Ⅰ・幾島ミズキによる勉強会 →Ⅱ
「さて諸君、よく集まってくれたね」
授業も全て終わった、夕方の一室。管理棟にある講義室に、円卓と椅子だけが置かれていた。他には特に何もない。味気無い部屋だった。人数は会長と卜部くんを含め、たったの八人。見覚えがあるものも、ないものもいた。その全員が円卓についている。
勉強会第二回の始まりだ。
ほぼ講演会だったが、前回はもう少し人数がいた気がするのだけど。具体的には、あと二人。自ら減ったのか、減らされたのか。
僕は会長の右隣に座っている。僕の右隣はリコだ。卜部さんは会長の後ろに立っている。
「さて、本格的な開催は今回からということになるが……」
会長は右から左へ、ぐるりと僕らを見渡す。
「とりあえず、自己紹介といこうか」
ニヤリと、笑みを浮かべた。
「では、とりあえず私からいくよ。皆、心の準備をしておくといい」
そう言って長い髪をかき上げ、胸に手を置いた。
「幾島ミズキ。十八歳の高等学校三年生だ。パートナーは一応、そこの陰気な男。私自身が手に入れたものは……まだない。気軽に会長でもミズキでも好きなように呼んでくれ。よろしく」
まだ、ない? それはどういう意味だろうか。
「次、メバル」
「あぁ」
卜部さんは、会長の隣に座っていた。会長は陰気と評したが、実際には常に毅然としていて、どこか影がある風貌だ。
ようするに男前である。
「卜部メバルだ。よろしく頼む」
頭を下げる。それきりだった。
「次、そっちから時計周りで頼むよ」
言われて少し慌てたように、卜部くんの左隣りの女子が自己紹介する。眼鏡をかけた、大人しそうな娘だ。いわゆる優等生然とした、折り目正しい服装に、これまた古風な三つ編み。
「えぇ、えっと、奥屋優子といいます。一年生です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた。
次に、その隣の男。つまらなそうな仏頂面をした、無愛想な男だ。同じような表現を三つ重ねてしまうほどに。小柄で、ネコ科動物のように目付きが鋭かった。頭の後ろで手を組んで、そこに頭を乗せている。
「……根頃賢」
名前だけしか言わなかった。それからしばらく待ったが、続く言葉はない。その左隣に座る女の子が、気にしつつも自己紹介をする。
どうも中学生くらいに見える女の子だった。しかし制服はうちのものなので、きっと一年生なのだろう。
「江間那カナメです。二年生です。カナメって呼んでください。みんなよろしくね」
はじけるような笑顔で元気よく。根頃くんと比べての、あまりの愛想のよさに目眩がした。
というか同い年なのか。それが一番びっくりだ。
あ、もしかすると、中等部かもしれない。制服は一緒だっただろうか。持ち上がりではない僕にはわからなかった。
その次は、金色の髪の、さわやかな笑顔の男だ。彫りが深く、鼻が高い。小さな江間那さんと比べて、かなり背が高かった。
どこか外国の血が混じっているのだろう。明らかに純粋なこの国の人間ではない。
「及月クヂオといいます。よろしくお願いします」
そつなく、にこやかに挨拶をした。言葉は問題なく通じるようだと思ってから、そうでなければこの国にいるはずがないと思い直した。
どこの国だろうか。見た限りではアングロかサクソン系の顔立ちをしているように見える。
