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エウトピア   作者: 十ノ青日
序章
23/39

Ⅵ・ドーム内、どうもならない。ムードも無い→Ⅳ

 やがて車は、工場の建ち並ぶ地帯にたどり着いた。

 工業地帯は、空がどんよりとした灰色に染まった場所だった。

 ここは、この国の主な産業である機械工業の中心地だ。港がすぐ傍にあり、ここで作られた製品は、世界中に輸出されていく。

 この国の工業製品は高いが、品質は世界最高だった。この国のメーカーの製品を持っていることがある種のステイタスになるくらいに。薄利多売ではない、王者の風格。

 品質が悪く、値段が安い海外産のものは、むしろ国内の玄人に出回っている。彼らは品質の悪いそれを改造し、組み合わせることで、最高の品質のものに作り変えることを命題としていた。

 外国産の安価な回路やメモリで作ったものが、この国で作られた高品質のデバイスとして海外に出回るというのは、どこか皮肉だ。


「この工場だよ」


 他と工場と区別のつかないような、特徴のない工場の一つを指差して、ミズキが言った。


「レッドバンクじゃないか」


 見たことのある社章が取り付けられたそこは、世界的に有名な企業の一つ、レッドバンクの工場のようだった。


「へえ~。何の工場なの?」


 リコが訊ねる。ミズキは答えず、人差し指を立てた。


「中に入ってみればわかるよ」


 言われるまま中に入る。警備員らしき男がじろりと僕らを見たが、ミズキを見てなにも言わなかった。

 靴を安全靴に履き替え、帽子を被らされた。無機質な廊下を進み、鉄扉を開くと、そこには一面にベルトコンベアーが並んでいた。


「うわー、すっごい」

「広いな……」


 ごうごうと機械の動く音がする、小さなチップを並べた区間。溶接し、くっつける区間。基盤にそれらを取り付ける区間。様々ある。その全てがマシネイションだった。数人の技師がベルトコンベアーを見つめているだけで、作業員はほとんどいない。

 幾つもの工程を経て、やがて一つの箱に収まっていく。大きなものは自動販売機ほどの大きさで、小さなものは使い古した鉛筆のようなサイズだった。


「コンピュータ?」

「そうだよ、ここはレッドバンクのメディアプラントだ。大型のものからフラッシュサイズのものまで、様々なコンピュータを作っている」

「これも閣下の研究していたものなの?」

「まあ、そうだね」


 僕は自動販売機のようなそれを見る。ずっしりとした、力強いシルエット。いったい、これ一つでどれだけのデータが保存できるのだろうか。


「確か、メモリが二エクサバイト、容量が五百エクサバイトだったかな」

「ふえー……すっごいねえ」


 キロバイト、ギガバイト、テラバイト、ペタバイトの上にある、エクサバイト。デバイスのアプリケーションなどで日常的に用いるのは、多くてもテラバイトである。普通に暮らしていれば、まず必要にならない数字だ。

 僕のデバイス……結構カスタムをしているものでも、メモリは四テラだ。


「そんなの、何に使うの?」

「研究とか、開発とかね。あとは、人工知能の大本にもなる」


 ミズキは自販機のようなそれをペタペタと触った。


「ロボットを稼動させるのに使うんだ」

「ああ、なるほど」

「え、どういうこと?」

「つまりさ」


 配線かLANの届く範囲に限り、ロボットは人間と変わらない思考速度での会話や、作業が可能になった。それらは主に施設や他のコンピュータの管理などに使われる。それを可能にしているのが、このようなコンピュータだという。

 LANの性能にもよるが、コンピュータのおよそ半径三キロメートル圏内が稼動範囲だ。

 記念すべき最初のコピー型人工知能……栄えあるそのコピー元が、誰であろう、閣下である。閣下の脳のデータから、人間としての余計な部分を取り去り、機械として必要なデータを入力し、改良したものが、今のロボットを動かす大元になっている。

 ブランクチップと呼ばれる、基礎的なデータだけが入ったコンピュータがあり、そこに様々なデータを打ち込むことで、人工知能は成長し、用途や育て方によって様々な性格を持つに至る。人間と変わらない思考パターンを持つそれらは、一般家庭での所持はほぼ不可能な値段だが、公共機関や研究機関、企業などが所持し、施設管理などに使用しているケースは多い。

 人間の管理と大きく違う点、それは、人工知能は騙されず、唆されず、疲れないということに尽きる。


「すごいものだと思うんだけど……これと閣下の居場所に関係があるの?」

「まぁ、無くはない。ヒントの一つだね」


 繋がりを考える。前回のドームにヒントらしいヒントを見つけられなかったからには、今回こそ重要なヒントが隠されているのではないかと、そう思っていたのだが……。

 コンピュータ、データ、チップ、書き込み、エクサバイト……なにがヒントで、なにが無意味な情報か。

 思考はミズキに中断される。


「さて、ここはもういいかな。次に出かけるとしよう」

「え、もう?」


 ここに来てから、まだ三十分くらいしか経っていない。だというのに、もうここから出るのか?


「タイムイズマネーだよ、アキ」

「だからってそんなに急がなくても」

「タイムイズマネー、つまり、マネーイズタイム。時は金なり、金は時なり。つまり、金さえあれば時間は買えるってわけだ」


 ミズキがそんな屁理屈を言い、踵を返す。


「不可逆だろ」


 僕はそう言って、後に続いた。





 工場を出て、僕達は誰もいない車に乗り込む。工場の稼動音が消えて、耳鳴りがした。僕はミズキに訊く。


「次はどこに行くの?」

「最後の点。ヒントはそれで終わりだよ。明日の内に答えを出してもらう」


 ミズキは僕の眉間を指で押して、言った。

 時は近い。すぐに僕らは振り分けられる。


「成功したとして」

「うん」

「僕らは、どこに行くことになる?」

「そうだね……とりあえず、どっかの政治家のとこで秘書でもしてもらうことになるかな。希望の場所はないんだろう? だって、君達の願いは違う場所にあるもんな」

「その通りだけど……願いと希望で分けることはできないのか?」

「無理ではないんだけどさ。君達ばかりわがままを通すわけにもいかないんだよ。みんなは一つだけ、それもパートナーと共有しなくちゃいけない願いで我慢してきたんだ」

「そっか……」


 僕は頷く。そして顔を上げて言った。


「無理じゃないならお願いする」


 ミズキは目を大きく開いて僕を見た。それから、ぷっと吹き出す。


「あっはっはっはっは! さすがはアキだね!」

「僕らは特別、なんだろ?」

「はっはぁ! いいや、特別じゃない。仮にも処女を捧げた相手だ。超特別なのさ」


 呵呵大笑して、ミズキは僕を叩いた。


「いいだろう、考えておくよ」

「オーケー、僕らも考えておく」


 リコと話し合わなくちゃ。

 失敗した時のことなんか考えない。僕は成功する。必ずだ。


「それで、最後はどこだ?」

「脳科学研究所」


 ミズキは笑いながらそう言った。





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