンを付けなおそうと手を伸ばしたが、その時ある物がちらりと見えた。
……包帯?
「ああいや。落ち着いてくれたなら良か……あの、聖女様?」
ボタンを付けようとした私の動きが止まったので、隊長さんは首を傾げて聞いてきた。しかし私は、隊長さんに聞き返す。
「これはなんですか?」
ボタンを外してよかった。
怪我をしていないなんてやっぱり嘘だったのだ。
「この包帯は?」
「……」
包帯は胴体に巻かれているようだ。
私を抱きかかえられたのだから、前面に怪我をしたわけではないのだろう。
そう。少し考えれば分かることだった。
……前面でないのなら、背面?
「怪我をしているのは背中ですか?」
「……」
答えがないということは、きっと当たりだ。
「怪我はひどいんですか?」
「……いいえ聖女様。大したことはないんです。包帯は大袈裟に巻かれているだけです」
「嘘」
質問しておきながらあれだが、多分きっと、隊長さんは本当のことは話してくれないと思う。
「では背中を見せてください」
「それは……」
「お願いです。私に隠さないでください」
私は切実にそう願った。
隊長さんは困った顔をしていたが、私の顔を見てようやく話すことにしてくれたようだ。ゆっくりと私に背を向けて、そしてシャツを脱いでくれた。
シャツの下に現れたのは、胸から下を彼の肌色が見えないくらいぐるぐると巻かれた白い包帯。そこに浮かぶ大きな三本の赤い筋。あの狼の爪にやられた傷から血が滲み出ているのだろう。包帯越しに隊長さんが負った傷の大きさが見えて、眉根が寄る。
私は恐る恐る、包帯に手を添えた。
……痛々しい。こんなに大きな傷が、痛くないわけない。
「……聖女様。念のため申し上げますが、この傷は私の弱さが原因です。どうか聖女様は気を病まれませんよう」
「こんな時まで、私の心配ですか?」
どう考えたって私のせいだ。
私が瘴気の光に気を取られて、勝手に動いてしまったからなのだから。なのに気に病むなと言う隊長さん。彼の優しさがものすごく伝わってきて、自分が嫌になる。
……どうして私、ここにいるんだろう。
聖女として召喚されて、勝手に魔獣討伐に行けと命令されて、魔の森なんて危険な場所にまで連れて来られたけれど。
もし私が本当に聖女なら、なぜ魔法が使えないの?
魔法が使えたら、自分で自分の身を守れたら、隊長さんの怪我を治してあげられたし、そもそも怪我も負わせずに済んだかもしれないのに。
「……私なんて、放っておいて良かったのに」
「聖女様を守るのが私の務めです。あなたに怪我がなくて良かった」
背中越しに、彼がふっと笑ったのが分かった。
でも、その笑顔は余計私を苦しめる。
……治癒魔法って、確か言葉は『ヒール』だったよね。
この森に向かう馬車の中で隊長さんに教わった魔法の中に、治癒魔法もあったことを思い出す。
勿論、教わったときに試したときは使えなかった。
どうせ使えない。
でも少し、ほんの少しだけ、奇跡でも起きて使えないかなという希望を持って、私はその言葉を小さく口に出してみる。
彼の背中に添えた指先に少しだけ力を入れて。
「…………『ヒール』」
すると、パァッと手が光った。
「え!?」
「!?」
どうせまたしーんとなると思ったのに、まさかの展開だ。
いきなり手が光った私も、いきなり背後で何かが発光した隊長さんも、突然のことに目を見開く。
その光は隊長さんの背中を照らし、ほんの数秒で消えた。
消えたと同時に隊長さんが振り向き、私の手を握ってきた。
「聖女様! 今一体何を……」
「わわ、私は何も……! ただちょっと、試しに『ヒール』って言ってみたんですけど……」
「『ヒール』を使ったんですか?」
「使……えたんでしょうか?」
使ったのかと言われても、自分では何が何だか分からない。混乱する頭で、私は答える。
隊長さんも困惑しているようだったが、何かに気付いて突然体に巻かれた包帯を取り始めた。
「隊長さん!?」
包帯を取ると上半身裸の状態になってしまうので、私は恥ずかしさで思わず顔を手で覆い、顔の向きも逸らした。
パサッ
隊長さんがいる方向で、包帯が落ちる音がした。
「聖女様すみません、私の背中を見てもらえますか?」
「はい?」
「自分では背中が見えないので。ですが先ほどまでの痛みがなくなっています。もしかしたら傷が癒えているのではないかと」
「え」
傷が癒えているかもしれない。
そう言われて咄嗟に隊長さんの背中に視線を戻すと、先ほどまで血が滲んでいたはずの場所に大きな傷は見当たらなかった。
「……ありません。傷はどこにも」
「本当ですか? ではやはり、先程の光は『ヒール』だったようです」
「私が……治癒魔法を……?」
「はい、そのようです。ありがとうございます聖女様。とても助かりました」
隊長さんは振り向いて、満面の笑みをくれた。
「ど、ういたしまして……?」
その笑みはあまりにも素敵で、討伐や訓練で鍛え抜かれたであろう引き締まった上半身もかっこよすぎて、直視できなかった。私は僅かに顔を赤面させながら、しどろもどろに返事をしたのだった。