それにしても、この閉鎖的な国に外国の血が混じることは珍しい。三世代以上前に混じった、隔世遺伝というやつかもしれない。祖父母などに色濃く似るということが、往々にしてあるらしい。僕は祖父母の顔も知らないので、僕が似ているかはわからないけど。
祖父母か……。システム成立第一世代だ。まだ生きている可能性は高い。
いつか学校を出る時がくるのなら、一度会ってみたい。二度は御免だけど。
「……って感じで、えっと、よろしくお願いします」
よそ事を考えている間に、リコの番が終わっていた。僕が聞く必要はないからどうでもいいのだけど。
緊張して噛むんじゃないかとちょっと心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。僕は一安心して息を吐く。
そして、僕の番だ。
変わったことは必要ではない。無難に、普通にすればいい。
ほとんど自動的に義務的に、軽く自己紹介して頭を下げた。全員がそうであったのに、反応がないことに少し落胆する。しかし、それが正しい反応だった
「ふむ、皆、顔と名前は覚えたかな」
会長が皆を見た。皆一様に頷く。
「よろしい。それでは」
「なぁ」
話を遮って、根頃くんが手を上げた。
「なにかな、根頃くん」
「帰っていいか?」
あまりに端的な一言だった。
「駄目」
それに対する返答もまた簡潔だった。
「だいたい俺さ、こんな集まりに参加した覚えはないんだけど」
「ちょっと、ケンちゃん……」
奥屋さんが諌めるも、聞く耳は持たないようで。むしろ奥屋さんに突っ掛かる。
「お前が勝手に参加表明したんだろ? なんで俺が付き合わなきゃいけないんだよ」
「え、でも……」
「なんで勝手に決めんの? 優子はさ、俺の都合とか考えないわけ?」
「でも、ケンちゃんは、私の、パートナー、だから……」
段々と小さくなっていく、声。
今にも泣き出しそうな、いや、今泣き出した。
「やあい、泣かしたー。駄目じゃないか、ケンちゃん」
「うるっせ!」
会長がやじを飛ばし、根頃くんが立ち上がりつつ怒鳴った。
「ちっ……わかったよ。付き合えばいいんだろ?」
頭を掻いて、足を組み、椅子に座り直す。
「で、なにをするんだ」
「そこを今から説明するのさ」
会長は手を組み、そこに顎を乗せた。
多分、雰囲気作りだろう。
「今から四十三年前のことだけど、なにがあったかわかるかな?」
「フラッグスが十年ぶりに優勝した」
嫌味なのだろう。解りきった質問に、根頃くんは的外れな答えを返す。確か、野球の球団だっただろうか。そんな根頃くんに、奥屋さんが困ったような顔を向けた。
「うん、まあそれもあったのかもしれないけどね。システムの本格的始動だよ」
会長は取り合わず、続けて言った。
「第一世代……私達の祖父母の世代だね。当時十歳以下だった国民が対象となって、システムは施行された」
そして、生まれてきたのが……僕らの親世代だ。
システムから生まれた、最初の子供達。
当初、それらは非難の対象だった。海外の過激なマスコミュニケーションなどは、僕らを家畜と呼んだ。
人間に管理されて生まれてくる生き物を須らく家畜と定義するのなら、確かに僕らは家畜かもしれない。
畜生になった覚えはないのだけれど。
「私達は第三世代だ。第一、第二世代とその親の世代は、システムを受け入れた。しかし、受け入れたのはあいつらであって、それは私達じゃあない。だから、考える必要がある」
考える、考える。考える? 何を?
