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115話 臣として

 

 問いつめるような視線を浴びてなお、フェインの面持ちは静かだった。


 誰もが彼の言葉を待っている。

 マリーやネモでさえ、話し合いがこんな展開になるとは予想も出来なかっただろう。


 やがてフェインは目を伏せ、閉じ、口元を引き結んでゆっくりと首肯した。

 双子が茫然とその様子を見つめている。


「確かに私は皆に隠していることがある。だが、打ち明けることは出来ない。今はまだ」

「フェイン様……!」


 非難の声を上げたレシャを、ブレスはさっと手をあげて遮る。


「今はまだ、ですか」

「ああ」

「いつかは話してくださると?」

「今後の状況によるだろうね。告白するに相応しい機会が巡ってくるのが先か、それとも彼らが内情を隠し通せなくなるのが先か。それは私にも判らない」


 皆が知らない何かをフェインは知っている。

 そしてそれは、どうやら現状において話せる事柄ではないと言う。

 どうしたものだろうか。


 ちらりと壁際のネモに横目を向けるが、彼も眉間を寄せてもつれた黒髪をいじっている。

 髪をくるくるといじるのは、考え事をしている時のネモの癖だ。


 ネモは知らない。マリーも壁際で腕を組んだまま身じろぎひとつしない。

 フェインを見つめるマリーの金色の目に不穏な光が過ぎったような気がして、ブレスは思わず唾を飲んだ。


 流れる沈黙になにを思ったのか。

 フェインはゆっくりと息を吐き、仕方がなさそうに苦笑する。


「やはり、信じては貰えないだろうね。私だけが、秘密を抱えたままでは……お前たちは、なにもかも打ち明けてくれたというのに」


 イルダもレシャも無言だが、フェインを見つめる彼らの目は不信と疑念に染まっていて、言外にその通りだと責めているように見えた。

 このままではいけない。


「兄さん、せめて……せめて理由を教えてはくれませんか。私も、ふたりも、このままでは納得出来ませんよ。だってまるで、レイダ先生と皇帝が裏では繋がっていたように聞こえます。今のままでは……」


 表情を動かさないまま、フェインはゆっくりと首を横に振った。


 隠していることがある。その理由も話せない。

 さすがのブレスも、それでは途方に暮れてしまう。


「……フェイン。お前の目的はなんだ」


 低く掠れた声が問う。イルダだった。


「お前は父上やレシャが望んだ未来に、ウォルグランドを導く気はあるのか」

「私はそのために生きている。今となっては、そのために産まれてきたのだとも思う」

「王位を得たらなにをする。どう国を治める。どういう王に成るつもりでいる」


 イルダの問いかけに、フェインは目を瞬いた。

 やがて眩しそうに目を細め、彼は穏やかな笑みを浮かべて答える。


「まずは即位したことを知らしめねばなるまい。民はそれを待ち望んでいるからね。

 国政については経験がないから、十二年前に王家に仕えていた者が少しでも残っていれば、集めて話を聞こうと思う。

 それでは到底足りないだろうから、エトルリアかシーラかカルパントから、しばらく人を借りて協力してもらうことになるかもしれない。

 私としては、彼、スティクス候付きネモが望ましいが、恐らく難しいだろうな」


 視界の端で気配を絶っているネモが、ぎょっとして顔を上げた。

 それを知る由もなく、フェインは滔々と続ける。


「私がどんな王になるかは、民がなにを望んでいるかによる。初めの数年は国を立て直すことで手一杯だろうから、自己探求はその後だろうね。必要に応じて、私も変わるだろう。

 それから臣も民も、出来るだけ多くの者が本来の居場所に戻れるよう、計らうつもりだ。もちろんある程度の審査は必要だろうけれど、望みがあれば応えてやりたいと思う。そうでなければ、皆が報われない」


