第96話 償い
ハスターは10年前の疫病事件を話終えると椅子から立ち上がった。
「俺が息子をおかしくしちまったんです。さっきの男の言う通り、俺はここに居ちゃいけない奴なんだ。ははっ、俺は何でここに来ちまったんだろうなぁ。
…それじゃ、失礼します。」
「ハスターさん、どこへ行く気ですか?」
「わからねぇが、どこか遠い所へ行くさ。」
「いや、そうじゃなくて、まだ個人面接終わってませんよ?」
「えっ?何を言って…。」
「だから、畜産部門の個人面接ですよ。」
「坊主、話聞いてたのか?俺がここに居たら迷惑だろうが?」
「話は聞いてましたけど、別にここに居ちゃいけない理由にはならないし、迷惑でもないですよ。」
「お前、バカなのか?俺は100人以上の人を殺した息子の親なんだぞ!」
「確かにそうですけど、ハスターさんが殺した訳ではないですし、息子さんの遺書の通り、地位も名誉も愛する人も全てを失って、その上で息子さんの起こした罪を背負いながら生きてるんですよね?いや、違うか。生きる事で息子さんの犯した罪を償おうとしてるのかな?」
その感情を逆撫でするような物言いにハスターは眉をひそめ、ウィルのすぐ前まで行くと睨みつけた。
「…何故、そう思うんだ?」
「だって、それがハスターさんにとって一番辛い事じゃないですか?」
「坊主、お前に俺の何がわかる!?」
「わかりません。だけど、ここに居てはいけない理由にはならないし、むしろここから去る事で逃げようとしてませんか?」
図星をつかれたハスターはカッとなり、ウィルの胸ぐらを掴んだ。
「いい加減にしろ!失われた人々の命の尊さも、愛する人を失った人々の悲しみも憎しみも苦しみも怒りもわからない若僧が知ったような口を聞くんじゃない!」
ハスターは今にも殴りかかりそうな剣幕で怒鳴りつけるが、ウィルは目を逸らす事なく静かに口を開いた。
「わかりますよ。俺にはわかる…。」
ウィルはククルカン達によって滅ぼされたヘクティアの国民やフライヤー争乱で犠牲となっていった多くの人々、そしてあの日突然交通事故で帰らぬ人となった結菜の事を思い浮かべながら真っ直ぐな瞳でハスターを見た。
「くっ…!?」
ハスターが、その瞳の中にある推し量ることのできない深い悲しみと焦燥感を感じ取り口をつぐんでいると、突然ドアが開きカルデが部屋の中に入ってきた。
その後ろにはミツハと個人面接を終えたオルトレットやミレーヌも控えている。
「ハスター、そこまでだ。お前ほどの男であればウィルが偽りや虚勢から申していない事くらい気付いてるのだろう?」
「カルデ様!?」
ハスターは突然現れたカルデに驚くとウィルから手を離して、その場に平伏した。
「ハスター、随分と老けたな。」
「ハッ!カルデ様は相も変わらずお美しいままで何よりです。ですが、何故ここにおられるのでしょうか?」
「我は、新米領主のウィルの相談役として、ガーデンフレイ領に滞在しているのだ。」
「そ、相談役ですか?坊主…お前は一体…?」
「相談役はカルデが勝手に名乗っているだけですよ。それはそうと、ハスターさんから元王宮騎士団員だって聞いた時に、もしかしたらカルデと知り合いなんじゃないかと思ってたんですけど、やっぱりそうだったんですね?」
「ああ、ハスターは元王宮騎士団長だからな。」
「えっ、団長だったんですか!?」
「ああ、グリドールの剣術の師匠でもある。」
「カルデ様、それは言わないで下さいませ。こんな私が師匠とあってはグリドール陛下の名誉が穢れてしまいます。」
「フッ、グリドールは今でもお前が剣術の師である事に誇りを持っているし、王宮騎士団長を任せられるのはおぬししかいないと思っているようだぞ。」
「私は既に終わった男です。お戯れはおやめ下さいませ。」
「まあよい、それにしてもタツタの疫病事件の後は牧場を営みながら静かに暮らしていると風の噂で聞いていたが、まさかこんな所で会うとはな。これも運命かもしれんな…。シャルル、部屋に入れ。」
カルデがそう言うと、シャルルが両手を縄で縛られた20代半ばの男を連れて部屋へと入ってきた。
男はタツタの自警団が身に付ける軽装の鎧を着ていた。
「シャルル、その男の人は?」
「オラが貯水湖のほとりで野苺を摘んでたら、この男がやって来て変なモノを捨てようとしたもんだから捕まえたんだべ。」
「変なモノ?」
「んだ。これだべ。」
シャルルは肩に掛けていた鞄の中から紫色の液体の入ったビンを取り出すとテーブルの上に置いた。
「そ、それは!?」
「ハスター、やはりそれに見覚えがあるのだな?」
「…はい。」
それはハスターがスターロンの部屋で見たあの紫色の液体の入ったビンと同じモノだった。
困惑するハスターを横目にウィルはそのビンを手に取るとカルデに尋ねた。
「カルデ、このビンの中の紫色の液体は何ですか?」
「それは毒だ。しかもかなりの猛毒でそのビン1つで貯水湖の水全てを汚染し、その水を飲んだ者を死に至らしめる事が出来るだろうな。」
「えっ!?何故、そんな危険なモノを貯水湖なんかに捨てようとしたんですか!?」
ウィルが睨み付けると自警団の男は怯えながら口を開いた。
「わ、私はハイエン様からそのビンをフレイの貯水湖に捨てて来るようにと命令されただけです!ま、まさか、猛毒だなんて知りませんでした!ほ、本当です!信じて下さい!」
「ハイエンの動機に心当たりは?」
「わ、わかりません。ただハイエン様は日頃から領主様の悪口を言ってました。」
「どんな悪口ですか?」
「わ、私の口からはとても言えません!」
「いいから言って下さい!」
「は、はい!そ、その…凡人顔のポッと出のクソガキがタツタを潰そうとしているとか、クソ領主に騙されたバカな住人どもがフレイに流れているとかです!も、申し訳ありません!」
「なるほど、まぁそれが動機でしょうね。気に食わないから毒を流して俺を貶めようとした訳か…。それじゃ俺も遠慮する必要はないな。」
「ウィル、どうするのだ?」
「ハイエンを捕らえにタツタに向かいます。」
「あ、あの、領主様。ハイエン様はタツタの屋敷にはいません。今はタツタの郊外で見つかった古代遺跡の調査の陣頭指揮を取っているはずです。」
「古代遺跡って、ハスターさんの牧場で見つかったというやつですね。わかりました、ミツハさんは俺と一緒に古代遺跡に来て下さい。オルトレットさんはその人を連れてハイエンの屋敷の捜索と近しい者の身柄を押さえて下さい。ミレーヌさんはシャルルとアイシャさんと連携してフレイの街と貯水湖周辺に怪しい者がいないか警戒に当たって下さい。」
「ハッ!承知しました。」
「ウィル君、わかったわ。シャルルちゃん、行くわよ。」
「わかったべ。」
オルトレットとミレーヌとシャルルが部屋から出て行くと、ウィルは思い詰めた表情で俯くハスターを見た。
「ハスターさん、俺について来てもらえますか?」
「…わかった。俺も連れていってくれ。」
かくして、ウィルはハスターを連れてタツタの郊外にある古代遺跡へと向かうのだった。




