第77話 動き出した殺意
ここはマクグラン王国の王都ナゲッタから南東に馬で1日ほど移動した所にある、チョコパ村。
ウィルはグリドールとの謁見の後、久しぶりに会ったアンジェリーナ達への挨拶も手短に済ませ、早速マッカランの娘で王宮騎士団筆頭騎士のミツハとその部下である3人の王宮騎士達と共に元フライヤー伯爵領にあるポテット山へと向かっていた。
ちなみにカルデやアリス達はというと、カルデはマッカランを連れて水の神トラロックの加護するイカントリ共和国への外交訪問があった事から一緒に来る事が出来ず、またアリスはサウストン伯爵となったトーマスの領民へのお披露目やオグニイーナ達によって焼失したサウストン邸の再建を手伝わねばならず一緒に来る事が出来なかった。
時刻はまだ陽も昇りきらない早朝。ウィルが1日目の移動を終え村にある宿屋で恵比寿ラブストーリーの夢を見ながら寝ていると、突然この世の終わりに遭遇したかのような女の悲鳴と共にウィルの身体に激痛が走った。
「きゃあああああああっっっ!!!」
『バキッ!』
「ふごっ!?」
次の瞬間、ベッドに寝ていたはずのウィルの身体が華麗に宙を舞い床に叩きつけられた。
「あべしっ!」
そして気が付けばウィルの顔面はネグリジェを着たミツハのすらりとしたカモシカの様に美しい御御足によって踏みつけられていた。
「ふがっ!?な、何が起こって…ふがっ!?ふごっ!?」
「きゃあああああっっ!!!」
ウィルが状況を理解する間も無く、ミツハが悲鳴を上げながらウィルの顔面をげしげしと踏みつけていると、騒ぎに気付いた極太眉毛が特徴的な大男が部屋へと駆けつけて来た。
「ミツハ様!何事ですか!?こ、これは!?」
この男は王宮騎士団員のゴンズ・ベーリー・ボルボットである。
「きゃあああああ!ウ、ウィル様がワタシのベッドに潜り込んで!きゃあああああ!!!」
ボルボットは悲鳴を上げながらウィルの顔面を踏みつけるミツハを見ると状況を理解しため息をついた。
「はぁー、ミツハ様落ち着いて下さいませ。潜り込んだのはウィル様ではなくミツハ様の方です。」
「…えっ!?」
ボルボットの言葉にミツハは我に戻ると、ようやくウィルの顔面を踏みつけるのをやめた。
「ここはウィル様の部屋です。また寝ぼけて部屋を間違えられたのですね。」
「えっ!?ええーっ!ワ、ワタシったらなんて事を!?ウィル様ーっ!!!」
ボロボロになったウィルはミツハに抱きかえられ薄れゆく意識の中で、もっと早く助けに来て欲しかったと思いながら気を失うのだった。
しばらくしてウィルが意識を取り戻すと、すっかり陽は昇っていた。
「ウィル様、本当に申し訳ありませんでした。」
「ミツハさん、もう気にしないで下さい。」
ミツハが平謝りする横で少し遅めの朝食を食べていると、傍にいたボルボットが笑い出した。
「はっはっはっ!ウィル様、羨ましい…ゴホンッ!災難でしたな。ミツハ様の寝ぼけ癖は騎士団の中でも有名で、これまで何人もの団員が被害にあっているんですよ。
だから、ミツハ様と同じ宿に泊まる時は必ず部屋の鍵を閉めるんですよ。まぁ中にはミツハ様に踏みつけられたくてわざと鍵を開けている者もおりますが。はっはっはっ!」
「そ、そうなんですか?」
ボルボットはきっと部屋の鍵を開けている一人なのだろうと思いながらウィルが食事を食べていると、そこへ出発の支度を終えた10歳ほどにしか見えないネコ耳の生えた双子の王宮騎士が入ってきた。
「ミツハ様、出発の準備が整ったニャ!あっ!ウィル様も目を覚ましたのかニャ?」
この男の子は王宮騎士団員のシャペル・ブルーム・モフリーンである。
シャペルがそう言うと横にいた女の子がウィルに駆け寄り頭を撫でた。
「あっ!ホントだニャ!ウィル様、大丈夫かニャ?」
この女の子は王宮騎士団員のペルシャ・ブルーム・モフリーンである。
「ペルシャさん、もう大丈夫ですよ。心配かけてすみませんでした。」
「ううん、でもこれからはちゃんとお部屋の鍵閉めた方が良いニャ?ミツハ様もお部屋に戻る時はちゃんと確認するんだニャ?」
「はははっ、気を付けます。」
「は、はい…。うぅっ。」
まるで大人が子供に嗜められているような光景だが、シャペルとペルシャはこう見えて22歳でウィルとミツハよりも年上である。
「ミツハ様、ウィル様の食事も終わりましたしそろそろ出発しましょう。」
「そ、そうですね…。」
こうして、ウィルは出発早々死にそうになりながらも先を急ぐのだった。
一方その頃、元フライヤー伯爵領にあるポテット山の山頂付近にある洞窟では、地面に描かれた魔法陣の前でナスのように面長の顔をした男が酒瓶を手に不気味な笑い声を上げていた。
