第12話「エスパー真帆」
「ご、ごめん!」
僕は神様にお供えをし終わった後、走って美菜ちゃんの元へ向かった。
美菜ちゃんは堰の近くにいた。
何かを探しているようだった。
それも一人で。
僕は美菜ちゃんの元へ駆け寄り謝った。
彼女は僕をしばらく見つめた後、大粒の涙を流しながら泣き始めた。
「私こそごめんなさい。もう来てくれないのかと思って…。私…何かしちゃったのかな?と思って…少し寂しくて。でも…また来てくれて…また会ってくれて…。」
僕はまた謝って、今までの気持ちを明かした。
どうしていいのかわからなかった事、一緒にいるのが辛くて怖くなってしまった事、全部正直に伝えた。
「僕、もう迷わないから!僕が君の支えになるから!だから最後まで一緒にいよう!」
美菜ちゃんは泣いたままだったけど、笑いながら頷いてくれた。
それからの僕は彼女の残っている記憶を頼りに色々な所へ向かった。
と、言っても行き尽くしてはいるけど、もう一度くまなくさがした。
結局手掛かりは見つからなかったけど、それでも諦める事もなく十五日までに絶対何とかすると彼女に誓った。
十三日、ついにお盆を迎えた。
町の中は家族連れを多く見かけるようになった。
僕と美菜ちゃんは一緒に歩いている時、何人もの家族とすれ違った。
でも誰一人として気付く事なく、通り過ぎていった。
むしろ、美菜ちゃんに話しかけている時に他の家族に見られると、凄く奇異な目で見られたけど、でも僕はそんなのを全く気にする事なく、美菜ちゃんと楽しんで歩いていた。
「今日も見つからなかったね…でも最後までには何とかするから、安心して!」
「ありがとう。大丈夫。私、今のままで十分楽しいから!」
僕は美菜ちゃんの優しさをしっかりと受け止めながら、また明日も会う約束をしてお別れした。
神様にはあれから毎日みかんシャーベットをお供えしていた。
食べる度に感動している神様を見ていると「知恵」の大切さをひしひしと実感してしまう。
真帆ちゃんさんとも楽しい会話を毎日繰り広げていた。
真帆ちゃんさんはとても不思議な感性を持っていた。
僕は、今までこんなに毎日笑った事はなかった。
僕は正直、真帆ちゃんさんと話している時の方が母親といる時よりも楽しいと感じていた。
それを素直に真帆ちゃんさんに話すと、真帆ちゃんさんは少し寂しそうな表情を浮かべて、
「もしかして、この短期間で反抗期になっちゃった?きっとあなたのお母さんだって素晴らしいわよ。」
と、いつになく真剣に語った。
以前に少し真帆ちゃんさんが独り立ちしていった娘さんの事を話してくれた。
きっと、その事を思っていたのかもしれない。
僕にとってはまだわからない事だけど、もう少し大人になったら親のありがたみがわかる、とも付け加えて話してくれた。
今の僕にはピンと来ないけど、きっとわかる日が来るのかもしれない。
「そうだ、明日の午前中お墓参りに行く?あなたのひいおじいさんのお墓…。」
「行ってみたいです!母さん、いつもひいおじいちゃんの事、全く話してくれなかったから。生きてる時だって一度も会わせてくれなかったんですよ、酷くないですか?」
「ま…、まぁねぇ…、気持ちはわかるからねぇ…、でも最近、あなた、どことなく藤村のおじさんに似てきてるとこがあるから、いいかな、と思うけど…でも内緒よ。しぃー。」
真帆ちゃんさんは突き立てた中指を口に当ててそう言った。
子供っぽい表情をしながら、凄い事をしてるな…外では絶対しないでほしいな、と思いながら、よくはわからなかったけど、何か楽しんでいるようだったので僕は温かい目で 今守る事にした。
食後、僕は、近所の人からもらったらしいバナナを見つけた。
「真帆ちゃんさん、ここにあるバナナもらってもいいですか?」
「いいわよ。全部食べないでね。お墓のお供えに持っていくから。」
「一本だけで十分です。後、割り箸も…。」
「えっ?バナナと割り箸…はっ!もしかして、あれをやる気…ね?」
僕は真帆ちゃんさんの方を向いてただニヤリとだけ笑ってから「作業」に取り掛かった。
十四日の朝、神様に割り箸の刺さったバナナを渡した。
「何だこれ?果物にこんなもんぶっ刺して、何のつもりだぁ?」
「まぁまぁ、食べてみてください。明日のために特別な物をまた用意しましたので。」
恐る恐る神様はそれを口に運んだ。
「おい!何だこれ!?普通のバナナと全然違うじゃねぇかぁ!冷たくて硬いのに中は物凄くなめらかって、こんなの初めて食ったぜぇ!」
「これはバナナアイスです。果物とアイスの中間の物なんですけど、口に合いますか?」
神様はずっと、「何だこれ?」を連発しながら幸せそうな顔をして食べていた。
神様へのお供えが終わると、僕と真帆ちゃんさんはお線香とライター、お花にバナナを持ってお墓へと向った。
ひいおじいさんのお墓は、他の家のお墓よりも少しばかり大きかった。お墓の横にはベンチが置いてあった。
