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オルト夫妻と現実

カーテンから漏れる日の光でかのこは目が覚めた。

暫くぼんやりと天井を眺めていたが、ハッと気がつきベッドから身を起こし、辺りを見回す。


そこはやはり見覚えの無い部屋が目に飛び込んできた。


「はーぁ。夢じゃなかったのか…」


一人呟きまたバタンとベッドに寝転んだ。


と、部屋のドアをノックする音が響いた。


「はい…」

小さく返事をすると、失礼致します。と、昨日の侍女が顔を覗かせた。


「失礼致します。お加減はいかがでしょうか? 何か食しますか? 」


穏やかに話しかけてベッドに近づきそう述べた。


「…申し訳ありません。食欲はないです。…あの、ハーブのお茶か何か頂けますか? 」


かのこは少し緊張しながらそう申し出た。


「かしこまりました。ハーブティーですね? ただ今お持ち致します。 あ、申し遅れましたが、私侍女のリーフと申します。 昨日は慌ただしくしていたのできちんとご挨拶せず申し訳ありません。

こちらのお屋敷に勤めております。旦那様や奥様にご報告させて頂きました。貴女様とお話がしたいと…。お身体は大丈夫ですか? 」


侍女リーフはそう言い、かのこの返事を待った。


(ここまでして頂いてご挨拶しない訳にはいかないわよね…。まぁ当然だけど…)


ぼんやりとしながらも、「分かりました。いつ頃どちらに伺えばよろしいのですか? 」


思いのほか口調ははっきりしていた。


色々と頭の整理もつかないけれど、何か自分の今の状況が分かるかも知れない。


前向きに考える事にした。


「それではお茶をお飲みになられてから間もなくしてお迎えに参ります。お着替えは後ほどお手伝いさせて頂きますので。では…」


昨日同様淡々とした口調でそう述べ、リーフは部屋を出て行った。


「はーっ。しかしあのリーフさん、顔色一つ変えないで仕事なんだろうけどあんまり感情ない感じだなぁ」


お茶が運ばれて来る間、かのこは自分の居る部屋を確かめる様に歩き出した。


少し広めの部屋はかのこの家のリビングより広い。

高そうなタンスや姿見、そして大きめのベッド。

まるで中世画家や、その手のコミックスか何かで見た事がある。


所謂トリップ。というやつだろうか。定番中の定番。小説やドラマの中の話であり、勿論現実ではあり得ない。

しかし今自分の置かれている立場はまさしくそれで合っているのだろう。


「しかし、王室とか騎士とか侯爵とか、人族だとか。そんなんじゃないのか…」


裕福な商人の夫婦。

かのこを保護したと言っていた。

物語に感化し過ぎだな。


ふっと笑った所で再びノックの音がして、リーフが部屋に入って来た。


「気持ちがリラックスするハーブをブレンドしております。この後の事を考えてと。お茶がお済みになりましたらお着替えに伺いますので、ベッドサイドのテーブルにあるベルを鳴らして下さい」


