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第8話 黒い炎の魔物

『パキッ…パキッ、パキッ、パキッ』

突如、小気味よく小枝が折れる音が森の中に響き、アリスは目を覚ました。

「ん、んん。何の音?」

アリスが眠い目をこすりながらあたりを見回すと、森の奥から黒いゆらゆらと揺らめく炎のような何かが、ゆっくりと近づいてくるのが見えた。

「あれは黒い炎?何かな?」

アリスの寝起きのボヤッとした視界が徐々にクリアになるとともに、十六夜の月の柔らかな光が黒い炎の何かの姿を浮かび上がらせた。

それは体調3mはあろうかという黒い炎を纏った豹の姿をした魔物であった。

「魔物!?何でこの森に魔物がいるの!?」

アリスは驚いて思わず声を上げてしまう。

アリスが驚くのも無理は無かった。

そう、アリスがサウストン男爵家に来てからこの森はおろかサウストン男爵家の周辺で魔物に遭遇した事は一度もなかった。

アリスが声を上げると同時に魔物は、今までのゆっくりとした歩みから一転、一気にスピードを上げてアリスとの距離を詰めてきた。

それまで森の中に響いていた小気味良い音から、太い枝が折れる様な不気味な音へと変わった。

『ボキッ、バキッ、バギッ、ボキッ!!!』

アリスはとっさにカッシアの丘へと逃げようとするが、足が震えて思うように動かない。

魔物は身体に当たる木の枝をへし折りながら、アリスのすぐ後ろまで来るとそのまま大きな口を開け襲いかかった。

「ガオオオォォッ!」

「きゃあああああ!!!」

アリスは悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。


「アリス!!!」

アリスが今にも襲われそうになっているのを見つけて、ウィルは思わず叫んだ。

ウィルからアリスまでの距離は100m以上ある。ウィルが間に合わないと思った次の瞬間。

「邪魔だ!退がれぇ!」

ウィルが後ろからの声に反応し咄嗟に身をかがめると、その横を凄まじい風の渦が通り抜け一直線にアリスを襲おうとしている魔物めがけて向かっていった。

『ドゴォォォォン!!!』

風の渦は一瞬で魔物まで到達し、大きく開いた口の中に直撃した。

そして、その大きな身体を周囲の木々もろとも森の奥へと吹き飛ばした。

「す、すげぇ!」

ウィルは思わず声を漏らしカルデを見るが、カルデが険しい表情のまま、顎でアリスの方へ行くように促した。

ウィルは頷くと丘を全速力で駆け下りてアリスの元へと向かった。

「はあ、はあ、はあ、はあ。アリス!」

アリスは呆然としその場にへたり込み、ウィルの呼びかけにも目を見開いたまま反応しない。

ウィルは、アリスの両肩を持って上半身を優しく揺らしながら声をかけ続ける。

「…アリス!大丈夫かい?アリス!」

「ウィル…様?」

ウィルの呼びかけにアリスは少しずつ我に返り、そして様々な感情とともに涙が溢れ、ウィルに抱きついていた。

「うえーーーん!ウィルさまぁ!怖かったですぅー!」

「アリス、怪我が無くて本当に良かった。もう大丈夫だから安心して。」

そう言いながらアリスの頭をぎこちない手つきで撫でると、薄緑色の柔らかな髪の毛がウィルの頬をフワフワとくすぐった。

こんな風に女の子と抱き合いながら頭を撫でるなんて何年振りだろうと考えていると、いつのまにかウィル達の横に立っていたカルデが、魔物が吹き飛んで行った方を険しい表情で睨みながらウィルに話しかけた。

「安心しているところ悪いが、早くここから逃げろ。あれは今の我では殺す事が出来ん。」

カルデからの予想だにしない言葉にウィルは愕然とした。

何故ならどんなに強い魔物が現れようとも、目の前にいるのはこの世界を加護する6人の神々のうちの1人、風の神カルデである。

その神が今さっきウィルの記憶の中には無い、凄まじい風の魔法を放ち魔物を森の奥へと吹き飛ばしたばかりだった。

普通であれば、楽観する事はあっても悲観する事など何一つ思い浮かぶはずの無い状況であった。

「えっ?だって魔物はカルデ様が倒したんですよね?逃げる必要なんて…。」

カルデが見ている方にウィルが視線を移すと、魔物と一緒に吹き飛ばされてできた倒木の山がゴトゴトと動いているのが視界に入った。

「倒せてなどおらん。あれは火の神オグニイーナの家畜で黒炎豹ヘルガルムといってな。頭は悪いが等級自体は超級下位に分類されている厄介な魔物だ。

残念ながら今の我は分身体であって、本体ではない。

魔導師の等級であればせいぜい上級中位程度の強さしかない。

まさか、良からぬ気配を感じて分身体を送ってみればこんなのがいるとはな。チッ、見誤ったか。」

この世界では様々な職業や魔物に等級が存在した。等級は魔法同様に初級から神級が存在するが魔法と異なるのはそれぞれの等級はさらに、下位、中位、上位の3段階に区分けされており、等級と合わせて15段階に分類されていた。

総合的な強さとは、体力、知力、魔力などの基礎能力に加え、体術、剣術、学術などの熟練度、戦果や功績なども考慮され認定される。

人間の場合は任意で所定の認定機関で試験を受ける事で認定されるが、魔物の場合は認定機関の調査や研究、被害報告などに応じて自動的に認定されていた。


初級・・ほとんどの国民や魔物がここに該当する。

見習い魔導師、警備兵、ザコ魔物など。

中級・・一つの国に数万人または数万匹程度存在する。

一般的な魔導師や騎士団員、中規模な群れを率いる魔物など。

上級・・一つの国に数百人または数百匹程度存在する。

王宮魔導師団員、王宮騎士団員、魔族、大規模な群れを率いる魔物など。

超級・・一つの国に数人または数匹程度存在する。

天使、聖騎士、大魔族、災害級の魔物、王宮魔導師団や王宮騎士団の幹部クラスなど。

神級・・世界に数人または数匹程度存在する。

神、英雄、魔王、神獣など。


ちなみにこの世界の国々の人口はそれぞれ数千万人から数億人程度であり、マクグラン王国の人口は1億5千万人程度である。


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