目の前の魔法陣からはスライムやゴブリンといった初級の魔物からガーゴイルやレッサーデーモンといった上級の魔物まで様々な種類の魔物が出現しては洞窟の外へと出て行っていた。
「フェッフェッフェッ!!!いいぞー!いいぞー!もっと増えろー!フェッフェッフェッ!!!」
この男こそ、伯爵位を没収されるまではポテット山を含むこの辺り一帯を治める領主で、ウィルの警備兵だった頃の雇用主だったサラディン・オイルッツ・フライヤーである。
「グリドールのクソガキとバークリーのクソババアめが!オレ様をコケにしやがって!ぶっ殺してやる!」
フライヤーは手に持った酒を浴びるように飲み干すと空になった酒瓶を壁へと投げつけた。その怒りと憎しみに満ちた顔からはグリドールとアンジェリーナに対する殺意が溢れている。
すると、そんなフライヤーを少し離れた所から冷ややかに見ていた1人の男が口を開いた。
「フライヤー、そろそろ僕は行くよ。賢者の石はさっき渡したので最後だから大事に使うようにね。」
男は白銀の鎧を纏い背中からは真っ白な美しい天使の羽根が生えているが、その顔はフルフェイスのヘルムに覆われて伺う事は出来ない。
「もう行ってしまわれるのですか?この国のクソ共を血祭りにあげる所は見なくても良いのですか?」
「僕は君の魔物を増やす手伝いをして来るように言われただけだからね。その魔物を使って何をするのかは興味が無いんだ。」
白銀の天使はそう言うと転移結晶を小さな布袋から取り出した。
「そ、そうですか…。」
「あっ、そういえば伝え忘れていたけど、つい最近火の神オグニイーナがある男に倒されたみたいでね。その男がここに向かっているらしいんだ。気を付けてね。」
「なっ!?ひ、火の神オグニイーナを倒した!?そ、それはどのような男…!」
サラリと出たとんでもない話に動揺するフライヤーをよそに白銀の天使は転移結晶ををかざした。
「それじゃあ、バイバイ。」
「大天使様!ちょっ、ちょっと待って下さい!その男とは!?」
フライヤーのすがるような必死の呼び止めも虚しく、転移結晶から眩い光が放たれると白銀の天使の姿は消えていた。
しばらく呆然と立ち尽くしていたフライヤーだったが、ふと我に戻ると洞窟の奥に佇む巨大なゴーレムを見て叫んだ。
「だ、誰が来ようが関係無い!オレ様には数千匹の魔物とコイツがいるんだ!たとえ神を倒した奴が来ようが負けるはずが無い!フェッフェッフェッ!!!」
フライヤーは笑いながらゴーレムの前まで行くと、懐から血のように真っ赤な石を取り出しゴーレムに押し当てた。
「目覚めよ!エレメンタルゴーレム!グリドールのクソガキとそれに組するバカな貴族共を血祭りに上げるのだぁーー!!!」
フライヤーの絶叫と共に額に押し当てられた石が吸収されると、エレメンタルゴーレムは轟音を立てながらゆっくりと動き出すのだった。
ゴンズ・ベーリー・ボルボット
男性 27歳
マクグラン王国王宮騎士団員。
焼き海苔のような極太の眉毛が特徴的な大男。
性格は真面目だがミツハに踏みつけられる事に喜びを感じるという変な性癖を持っている。
そんな性癖もあってか彼女はいない。
シャペル・ブルーム・モフリーン
男性 22歳
マクグラン王国王宮騎士団員。
10歳位にしか見えないネコミミ族の立派な成人男性。
モフモフの尻尾と耳が生えている。
普段は明るく無邪気な良い子だが尻尾をモフモフされると性格が豹変する。
ペルシャとは双子の兄妹でお兄さん。
好物は新鮮な魚。
ペルシャ・ブルーム・モフリーン
女性 22歳
マクグラン王国王宮騎士団員。
10歳位にしか見えないネコミミ族の立派な成人女性。
モフモフの尻尾と耳が生えている。
普段は明るく無邪気な良い子だが耳をモフモフされると性格が豹変する。
シャペルとは双子の兄妹で妹。
好物は焼き魚。
サラディン・オイルッツ・フライヤー
男性 36歳
元伯爵でウィルの雇用主。
ナスのような面長の顔とナスのヘタのような髪型をしている。
酒が大好きで飲んでいない時は気が小さく臆病だが、一旦酒を飲むと気が大きくなり粗暴になる。
マクグラン王国における召喚魔法研究の第一人者だったが、クーデターを企てたとして爵位と領地を没収された。
捕まる直前に邸から逃げ出しポテット山に逃げ込んだ。
グリドールとアンジェリーナの事を死ぬほど恨んでいる。
白銀の天使
男性 ??歳
白銀の鎧を纏い背中からは真っ白な天使の羽根が生えている。
その顔はフルフェイスのヘルムに覆われて伺う事は出来ないが、透き通るような美しい声をしている。




