価値 ~がんばりたかったけれども、分かり合えないようです~
このお話をまず終わらせよう!の意気込みです。
次で完結予定。
とまあ、浮かれていたのは『聖人のお披露目式』の後、半年ぐらいで。
政治というより俗世の全てから離れて、王都から馬車で30分ほどのところにある森の近くにある離宮で1人暮らしている。
離宮といっても4LDKの小さなコテージだ。
たまにコテージの修繕や困っていることはないかの用向きを聞いてくる人が訪れ、定期的な訪問といえば王都からやってくる食料品と雑貨の配達人だけである。
誰の訪問もないまま木彫りや絵画をたしなみ、たまにアクセサリーなんかを作る。
素人作なのでもちろん売れず、完成しても倉庫代わりにしている部屋の中に放り込んで終わりだが。
小説なんかも書いてみたが、どうやらこの世界に日本語はないらしく、誰にも読めないので短編を書いては火付けにしている。
この世界に来て、早5年が経った
驚いたことに、どういうわけか私の体は『不老』になったらしい。
浄化の魔法陣の中で魔力と呼ばれる生命エネルギーをギリギリまで使ってしまい、その回復が極端に遅いので、体の成長が止まっているのだとか。
意味が分からなかったが、大司教と学者たちが言うのだからそうなんだろうし、このまま1人で生きていると精神が壊れて自死するんだろうなと思う。
そのことに恐れはない。せめて惨い死に方だけはしたくないなとぼんやり思うだけで。
最初の三ヶ月は、周りがちやほやしてくれたのもあって比較的快適だった。
『この世界で生きていこう』と諦めて文字から学ぼうとしているのも前向きと捉えられたし、私のちょっとしたサバイバル知識が軍事演習で役に立ったり、一人暮らしのお手軽お菓子が大層喜ばれてブームになったりもした。
そんなことが続けば周りからの視線に『期待』が乗り始めたのを私は感じることになる。
歴代の『聖人』は浄化の魔法だけでなく、その知識と技術を持ってこの世界の発展に大いに貢献した。
そりゃそうだ。ちゃんと『技術者』がやってきて画期的な知識をもたらすんだから。
でも、私は違った。
私が生きていた日本は、この世界からしたら未知の世界すぎた。
黒船来航よりも数十段階上のレベルで、『未知』だった。
地球に宇宙人が来て、次の日には銀河間旅行ができるようになったレベルで。
そんなの、どんな分野だろうと私がノーベル賞を受賞していなければ何も無いところから作れない。
懐かしき日本の医療ドラマのペニシリンだって、作り方は知っていても実証するのも難しければ安全性を訴えるのだって一苦労だ。
それに、この世界には『魔法』があるのだ。そこに割って入れる程の科学知識なんてない。
インターネットどころか電気すらないこの世界で、科学技術の恩恵を受けに受けまくっていた『プログラマー』という職についていた私に世界が発展するような知識を披露できるはずがない。
そもそも、まず文字の読み書きでつまずいた。
ラテン語っぽければフランス語っぽい読みをし、かと思えばエジプトのような象形文字が出てくるこの世界の文字は、あまりにも高難易度すぎた。
過去の『聖人』たちが使っていた文字と、元々この世界にあった文字を組み合わせた結果こうなったのだと教えられたけれど、考えても見て欲しい。
象形文字はともかく、ヨーロッパ圏の言語と日本語ではほんっっっっっっのちょっっっっっとも共通点がない。
難易度はきっとこの世界の三歳児の方が速いだろう。
けれど人生の半分を勉学に費やした30歳は、勉強の仕方だけは心得ている。
文章よりも単語から覚えていくべきと日本語とこの世界の言葉を横並べにした単語帳を、心血注いで100語から作った。
が、捨てられたのだ。落書きだと思われて。
その時のメイドさんには大層謝られて、また作るからと許したけれども、今度は違うメイドさんに捨てられた。今度は『書き損じ』だそうだ。
言語の特別講師からも、遅々として進まないので、日本語は『文字じゃない』とまでため息をつかれる始末である。
ここで心の三分の一が折れた
もう講師はいらないと伝えてからは、独学で申し訳程度の文字の勉強をしつつ、ちょっと息抜きが必要なのだとスケッチを始めた。
炭に紐を巻いただけの簡単な鉛筆だけれど、スケッチにはもってこい。
紙と鉛筆を持ってあちこちの物や風景を写生してはリラックスしていたところを貴族の誰かに見られ『素晴らしい絵だ、譲ってくれ』と言ったのであげた。