「システムは、どうして必要だった? それは有効なものなのか? それで世界はどう変わった? システムは、第二世代以降にも必要なのか?」
ハードディスクがカリカリと音を立てるみたいに、僕の頭は処理に困っていた。
雑多だ。それでいて、有益な意味があるのか、無意味なのか、悪影響のあるものなのか、判別に困る。とりあえず保留というのが、僕の大部分の出した結論だった。
保留とは、いつでも動かして再開できる状態にすることだ。
「有効だろうよ。必要だしな」
根頃くんはそう断じる。
「きみのそういうところは好ましいと思うのだけど」
会長は右手を振った。
「まあいいか。まずは全員の意見を聞きたい。根頃くんは必要だと思うのだね。では、次」
指されたのは奥屋さんだった。
「えと……必要、だと思います。有効だし」
「ふむ」
会長がちらりと卜部くんを見た。卜部くんは手元のメモに何かを書いているようだった。
「さて、次」
会長は掌を僕に向ける。ルーレットのようなランダム性か、はたまた意思のある行動か。
意味のない思考だ。すぐに意識を肉の器に戻す。
「そうですね……有効だけど必要じゃない、と思います」
「ほう」会長が目を見開き僕を見た。「どういう意味かな?」
「そのままです」僕は言った。「必要ではないと思うんです」
「ふむ……まぁとりあえず、次」
リコが指される。
「あっ、えと、必要じゃないと思います」
会長は手をスライドさせた。その先にいたのは及月くんだ。
「僕は必要だと思いますね」
それから、さらにスライドする。江間那さんで止まった。
「え~と、必要ないと思います」
会長は指を立てた。
「必要が三、不要が三か……ふむう」
必要派が根頃くん、奥屋さん、及月くん。
不要派が江間那さん、リコ、それから僕。
会長はくるくると指を回した。
「では、どうしてそう思うのか。意見を聞かせてほしい。そうだね、まずは、クヂオ」
及月くんを指す。呼び捨てにするくらいには知り合いなのだろうか。
「僕ですか? そうですね……簡単に言うなら、今の世の中に不満がないから、です」
「ふむ」
「現状維持をするためには、システムは必要ですからね」
「なるほど」会長はまた卜部くんを見た。「ありがとう」
及月くんは目礼した。
「では次に、奥屋くん」
「は、はいっ」
彼女はメモをとっていたようで、呼ばれたことに慌てて、ペンを取り落としそうになっていた。
「私がシステムを必要だと思う理由は、システムというものがより人間的であるから、です」
「ほう」
「閣下はおっしゃいました。愛とは効率よく繁殖するための機能にすぎないと。だからこれまで、愛が持て囃されてきたのだと。しかし、愛よりも効率的な方法があるのなら、無駄を省いて効率を上げることができるからこそ人間なのだから、より効率よく繁殖できるシステムに移行すること、これこそが正しく人間的な営みです。私達が人間らしくある為に、システムは必要なものです」
模範的な解答……なのだろう。少なくとも、テストでいい成績がもらえるくらいには。風評と混ざっているきらいがあるけど。
きっと彼女は盲目なのだ。
「ふむ……まあ、大体わかった。では次」
次に会長が指名したのは根頃くんだ。
「くだらねえ」根頃くんは言った。「答えるまでもねえよ」
「そうかい。では次に、不要派の話を聞こうか」
会長は飄々と流し、江間那さんを指名した。
「んと、あたし、束縛が嫌いなんです」江間那さんは言う。「決められた相手と契らなきゃいけないなんて、ぞっとしません。人間には誰かを好きになる権利があります。システムはその権利を侵害してます」
妙に力強く、訴えかけるように。
「だから、システムは必要ないです」
「なるほどねぇ」
会長は愉快そうに、くっくと笑った。
「では、次」
「あ、はいっ」
リコは俯いて何か考えていたが、呼ばれて顔を上げた。
「あの、こう思うんです。こんなふうに結ばれるのは、嫌だって」
思い詰めたような、沈んだ口調で、そんなことを言った。それはつまり。
「あっ、違うよ! アキが嫌だとかそういうことじゃなくてね!? 何て言うかな、ん~……」
「リコ、いいから……」
そんな風にフォローされてもな。
文字通り追い打ちだ。
見ろ、会長が笑いを堪えて震えてる。やめてください。皆の視線が生温い。
「違うからね? ……こんなふうに結ばれると、そう、今まで結ばれるために使われてたエネルギーが行き場をなくしちゃう、みたいな感じ?」
