Ⅰ・幾島ミズキによる勉強会 →Ⅳ
「なあ」
授業前、僕が机に頬杖をついてぼーっと窓の外を眺めていると、雑誌を読んでいたイクオが声をかけてきた。
「なに?」
「勉強会ってどんなことするんだ?」
改めて訊かれると、ぴったりと当て嵌まる言葉が思い付かない。
なにをしているのだろうか……討論? 少し違う気がする。
「なんだろう……会長の出すお題にそれぞれが意見を言って、それに同意したり反論したり……まあ、そんな感じだよ」
「ふうん……なんか普通だな」
「どんな期待してたんだよ」
僕は呆れながら呟く。
「いや、色々あるじゃんよ。閣下の秘密の暴露とか、美味いもんを食うとか、酒池肉林を繰り広げるとかさ、な」
イクオは僕を見てから、イクオのパートナーの岡崎風子と談笑するリコのほうを伺う。
「言っとくけど」
僕は睨むようにした。
「変な目で見たりしたら、潰すよ」
「な、なにをだよ?」
僕は答えず、ただアクションだけで応えた。
包むように左手を動かし、右で握り潰す。イクオがぶるっと身震いした。
「ばーか、んな発育不全みたいなのに欲情するもんかよ」
とりあえずイクオの頭をひっぱたく。「いってぇ」 と、イクオは頭をさすった。
「まあよ、冗談はさておき」
「ん?」
「お前ら、学校出るのか?」
学校出る……学校に出るのか、学校を出るのか。後者だろうけど。イクオは少し寂しそうに呟く。
「さあね……僕にもわからないよ」
「お前らまでいなくなったらつまんねぇじゃんか」
「みんな施設に行っただけなんだから、そのうち戻ってくるじゃないか」
「まあな」
イクオ達はこのクラスで僕ら以外に唯一、いまだ施設に行っていない。恐らくは卒業と同時に強制施行されるだろう。
僕らは……どうなるのだろうか。縛りから解放されるのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
「イクオは」
この質問をするのは、少しだけ憚られる。閣下の教えがまだ染み付いていないからだろうか。
「施設に行かないの?」
だから、直接的ではなく、間接的になる。
「努力はしてるんだがなあ……磯山たちなんか、一発で出来たらしいのにな」
下品な表現に呆れつつ、僕は磯山と綾木の顔を思いだそうとして、諦めた。
あまり会話もしなかったからか、よく覚えていない。確か、小太りが磯山で、綾木は背の高いやつだったか。
「相変わらず、興味ないことは興味ないのな」
イクオが言った。
「いや、わかるよ」
うろ覚えだけど。
「だから勉強会の存在も知らないし、友達が俺くらいしかいねえんだよ。もっと身近なことに興味持て」
イクオはそう説教じみた口調で言った。
「勉強会って有名なの?」
「まぁ、みんなが一度は聞いたことがあるってくらいにはな」
「ふうん……」
あまりに接点がなさすぎたのだろうか。
「それで、そういうお前らは? やってんのかよ?」
その質問は……返されて初めて抵抗がわかる。それにしたって、オブラートに包むということを知らないのだろうか。
「いや……」
「なんだよ、まだやってねえのか。新入生じゃねえんだから、とっとと覚悟決めろよ。前にも言った気がするが、いっぺんやっちまえば、こんないいもんはねぇぞ?」
「イクオと僕は違うんだよ」
「そりゃそうだ。俺はお前じゃないからな」
「そりゃそうだ」
僕達は笑う。
「あ、そうだ」
「ん」
「この学校の中等部ってさ、制服一緒だったりする?」
「いいや、違ったはずだけど」
なら、やっぱり江間那さん達は同い年なのだろうか。外国人の年齢はわかりにくいのも一つ。
「それが?」
「いや、ちょっとね」
「ちょっとなんだよ?」
「気になってね」
ふうん、と興味もなさそうに言って、イクオはリコ達を見た。
「お前らも大変だな」
「そうかな」
「あの会長に付き合うだけでも大変だろ」
それはまあ、そうかもしれない。しかし、それがリコの選択なのだ。僕に否はない。
「知ってるか? 会長ってIQが百六十あるんだってよ」
デバイスをいじりながら、イクオが言う。
「へぇ……ソースは?」
「カルテインフ」
「ウィキじゃんか」
「そんなもん、嘘書いてどうなる?」
どうもならない。無条件に信じる訳にもいかないが。強いて言うなら愉快犯だろう。
「IQなんてものが、まずあやふやじゃんか」
「じゃあ偏差値だ。八十四だとよ」
基準のよくわからないIQよりも、そのほうがわかりやすい。しかし、勉強の出来と頭の良さはまた別の話だろう。
「とにかく、とんでもなく頭がいいってこったろ」
「うん」
「気をつけろよ」
不器用に、それでも僕の助けになればと。
その言葉には、色々な意味が込められていて。
「ありがと」
聞こえない程度の小さな声で呟く。すると、耳聡く聞き付けたのか、イクオはこう笑った。
「お前じゃねぇ。リコが心配なんだよ」