第14話 長い夜の終わり
ウィルは泳いでいた。いや、女神の胸の谷間で溺れていた。
このまま溺れていたいと心底思いながらも本当に意識が遠のきそうになり、ウィルは泣く泣く浮上した。
すると目の前には顔を真っ赤にし瞳を潤ませたカルデが頭から湯気を上げていた。
「な、な、何をする!?こ、こんなところで!」
「す、す、すみません!わざとじゃ…。」
ウィルは慌てて謝ろうとするが、今度はカルデの艶やかな唇が目に入り先程のキスを思い出し息を呑んだ。
そしてカルデもまた、ウィルの視線に気付くと先程のキスを思い出し固まってしまう。
そのまましばらくお互いの唇を見つめ合っていたが、ふと我に返ったカルデが口を開いた。
「も、もう良い!気にするな。
あー、だがまだまだ闘い方がなってないな。こ、今度、我が教えてやろう。」
「あ、はい!よ、よろしくお願いします。」
するとそんな2人の会話を遮るように、何処からともなく燃え盛る巨大な火の玉が襲い掛かるが、カルデは片手をかざすといとも簡単にかき消した。
「2人ともこの私を差し置いて、イチャつかないでくれるかしら?」
ウィルが声のする方を振り向くと、先程まで燃え盛る様に逆立っていたオグニイーナの髪は元に戻っていた。
カルデの殺気が一気に膨れ上がり、両腕を旋風が覆った。
「先程は我の分身体をよくも可愛がってくれたな。お礼に20年前のようにまた切り刻んでやろう。」
カルデの殺気が一段と上がり攻撃を仕掛けようとしたその時、夜空が夕焼けのように赤く染まった。
「何だ!?」
ウィルはその異様な光景に声を上げオグニイーナを見るが、魔法を使用している様子はない。
「チッ!この魔法はミカエルか!?」
「あはははっ!どうやらミカエルが最後の審判を使ったみたいね。
あの魔法をくらえばワタシ達ですらタダじゃ済まないわ。これじゃあ、白き大熊の血族もお終いね。」
次の瞬間、屋敷のある方角で凄まじい大爆発が起き、その爆発で生じた砂埃がウィル達に吹きすさぶ。
咄嗟に腕で顔を覆い、砂埃をやり過ごし爆発のあった方角を見ると、夜空は真っ赤に染まり揺らめき、巨大なキノコ雲が上がっているのが目に映った。
「……。」
あまりの光景に、ウィルは言葉を失い立ち尽くしていた。
「あっちはブライトの屋敷がある方か!狙いはブライト…いや、ブライトがボルケニアから連れて来たあの娘か!?」
カルデがオグニイーナの狙いに気付き、睨みつけた。
「あら?気付いちゃったかしら?さすがカルデちゃん!だけど、ララは元々ボルケニアのものなんだから文句を言われる筋合いは無いでしょ?
本当は私とヘルちゃんもあっちに行く予定だったんだけど、どうやらミカエル達だけでなんとかなったみたいね。」
オグニイーナが爆発のあった方角に目をやると、キノコ雲を背景に真っ白な天使の羽根を生やした白いローブを肩がけにした男が、赤い長髪を風になびかせながら飛んで来るのが見えた。
羽の生えた男はオグニイーナのすぐ横に着地すると、甘いマスクに白い歯を覗かせ爽やかに微笑みながら、オグニイーナの手の甲にキスをした。
すかさずオグニイーナの放った拳がミカエルの顔面にめり込んだ。
『バキッ!』
「ミカエル、それはやめなさいといつも言っているわよね。」
ミカエルは顔面にめり込んだ拳を退けると全くダメージの無い甘いマスクで微笑んだ。
「愛しのオグニイーナ、それは出来ないな。私が私で無くなってしまうからね。それはそうと何故来てくれなかったんだい?