この町には似たようなベンチがいくつもあるけど、とてつもなく手作り感があったので、真帆ちゃんさんに聞いてみた。
「あぁ、これね、おじさん…つまりあなたのひいおじいさんが作ったのよ。この町にあるベンチは殆どがそうよ。自分の生きた証を残すためだったそうだけど、今となっては誰がこれらのベンチを作って寄贈したのか、知る人は少ないそうよ。」
「そうなんですか…。」
「それにこのベンチだって、お墓参りに来る人がひっきりなしだろうから待ってる人が疲れないようにって作ったみたいなんだけど、未だにこのベンチを利用している人は見た事ないけどね…。」
僕はもう苦笑いするしかなかった。
この町の人全て、いや、この世に生きる全ての人に対して申し訳ない気持ちになってしまった。
一体、この人は生前、どんな生き方をしてきたのかとても不思議だった。
「そういえば、この模様みたいなのは何ですか?」
「あぁ…それ…ね、『宝の地図』よ。」
「えっ!?そんなのが書いてあったんですか?それで、お宝は見つかったんですか?」
「まぁ…見つかったんだけどね…、その…ね?」
「ね?って言われてもわかんないですよ!勿体振らないで教えてくださいよ。」
「そ…それは、私の口からじゃちょっと…。」
僕は何度聞いても教えてくれなかったが、多分大した物ではなかったのだろう。真帆ちゃんさんの反応を見れば大体察しがついた。
午後、美菜ちゃんはいつもの、僕の曽祖父が作ったベンチに座っていた。
今日は髪の毛を両側で縛り垂らしている。
僕がボケ面をして見つめていると、美菜ちゃんは優しい笑顔で僕を迎えてくれた。
「こんにちは。今日はどうしよっか?」
「また、いつものとこ、行こっか。」
僕達は堰に行き、その後小川に行った。
最近はこの流れになっていた。
僕はまた真帆ちゃんさんからカメラを借りて写真を撮った。
今度は美菜ちゃんが写らないとわかってはいた。
それでも僕は自分の中に記憶として残しておくために写真を撮る事に決めていた。
結局、手がかりは何一つ見つかる事もなく、一日が終わろうとしていた。
あの高台にある神社の周りではお祭りの準備が始まっていて、神社の境内から周辺の駐車場に至るまで多くの人で賑わっていた。
僕は、美菜ちゃんとの別れ際、明日の事を聞いてみた。
「こ、この前、お祭りに一緒に行こうって言ったけど、まだ予定空いてますか?」
「急にどうしたの?言い方変えて…。何か面白いね。もちろん空いてるよ!一緒に行こう!」
美菜ちゃんはしばらく、くすくす笑っていたけど、お祭りを僕と一緒に行ける事を楽しみにしてくれていたらしい。
僕の頭の中はふわふわと軽く、のぼせたようになってきて、今まで感じた事のない不思議な感情だった。
僕は軽い足取りで家に帰ると、丁度真帆ちゃんさんが家を出るところだった。
僕は荷物持ちとして買い物に駆り出され、またも知らないおじさんに偶然を装われ、スーパーまで遠回りをしながら連れていってくれた。
僕は買い物かごをぶら下げながら少し値段の高いヨーグルトを買っていいか尋ねた。
真帆ちゃんさんが渋々了承する頃には既にカゴの中に入っていた。
きっと、駄目だと言われても買っていたと思う。
この時の僕は明日に備えてある物を思い付いていた。
その日の夜、僕が折角買ってもらったヨーグルトを食べないので、なぜ食べないのか聞かれた。
僕は正直に神様へお供えするためだと答えると、真帆ちゃんさんは
「あなた、入れ込んだらとことんやるタイプね、飲み屋のお姉さんに貢いでる姿が目に浮かぶわ…。」
と言われたが、そんな事には動じず、
「神様だけは特別なんです。」
ときっぱり答えた。
美味しい夕食も終わり、僕は縁側から月を眺めていた。
あまりテレビを見る気になれないし、まだ眠たくない。
一人でぼんやりと考える時間が欲しかった。
明日、一体美菜ちゃんに何が起こるのがろう。
明日の夜、美菜ちゃんはこの世界からいなくなってしまう。
何が起こるのか、どうなってしまうのか、僕はたまらなく不安だった。
でも、それでも僕は絶対に最後まで諦めないと心に誓って明日を迎えるために心の準備をした。
そんな事を考えていると、真帆ちゃんさんが何かを持って近付いてきた。
浴衣だった。
「明日、お祭りに行くんでしょ?これ着て行きなさい。瀧君が着てたのを仕立て直したの。きっとモテるわよ!」
僕は飛び上がる程嬉しくなった。
向こうにいる時は一度も着た事がない。
一度は着てみたいという思いがここで叶うなんて、嬉しすぎる。
正直、この家の子になりたいと思った。
僕は袖を通してもらって丈を確かめてもらった。
それにしても真帆ちゃんさんはなぜお祭りに行く事まで知っていたのだろうか。
いくら考えても答えは見つからなかったので、最終的にこの人はきっとエスパーなんだと思う事にした。