第57話 余興の始まり
ここは帝都バーナの東門を出た所にある神聖派の駐屯地近くに設営された晩餐会の余興会場。
会場には直径200メートル以上はあろうかというドーム状の巨大な隔離結界が展開され、その周囲にはオグニイーナが魔法で作った即席の観覧席があり、それを埋め尽くすように神聖派の貴族や駐屯地にいた数万人の兵士達が異様な盛り上がりを見せていた。
そして、隔離結界の中ではオグニイーナ達とウィル達が東西に分かれ、睨み合っていた。
いつのまにかテスカとアリエルの格好は神殿騎士の鎧から、いつもの服装に戻っていた。
「テスカ、すみません。結局、あちら側の思惑に乗せられてしまいました。」
申し訳なさそうにウィルが言うと、テスカは首を横に振った。
「謝るのはあちきらの方さ。オグニイーナを少し甘く見てたよ。まさか、あんなに魔力量が回復してるなんてね。」
「やっぱり、そうなんですね。ミカエルもオグニイーナ様の魔力量が増えてるって言ってましたけど、テスカが言うなら間違いなさそうですね。」
「ああ。どんな手を使ったのか知らないけど、少し手合わせした感じだと今のあちきよりも魔力量は多そうだねぇ。それにこの隔離結界も普通じゃないね。多分、強力な魔道具か何かを使って強化されているみたいだねぇ。」
テスカは転移結晶でここに飛ばされた後、オグニイーナと一戦交えていたが、ウィルが現れると戦闘を中断していた。
「ええ、前は俺の銀震刃で簡単に破れたんですが、今回はダメでした。それに何で隔離結界内に直接転移出来たんですかね?普通は出来ないはずじゃ?」
隔離結界は外界との行き来を完全に遮断する為、術者が結界を解除するか、それ以外の者が破壊しない限り結界内と外を自由に行き来する事は出来ないというのが通説であり、それは転移結晶やウィルの瞬間移動であっても例外では無かった。
すると、アリエルがレオナルドの憑依していたライオンのぬいぐるみをテスカの方へと差し出した。
「レオちゃんが中にいないの。どこかに行っちゃった。」
「そうさねぇ。もしかすると、オグニイーナが許可した者だけが出入り出来るようになっているのかもしれないねぇ。そのせいでレオナルドは結界に弾かれて、どこかに飛ばされたのかもしれないねぇ。
隔離結界は魔道具や特殊な仕掛けで色々な効果を持たせる事が出来るからねぇ。」
テスカがそう言うとアリエルは心配そうにぬいぐるみを見つめた。
「レオちゃん…。大丈夫かな?このまま居なくなっちゃったりしないよね?」
「アリエル、あの変なおっさん…じゃなかった、レオちゃんは強いからきっと大丈夫だよ。それにアリエルを置いて居なくなっちゃうなんてあり得ないよ。闘いが終わったら一緒に探しに行こう。
だから頑張ろう。ねっ?」
レオナルドはいくら変態であっても神獣であり、アリエルの事を何よりも大事に想う父親である。
ウィルは、そんなレオナルドが結界に弾かれたくらいでどうにかなるとは思えず、またアリエルを1人置いてこのままどこかに消えてしまうとは思えなかった。
そして、それはレオナルドの正体に気付いていたテスカも同じ思いだった。
「ウィルの言う通りさねぇ。それにそれはアリエルが1番分かってるだろ?」
「…うん!わかった。アリエル頑張る!」
2人の言葉にアリエルは力強く頷いた。
「それにしても、余興とか言ってましたけどこんな場所まで連れてきて、オグニイーナ様は俺達をどうしようとしてるんですかね?」
「あの性悪なオグニイーナの事だからねぇ。あちきらを血祭りに上げる所を神聖派の兵士達に見せて士気を上げようとでも思ってるんだろうさ。」
