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婚約破棄された地味令嬢は、北方騎士団の命綱でした 〜私を捨てた王宮は止まり、辺境公爵様には政務官として溺愛されています〜  作者: おねぴ


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第19話 黒松見張所は、荷置き場ではありません

王都倉庫第一分の出庫通知は、朝の一番鐘のあとに届いた。


封筒には、会計院の副印があった。

文官庁の印もある。


私は第四補給便の受付簿を引き寄せた。


第四補給便。

区間別分割出庫。

王都倉庫第一分。


その下の空欄に、ようやく文字を入れる。


王都倉庫第一分、出庫。

宛先、南砦。

南砦受領後、中継砦積替分を確定。


出庫はされた。


けれど、まだ届いてはいない。


私は南砦受領欄を空けたまま、出庫通知の写しを取った。


「南砦には、受領準備確認を出しています」


クラウス様が言った。


「屋内保管場所、灯油別棟、馬飼料の仮置き不可。三点とも確認済みです」


「ありがとうございます」


私は南砦の欄に、確認済みの印を入れた。


そのとき、マルク副長が窓の外を見た。


「黒松が遅い」


手が止まった。


黒松見張所。


王都の帳簿には、ついこの間まで正式な席がなかった場所。


けれど北方では、南砦と中継砦のあいだの尾根を見て、北尾根の信号を本城へ戻す冬季連絡点だった。


見張り。

狼煙。

灯火信号。

街道の積雪確認。

中継砦への通行可否連絡。


そこが黙ると、道の状態が分からなくなる。


北尾根が火を上げても、黒松がつながなければ、本城には届かない。


「定時信号ですか」


「はい。北尾根信号継続と、南砦方面の通行可否が来る時刻です」


「天候は」


「雪はありますが、見えないほどではありません」


私は受付簿の余白に、時刻を書いた。


黒松定時信号、未着。


まだ異常とは書かない。


ただ、未着。


二番鐘の少し前、見張り台から鐘が鳴った。


短く二度。


「黒松です」


信号書き取り係が、息を切らして入ってきた。


「黒松見張所より、急信です」


私は紙を受け取った。


黒松見張所より。

南砦、王都第一分受領作業中。

荷札一部、黒松仮置き指示あり。

黒松、仮置き不可。

狼煙材移動中、定時信号遅延。

北尾根信号、継続。

確認を求む。


狼煙材移動中。


その一行で、意味が分かった。


黒松は、もう乱されている。


荷はまだ置かれていない。


けれど、置くかもしれないと言われただけで、黒松は場所を空けようとした。


狼煙材を動かした。

棚を空けた。

信号の順番が乱れた。


だから、定時信号が遅れた。


「黒松に、荷を置く指示が出ているのですか」


クラウス様が言った。


「そのようです」


マルク副長の声が低くなる。


「王都側の札か、南砦で付け替えた札かは不明です。ただ、黒松は荷札の写しを受けて、先に確認を求めてきました」


私は黒松見張所の整理表を開いた。


冬季配置、六名。

主業務、通行可否確認、狼煙および灯火信号中継、北尾根信号の本城転送。

保管能力、小。

荷役人員、なし。


その下に、以前マルク副長から聞き取った補足がある。


屋内の半分は、狼煙材と薪の棚。

信号布は濡れ防止のため壁側吊り。

休息場所、二名分のみ。

荷置き余地、なし。


六人が交代で眠るだけでも、壁際の薪を動かさなければならない小屋だ。


そこへ他拠点分の荷を置けば、最初に外へ出されるのは荷ではない。


狼煙材か、薪か、信号布だ。


「黒松見張所は、荷置き場ではありません」


私は言った。


マルク副長が頷く。


「同意します。あそこに荷を置けば、見張りが荷守りになります」


「荷守りになれば、道を見られません」


「はい」


「道を見られなければ、南砦から中継砦へいつ出せるか分かりません」


「北尾根の信号も、本城へ戻りません」


途中にあることと、置けることは違う。


黒松を荷置き場にすれば、一見、南砦の荷は減る。


けれど、その代わりに黒松の目が荷へ向く。


道を見る場所から、道を見る人が消える。


それは、補給を進めているようで、補給の線を細くする。


「信号を先に返します」


私は言った。


「紙はあとで追送します」


