第4話「不思議な祠」
僕はその手を両手でしっかりと掴んだまま、しばらくじっとしていた。
あまりに唐突な事だったので、頭が真っ白になっていった。
「お…おい!放せぇ!!」
「だ…駄目です!こ、こ、このみかんは…か、神様に、お、お、お、お供えするものだから…。」
「あぁ!?何言ってんだぁ、てめぇはよぉ。俺が神様なんだけどよぉ!」
「し、し、信用できません!あ、あなた泥棒ですよね?」
僕はこの悪者を捕らえたは良いものの、怖くてずっと目をつぶっていた。
「あぁぁんだとぉぉ!?何決めつけてんだよぉ!?」
ドスの効いた声に思わず手を放してしまうところだったけど、何とか堪えて、その手を祠から引きずりだそうとした。
ようやく少しだけ目を開けた僕が見たのは、自分が女の人のように細い泥棒の右腕掴んでいる光景だった。
「痛ててててぇ。やめろってぇ!祠の扉に腕がつっかえてんだよぉ!痛てぇ、痛てぇって!」
僕は驚いて扉を見てみた。
少しだけ開いている扉に腕が引っかかっているような様子はない。開いているのだから引っ張れば簡単に開くはずだ。
僕は恐る恐る、慎重に自分の左手を外し、その手を扉の取っ手に手をかけた。
恐怖心を振り払い、一気に扉を開けると僕はあまりの衝撃で掴んでいた手を放してしまった。
扉の奥は何もないどころか、人なんて到底忍び込む余地もないくらい小さい空の空洞だった。
更に僕を驚かせたのは、奥の壁にある歪みのような穴から右手が一本飛び出している状態で、僕はこの時、ようやくこの手で掴んでいた人が泥棒どころか人ですらない事…つまり自称ではあるが神様?であるという事に気付いたのだった。
僕はずっと謝っていた。
厳密に言えば謝らされていた。
「ご…ごめんなさい。」
「あぁ!?声が小せぇなぁ。あと、もう少し付け足して言う事あるよなぁ?」
「ど…泥棒だと疑って、腕を強く握りしめて、痛い思いさせて申し訳ありませんでした!」
僕はもう怖くて怖くてたまらなかった。
これなら駅前のゲームセンターで絡まれた時の方がよっぽど良かったと思えた程だった。
「足りねぇなぁ!誠意が足りねぇよなぁ。
俺、こんだけ痛い思いしてんのに、
みかん二つって、割に合わねぇよなぁ!」
僕はもうどうして良いのかわらず、ついに真帆ちゃんさんの力を借りる事にした。
「わ…わかりました!真帆ちゃんさんにお願いして箱でみかん買ってきてもらいます!!」
と、駆け出した僕を神様らしき人は引き止めた。
「え、えっ、あいつ?ちょっ、ちょっと待て坊主ぅ!わ…わかった、しょうがねぇよなぁ、ガキのした事だしよぉ。今回はみかん二つで許してやる。特別だからなぁ。」
「え?でもみかん二つじゃ誠意が…。」
「大丈夫だ!十分伝わったから!もう気にしてねぇからよぉ。
何てたって俺は神様だからよぉ。
心が広いからなぁ。」
「そ、そうですか。なら良かったです。」
「ところでお前誰なんだ?東暖の親族じゃあねぇだろ?」
「はい、僕はこの二つ隣の藤村の孫でして。
訳があって、しばらくここに泊まらせてもらう事になったんですけど…。」
「お前、あの変態ジジイの孫かぁ?こりゃ傑作だぜぇ。」
ゲラゲラと笑い始めた神様はしばらく笑い続けた後、その経緯を詳しく聞いてきたので、僕は出来るだけわかりやすく説明した。
僕の中ではまだこの人はとっても怖い人で、何かあってはいけないとずっとビクついていた。
経緯を一通り話すと、今度は僕の方から神様に質問をした。
「あの…、真帆ちゃんさんに、ここへ毎日お供えと掃除をするように言われたんですけど、ここってそんなに御利益のあるとこなんですか?」
「あぁ!?お前、随分と野暮な質問するじゃねぇか。ガキじゃなかったら丸呑みしてやったものをよぉ。」
その後、一息おいてから神様は話し始めた。
「まぁ、昔色々あってなぁ。俺はもう良いんだけどよぉ、あいつら、助けてもらったお礼だから手を抜いたらバチが当たるって言ってよぉ。
毎日お供えと掃除してくれんだよぉ。
そんなの良いのによぉ。
まぁ、俺から言わせりゃ、お前にお供え持ってこさせてる時点で手抜きなんだけどなぁ。」
「そうなんですねぇ。そういう意味でお供えしてたんですかぁ。わかりました。ありがとうございます。」
「お前、ガキのくせに随分物分かりが良いなぁ。まぁ、話しやすくていいけどよぉ。」
「そうですか?本ばかり読んでるからですかねぇ?」
「知らねぇけどよぉ。でもそういう質問するって事は何か願い事でもあんのか?」
「い…いえ、今はないですけど、ちょっと気になったもので。」
「何だよぉ。面白くねぇなぁ。まぁいい…。あっ、じゃあ一つ良い事を教えてやる!
もし願い事が出来た時はなぁ、こんなみかんじゃ御利益なんてねぇぞぉ。
あと金もいらん。
食えんからなぁ。」
「そうなんですか?」
「あぁ。もっと美味いもんじゃねぇ御利益はねぇぞぉ。」
「えぇ??でも僕お金ないし…じゃあ無理かなぁ…。」
「おいおぉい、これだから現代っ子はよぉ。
いいかぁ、大事なのは金じゃねぇ、頭だ。」
僕はこれがどういう意味なのかわからなかった。
何を言いたいのかもわからなかった。
でも、少なくともわかった事がある。
それはこの神様は思ったよりも優しいという事だった。
そして、神様は最後にもう一つだけ言葉を付け足してくれた。
「あぁ、あと願いは本気のじゃないと受け取らねぇからなぁ。
それも覚えとけぇ。」
そういうと神様の手は風に流れるように消えていった。
僕はこの短時間であまりに多くの衝撃に晒されたせいか、しばらくその場を離れて家に戻る事も忘れ、棒のように放心状態のまま突っ立っていた。