 穏やかに語りながら、いつしかフェインの目には輝きが増していた。

 気づけば誰もが彼の言葉に聞き入っている。

 ネモやマリーでさえ目を見張り、感じ入ったようにフェインを見つめていた。


 ブレスは胸を打たれた。そうだ。フェインはいつだって西に残してきたウォルグランドの民を気にかけていた。


 あの日、アスラシオンに処刑を命じられた壇上で、初めて味方であると明かしてこの兄と対峙したとき、ブレスは兄の目に宿る強い光を見た。


 力強くも清らかな白い星の光を宿していた記憶の中のフェインと、いま目の前で語る兄の姿が重なり合う。


(この人は、王だ)


 改めてそれを思い知り、胸に宿る金色の星が歓喜に震えた。

 身の上を明かし弟として接するようになって、それを忘れていたのはフェインではない。ブレスのほうだったのだ。


 たしかに足らないものはあるだろう。

 けれどフェインは、不足を補うことを知っている。器もあれば覚悟も決まっている。


 いったい彼の、どこが王に相応しくないというのだろうか。

 浅はかな過去の自分を、笑ってやりたいとすら思う。


「私は私のために王になるのではない。それが答えだ。納得して貰えただろうか」


 そう締めくくったフェインの声に我に返り、ブレスははっとして双子を見た。

 魅入られたようにフェインを見つめるレシャの隣で、イルダは淡々と問い返す。


「その言葉に嘘はないのだな」

「ない。我が命にかけて誓う」

「魔力を失った私に誓われても意味がない。おい、オリビア」

「!」


 突然真名で名指しされて肩が跳ねた。

 取り繕って向き直ると、イルダはやや呆れた様子でブレスを見、フェインを顎で示す。


「お前たちで誓い合え。王族同士で縛り合えば、レシャも皆も安堵する。力の強いいまのうちに互いの真名をかけて誓約しておけば、フェインは一生裏切れなくなる。万が一誓いが破られた時は、オリビア、お前が責任をとって次の王までの中継ぎをしろ」


 魔力を維持するために、魔術師には日常生活に様々な制約がある。

 フェインが玉座につくということは、同時に魔術師としての生活から遠ざかり、いつかはただびとに戻ることを示している。


 けれど、フェインが魔術師である今のうちに誓いを結べば、それは生涯を通して魂を縛る鎖となるだろう。


 真名を知るもの同士が互いの名にかけて誓約を交わせば、それを破った者にもたらされるものは死だ。


 故に国を取り戻した際には、その誓いは民や仕える者にとって王への信用の保証と成り得る。

 命をかけて誓うことによって、民や臣に覚悟を示すことが出来るからだ。


「でもイルダ、私に中継ぎの王をしろというのは、いくらなんでも無茶でしょう」

「お前とフェインのなにが違う。民にとってはどちらも王家の生き残りだ」

「兄さんは国が滅ぼされたあともウォルグランドに……というか、帝国に居た。でも私は、言ってしまえば国を捨てて逃げ出したわけで」

「民はそれを知らない」

「……確かに、フェイン様が最後のひとりではないことを知れば、皆も安心するのではないでしょうか」


 レシャが考え込みながらイルダの言葉に同意した。


 国を取り戻せば、若い王女である妹エルシェマリアはいつか他国へ嫁ぐことになるだろう。

 頼れる王族がひとりだけとなれば、もしフェインという駒を取られてしまった場合、ウォルグランドはあっという間に不安定になる。


 王弟という控えの存在の有る無しでは、周辺諸国の印象も変わる。

 イルダの案は得策に思える。


 すさまじく気乗りしないが、双子もフェインも、立ち会いのネモとマリーでさえ、「まさか断らないだろう」という目でブレスの答えを待っている。


 ブレスは肩を落とした。

 退路はとうに絶たれている。


「……わかりました。もともとウォルグランドが安定するまではしばらく留まるつもりでしたので、その間兄さんに仕えて国政について学ぶことにします。

 ですけど、兄さんはなるべく早く結婚してさっさとお世継ぎを作ってくださいね。兄さんと私では、器が違いすぎるんですから、本当に……」


 仕方なく同意するブレスを見、フェインはあたたかに微笑した。


「ああそうだね、世継ぎは必要だ。だが例え子ができ、国が安泰となったとしても、君は慶事や凶事が起これば駆けつけてくれるのだろう」


「それは当たり前です。ウォルグランドは故郷ですし、兄さんは家族で……あれ?」


 王族として生きるつもりはないが、ウォルグランドは故郷であり、フェインは大切な家族である──自分の言葉に矛盾を感じて首を捻ったブレスを見、フェインとレシャがそろって苦笑した。