ほんとうに、このときにうぬぼれなければ良かったと本気で後悔している。
素晴らしいはずがないのだ。
美術の授業を受けただけのド素人の絵が、審美眼を養って生きてきた熟練者の目に留まるはずがない。
『譲ってくれ』と言われたのが嬉しかった私は何枚も描いて色んな人に渡したけれど、その絵に『浄化の効果』が宿っていないと知るや否や、こちらも捨てられていた。
私の知らないところで捨てられていたようだけれども、お世話をしてくれているメイドさんたちが困ったような声をあげながら『何の効果もないならもらってもねえ』『いくらお礼って言われても、価値がないんじゃ…ねえ』と言っていたのを聞いた時、心の三分の二が塵になった。
そこからスケッチは描かずに、ナイフや彫刻刀を手に木彫りを始めた。
もう誰にもあげないぞ、と心に決めて。
けれどどうやらこの選択も私は『間違えた』ようで、皇帝とお妃から『貴族じゃないのか!?』と詰め寄られた。
私に家名があり、家が貿易業をしていると言っていたから貴族なのだと思われていたらしい。
貴族で30といったら誰かの妻だ。きっと子どももいるだろう。
元の世界の家族や地位を与えられない以上、これからの生は穏やかに過ごせるように、と心配りをしていたところに…木彫りである。
元の世界じゃ知らないが、この世界の貴族女性はナイフを手に物を作らない。
やって刺繍とか編み物…いわゆる手芸。
おっかなびっくりならともかく、やけに手慣れており、刃物を怖がる素振りもないと知った彼らに『元の世界に貴族階級はなく、独身で仕事をしていた』と伝えたらとんでもねえ化け物を見た顔をされた。
仕事とは何を、と聞かれたのでなるべく丁寧に、分かりやすく伝えたが『そんな仕事のどこに価値があるのだ』と言われてしまっては元も子もない。
うるせえ、ゲームだってホームページだって必要だったんだよ日本じゃな。
怒りと失望がない交ぜになった表情をどう読み取ったのか分からないが、皇帝は絹のような髪をぐしゃぐしゃにしながら深くため息をはいた。
平民では側妃にするわけにはいかなくなった、と
平民呼ばわりは、もうこの際どうでもいい。我が家にある家系図を引っ張ってきたらもしかしたら騎士ぐらいの立場かもしれないけれども、この世界では無意味だ。
それはどうしようもないのでどうでもいい。
けれど『側妃』とはなんだ。
今度こそ戸惑いながらお妃様を見たら、苦笑しながらそっと視線を逸らし、『そういうお話が出ていたの』と。
特別な知識も技術もなく、功績といえば『浄化』だけの『聖人』に相応しい立場を、となった時、あろうことか皇帝の側室として召し上げようといつの間にか。
政略結婚とは違うかもだが、そんなことある?と思った。
結婚させるにしたってもっとこう…なんといっていいか分からないが、皇帝以外の選択肢はないのか、と。
そんな疑問に答えてくれたのは、またしても気まずそうにしているお妃様。
「その…こういってはなんだけれど、元の世界で結婚していないのは、もう、子は望めないからでしょう?」
「違いますが」
「「えっ」」
「そりゃ、ちゃんと検査したけじゃないですけど…元の世界では35とか40で妊娠する人もいますし」
「な、ならなぜ仕事を?」
「自立のためですが」
「自立!?女性が!?」
私の語彙力が足りないのか、そこからは何をどう説明しても『女性が1人で生きていける社会システム』と『平均寿命80歳以上』というのを理解してもらえず、結局不憫な目で見られて終わった。
そこで私の心の残り全てが砕け散った。
なぜ、別の世界の事情に巻き込まれただけなのに『使えない』など思われねばならないのか。
なぜ、チームリーダーになれるまで頑張ったことを『何の価値もない』と言われなければならないのか。
なぜ、『恩人』であるともてはやされながら裏で笑われなければならないのか。
なぜ、元の世界のことを『あり得ない』『存在しない』『おかしい』など言外に言われなければならないのか。
私はそこから来たのに。
もう何かをする気力もなく、人と関わるのも恐ろしくて部屋に引きこもった。
危うく死にそうなところだったそうだが、あまりにも記憶がぼんやりしていて、気づいたらこのコテージにいた。
最初は2人の使用人がいたが、次第に居心地悪そうにし始めたので、もう王都に戻って欲しいとお願いした。