クラウス様が書板を開く。


私は短く読み上げた。


黒松見張所への仮置き不可。

同所は冬季連絡点であり、集積所ではない。

狼煙材および信号材を元位置へ戻すこと。

北尾根信号中継と通行可否確認を優先すること。

黒松分消耗品のみ小分け受領可。

他拠点分の仮置き、保管、積替指示を禁止。

他拠点分は南砦屋内保管、または中継砦積替待ちとすること。


「禁止、と返しますか」


クラウス様が確認する。


「はい」


私は黒松からの信号紙を見た。


狼煙材移動中、定時信号遅延。


一度、もう遅れている。


曖昧に返す理由はなかった。


マルク副長が信号係へ向く。


「黒松と南砦へ同文を返せ。黒松仮置き不可。狼煙材を戻せ。北尾根信号中継を優先。南砦は黒松分以外を送るな」


信号係が走った。


私は追送用の紙を出した。


黒松見張所に関する緊急取消要求。


理由。

黒松見張所は、南砦・中継砦間の通行可否確認および北尾根信号中継を担う冬季連絡点である。

荷の仮置きにより、見張り、信号、通行確認に支障を来すおそれがある。

保管設備および荷役人員なし。

黒松見張所分を除く荷の仮置き、保管、積替を禁ずる。


書き終えたところで、ユリウス閣下が補給室へ入ってきた。


「黒松ですか」


「はい」


私は信号書き取りと緊急取消要求を差し出した。


閣下は、先に黒松からの急信を読んだ。


それから、私の文面へ目を移す。


「狼煙材を動かしたのか」


声は低かった。


怒鳴ってはいない。


けれど、補給室の中の誰も、紙をめくらなかった。


「荷はまだ置かれていません。ただ、仮置き予定の確認で、黒松が場所を空けようとしました」


「それで信号が遅れた」


「はい」


ユリウス閣下は、緊急取消要求の最後まで読んだ。


「妥当です」


彼は言った。


「黒松は、道を見る場所です。荷を見る場所ではない」


その一言で、少しだけ肩の力が抜けた。


同じものを見ている。


少なくとも、この部屋では。


「これを北方側の正式回答にします」


ユリウス閣下は署名欄に名を書いた。


ノルデン家印が押される。


「写しは」


「南砦、中継砦、黒松、会計院、文官庁へ」


私は少し考え、付け足した。


「王妃府へは、副本で」


「分かりました」


クラウス様が写しを作り始める。


その手つきに迷いはなかった。


黒松から返信が来たのは、昼前だった。


短い信号だった。


だが、今度は遅れなかった。


黒松見張所より。

仮置き不可指示、受領。

狼煙材、元位置へ戻し。

南砦へ同内容転送済み。

黒松分以外、受領せず。

北尾根信号、継続。

定時信号、再開。


私は、その紙を受付簿に綴じた。


黒松見張所。

仮置き不可指示、受領。

狼煙材、元位置復帰。

定時信号、再開。


「戻りましたね」


マルク副長が言った。


「はい」


私は黒松の欄に確認印を押した。


「ただし、南砦側の指示が取り消されたとは、まだ書けません」


「南砦の返答待ち」


「はい」


マルク副長は、もうそこで不満そうな顔をしなかった。


「では、南砦を待ちます」


午後に入ってすぐ、南砦から信号が届いた。


南砦より。

王都倉庫第一分、受領作業中。

黒松仮置き指示、取消。

他拠点分、南砦屋内へ戻し。

黒松分消耗品のみ小分け。

中継砦積替分、再仕分け中。


「取り消されました」


クラウス様が言った。


私は信号紙を受け取り、まず黒松の欄に追記した。


黒松仮置き指示、取消確認。


それから、南砦の欄へ移る。


南砦。

王都倉庫第一分、受領作業中。

他拠点分、屋内保管へ戻し。

中継砦積替分、再仕分け中。


「受領完了ではありませんね」


マルク副長が先に言った。


私は少しだけ顔を上げた。


「はい。受領作業中です」


「完了印を待つ」


「はい」


彼はもう驚かなかった。


「ローデン顧問」


少しして、マルク副長が言った。


「最近は、私でも先に分かることが増えました」


私は顔を上げた。


「それは、問題ですか」


「いいえ。逆です」


彼は黒松の受付簿を見た。


「黒松仮置き不可。黒松分のみ小分け。受領作業中は受領完了ではない。こういう判断が、最初から表に残っています」


「表に」


「はい。あなたが作った表です」


マルク副長は、積み重なった紙束を指した。


