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冬のカナリア とある魔術師の旅路  作者: 鹿邑鳩子
プロローグ「炎上のイフリータ」
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0話 ワタリガラスの先触れ

 

 時は流れ、二十余年後の晩秋。


「た、大変です協会長! ワタリガラスが手紙をっ、協会長宛ての妙な手紙を運んできました!」


 蹴破る勢いで開け放たれたドアの音。

 執務室の机に伏せていた赤毛の魔術師が、気だるげに顔を上げた。


 真っ青な顔で立ち尽くしていた若い男から手紙を受け取り、差出人の名前を見て「ああ」と呟く。


「大丈夫だよエディ、差出人は魔女じゃない」

「で、でもワタリガラスですよ? 悪魔の化身ですよ?」


「君だって〈エルシオンの人形使い〉の通り名くらい聞いた事はあるだろう? 差出人は彼女だよ。たぶん、普通郵便じゃ間に合わないからマリー様のカラスを借りたんじゃないかな……」


 後半は独り言。

 コンコンと咳き込みながら、ペーパーナイフで封を切る彼の動作を、若い魔術師は固唾を呑んで見守る。


 長い赤毛を耳にかけ、手紙に目を通した赤毛の魔術師は、しばらく思案げに黙り込んだ後に傍らに立つ金髪の秘書官を見上げた。


「ルイ、エルシオンに〈遠視の水鏡〉を繋いでくれ」

「それは構わないが、秋の三の月だぞ。もうじき冬になるこの季節に、面倒ごとを押し付けられては……」

「何言ってるんだか。今だからギリギリ間に合うんじゃないか。冬に入ったら動けなくなるだろう」


 赤毛の魔術師の言い分に、秘書官はため息をひとつ。


 お人好しめと低く呟きつつも、言い出したら聞かない彼の性分を知っている秘書官は、抱えるほど大きく平らな黒い器に水を張る。


 秘書官は器に刻まれた印に魔力を流した。


 水面に波紋が生じ、そして再び水面が凪いだ時、水鏡には気の強そうな妙齢の女と気の弱そうな長髪の魔術師が映っている。


「やあエチカ、教員生活はどう? デイナも……あれ、デイナはシーラ王国に戻ったんじゃありませんでした?」

「今更何言ってるのよ。わたしが教師になったのは二十年は前の話だし、デイナが学園に戻ってきたのは三年前よ」

「……そうだっけ」


 気まずそうに笑う赤毛の魔術師。

 秘書官が水鏡を覗き込み、青く鋭い目で水鏡の女を見下ろす。


「用件はなんだ」

「相変わらず愛想の欠けらも無い男ね。わかってるわよ、こんな時期に悪かったとは思っているわ。でもこちらも時間の猶予がないの。冬明けじゃ間に合わないのよ」

「気にしなくていいよ。それで、どうしたんだ?」


 眉間を寄せる秘書官、あくまで穏やかな調子の赤毛の魔術師。

 水鏡の向こう側で、後頭部で長髪を一つ結びにした魔術師が、深刻な様子でこう告げた。


「魔道学舎に今年入学してきた少女が、十五歳の若さにして闇に落ちかけているのです。我々も手を尽くしましたが、どうすることも出来ず……」


「あなただったらどうにかしてくれるんじゃないかって、わたしが言ったの。人助け、得意じゃない?」


 女の言い草に秘書官の眉間が限界まで寄った。

 その全身からは殺気が滲み始めている。

 手紙を運んできた若い魔術師は、あまりの恐ろしさにじりじりと後ずさった。


 咳き込みながら身振りで秘書官を宥めた赤毛の魔術師は、苦笑を浮かべつつ答える。


「まあ、いいけど。手紙に書いてあった、預かって欲しい子ってその女の子? その子が闇に落ちないように、うちで面倒を見ればいいの」


「ええ、そう。そういうことよ」

「それは構わないけど、なんで今なんだ。学生なんだろう? 冬明けまでエルシオンで預かれないのか」

「それが、駄目なのですよ」


 水鏡に映る魔術師が、悲しげに目を伏せる。


「その女生徒についていた悪魔が、学園で大問題を起こしまして……女生徒は既に退校処分となってしまいました。

悪魔を使役する女生徒が魔女に落ちることを危ぶんだ保護者たちは、彼女をエルシオンから追放しろと騒ぎ立てています。エルシオンにはもはや、彼女の居場所はありません」


「……そう」


 話を聞いていた若い魔術師は思った。

 いくらうちの協会長がお人好しでも、まさかそんな面倒かつ危険な子供の身を引き受けたりはしまい。


 悪魔を使役とするのは魔女くらいだ。

 魔術師が悪魔を使役に下すなんておかしい。

 問題児に決まっている。

 いくらなんでも、流石に、ない。


 一方で傍らの秘書官はすでに諦め顔をしていた。

 赤毛の魔術師に仕えて二十余年、秘書官は彼のお人好しが病的なものであることを嫌という程知っている。


「わかったよ。じゃあ悪いんだけど、うちまで連れてきてもらえるだろうか。この町からテンテラを飛ばすわけにはいかないし、今から私が出かけると冬にはいってしまうから。途中で力尽きてしまうかも……」


「協会長!? ご冗談ですよね!?」


 思わず口を挟んだ若い魔術師の抵抗は無視という形で却下された。


 水鏡の向こう側でほっとした表情を浮かべ、女は「前もって言っておかなきゃ」となにやら思い出した様子で付け加える。


「その子ね、父親が正体不明なの。学長(ファントム)が言うには、人間じゃないものの血が混じっているんですって。その子の目、魔物みたいな赤なのよ」


 それを聞いた歳若い魔術師は確信した。

 間違いなく絶対に確実に必然的に、面倒なことが起きる、と。




 本編に続く。

 2作目の主人公は、訳ありで問題児の赤い目の少女です。

 気炎万丈物語、「炎上のイフリータ」を引き続きお楽しみください。

 年明けから連載開始。(2022/12/28)

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