ヘルガルムも来ないし、ジェレミエルを連れてきていたから良かったものの、正直危なかったよ。」
オグニイーナはチラッとカルデを見た。
「カルデちゃんが居たからついつい遊んじゃったのよ。それでララは?」
「ジェレミエルと一緒にボルケニアに転移結晶で飛んでもらったよ。」
「白き大熊は殺したのかしら?」
「さぁ、最後の審判を使う前は生きていたけど今はどうだろうね。そんな事よりカルデがいるなら私もこちらに来たかったな。」
ミカエルはそう言うと、瞬きをする程の速さでカルデに近づくと手を取った。
「ああ、愛しのカルデ、私と会えなくて寂しくなかったかな?私は寂しかったよ。」
ミカエルの唇がカルデの手の甲に近づき触れようとしたその時。
カルデの拳がミカエルの顔面を捕らえるより速く、ウィルが重力渦を放った。
ミカエルは予測していたように上半身の動きだけでこれをかわそうとするが、重力渦はその片翼の一部を消失させた。
「クッ!?…私の美しい翼をこんなにするなんて、君は何者だい?悪いが私は男の顔を覚えるのが苦手でね。特に君のような凡人顔は苦手…」
「うおぉぉぉぉっ!!!」
ミカエルの話を遮るように一気に間合いを詰めたウィルが、銀震刃を振り下ろすと激しい金属音が辺りに鳴り響いた。
『キィィィィィンッッ!』
ミカエルは手に出現させた剣でウィルの一撃を受け流すと、
ガラ空きになったウィルの脇腹を蹴りつけた。
「ぐふっ!?」
その強烈な一撃により、ウィルの身体は地面を何度か跳ねてから転がりカルデの足元で止まると、そのまま気を失った。
「いきなり攻撃してくるなんて卑怯じゃないかな?それに…あーあ、この聖剣気に入っていたのにこれじゃあ、もう使えないじゃないか。君は一体何者…って聞こえてないか。」
ミカエルは自身の聖剣の刀身が斜めに切り取られているのを残念そうに見ながら、カルデが気を失ったウィルに回復魔法をかけているのを見て肩をすくめた。
回復魔法をかけ終えカルデが向き直ると、夜空に雷雲が立ち込めた。
「この我を愚弄しておいて楽に死ねると思うなよ。
切り刻み魔物の餌にしてやるから覚悟しろ!」
再びカルデの殺気が膨れ上がると辺りに凄まじい雷鳴が轟き無数の竜巻が発生した。
「あはははっ!嫌よ。目的は済んだわ。だからもうカルデちゃんとも闘う必要なんかないのよ。まぁヘルちゃんの仇が取れなかったのは残念だけど、それはまた今度にするわ。
ミカエル、帰るわよ。」
オグニイーナはチラッとウィルを見ると身を翻した。
「わかったよ。それじゃあカルデ、またしばらく会えないけど寂しがらないでおくれ。それと、そこの凡人顔の彼にもよろしく。」
ミカエルは懐からクリスタルの結晶を取り出すと天にかざした。
「逃げられるとでも思っているのか?死ね!」
『ドガァァァァァンッッ!』
夜空を覆う雷雲から稲妻を帯びた巨大な竜巻が発生しオグニイーナとミカエルを巻き上げようとするが、ミカエルがかざした結晶から閃光がほとばしり2人の姿が一瞬で消えた。
「チッ!転移結晶か!?」
カルデは気持ちを切り替えウィルをつむじ風に乗せると未だキノコ雲の上がるサウストン男爵屋敷のある方へと向かうのであった。
こうして、サウストン男爵家での祝宴から始まったウィルの長い夜は、オグニイーナ達の戦略的撤退をもって、ようやく終わりを迎えたのであった。
大天使ミカエル
男性 ??歳
真っ白な羽根の生えた赤い長髪の甘いマスクを持つイケメン。
世界に存在する天使の頂点に立つ大天使であり、神の如き者という異名を持ち天使の中で唯一神に匹敵する強さを持っている。
性格は明るい女好き。オグニイーナの配下。