第7話 隠された属性
アリスはウィルの後を追って小さな森を進んでいた。
既にウィルの姿は無かったが、アリスには行き先に心当たりがあった。
それはウィルが昔教えてくれた大切な場所であり、アリスにとっても大好きなカッシアの丘だった。
昔からウィルが落ち込んだり悩んだりすると、その丘で気分転換していたのをアリスは知っていた。
「ウィル様…。やっぱり戦争の事が…。」
そして、ウィルは小さい頃から戦争の話になると落ち込み、家族から距離を取る事もアリスは知っていた。
昔アリスは一度だけその理由をウィルに聞いた事があった。
その時、少年のウィルはこう答えた。
「だって、僕は父上やトーマス兄さんのように剣術の才能がある訳でもないし、母上やクラスティのように魔力が強い訳じゃないんだ。それにアリスのように料理が上手な訳でもない。
だからせめて邪魔になっちゃいけないんだ。」
そう、才能溢れる家族に囲まれる中で小さな頃から自分が凡人である事に気付いていた。
あの時アリスは、何で頑張らないのかと怒ったがウィルは寂しそうに微笑むだけだった。
この数年後、ウィルはサウストン男爵家を出てフライヤー伯爵家の警備兵という、戦争があっても派兵される事がない仕官先を選んだのであった。
アリスが森に入ってしばらくした時だった。
突然強い風が森の木々を揺らし始めた。
『ザザザザァァァッザザァァァ』
今まで鈴虫の羽音が心地良かった夜空に、木々の枝や葉が激しく擦れ合う不気味な音が響き渡った。
「きゃあ!」
アリスはメイド服のスカートがめくり上がりそうになるのを両手で抑えるが、健康的な太ももが露わになる。
風は一瞬で木々を揺らし通り過ぎていった。
「もう!今のは何だったんですかぁ!」
まさかこの時、カッシアの丘に風の神カルデが現れた事など気付く訳もなく、再びアリスは歩みを進めると、森の終わりのその先にあるカッシアの丘が見えてきた。
森から出ようとした時、アリスは丘の上にあるはずのない物に気付き、近くの木の陰に咄嗟に身を隠した。
「えっ?あれは何?」
丘の上にある巨大な椅子のような物に目を凝らすと、その椅子に座りながら足を組んでいる女と、その女の前に座るウィルらしき人影が見えた。
「あれは、ウィル様?あの女の人は誰?あれって…スカートの中を覗いてるのかな?」
この時、ウィルは地面に正座していただけなのだが、アリスにはウィルが目の前の椅子に座る女のスカートの中を覗こうとしているように見えた。
アリスが木の陰から様子を伺っていると、2人が話をしているような微かな声が聞こえてきた。
「何か話をしてる?…うーん、よく聞こえないなぁ。」
距離も離れている為、アリスに会話の内容まで聞き取る事は出来なかった。
「何してるのかな?とりあえず危険な感じはしないよね。」
アリスはひとまず状況を把握する為、様子を見る事にした。
「ふわぁ。でも少し眠いなぁ。久しぶりにお酒飲んじゃったし…。」
そのまま、しばらく丘の上の2人の様子を伺っていたアリスであったが、久しぶりの飲酒の影響もあり、木の幹にもたれかかりながら、気持ちよさそうに眠りこけてしまうのであった。
この世界には、聖、闇、火、水、風、土の6属性の魔力が存在し、人は一部の例外を除き生まれながらにいずれか1属性を持っていた。
魔法は、初級、中級、上級、超級、神級に分類され、属性に応じた神を媒介とする為の詠唱を行い発動させる。
初級から神級にかけ必要な魔力量は多くなり、それに応じて威力や効果が上昇する。
また、人の身体に蓄える事の出来る魔力量には個体差があり、一部の例外を除き生まれながらに魔力量は決まっていた。
聖属性・・聖に関連する魔法が使用出来る。蘇生魔法が得意。
闇属性・・闇に関連する魔法が使用出来る。補助魔法が得意。
火属性・・火に関連する魔法が使用出来る。攻撃魔法が得意。
水属性・・水に関連する魔法が使用出来る。回復魔法が得意。
風属性・・風に関連する魔法が使用出来る。移動魔法が得意。
土属性・・土に関連する魔法が使用出来る。錬金魔法が得意。
というのが、ウィルの記憶にあったこの世界の魔法に関する基礎知識だった。
