祝典 ~説明されても分からないけれど、とにかく参加しないとです?~
『瘴気』というものが突然この異世界に現れて、干ばつに飢饉、疫病をもたらしていたのだという。
その瘴気が発生する原因は未だ分からないままだけれど、創世神である『アルバス』に祈りを捧げることで防ぎ、さらに『浄化』の魔法というやつで各地にある瘴気を退けていたのだという。
けれど瘴気の猛威は治まらず、どうしたものかと頭を抱えていた時に『聖人』なる人間が何十年か、何百年かに一度、浄化の魔法陣から現れたんだそうだ。
その聖人は浄化の魔法だけは扱うのに長けており、各地を回りながら瘴気を浄化する。
同時に、代々の聖人は特別な知識や技術を持っていて、この世界を発展させてきたのだと。
魔法陣に閉じ込められていた期間は一週間。
ようやく目を覚ました神官たちによって解放された私は飢餓状態かつこの世界で命に等しい魔力が枯渇している状態で、あらゆる治療を施されて一ヶ月。
そして今に至る、というわけだ。
今いるのはオズワルド帝国の王宮で、この部屋は私の部屋なんだそうだ。
聖人と言うからには神殿かと思ったのだが、先日の『召喚の儀式』で儀式を執り行った神官たちが聖人を…つまり私を、召喚したは良いものの軒並み倒れて私の命を脅かしたとして、王宮預かりになっているらしい。
それは良かったと思う。神殿に行けばその神官たちと顔を合わせることになるなら、もし会った時には一発二発どころじゃないぐらい殴ってしまうから。
いや、どうせなら一発ぐらい殴らせてもらいたい。
「いろいろ突っ込みたいことはありますが…」
「…」
この異世界のこと、聖人のことを説明されて正直、頭がパンクしそうだった。
なんで私なのかとか、いろいろあるけれど、ひとまずこれからのことを考えよう。
そう、召喚されたなら帰る方法だってある。
王道のライトノベルならば帰れないことが大半だが、これは現実。
『聖人』とやらが何人も来ているんだから、私だって帰れる。
「世界を回って瘴気とやらを浄化したら、私は帰れるんですよね?」
その質問をした瞬間、リーン大司教も王様も王妃様も俯いて口を閉ざした。
曖昧に笑っていた自分の口の端が引きつるのが分かる。
何か言ってくれ、と願い続けてしばらく、一番最初に口火を切ったのは『ヨハン二世』
「君が元いた場所に帰る方法は、ない」
「……は、…い?」
「、ないのだ。そもそも浄化の魔法から『偶然』人が現れた。どこから、どうやって現れたのか…その研究をしている者はいるが瘴気の対応に追われて進んでいない」
「なん、は?だって、500年も経ってて…」
「浄化できるようになったのは300年前だ」
「それでも何百年も研究したなら…!「世界中に、どれだけの人数が浄化の魔法を使えると思っているのだ」あなただって魔法が使えるんでしょう!?」
「私は浄化だけはできない」
「そんな、あ、でも瘴気を浄化すれば時間ができますよね!?絶対帰れないなんてことは」
「…………許せ」
おろおろしながらもリーン大司教が言う。
帰る方法は見つかっていない。今から研究しても何十年かかるか分からない。
何十年後かに見つかったとしても、私はその頃、何歳になるか考えて欲しい、と。
そんなの言われなくても分かっている。私は30。20年後に見つかったとして50歳。
無事に帰れたとして、20年時が経っているのか、それとも時は経っていないのか。
その後は?元の世界で、生きていけるのか
鈍器で頭を殴られた、というならこういうことを言うのだろう。
ぐらりと揺れた視界をそのままに、いつの間にか力が入っていた体から力が抜けて、後ろに倒れ込む。
帰れない。勝手に呼び出しておいて、勝手に役目を与えておいて、帰れないと言う。
それを『許せ』と言う。
周りの人が何か言っている。
この世界のため、星の数ほどの命が救われた、世界中が感謝している、これからの暮らしに不自由はさせない、今後の生活は私たちが見る、エトセトラエトセトラ。
「それにもう君にしてもらうことは無いのだ。危険な場所に旅をして命の危機に脅かされるようなことはない」
「……………?」
妙なことが聞こえた。『してもらうことは無い』と。
なぜ。呼び出したのでは。世界が危ないから、国が危ないから、人が死ぬから、この世界に来たのでは。
ゆるりと上げた視線が王様とかち合う。
意図を察してくれたらしい彼は、宝石みたいな瞳を真っ直ぐ私に向けて。
「魔法陣の中に長時間いた影響で今代の『聖人』は強い力を持ったようだ」
「、それで」
「故に、君が魔法陣にいた一週間のうちに…全ての元凶である瘴気は取り払われた」
ああ、なんてこと。
勝手に呼び出して勝手に役目を与えたくせに、もう私はその役目を果たしたのだという。
私が気絶している間に。
飢えるかもしれないという恐怖と戦っている内に。
誘拐されたと思っている内に、私の知らないところで、勝手にこの人たちは救われていた。
それは良かったとか、これから悠々自適に過ごせる、とかの安堵なんてこれっぽっちもなかった。
こみ上げてきたのは怒り。
目の前が真っ赤に染まるなんて、あるんだなあ。
「つまり、あんたらは勝手に私を呼び出しておいて、用は終わったから帰れと言わず、このままここにいろと、そう言ってるの」
敬語なんぞ使える頭じゃなかった。
そんな理性が残っていたらそれこそ私は『聖人』だろう。
「突然、訳の分からない世界に引きずり込んでおいて、誰も私のことを知らない世界で一人生きていけと、そう言ってるの」
「…」
「私は死にかけたのに、生きてきた全てを捨てろと、そう言ってるのかと聞いてるんだけど!?」
答えてよ!
