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134話 開戦と救出


 眠っていた間に外されていた黒面を身につけ、ブレスたちは宮殿を守る結界へと向かった。

 道中、昨夜ブレスが眠ってしまった後の話をイルダから聞く。


 屍肉の臭いを嗅ぎつけた悪霊犬(バーゲスト)や、海からやってきた人面鳥(ハルピュイア)が集まってきてそれはそれは大変だっだそうだ。


 兵士百人あたりに魔術師ひとりがついていれば、最低限隊を守れるとされているが、それはあくまで人間同士の戦いの場合の話である。


 ウォルグランドの魔術師の数が多くて助かった、とイルダの後ろをのそのそと歩きながらネモは言った。


「あの魔物の数では、エトルリアの魔術師だけでは防戦一択だったでしょう。潮騒のお方、正式に即位した際はぜひとも我が国と安保条約を結んで頂きたいものですね」

「ああ、前向きに検討しよう。我々としても中央の大国との繋がりは、なくてはならぬもの」


 なにやら政治の話をしているふたりを背後に、ブレスは宮殿を覆う結界を見上げた。

 強固な結界は、昨日と同じように行く手を阻んでいる。


(結界か……)


 そういえば昔、シャムス聖王国でカナンの作り上げた氷の虚像の結界を、言葉ひとつで解いてしまったことがあったっけ。


 こんどはそうもいかないだろう。

 この結界からは敵意を感じる。


「さてと。んじゃ、お前たちの準備が出来次第、結界を壊すよ」

「準備ですか?」


 皆きちんと武装して、いつでも戦えるように剣や槍を抜きはなっている。

 振り向いたマリーが、いつものおちゃらけた顔からは想像もできないほど真剣な表情で告げた。


「心の準備ってやつさ」

「……ああ。そうか。そうですね」


 マリーと共に全ての魔術師たちが一斉に空へ舞い上がった。

 ローブを閃かせながら、フェインがターミガンとレシャを左右に、高らかに声を張り上げる。


「皆、気を引き締めよ。これより結界を破壊する。いかなる敵が現れようとも精神を乱すな。血路を斬り開け。我らの誇るその剣で!」


 おおお、と雄叫びが轟く。相変わらずこの空気には慣れそうにない。

 黒面の奥で苦笑いを浮かべながら、ブレスはマリーの隣に並んだ。


「見える? あの一点。あたしの神気でしるしつけてみたんだけど」

「ああ、あのうっすら赤い……」

「そうそれ。あそこを壊してほしいんだよね。あそこさえ壊れれば、あとはそこらの魔術師でも結界は壊せるからさ」

「そういえばずっと気になってたんですけど、神気と魔力ってなにがどう違うんです?」

「全然ちがうよぉ。生きて帰れたら教えたげる」

「……それは楽しみですね」


 不吉な言い方をするなあと顔をひきつらせつつ、思考を巡らせる。

 固いものを壊すためには、どうしたらいいだろうか。


「まずは……そうだな、あれを脆くするとして」


 結界に〈腐食〉は効くのだろうか。

 いいや、あれは魔力で編まれたものだ。

 金属や木材のようにはいかない。


「魔力を、ええと吸収する……いや、散らせばいいのか」


 敵意の込められた魔力なんて吸収すれば、どんな事故が起こるか解らない。


 ブレスは両腕を上げて風を呼び、髪を切ろうとして首を傾げる。

 昨晩鎖骨のあたりでばっさり切った赤毛が、胸の下まで伸びている。


(まあいいか)