「でも仕掛けて来ない所を見ると、何かを待ってるような…!?」
『ドカァァァァァァンッッッ!!!』
と、その時、突如ボルケニア城のある方角から耳をつんざくような凄まじい爆発音が鳴り響いた。
会場内に爆発音が反響し辺りが騒然とする中、一際豪華に装飾された観覧席のある空間が眩い光と共に歪み、そこからララとマイセンを連れたパッカードが現れた。
パッカードはマイセンを適当に床に転がしてから、ララを近くのソファーに寝かせるとそこにあった玉座におもむろに腰掛けた。
「オグニイーナ、相変わらず詰めが甘いですね。ワタクシが晩餐会で余った憎っくき肉どもに夢中になっていなかったら、せっかくの計画が水の泡になってしまう所だったじゃないですか?お陰で転移結晶まで使う羽目になってしまったではあーりませんか?」
まるで拡声器でも使っているようなパッカードの大きな声に会場が静まり返る中、オグニイーナはソファーに横たわるララを見て舌打ちををした。
「チッ!他にも仲間がいたのね。それにしてもウィリアム達は、城の警備すらまともに出来ないのかしら?使えないわね。
アナタには迷惑をかけたようね。お礼を言わせてもらうわ。ありがとう。」
「いえいえ、ワタクシもついついノリでお城吹っ飛ばしちゃいましたしチャラで良いですよ。まぁ、あれで死ぬような方々では無さそうですが…。
そんな事より余興に間に合って良かったです。…んっ?」
パッカードが話していると、そこへ近くの観覧席で様子を見ていたカーチスが顔を真っ赤にしながら詰め寄った。
「オイッ!パッカード子爵!その玉座はオグニイーナ様の席だぞ!それに事もあろうにオグニイーナ様を呼び捨てにするとは、たかが子爵の分際で何様のつもりだ!」
カーチスに続くようにカーチス軍団のアンド伯爵、トゥーワ子爵、トロワ男爵、ワーカラン男爵がまくし立てる。
「そうだ!生意気だぞ!」
「そうだ!偉そうに!」
「そうだ!ピエロのくせに!」
「そうだ!肉でも食ってろ!」
そんなカーチス達にパッカードは玉座から立ち上がると軽く会釈をしてから、床に転がるマイセンを指差した。
「これはこれはカーチス公爵!相変わらず怖い顔ですね。高圧的ですね。絶対周りからは嫌われてるのに気が付いてないタイプですね。そこに転がっている甥っ子のマイセン王子の命の恩人に対する態度ではあーりませんね。」
「マイセン!?み、右腕が!
パッカード、貴様ぁぁぁ!マイセンに何をした!?」
「はぁー。話聞いてなかったんですか?ワタクシは侵入者から助けてあげたんですよ。貴様呼ばわりされる覚えはありませんね。」
「うるさい!マイセンは次期皇帝になるんだぞ!それを治療もせず床に転がすとは貴様どういうつもりだ!?早く魔法で治療しろ!傷跡なんぞ残したらタダでは済まさんぞ!」
その物言いにパッカードは眉をひそめると、カーチスの右腕をおもむろに掴み引きちぎった。
『ブチィッ!』
「うぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」
絶叫を上げながら床を転げ回るカーチスを横目に、パッカードはその引きちぎった右腕をマイセンの右腕の切断部に押し当てた。
すると、傷口がみるみるうちに塞がっていく。
「貴方の言う通りマイセン王子の腕は治しましたよ。まぁ貴方の腕は無くなってしまいましたが、それは自分で何とかして下さい。」
「パッカード!貴様ぁぁぁぁぁっ!!!許さん!許さん!許さんぞーーー!!!」
激痛に顔を歪めながらもカーチスはパッカードを睨みつけると、魔法の詠唱を始めた。
「何、魔法唱えてるんですか?