響き渡った声は部屋の中で少しだけ反響し、行く場を無くしたのか小さくなって、最後には消えた。
すまない、と男の声がする。
申し訳ありません、と女の声がする。
肩を落とし、眉を下げ、意気消沈して謝るだけで許されるはずがないのに。
ふう、ふう、と怒りで荒ぶる自分の息づかいだけが彼らと私の間で生まれている中、王様が眉間に皺を寄せながら喉を引き絞った。
「まだ体は本調子ではないと聞いた。まずゆっくり体を休めて欲しい」
「、そうですわね。長居してしまったわ」
「…」
「私は少し彼女と話を「リーン大司教、あなたも来るのです」…承知しました、皇妃様」
大人3人が部屋を出て行く。良いとも悪いとも言っていないのに、また勝手に。
リーン大司教だけが何か言いたげにちらちら振り返って退室していったが、その視線だけでも腹立たしい。
怒りに任せて布団を叩き、枕を投げる。
壁に当たって落ちた白い塊を肩で息をしながら見つめ、ああ、と思った。
(そうだ、きっとこれは夢だ)
こんなことあり得ない。有り得て良いはずが無い。
事実は小説より奇なり?それにしたって限度がある。
震える体を抱きしめた。寒さで震えているのか、それ以外の理由なのか分からない。
けれど、寝て目が覚めたらきっと電車の中にいるはずだ。
週明けから始まるプロジェクトがある。初めて任されるチームリーダーだ。
慣れ親しんだ顔ぶればかりで気は楽だが、しっかり週末で鋭気を養い、早起きして出社しないと。
「寝なきゃ、寝ないと、目が覚めたら、大丈夫。きっと、絶対、大丈夫」
揺れに揺れている視界と胸を襲う気持ち悪さに呼吸が浅くなり、意識が薄くなっていく。
このまま眠れそうなことに少しだけ安心したけれど、おそらく人生初めての『気絶』というやつだ。
(いや、お腹空いて気を失ったのも気絶か…)
そう思ったのを最後に目の前が暗くなり、耳の奥でトトン、トトン、と電車の音がした気がした。
■
「……………夢じゃない」
目が覚めても、夢の中と同じ、いや気絶する前と同じベッドの上にいた。
魔法陣の上じゃないだけマシかもしれないが、これが現実なんだからどちらが良いかは比べられない。
怒ればいいのか悲しめばいいのか分からない暗い感情が自分の中でとぐろを巻き、お世話をしてくれているメイドさんたちのされるがままになる。
体に力は入るのに、やる気がまるで起きない。歩こうとか、話そうとか、そういった意欲が一切湧かない。
赤ん坊のように衣服を脱がされ、新しい服を着せられ、食事を用意されて口に運ばれ、一通り『お世話』が終わったメイドさんたちが部屋を出てまた1人に。
窓の外だけが腹が立つほど穏やかな日差しを称えている。
鳥の音がどこからかする。
外は庭になっているんだろうか。ざわざわと人の話し声がしては遠ざかり、またやってきては去って行く。
あれだけ寝たのに、ずっと静かな空間に1人いると眠気がやってくるようで、うとうとしていたら目に差し込む光がやけに眩しいことに気づき、夕方になっていて驚いた。
驚きはしたけれど、やっぱり眠くてまた目を閉じた。
動いていないからお腹も空いていないし、…もしかしたらまだ夢かもしれないし。
寝て、起きて、食べて、また寝て。
何度繰り返したか分からないが、ついに私は『諦めた』
「、違う世界」
ここは違う世界。私を知っている人は誰もいない、と。
■
ようやく『諦めた』日は、私が目を覚ましてまるまる2週間経っていた日だと教えられた。
体がまだ万全じゃないので静養して欲しかったのと、1人でゆっくり考える時間が必要だろうと気を利かせてくれたのか、ずっと周りが静かだったから時間間隔を忘れていた。
ぽつりぽつりと話すようになった私について王様たちへと報告が上がったようで、祝いの席への出席を打診された。