 西に来てからというもの、やたらと髪が伸びる。

 精霊の祝福とやらのおかげだろうか。

 切った赤毛を風の微精霊に支払って、魔力を運んでもらい、ブレスは〈霧散〉の印を流した。


 結界全体がぼんやりと淡く青い光を放つ。

 魔力が分解されるときの色が青だ。

 刻印はきちんと発動している。


「マリー様、これから薄くなった結界を攻撃します」

「おっけー、手伝えばいいんだね」

「はい。同時に」


 マリーが白い腕を掲げて魔力を構える。

 ブレスは呼気を抑え、神気の揺らぐ結界の一点に意識を集中させた。


「いくよ!」


 マリーが魔力を放つと同時に、ブレスは「爆ぜろ」と言霊を放った。

 薄くなった障壁、その弱点にふたりの魔力が叩きつけられ、結界に大きく亀裂が走る。

 ぴしぴしと音を立てて結界が軋んでいく。


 ネモが腕を振り下ろした。

 それを合図に、魔術師たちがいっせいに結界にむけて魔力を放つ。

 総攻撃を受けた結界が、ガラスのように派手に砕け散った。

 隠されていた宮殿が現れる。


 雪花石膏(アラバスター)の柱が立ち並ぶ純白の宮殿の前には、鎧を纏った顔の見えない兵士たちが立ち並んで更なる壁のように自陣を守っていた。


「続け!!」


 騎士隊の将のひとりが声をあげて剣を掲げた。両者の兵が一斉に動き出し、剣を交え、盾と盾がぶつかり合う。

 人間同士の戦いが行われている頭上では、魔術師たちが自軍を守りながら敵陣の魔術師たちと戦っている。


 その合間を縫うようにイルダと共に飛びながら、ブレスはエルシェマリアを取り戻すため、王宮の内部へと向かった。




 エルがいるとすればどこだろうか。


「イル──じゃない、水鏡の魔術師は帝国の王宮にも出入りしていたんだよね。王女が閉じこめられるような場所に心当たりはないか?」

「か弱い少女ひとり、手元に置いて置けば良いのではないか?」

「いや、妹はか弱くはない。えーと、じゃあ怒ったミッチェを閉じこめるとしたら、どこだ?」


 それどういう意味よ、とブレスの肩に乗ったミシェリーが爪を立てる。

 イルダはちょっと考えこんで、「牢がある」と呟いた。


「罪を犯した貴人を一時的に閉じこめておく部屋だ。城に魔術師が入り浸るようになってから、魔力を封じる細工が施された」

「〈封じの鳥かご〉の部屋版ってこと? それは厄介だな」


 そんな場所に閉じこめられては、いくら強い魔力を持っていたとしてもまったく用をなさないだろう。


「じゃあひとまずその牢に行くとして……」

「避けろ!!」


 イルダの声に反射的に方向転換すると、つい先ほどまでいた宙を何かが横切っていった。

 石の壁を蹴って姿勢を立て直す。ブレスは目を凝らした。


 おかしな生き物がいる。女の上体に蛇のような下半身をもつ怪物だ。

 まるで幼体だった頃のテンテラの様だが、この生き物の方がずっと邪悪に見える。


「なんだあれ。初めて見た」

「ラミアだ。西にしかいない魔物だ。メロエ皇女は蛇がお気に入りだからな」

「メロエ皇女?」

「皇帝の妹だ」


 記憶のふちで何かが引っかかった。

 炎帝ガヌロンが当時のウォルグランドの王を殺した理由は、たしか、ウォルグランドに嫁いだその妹がガヌロンを唆したからではなかっただろうか。


「……そうか。俺の名を握ってる相手が解った」


 ウォルグランドの王に疎まれた彼女は、王の側室であったブレスの母ルシアナを憎んでいたとシルヴェストリは言っていた。

 子に恵まれず、王に愛されず、嫉妬と憎しみに支配された彼女は、最後には魔女に落ちたと。


 ウォルグランドの王妃であったガヌロンの妹、メロエは魔女なのだ。

 彼女はいまも生きてこの城にいる。


 王妃であった彼女ならば、王宮で産まれたブレスの真名を握っていたとしてもおかしくはない。

 そうだったか、と壁際で納得していると、ブレスを守りながらイルダが怒鳴る。


「刻印の魔術師、考え事は後にしろ! ラミアに食われるぞ!」

「あれ人間食べるの!?」

「子供と若い男が好みだそうだ」

「それはぞっとするな。魔女の使役なだけあるね」

「呑気な……!」


 手のひらの〈火炎〉の印から火を吹き出しながら、イルダが空いたほうの手で指笛を吹いた。