貴方がいると話が進まないので消えて下さい。バイバーイ!」
そう言うとパッカードは魔法を詠唱していたカーチスを蹴り飛ばした。
「ふがっ!?」
カーチスの身体は空高く宙を舞うと兵士達のいる観覧席へと飛んでいき、誰にも受け止められずに床へと激突した。
「あれあれ?やっぱりカーチス公爵は皆さんから嫌われていたんですね。誰も受け止めてくれないなんて、痛いですね。寂しいですね。無様ですね。それで貴方達もワタクシの邪魔をするんですか?」
「ひいいいいいっっっ!!!」
不気味な笑みを浮かべるパッカードに、カーチス軍団は恐れおののき悲鳴を上げながらその場を退散した。
「何かあそこで仲間割れしてるみたいですね。あのピエロ、何者なんでしょうか?」
テスカはパッカードを見て、テスカポリトカとしての古い記憶の中にあった1人の男を思い出していた。
「あれが本物ならオグニイーナは随分と厄介な奴と手を組んだ事になるさねぇ。なるほど、奴がオグニイーナに魔力を…。」
「厄介な奴?テスカはあのピエロの事、知ってるんですか?」
冷や汗をかき、苦笑いを浮かべるテスカにウィルが声をかけたその時、パッカード達の様子を見ていたオグニイーナは空高く舞い上がると声を張り上げた。
「皆、今宵は突然の呼びかけにも関わらず、よく集まってくれたわ。
皆には明日からの皇帝派との決戦を頑張ってもらう為に、風の神カルデと結託してマイセンの暗殺を目論んだ闇の神テスカポリトカとその仲間達を血祭りに上げる所をお見せするわ。是非とも楽しんでいってちょうだい。」
オグニイーナのその言葉に、今まで静まり返っていた会場から割れんばかりの歓声が湧き上がると、オグニイーナはパッカードを見た。
「それとその前に1つ重大なお知らせがあるの。実はボルケニア帝国は魔界のベリアント魔王国と軍事協定を結ぶ事で基本合意したわ。調印式はマイセンの戴冠式に合わせて執り行うから楽しみにしててちょうだい。
そこで今夜は特別ゲストとして魔王ベリアルに来てもらったわ。
とは言っても彼はずっとボルケニア帝国にいたのだから、皆さんは知っているわね。
そう、ニョルニ・プチパンク・パッカード、彼こそが魔界を統べる6人の魔王の1人でベリアント魔王国の王である魔王ベリアルよ!」
会場が騒然となり全ての視線がベリアルに集まる中、ベリアルは満更でもない様子で会場にいる貴族や兵士達に手を振ると玉座へともたれ掛かった。
「フフフ、それでは余興を楽しませてもらいましょうか。楽しみですね。ワクワクしますね。お手並み拝見ですね。」
そんな中、何も聞かされていなかったミカエルが空から降りてきたオグニイーナに詰め寄った。
「なっ!?オグニイーナ、それはどういう事だい!?私は何も聞いていないんだが…。」
「だって誰にも話してないもの。」
「だが一言相談してくれても良かったじゃないか?よりにもよって、魔王ベリアルと軍事協定なんて…。」
「あら?ミカエル、アナタ、ワタシに口答えするのかしら?アナタこの数十年、ワタシの信頼を得られるような働きをしてきたとでも思っているの?」
「そ、それは…。」
突き放すようなその言葉に、ミカエルは口をつぐんだ。
「ウフフ。それじゃあ、そろそろ余興を始めましょうか。ミカエルはウィルを、クラスティとジェレミエルはアリエルを相手なさい。テスカポリトカはワタシがやるわ。」
「オグニイーナ、分かったよ。」
「ウィル兄さんとやれないのは残念ですが仕方ないですね。」
「オグニイーナ様、承知しました。」
それと同時にオグニイーナの周囲が真紅の炎で燃え上がり、無数の火の玉が出現した。
「ウィル!アリエル!来るよ!」
「はい!2人とも気を付けて!」
「うん!」
次の瞬間、オグニイーナの作り出した無数の火の玉がウィル達へと降り注いだ。
『ズゴゴゴゴゴッッッ!!!』
隔離結界内に爆炎が巻き上がる中、余興の火蓋は切って落とされたのだった。