いや、みたいな感じ? とか訊かれても……。
「それまで発展する原動力だったのに、それがなくなっちゃえば、この国の発展は滞っちゃう、とか、そんな感じで?」
ああ、なるほど。
それ、昨日僕が言った内容だよね。
しかも上手くかみ砕けてない。
「ふうん……」
会長は目を細めた。
「って、アキの受け売りなんですけど」
「へぇ。それじゃ、きみの意見もそれでいいかい?」
「はあ、まあ、それでいいです」
僕は頷いた。
会長がついさっきのことを忘れるとは思えないけれど。
たぶん、わざとだ。
「さて! これで意見が出揃ったね」
ぱんと手を打って、全員の顔を見渡した。
「これから議論をしていこうと思うのだけど、その前に、何か質問はあるかい?」
「あの、はい」
手を上げたのは、奥屋さんだった。
「幾島会長と卜部さんは、どちらの意見なんですか?」
「ふむ……」
司会がどちらかの意見に偏るのは、議論としてよくないのだけど。
そう前置きして、まあ参考までに、と会長は言った。
「私は不要だと考えている。というよりは、別の可能性を考えている、かな。でなければ問題提起をする理由がないよ。その理由はまだ話さない。私の意見を気にして、皆が萎縮してしまっては意味がないからね」
尊大で、それでいて嫌味がない。生まれ持った風格か、持たざるを得なかったものなのか、自分で手にしたものなのか。
「メバルは必要派だがね、無視してくれていい。こいつは私を孕ませたいだけだから」
身も蓋も無い。心なしか、卜部くんがうなだれたように見えた。
積極的に誰かと子供を作りたいと思うこと。それは一般的に愛と呼ばれているものではないだろうか。
僕には、よくわからないけれど。
「そう、ですか」
奥屋さんは落胆した様子だった。会長と意見が分かれたのが不満なのだろうか。
「他に質問は?」
「はい」
僕は手を上げた。
会長は殊更愉しそうに、なにかな? と言った。
「あなたは、何の為にこの勉強会を?」
教員の話が正しいとすれば、これはただの議論の場ではないだろう。そして、有能な人材の発掘なら、なにもこんなふうにする必要はないはず。
知らず、睨むように会長を見ていた。
「どうやら、何か勘違いがあるようだね」
ふうっと、ため息らしきものをついて。
「誰かから余計な話でも聞いたかな? それなら、それは主要な目的ではないと、そう言っておくよ。目的はそう、きみ達のこと、それから、新しい考え方を知ることさ」
そう、きっとうそぶいて。
「君の聞いた話は、いわば副産物さ。私の望んだことじゃない。私が望んだのは、むしろ逆のことだ。まあもっとも」
妖艶な笑みを浮かべ。
「じいさんの方にそういった思惑があることは否定しないがね」
その言葉に、我知らず小さく身震いした。
「……そうですか」
夢を見るのに権利が必要だとしたら、僕は今、それを手にしたのだろう。
僕の望みが叶うとしたら、可能だとしたら。それはきっと、誰もが望むことで、誰にも叶わないはずのことで。
僕と会長の話を、リコは理解できなかっただろう。それでいい。
「さて、他にあるかね」
何事もなかったかのように続ける。
今度は、誰も手を上げなかった。
「……大丈夫そうかな? なら、続けるよ」
彼女の言うことに嘘はない、のかもしれない。
ただ、全てが言葉通りということはないだろう。
「では、始めるとしようか」
会長は少し前のめりに姿勢を変えた。
「ではまず、賛成派の意見だ。現状に不満がない、より人間らしくあるため、言うまでもない。この三つだったかな」
「ああ」
卜部くんが言うと、皆も頷いた。
「言うまでもないはまあ置いておくとして……では反対派の諸君、これらに思うところはあるかい?」
それは、あまりに乱暴な問い掛けだった。
「……そうですね。とりあえず、現状に不満がないというとこですけど」
僕とリコの顔を見てから、江間那さんが言う。
「あたしは不満ありまくりですよ。会長も言っていましたけど、相手を勝手に決められるなんて我慢できません」
「うん、冗談じゃない」
それを肯定するのか。あなた司会だろうに。
「ただ、相性がいいのは確かなんだよね」
会長は思ったよりも中立だった。
「そ、そうなんです。私はどうやって調べるのか知らないけど、生まれる子供の基礎能力が飛躍的に向上しているのは事実です。運動能力、思考能力学力の平均値は、格段に上がっています」