北尾根信号小屋。

黒松見張所。

霜見砦。

南砦。

中継砦。


現地応急配分案。

閉鎖後配分表。

区間別分割出庫表。

仮受領確認。

再確認印要求。

役割確認。


どれも、最初はその場を止めるために作った。


荷を出すため。

信号を切らさないため。

王都の不備を返すため。

黒松に荷を置かせないため。


けれど、それだけではなかった。


同じことがもう一度起きたとき、誰かが見られる形で残っている。


「私は、目の前の処理をしていただけです」


「それで助かっています」


マルク副長は短く言った。


「ですが、それだけではありません」


私は返事をしなかった。


彼は続ける。


「次に同じ荷が来たとき、私たちは最初から少し早く動けます。南砦も、中継砦も、黒松もです」


クラウス様が、一枚の写しを整えた。


「手順になってきていますね」


手順。


その言葉が、思っていたより深く胸に入った。


王宮では、私の仕事はいつも個別の処理だった。


足りない欄を埋める。

通らない申請を戻す。

届かない荷の経路を直す。

誰かが見落としたものを拾う。


次に使う人のための手順として、残したことはほとんどない。


残しても、読まれなかった。


厚すぎる。

細かすぎる。

あとで見る。


そう言われて、棚へ戻された。


けれど、北方では違う。


黒松に荷を置こうとした指示は、すぐに止まった。


マルク副長が、受領作業中と受領完了を分けた。


クラウス様が、写しを迷わず作った。


ユリウス閣下は、読んで署名した。


紙が、一度きりで終わっていない。


書類の確認に出ていたユリウス閣下が、扉の近くに戻っていた。


「ローデン顧問」


「はい」


「冬が終わったあと、この手順を正式な補給規程にできますか」


私はすぐには答えられなかった。


冬が終わったあと。


その言葉が、補給室の暖気の中で、少しだけ輪郭を持った。


契約書には、期間がある。


雪解け後の精算まで。


そう書かれていた。


私は北方に来た。


王宮には戻らなかった。


ローデン家にも、戻る場所があるとは言えなかった。


では、雪が解けたあと。


この机の上の紙は、どこへ行くのか。


私自身は、どこへ戻るのか。


「正式な規程にするなら、承認者と運用責任者が必要です」


私は答えた。


声は、思っていたより普通に出た。


「作成者ではなく」


「はい。作成者だけでは、規程になりません」


ユリウス閣下は頷いた。


「では、それも考えましょう」


考えましょう。


決める、ではない。


命じる、でもない。


考える。


私は、受付簿の端に置いたペンを見た。


これまでの空欄は、根拠が揃えば埋められた。


届いたら受領を書く。

出たら出庫を書く。

取り消されたら取消を書く。


けれど、まだ書けない空欄もある。


書くべき言葉が、決まっていないから。


その午後、黒松から夕刻前の信号が来た。


黒松見張所より。

南砦方面、通行可。

中継砦方面、午後より風強し。

北尾根信号、継続。

黒松分消耗品、小分け受領予定。


その信号は、いつもの時刻に届いた。


私は受付簿に綴じた。


黒松は、荷を置く場所ではなかった。


道を見る場所だった。


その道が、まだ通れると知らせてきている。


「中継砦への第一分積替は、今日中に出せますか」


クラウス様が確認する。


「午後から風が強いなら、夕刻は避けるべきです」


マルク副長が言う。


「夜明け前に様子を見て、午前のうちに出します」


私は頷いた。


「では、中継砦積替予定欄を開きます」


新しい欄を作る。


中継砦積替予定。


また、空白ができた。


けれど、それはただの空白ではない。


次に動く場所を待つための欄だった。


そして、もう一つ。


雪解け後。


その欄は、まだどこにも作っていない。


窓の外では、黒松の方角に薄い煙が上がっている。


荷ではなく、道を知らせる煙。


私はその煙を見てから、受付簿に短く記録した。


黒松見張所。

冬季連絡点として機能継続。

荷置き場扱い、取消済み。


その下に、別の紙を一枚置いた。


北方冬季補給手順。

草案。


まだ、表題だけだった。

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