第15話 「酒場」
「なあ、あの噂知ってるか?」
大きなローブを羽織り、熱い飲み物に恐る恐る口をつけるユスティア。
酒場の片隅で人を待っていたが、隣のテーブルでコソコソと囁かれる噂話が耳に入る。
「どんな噂だ?」
「エルノー城砦の話だ。砦が陥落したらしい。単眼ルプルスと、血飲みのヒルドラン。巨人族の戦士が二体も現れたってよ」
ユスティア自身も旅の最中に既に聞いて知っていた話だった。
「それなら俺も知ってる。王国兵士たちが山ほど死んだってな。クソみたいな話だっ!」
「それが、話はそこで終わりじゃないんだ。実は血飲みのヒルドランと対峙して生き残った人間がいるらしい。その証拠に"求血の呪い"をかけられた人間が、たびたび戦場で奴を探しているらしいぞ」
傾けていたコップを止めるユスティア。
「求血の呪い……?」
「待たせたな。ティア。そろそろ出るぞ」
ユスティアのテーブルに、一人の女が手を置く。
目深く被ったローブの隙間から、冷たい視線がユスティアに注がれる。
だが、彼女、ロゼリカが冷たいだけの人間ではないことをユスティアは知っていた。
「はい師匠。どうでしたか?」
「何も収穫がなかった。縁のあるこの場所なら賢者の話が聞けると思ったが」
ロゼリカはふぅ、とため息混じりに頭を掻く。
「実在するかもわからない人を一から探してるんですから仕方がないですよ。それよりも、聖剣が少しざわついている気がします」
ユスティアの腰に備え付けられた真っ白な剣。
聖剣レヴァテイン。悪意に反応して共鳴する剣。その中でも魔物や異種族の悪意には敏感で、彼女を守ってくれる剣でもある。
「ならばさっさと次の地へ行こう。聖剣に従うようで気に食わないが、私もこの街はどこかきな臭く感じる」
「はい」
立ち上がったユスティアは、剣の達人であり、自らの師匠でもあるロゼリカの後についていく。
酒場の扉が閉まる時、中から最後の噂話が届く。
「──人の身で、巨人族と戦おうとするなんてとんだ命知らずだ。聖剣の主じゃあるまいし」
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「師匠。巨人が現れたらしいです」
「知ってる。ヒルドランもいたらしいな」
ロゼリカとヒルドランには因縁がある。それを知っているユスティアは、少しだけ目を伏せた。
「伝説の賢者に会えば、本当に巨人族に対抗する手段が見つかるのでしょうか?」
「さあな。私は賢者など信用してはいない。そもそも、巨人どもについて知る必要すら感じない。刃を向けてくるなら、斬り殺せばいいだけだろう」
ロゼリカは一蹴する。
彼女は剣士の最高峰であり、それに恥じない闘争心を持ち合わせている。
戦いに理由を求めるユスティアとは、根本から違っていた。
「血を流さずに済むなら、その方がいいと思いますけど……」
「私には理解できないな。ならなぜ剣を取った? 聖剣はなぜお前を選んだ? 本文を果たせぬ剣など、ただの置物にしかなりえないというのに」
自分が選び、自分を選んでくれた聖剣を馬鹿にされ、ユスティアは眉を顰める。
「私だって、なんで聖剣が選んでくれたのかなんて分かりません。けど、ただ巨人族と戦うだけではいけない気がするんです。そうやって長い間、戦争は続いているんですから」
「その力で巨人族を滅ぼし、戦争を終わらせろというのが、聖剣の意思だとは思わないのか?」
「思いません。力には責任と代償が伴うと思ってます。私はその責任を果たしたいんです」
「甘ったれた考え方だな。まあ、いくら言っても変わらないのは理解してる。ただ、巨人どもに同胞を殺された者たちを目の当たりにして、同じ言葉を言えるのか見ものだな」
ロゼリカはそれきり話は終わりだと口を閉ざした。
彼女の言葉はいつも辛辣で、それを聞いてユスティアはいつも自問自答を繰り返す。
人類の敵であるとされる巨人族や魔物。そして、それらに対抗する強力な手段である聖剣。
その主に選ばれた自分の役目と願い。
(私も誰かを助けたい。あの男の子みたいに)
あどけなさの残る顔立ちで、なのに妙に大人びた表情をしていた少年。彼はユスティアが暮らしていた村を救い、忽然と姿を消した。
一体何者なのかはわからない。一つ確かなのは、ユスティアにとって、ルイと名乗った少年が、まるでおとぎ話に出てくるような騎士に見えたという事だ。
(そうよ。彼は決して強くなかった。なのに迷わず助けてくれた)
ユスティアは表情を引き締めた。
村で燻っていた自分が旅立ち、誰かのために剣をとる選択をした。
迷いを断ち切ってくれるのはいつだって記憶の中にいるルイだった。
「迂回すると時間がかかる。密林を抜けるが体力は問題ないか?」
「はい! 毎日師匠に稽古をつけてもらってますから」
元気よく応えるユスティアにロゼリカは目を丸くする。
「さっきまで沈んでいたのに回復が早いな。その切り替えの良さだけは美点だ」
「大事なのは過去より未来ですから。さあ行きましょう」




