Ⅸ・世界の詠歌、政界の成果、正解の対価→Ⅲ
ミズキは僕らに終わったと告げた後、そのまま倒れてしまったよね。僕はリコやイスズさんがミズキの介抱をしている時、安置室に向かったんだ。終わったって言葉の意味を確かめる為に。
安置室は冷たい空気で満ちていた。そこで僕は、閣下の遺体を見つけた。安らかに、まるでただ眠ってるだけみたいな顔をして、冷たくなっていた。
傍らの野中奏音に寄り添うように。
それで、僕は理解した。きっと野中奏音は、閣下の恋人だったんだ。それも、唯一無二と言っていいくらいに。
そこで僕は気付いたんだ。どうしてミズキが僕らを選んだのか。
ミズキのほうの理由? それはちょっと待って。順番に話すから。
僕はミズキが起きるのを待って、訊いた。
「なんだい、話って?」
来客用のベッドに寝かされていたミズキは、身体を起こして僕と向かい合った。
「僕、気付いたんだ。ミズキが僕……いや、僕らを抱こうと思った理由に」
ミズキは苦笑した。
「抱こうと思ったってね。私は女だから、抱かれる側だよ。君だってそうだろう?」
「そうだね。じゃあ、どうして抱かれようと思ったか、でいい」
「へえ」
ちょっと待って、といって、ミズキはデバイスでどこかに連絡した。
「いいよ。これで盗聴盗撮の心配は無くなった」
そういえば、この部屋は奴らに盗撮された部屋だった。
「うん……ミズキ」
「うん」
「君は、閣下だね」
「……」
「いや、正確に言えば、君の脳が、閣下なんだね」
試験の正解は、脳科学研究所じゃない。
ミズキの頭の中。そこに閣下がいる。僕はそう結論付けた。
ミズキは表情を変えない。薄笑いを浮かべたままだった。
「どうして、そう思った?」
「野中奏音は、閣下の恋人だったんだ」
「……安置室を見たのかい」
「うん」
「それは、そうだね。イエスだ」
「それでわかったんだ。野中奏音は、僕に似ている。いや、僕が野中奏音に似ているのかな」
「同じことだ」
ミズキは僕の目を見る。手を伸ばして、頬に触れた。
「顔は別段似ていないが……喋り方も、考え方も、在り様も、リコとの関係性も。ふとした仕種や、好みまで。君は……全部全部、奏音にそっくりだ」
愛しい記憶を掘り出すように、僕の頬を撫でる。
「僕は野中奏音のコピーじゃない」
「わかってるさ。奏音は植物状態だった。今の技術では、植物状態の人間の記憶をサルベージするのはは不可能だからね」
「やっぱり、ミズキは閣下のクローンなんだね」
「いいや、それは違う。クローンではないよ。私は閣下の精子と奏音の細胞を素に創られた、試験管ベイビーだ。だけど、なんて言ったらいいかな、自分なんだけど……あの男の記憶を持っているのは事実だよ。この身体がごく小さな頃に、記憶を植え付けたんだ」
ミズキは語った。
「私は……ああ、ややこしい。今まで通り、あっちはじいさんでいいや。じいさんは、愛してもいない相手と結婚して、世継ぎをつくる義務があった。しかし、産まれたのは俗物ばかりだったよ。そいつらはとっくに市井で生きている。私はそいつらのかわりに生み出され、記憶を植え付けられたんだ」
「だから、ミズキは野中奏音に似た僕と、男らしさの無いリコに目をつけた」
「そうだね、その通りだよ。私は身体が女で、脳みそは男なんだ。性同一性障害と似たようなものかな。だから、君達になら抱かれてもいいと思ったのさ。奏音に似た磯近明利と、女のような外見の、沖理子になら」
「だから卜部さんにあんな態度だったんだ」
「そう。あんな男臭いやつに抱かれるなんて御免だった。自分でつくったシステムを恨んだよ。じいさんに言っても変えてくれないしな。システムが選んだ最適の相手なんだってさ」
報われない卜部さんを思った。裏切ったのは、ミズキか、僕か。
また正当化している。そんなもの、僕に決まっているじゃないか。
「ミズキ……いや、閣下」
「ん?」
「見ぃつけた」
僕はミズキの肩を叩いた。
「試験、これで合格だろ?」
ミズキはぽかんとしていたけど、しばらくして笑いだした。
「あっはっはっは! そうだね、色々あって、今が試験の最中なのを忘れていたよ! 確かに私は私だが、じいさんでもある。正解だよ。合格だ」
そう言って、ひとしきり笑った後、ミズキは言った。
「それで、君は何を望むのかな」