馬車で30分とはいえ、森の近くであるなら周りには何も無い。遊べるところも、息抜きをするところも。
そんな環境は『左遷』に等しい状態だったのだろう。
『聖人』からの命である、と伝えればほくほく顔で去って行った。現金なものである。
だから今は、私は文字通りの1人だった。
それが5年続いている。
せっかく天気も良いし、外でBBQでもしようか、と焚き火台を高くセッティングしてぶつ切りにした具材を串に刺し、熱くなった網の上に乗せて焼けるのを待つ。
すると、カラカラと車輪が回る音と馬のいななく音が聞こえてきた。
「…また来たの」
煙が真っ直ぐ立つ庭から少し離れた場所に停車したそれから、かの皇帝とよく似た色合いを見に宿した男の子が1人、飛び出してくる。
何が楽しいのか唯一と言って良い『たまの客人』はきゃっきゃと笑いながら、私の元へ駆けつけてきて、右手を挙げた。
「こんにちはサツキ様!お腹空きました!お裾分けを所望します!」
「はいはい」
「今日は何ですか!?」
「BBQ」
「ばーべきゅー?それは何ですか!?」
「肉と野菜を焼いたもの」
「なるほど!それで!」
「それだけだよ」
「…………野菜は嫌いです!」
「ちゃんと食べなさい」
元気いっぱいのこの男の子はアーノルド様。あの皇帝の第二子で、現在8歳だ。
初めて会った時はかなり猫を被っていたのか、すました顔で『王子様然』としたボウアンドスクレープをしていたけれども、取り繕わなくて良い相手と見るや否や、どこにでもいる悪戯っ子の爆誕である。
しょっちゅう……とはいかなくとも、月に1度か2度は突撃してきているんじゃなかろうか。
お付きの人たちが困った顔をしているのに会釈して、こちらにもBBQをお裾分け。
アーノルド様にも焼きたてのピーマンに塩を振ったものを渡せば、ぐぬぬ、といった顔をした後に勢いよくかじりついた。
一瞬嫌そうな顔をしたけれど、途中で『ん?』という顔になる。
「にが、あれ、あまい?甘いです!」
「そりゃあBBQだから」
「BBQとは素晴らしいものですね!」
しまった、BBQが特別料理になってしまった。……まあ良いか。
気持ちの良い空にほどよく涼しい風、どこまでも続く緑の匂いに、人の少ない土地、そしてできたてほやほやの食事とくれば、なんだって特別である。
王子というからにはお城では冷めた食事ばかりだろうし、たまになら問題ないだろう。
「サツキ様!今日は物語が聞きたいです!」
「物語?」
「はい!ピエロが赤い風船を持って追いかけてくる物語の続きを!」
「……あれはあれで終わりだよ」
「ええ!」
「えーと、じゃあ、ペットセメタリーはどう」
「ぺっとせめたりー」
「犬や猫のお墓の話」
「犬が好きなのでダメです」
「あ、そう。じゃあ…悪魔退治を仕事にする夫婦のお話とか」
「悪魔退治!ではそれで!」
「なんでホラーが好きかね…」
「サツキ様の話すお話は何でも楽しいので!でも最近は怖いお話が流行りなんですよ」
「へえ」
子どもって一定の年齢になるとオカルトにはまるよね、と納得しながらどう話そうかを思い描く。
にこにこしながら簡易椅子に腰掛けたアーノルド様は、最後のピーマンを呑み込んだ。
お肉の串を渡してやりながら、今日もまた長丁場になりそうだ、と諦めの心地でワインを開けながら腰を下ろす。
グラスに注ぐなんてことせずにラッパ飲み。なんていう贅沢。
ぷは、と口の端を拭いながら具材の焼き加減を確認し、さて、と口を開く。
気づけばお付きの人たちもBBQの網を囲んで休日モードに入っていた。
「これは嘘のような本当の話。悪魔を見る目を持つ妻と神を信じる心だけは人一倍強い夫が、ある1つの家族に巣くった『魔女』に立ち向かった話」
オカルトが流行りというなら、とことん怖がらせてやろうと意気込みながら、もう一度、瓶に口をつけた。
もう何ヶ月になるだろう。この子が6回は来ているから半年ぐらいか。
まあ、不老になったらしい私には関係ない。
今はまだ死ぬのは怖いので、自然とそうなるまで気長に生きるとしよう。
沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。
とても励みにさせていただいています。
不定期更新で申し訳ないですが、
必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。