授業の研究発表のように。
「それに、双方向に好意を抱いていく確率がとても高いです。システムの有用性の証明には、それで十分じゃないですか?」
そう言ったのは奥屋さんだ。
「有用性の話じゃないです。あたしは、あたしの感情は、まるで早い競走馬を作るみたいに、子供を作るのが嫌だと言っているんです」
「競走馬! いい例えだ。感情が言っているというのもいいね!」
会長が破顔して賞賛し、リコがうんうんと頷いている。
そういえば、リコも感情論だと言っていた。
「より人間らしくあるためのシステムが、家畜と同じやり方というのも、皮肉な話だね」
僕が言うと、奥屋さんは喉に何かが詰まった時のような表情をした。
何かを言おうと口を開くのだが、声が出てこないようだ。
「しかし」
及月くんが、声を出した。絶妙のタイミングだった。全員が彼を注視する。
「家畜を交配させるそのやり方も、人間が考えたものでしょう?」
「そう、それもまた人間の考えたものだ。だから、それを人間に応用するのだって、おかしなことではないね。人間の病気治療の為に、まずマウスで実験することは普通のことだろう?」
会長が継いだ。司会なのになあ。進行するつもりはないようだ。
「家畜は野生の動物じゃなくて、人間の作った存在だと、そういうことですか?」
「人間の管理によるものは、属性として人間に染まる、ってことだと思います」
会長に代わり、及月くんが江間那さんの問いに答えた。
「家畜である為には、人間の管理下にあるという項目がなくてはならないですからね」
「それでも、やっぱり、家畜と人間は、違うよ。一緒に、しちゃいけない。一緒にしたら人間も、あたしも家畜と同じってことになっちゃう。それは……やっぱり嫌だもん」
江間那さんはそう言った。最後はやっぱり感情論だ。
「ふむ……感情論を否定するのは難しいね」
「否定の必要はあるんですか?」
僕はそう訊く。
「はは、まぁ確かに、殊更に否定する必要はなかったね。私にはどうも、相手をつぶしにかかる悪い癖がある。まぁそういう家系に生まれたから、致し方ないと思ってくれるとありがたい」
苦笑して、そう言った。会長にも、色々あるのだろう。きっとほかの誰よりも。
「まあ、ここらがいい区切りかな。奇しくも、人間であるためにという話も出たことだしね」
会長はゆっくりと、人差し指を立てた。
「システムで創られた子供は、人間に作られたという意味では家畜と変わらない。しかし、家畜に使う方法が、人間に応用されることもあるのだ、という」
「人間に作られていない人間はいませんよ」
及月くんはそう返す。
「はは、まあそうだね。ただ、作られたと創られたでは、意味が違うのだよ」
会長は宙に指で字を書きながら言った。
「神様とやらが創ったものが人間だというのなら、人間が創ったものはなんなのだろうね」
「家畜……ですか?」
江間那さんが訊いた。
「いいや。家畜は人間が創ったものではないよ。神様が創ったものを人間が管理しただけのことさ」
「しかし、家畜という概念は、人間の創ったものでしょう?」
「それを言うなら、神様だって人間が創った概念ですよ」
僕の意見に、及月くんが呟くように言い返す。
「良い返し」
会長は満足げににんまりと笑った。
「会長、神様とか信じているのですね」
「私はね、アニミストなのだよ」
意外そうな奥屋さんの言葉に、会長はそう返す。
「世の中は物理法則で全てが説明できるというが、それもまた、物理法則という名の神だとは思わないかい?」
「ロマンチストですね」
リコが言った。
「こんな私も可愛らしいだろう?」
会長はちらりと卜部くんを見た。卜部くんはメモから顔を上げない。
「つまらん。まあいいや、話題が逸れたね。人間は家畜だという話だった」
「まあ、間違いではないですが……」
家畜って……。
「家畜とは、家の畜生と書くね。この家が指すものは、人工のもの、人間の管理下にあるもので、畜生は動物のことだ。人間に管理された動物が須らく家畜だというのなら、人間もまた、家畜であるということになる」
「そんなの……」
「人間は動物じゃないって? それじゃ、人間と動物の違いは一体なに?」
持論だけぶちまけて。
「さて、今回はここまでにしようか。この話題はまた次回に話すとしよう。いいね、各自、話し合ってくるといい」
会長はそう言って、手を一つ叩いた。
「次回の議題は、人間らしくあるとはどういうことか、としよう」