では。


お茶の準備をテキパキと整えると一礼して部屋から退出した。


「…仕事、早いんだなぁ」


高級感溢れる花柄のティーカップをソファに座りゆっくり口に含み、リーフの出て行ったドアを暫く眺めた。



異世界トリップがよくある話だとは思わないが、なんだか受け入れられ過ぎてはいないだろうか。

それに自分が別の場所からきた。ということを知らないのか、いや、知っていての対応だった。

しかし何故かはわからない。


思案しても仕方ないと、サイドテーブルにあるベルを鳴らした。



「こちらのお召し物を着て頂きます」


リーフが手にしたのは可愛らしい白地に青の小花が散りばめられたふんわりしたワンピース。

少々可愛らし過ぎかと思ったが意は唱えず大人しく従った。


姿見の前に座り、ワンピースを纏った己の髪を丁寧に結い上げ、リーフは満足そうな顔をした。

チラリとその顔を覗き、かのこはリーフとてやはり感情はあるのだな。

当たり前の事を思った。


「さあ、旦那様達がお待ちです。ご準備はよろしいですね? 」



リーフに促され初めて部屋を出たかのこは、まず左右に広がる長い廊下に驚いた。


しかし右方向へさっさと歩き出したリーフの後を慌てて追う。迷子にはならないだろうが一人だと確実に迷うだろう。


ふかふかの絨毯の廊下を暫く歩き、リーフは大きな両開き扉の前で足を止めた。


目の前には重厚な扉。


「こちらでございます」


そう言って通された部屋はこれまた広い部屋だった。

奥には柔らかそうなソファ。高級テーブル。

部屋は落ち着いた雰囲気で、暫し呆気にとられたが、リーフに「どうぞ」 そう言われ我にかえれば、ソファから立ち上がってこちらを見つめている男女が居た。


「やあ、身体の調子はどうかな? 」


いきなり中年の男の人がかのこの前までやって来た。


「…あ、はい。大丈夫、です…」


人の良さそうな笑みを湛えかのこを気遣う。


「そうか、それは良かった。…そういえば自己紹介がまだだったね。あちらのソファでゆっくり話そう」


中年の。と思ったが恐らく自分の父親くらいだろうが、洗練された所作や、声、それに顔立ちも整っていて、若い印象を抱いた。


「妻を紹介しよう。私の妻マーレだ。私はオルト・ハロネ。この国の王都で商売をしている。…さて、君の名前を? 」


「あ、初めまして。私はかのこ、村瀬かのこと申します。この度は大変お世話になりありがとうございます」


「カノコか。うん、中々いい名前だ。カノと呼んでも? 」


ソファに向かい合わせで座り自己紹介を始めた。


「あの。えと…。はい…」


「カノさんね。可愛いわ」


オルトの隣に座る彼の妻はまだ若い感じがした。銀色の髪は長く真っ直ぐで、一つに括ってある。睫毛長いなぁ。肌キレイだなぁ。

かのこは彼の妻、マーレの顔を思わずマジマジと見つめた。


「カノ、マーレをそんなに見つめたら穴があくよ? それよりかのこを保護した経緯やこれからの事を話そうか」


オルトの言葉に我に返り、思わず謝ってしまった。


「あわ。ごめんなさい…」


「…いや。別に構わないが。…それより君を保護したいきさつだが…」


オルトはかのこを保護した時の事を説明した。そして噂には聞いたが異界の者だと言うことも分かったと言う。


「この国は魔法が少し使える国でね。この国バルサーノ王国には魔女もいる。

その魔女に君の事を話したら、異界の者だと言われた。しかしだからと言って放ってはおけない。遥か昔にも異界の者が迷い込んだとも聞いたしね。それに若い女性だ。益々ほっとく訳にはいかないだろう。平和な国だと言われているこの国でも、やはり質の悪い奴は居るからね」


出されたお茶を飲みながらオルトは語った。


「保護したからには君の面倒は見させてもらう。ああ、心配しなくていいよ。王宮の報告と、それから君の後継人になる手続きはきちんとするから」


淡々と話が進み、かのこはただ頷く事しかできなかった。

魔法、魔女。異界。


その言葉を理解するにはいきなりは無理だ。しかし彼の口調から元の世界に帰れる事はなさそうで、益々頭が混乱した。


「あなた…。カノさんが…」


気落ちするかのこを優しい眼差しでマーレが見つめた。


「いや。申し訳ない…。いきなりまくし立てる様な事を。…ところでカノの国はどんな国だったのかな? 魔法はあったかい? 仕事は? 」


矢継ぎ早に色々質問され、かのこは一瞬押しだまったが、何とか頭を切り替え、自分の世界は魔法は無く、しかし魔法みたいな感じの便利道具がある事や、自分はお菓子の店の娘で、店を手伝いながらお菓子の勉強をしていた等、かのこなりに話をした。


「和菓子と言う物を売る店です。ケーキやクッキーとはまた違うお菓子で、私の世界、私の国の伝統ある物です」


和菓子について話が及ぶと、オルトの顔つきが変わった様に見えた。


「ワガシ。それはどんな物なのかな? この国で再現はできる? 」


いきなりそんな事を言われ驚いた。

それに再現と言ってもこの国には和菓子の材料になる物などあるのだろうか…。


「いやいや、突然すまない。実は今この国の特産品を作るのに王宮をはじめ関係者が奔走していてね。中々それが無くて困っていたのだよ。いや、しかしワガシか。もし再現できるなら有難いが…」


そこまで言うオルトをマーレが諌めた。


「まだこの世界、この国に来たばかりで何も知らないカノに無理はさせられないわ。それに自分の今の現状を把握しなければならないのよ? そんなに急に無茶な事を言わないで」


たしかにかのこにとってはその通りであった。

たった今、自分の立ち位置を知ったばかりだ。いきなり和菓子を作れ。なんて無茶すぎる。それにさっきも頭をよぎったが、この国に和菓子の材料があるのか。


なんだか行ったり来たりの感情を抱いて戸惑う事を隠せなかった。


取り敢えず心身の疲れが襲わない内に面会は終了となり、かのこは充てがわれた部屋へと戻った。


「異世界和菓子…」

ふふっ。


何故か一人ベッドの上で呟いた言葉に笑ってしまった。

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