 影から次々と飛び出してきたものは、白地に黒茶の斑模様の翼を持つ、鳥の群。


 鳥たちは次々に蛇の女に襲いかかり、刃物のように鋭い羽で切り裂いて、瞬く間にラミアを圧倒した。


 血を流しながら逃げてゆくラミアを尚も追おうとする鳥たちを、イルダは指笛で呼び戻して影に閉じこめる。

 あっという間の出来事だった。ブレスが手を出す隙もない。


「はやり蛇には鳥だな」


 いつも通りの静かな横顔で頷くイルダ。

 ブレスは面の下でひくりと顔を引き攣らせる。


「……ねえ水鏡、いつからあんな凶暴な鳥の群なんか飼ってたんだ」

「あれはステュムパーロスの鳥だ。昨夜貴方が眠った後に叔父から借り受けた」

「そ、そうなんだ」

「あの鳥はいい。さほど大きくもないので小回りが効く。その割には殺傷力も高い」

「ああそう……」


 宮廷魔術師の家系は絶対に敵に回してはいけない。

 イルダが味方で本当によかった。


 改めて心のそこから実感しつつ、ブレスは道案内と護衛を従者に任せて石造りの廊下を進む。

 やがてイルダはある木製のドアの前で立ち止まった。


「ここだ」


 苦い表情を浮かべるイルダの横顔を見、ブレスは無言で頷く。

 こんな顔をするのだ。

 きっとイルダも、この部屋に閉じこめられたことがあるのだろう。


 当然ながらドアには鍵がかかっている。

 やや困って面をいじる。


「人を閉じこめるための部屋なんだから、ドアを壊したら報せが飛んで人が来るよなぁ」

「宮殿に攻め込んでおいて今更何を言っているのだ」


 イルダの呆れた視線が突き刺さるのを感じつつ、ブレスはごまかし笑いを浮かべる。

 とはいえ、〈呪い返し〉の類の罠が仕掛けられているとも限らない。


「でも、迷ってる場合じゃないか。よし」


 木製のドアに手を触れて〈腐食〉を刻印する。

 木はあっという間に黒ずんで脆くなり、軽く蹴っただけであっさりと穴が空いた。


「ん……」


 トン、と拳で軽く胸を叩かれたような小さな衝撃があった。

 熱を持った指輪を見れば、刻印が黒ずんでひび割れている。


「やれやれ。これじゃいくつお守りがあっても足りやしない」

「大丈夫なのか?」


 壊れた指輪。

 もう一度印を刻めば使えるだろうか、と試してはみたものの、指輪は魔力を受け付けてはくれなかった。


 指輪は死んでしまった、ということだ。

 心配そうに眉を寄せるイルダに肩を竦め、壊れた指輪を捨てる。


「ああ、いまのは全然たいしたことなかった。さて、エルはいるかな」


 蹴破った穴をくぐり抜けると、部屋というには寒々しいが牢というには配慮のある、なんとも中途半端な空間が広がっていた。


 エルの姿を探して首を巡らせるが、それらしい姿はない。

 目を引くものといえば、壊れて倒れた椅子だけだ。


 ここにもいないとなれば、やはり皇女か皇帝の側に捕らえられているのか、とブレスが思考を巡らせていると、視界の端で何かがゆらりと動いた。

 赤毛だ。


「っと、危ない」


 どこに潜んでいたのか、天井から少女が振ってきた。

 叩きつけて壊したらしい、先のとがった木製の椅子の脚を突き立てるようにしながら。


「誰なの」


 一撃必殺の攻撃を避けられてしまったその少女は後ずさりながら、しかし凶器を構えたまま、感情の薄い声で淡々と問う。


 ブレスは思わず笑ってしまった。

 ああ、エルだなあ、と思ったからだ。


「遅くなったね。迎えにきたよ」


 フェインと同じ水色の目が、こぼれそうに大きく見開かれる。

 ブレスはゆっくりと面を外した。

 警戒心の強い妹を脅かさないように、そっと。


 カランと音をたてて、石の床に椅子の脚が転がり落ちた。

 足音もなく無言のまま歩み寄ってくる赤毛の少女。

 

 今更遠慮することなんてないのに。

 苦笑しながら、ブレスは片膝をついて両腕を差し伸べた。


 妹が飛び込んでくる。弱々しい声が、耳元で「遅い」と文句を言った。

 こうしてブレスは、エルシェマリアを救出した。


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