Ⅸ・世界の詠歌、政界の成果、正解の対価→Ⅰ
それからは、まさに怒涛の日々だった。
閣下の死が世界中に伝わると同時、その後継者としてのミズキの名もまた、世界中が知ることとなった。未だ成人すら迎えていないミズキにかわり、実務のほうは表向き先行して社会経験を積んでいた試験合格者が務めた。
諸外国はこの隙に付け込もうと様々な干渉をしてきたが、ミズキは閣下と変わらぬ姿勢を貫いた。ミズキが正しい意味で閣下の後継者なのだと悟ると、やがて閣下が健在の頃と変わらぬ平穏が訪れた。
実質のトップがミズキだということは、誰もが知っている。
僕らはといえば、クーデターの日から一ヶ月経った今……学校にいた。
最初の一週間程をあのドームで過ごし、ミズキの記者会見を住人と一緒に見た。カナメもクヂオも、皆驚いて目を丸くしていた。
それから、二人揃って脳科学研究所に移送され、テイリとイスズさんに会ってきた。
そして、特別措置として、僕らはそれぞれの両親の下へ帰された。その時のことは、あまり語りたくない。どうせ本当のことなど話せないし、就学の途中で実家に帰される理由など、ごく限られているからだ。
学校に戻ることを許可されたのが三日前。今日がその日だ。僕は電車を乗り継ぎ、久しぶりに学校へ足を踏み入れた。
教員に挨拶を済ませ、寮に向かう。足が勝手に歩調を速めた。
リコに会える。
三日後には、システム解体の準備が始まる旨の記者会見が開かれる。デバイスを通じてミズキからそう言われた。それでも、リコに会えるのは嬉しい。
例え三日後には、僕がパートナーじゃなくなるとしても。
部屋の扉を開く。鍵は掛かっていなかった。つまり、中にはもうリコがいるのだ。
扉を開く。背中が見えた。窓の外を眺めて、頬杖をつく後姿が。
「……リコ!」
荷物を放り出すのすらもどかしく、部屋に駆け込んだ。
リコは確かにそこにいた。
振り向き、立ち上がる。
「アキ……アキ!」
僕は駆け寄り、リコにしがみつく。
「リコ……久しぶり」
「うん、アキも」
変わらないリコ。髪が少し短くなったし、見たことのない服を着ていた。でも、僕の記憶にある通りのリコ。手の平にある感触も、鼻に感じる匂いも……全部全部リコだ。
三日後にはもう他人になる、リコ。
「会いたかったよ」
「うん」
「本当に会いたかったんだ」
「うん」
僕はリコの胸に顔をうずめた。知らず、涙が流れた。
リコは優しく頭を撫でてくれていた。
実家にいた最悪の二週間についての愚痴や、ミズキのこと、これからのこと、この国のこと。話すことはいくらでもあった。食事を採るも忘れて、僕らは話した。
「三日後には、システムが解体されるんだよね」
リコが、そう言った。僕は覚悟を決めた。
どうせ、僕が得られる幸せなんかじゃない。
「うん。そう聞いた。……よかったね、リコが望んでたとおりになった」
「うん……」
「これで、システムがなくなるんだね」
「うん、そうだね」
「それじゃあ」
「ん?」
「……お別れ、だね」
「えっ!?」
リコが僕の目をまじまじと見た。
えっ、てなんだ。
これは、リコが望んだことだ。
システムにより、勝手に決められたパートナー。リコは、それを嫌がっていた。
だから……システムを崩したかったんだ。そうだろう?
「リコは僕が嫌なんだろ? システムで決められた、望まないパートナー。だから、あんな」
「そんなわけない!」
リコがこんなふうに怒鳴る姿を、初めて見た。
今まで見たこともないような、激昂の表情。形相。
「なんでそんなふうに思ったのさ!?」
「なんでって……パートナーに不満がなけりゃ、システムに反対する意味なんかないじゃないか」
「そんなのじゃない、そんな理由じゃないよ!」
リコの声は、少し震えていて。
「……アキのことが好きだよ! そうじゃなきゃ、何回も、その……肌を重ねたりするもんか!」
「なっ……」
勢いに任せるように、顔を赤くして。
「ア、アキが好きだよ! システムがなくたって、なくなったって、ずっと一緒にいたい!」
リコが、僕を、好き?
そんな馬鹿な……。だとしたら、僕は……。
「はっ、肌を重ねたって、最初は僕が無理矢理した! 二回目からはミズキが引き込んだからだろ! それにシステムを崩したいって、そういうことだろ!? 僕が嫌だから……」
「システムで決められた好きなんて意味ないよ! そんなの無しに好きになってほしかったんだ!」
「……そんなの、言わなきゃわかるもんか!」
リコが、僕を掻き抱く。僕の唇が塞がれた。
「こうすれば……いいんでしょ。こうすれば、伝わるよね……」
それでもう、他のことはどうでもよくなった。
リコに押し倒されて、曖昧になっていく意識の中で、自嘲する。
僕は、なんて馬鹿なんだ。




