Part8 菩提樹
Part8 菩提樹
「ねえ、ケーキ食べていいかな?」
小首をかしげて、美紅が聞いてきた。
「いいも何も、今日は美紅の誕生日なんだから」
「うん、じゃあ・・・」
言いながら美紅がケーキの箱をあける。
現れたケーキは俺にとっては意外なものだった。
「バウムクーヘン?」
「うん」
木の年輪のような、ドーナツ型のお菓子。
俺でも名前くらいは知っている有名なケーキだけど、なんというか、地味・・・。
ふつう、バースディケーキといえば、白い生クリームとイチゴで飾られたショートケーキを想像する。もしくはチョコレートケーキとか。
なんで、記念すべき20歳のバースディのケーキがこんなに地味なんだろう、よっぽど好きなのかな。
「ショートケーキじゃないんだ・・・」
思わずつぶやく。
「そう、いつもはショートケーキなんだけど、今日は特別だから」
うーん、いつもは定番のショートケーキなのに、なんで今日はバウムクーヘン?イチゴショートのほうが可愛くて美紅に似合ってると思うんだけどな。
「バウムは木、クーヘンはケーキ。木の年輪に似てるでしょ。だから、ドイツでは誕生日によく食べられているらしいの。この層を作るためには生地を焼いては巻き、焼いては巻きを繰りかえさないといけなくて、すごく手間がかかるのね。なんとなく、それがあたしの今まで生きてきた1年1年みたいに思えて」
「へえ・・・」
「このあたりかな、蒼くんと会ったの」
言いながら美紅がバウムクーヘンの外側の層を指差す。すごく薄いな。
こうしてみると、美紅と俺が一緒にすごした時間は今までの美紅の人生のほんの一部に過ぎないんだな、と思う。
これからは、ずっと美紅の人生に寄り添って生きていきたい。
1年1年、その厚みを増してゆく木のように、ずっと一緒に。
「リンデンバウム・・・」
美紅が小さくつぶやいた。
「バウムクーヘンってね、リンデンバウムを模したものって説があるの。日本語で菩提樹。神様の宿る木って言われていて、昔はリンデンバウムの木の下で裁判が行われていたんだって。神様の前で嘘はつけないでしょ、だから」
神様の前で嘘はつけない。
心が揺り動かされた。
「ベルリンにはウンター・デン・リンデン通りって有名な道があるの、菩提樹の下っていう意味。その名の通りに菩提樹の並木道ですごくきれいなところなんだって、おねえちゃんから聞いたことがあって、あたしもいつか行ってみたいなあ、って思ってるの」
菩提樹の並木道か。
俺も行ってみたい。
いつか、美紅と一緒に菩提樹の木の下を歩けたら・・・。
「あは、でもあたしドイツ語はできないんだった。今から勉強しようかな、ナイフもってくるね」
美紅が席を立ってキッチンに向かう。
ひとつ、深呼吸。
俺は、数日前から用意しておいた小さな包みをチェストから取り出した。
運命の女神がいるのなら、今、降りてきてほしい。
この、小さな菩提樹の切り株に。
やっとバウムクーヘンがでてきた(ほっ・・)
運命の女神に蒼くんは何を祈っているのでしょうか。
続きは次回に・・・。