しかし、カルデの話によると、この世界には実はもう一つ無属性魔力というものが存在し、それを使用する魔法は引力を操る事が出来るらしく、他の魔法と異なりいずれの神も媒介する必要がなく無詠唱で使用出来るとの事だった。
しかし、神々を必要としない無属性魔法はこの世界のバランスを保つ為には都合が悪く、6人の神々とそれに加護されている国々の中枢が自分達の利権を守る為、無属性魔法の存在を一般には公開していないという事だった。
無属性・・引力に関連する魔法が使用出来る。得意魔法は不明。
そして、以前のウィルは風属性魔力で初級魔法が2回から3回程度の一般人の平均的な魔力量しかなかったが、今のウィルはそれに加え神級魔法を連発出来る程の強大な無属性魔力を持っているとの事だった。
カルデの無属性魔法の説明が終わると、ウィルは少し考えてから口を開いた。
「カルデ様、無属性って公にしてないんですよね。俺に話しても良かったんですか?」
「ああ、別に構わん。大昔は無属性魔力を持つ者がいれば狩り殺していたが、既に無属性魔力を持つ者が生まれなくなってから300年以上経っているし、おぬしが口外した所で誰も信用しないだろう。
それに魔法が使えてもあの程度なら、放っておいて問題ないだろうしな。」
転生した時代を間違えなくて良かったとホッとしながらも、ふとウィルの脳裏に疑問がよぎる。
「あの程度って、どういう事ですか?」
「うむ。やはり、気付いてなかったか。さっき我の腕を掴み動きを抑制しただろう。あれが、無属性魔法だ。まぁ、あの時は油断したが普段の我ならあの程度の魔法であれば何の問題もないがな。
それにいくら魔力量が強大でも根詰まりを起こしておれば、あの程度の魔法しか使えんだろう。」
ウィルは神様の動きを止められるならすごい魔法なのではとも思ったが、カルデが嘘をついている様子はない。
実際、ウィルはあの時触れた対象物の引力を操作し動きを抑制する魔法を使用していたが、そのレベルは初級程度のものであった。
そしてカルデはトレンディドラマの衝撃的な内容に驚き、動きを止めていただけだった。
「ちなみにその根詰まりってどうにかなるんですか?」
「どうにもならんという訳ではないが、人の手では治すのは難しいだろうな。」
根詰まりとは、人の体の中にある魔力回路が何らかの原因で正常に動作しない状態であり、命に支障はないものの魔力がほとんど使えなくなったりする場合があった。
ウィルはカルデが先程とは異なり、少しそわそわしているのに気付いた。
「そうですか。狩り殺されないのはホッとしましたけど、宝の持ち腐れな気がしてなんか残念ですね。」
ウィルが肩を落とし残念そうにしながらカルデの様子を伺っていると、カルデは小悪魔的な笑みを浮かべ、残念がるウィルを満足げに見ている。
ウィルにはその笑みが、治せるけど治してあげないと言っているようにしか見えなかった。
「あの…カルデ様。もしかして魔力の根詰まり治せたりします?」
「ん?我は知らんぞ。」
カルデはウィルから目をそらし明後日の方向を見ているが、明らかに動揺していた。
「だってカルデ様、人には治すのは難しいって言ってましたけど、それって裏を返せば、神様ならどうにかなるって事ですよね。」
「そ、そんな事言ってないぞ!根詰まりは神でも治すのは難しいからな。」
「神様が嘘ついても良いんですか?」
「わ、わ、我を嘘つき呼ばわりするか?この愚か者め!も、もう絶対治してあげないんだからな!」
治してあげないという事は治せるという事である。
既にカルデが登場した時の無表情女王様キャラは何処へやら、目の前にはツンデレ乙女キャラの神様が横を向きアゴをクィッと上げながらウィルをチラチラ見ている。
ウィルは深いため息をついた。
「はぁ…。それじゃあ恵比寿ラブストーリーPart2はもう見なくて良いんですね?
では話も終わったので俺は失礼します。」
「えっ!?おい、それは卑怯ではないか!?ちょ、ちょっと待て…。」
ウィルがその場を立ち去ろうとするのを、カルデが引き止めようとしたその時。
「きゃあああああ!!!」
ウィルがとっさに悲鳴のする方へ視線を移すと、そこには黒い炎を纏った獣に襲われそうになっているアリスの姿があった。