どうやら本気で私が世界を救った『聖人』であるそうなので。
ただ寝ていただけでそういった実感はないけれど、『祝い』というなら行くしかないだろう。
勝手に巻き込まれたのだから、好きなだけ感謝して欲しい。
ファンタジー小説もびっくりな細かい刺繍が施されたドレスに、世界の大泥棒が狙いそうな大粒の宝石がついたネックレスとイヤリングに再び意識を失いそうだったのは私だけ。
太っているわけじゃないがモデル体型でもない私に似合うはずがないと辞退しようとしたのだけれど、なぜだかニッコニコ笑顔のメイドさんたちに着せ着けられてしまった。
見た目はとんでもなく綺麗だけれど、いかんせん、苦しすぎるし重すぎる。
(何でコルセットとか時代遅れなもんを着けなきゃいけんのだ…!)
現代のコルセットならまだいい。ゴム素材である程度伸縮するし、体をより美しく見せるために自分の体型に合ったものをつけるんだから。
でも今身につけているものは『ちょっとだけ進歩した』コルセットで、動かせない型に自分の体をめりこませているようなもの。
普段からジーパンだのTシャツだのパーカーだので弛みまくっている私が、果たして何時間も続くパーティーに耐えられるのか。
きっちり髪を整えられ自分じゃできない技術で化粧を施された自分の姿は、どっからどう見ても私じゃない。
こういう姿、世界史の資料集で見たことある。
見た目は貴族、気分はドナドナ。
「まだ体調が万全でないようなので、座っているだけを希望します」
「もちろんでございます。挨拶に来られても会釈だけでようございますよ」
メイドさんたちの中でも経験が長そうな年かさのいった女性が、ふっくらとした頬を嬉しそうに緩ませながら頷いた。
こういう人のことを侍女って言うんだっけ…?親しみがなさ過ぎて困る。
部屋を出ると何人もの騎士たちが縦に並んで道案内…いや、エスコート…?してくれた。
ちょっと気分が上向きになる辺り現金なものだ。
(仕方がないって…ただの一般人がこんなお姫様みたいな待遇、浮かれたって仕方がない…そう、仕方がない…)
元の世界に恋人だの婚約者だのいなくて良かったなと思い至って、ふ、と両親の顔が過ぎったけれど、少しだけ頭を振って追い出す。
まだダメだ。1人になった時にいっぱい思い出そう。
大人二人分はある高いドアの前に立ち、ドアの向こう側から聞こえる王様と王妃様のスピーチの声を聞く。
分厚いドアなのか声はあまり聞こえないが、ラッパの音が鳴って背筋がピンと伸びた。
(入場の時にラッパって、物語みたいなことするな…)
少しずつ開いていくドアの奥から目映い光が差し込んできて、目元に手をかざして目を細める。
ざわざわとした声が聞こえるが、何人ぐらいいるのだろう。
壇上に上がるなんて、小学校の合唱大会以来である。
ようやく目が慣れてきたので歩を進め、ドレスの裾を踏みつけないようしずしずと歩み出せば、予想に反して人が多い。多すぎる。
そして何より、今着ているドレスが地味に思えるほどあっちこっち華やかだ。
衣服もそうだけれど、男女問わず西洋人の目鼻立ちがくっきりした姿ばかりで、純日本人の私はどうしたって尻込みする。
「この方が、今代の聖人、サツキ様である!」
威厳に満ちた王様の声に一瞬静まりかえったホールは、次の瞬間、大歓声に包まれた。
中には涙して拝み始める人までいる始末である。
止まらない歓声と拍手を受けてようやく『聖人』の重大さを、実感した気がした。
沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。
とても励みにさせていただいています。
不定期更新で申し訳ないですが、
必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。