 呆れた様子でそれを眺めていたイルダが立ち上がる。

 彼はマリーを見据えてまっすぐに歩み寄り、彼女の足下にひざまずいて告げた。


「父なるナーク神が第三子、秋の娘サハナドール様。誓いの立ち会い人として貴女以上に相応しきお方はおりません。お引き受け願えますでしょうか」


 言葉を受けたマリーは金色の目を丸く見開き、ぽかんとイルダを見下ろした。


 これはイルダに言わせる言葉ではない。

 床に腰を下ろしていた一同が姿勢を改め、同じようにひざまずいて首を垂れる。


「遅ればせながら、誓いを立てる者としてお願い申しあげます。女神サハナドールの御前で誓約を交わすことをお許しください」


 フェインが恭しく啓上する。マリーは己の前でひざまずく彼らを前に、沈黙した。


 マリーは長い時を魔女として生きてきた。

 魔女会に属する魔女たちはマリーの正体を知っている者も多いけれど、彼女たちがマリーをサハナドールとして敬うことはほとんどない。


「……女神、サハナドールか……」


 懐かしい響き。胸の痛くなるような切なさと責務を内包した、豊穣の魔女マリダスピルの真名。


 マリーは金色の両眼を閉じ、いっとき自嘲した。

 サタナキアの子であるマリーでさえも、己の真名からは逃れられない。


「いいだろう。立つがいい、人の子よ。サタナキアと大地の女神の子、秋の娘サハナドールがお前たちの誓約の証となろう」


 厳かな彼女の声に導かれ、ブレスとフェインは立ち上がる。

 向かい合い、その両眼に互いのみを映すふたりの左手をマリーが取り、ナイフで浅く線を引いた。


 血の滲む左手を固く握り合い、ふたりはそれぞれ己の胸に右手を当てる。

 静かな面持ちでフェインが唇を開いた。


「レグルス・フェイン・ウォルグリスの名にかけて、生涯、民と臣のための王であることを誓う。同胞を護り、罪を犯さず、法と秩序をもって国を治め、民を導くことを誓う」


 フェインの水色の目が、強い意志を宿してブレスを正視している。

 気を抜けば気迫に飲まれてしまいそうな己を叱咤(しった)して、ブレスは答えた。


「シリウス・オリビア・ウォルグリスの名にかけて、祖国に忠誠を捧げることを誓う。王を護り、助け、剣となり、盾となることを誓う」


 フェインが死ぬだなんて考えたくもない。だが。


「……祖国が王を失った時にはからの玉座を守り、正当な後継者を王位に導くことを誓う。我が命のある限り」


 ブレスの答えを聞いたフェインの目が、柔らかく細められた。

 兄は満足してくれただろうか。


「血の誓約が締結されれば、誓いを覆すことは許されない」


 マリーの声とともに握り合った左手の血が重力に逆らってうごめき、ふたりの薬指に赤い(つる)の模様となって絡みつく。


 指の付け根から爪先まで伸びた朝顔の蔓、その模様が示すものは固い絆と束縛。


 赤く輝いていた模様が黒く染まり、しっかりと指に刻み込まれたことを確認すると、マリーはゆるやかな動作で両腕をあげ、ふたりの肩に触れる。


「約束は交わされた。蔓の(いまし)めを忘れるな。サハナドールの名において誓約の証人となることを宣言し、これをもって血の誓約の締結とする──……はい、おしまい」


 女神を奥底にしまい込み、マリーはぽんと肩を叩いた。

 向かい合った兄弟で、無意識のうちに詰めていた息を揃って吐く。


 緊張で汗ばんでしまった手をほどき、ブレスは己の薬指をまじまじと見つめた。


「……なんかこれ、ものすごく禍々(まがまが)しいですね」

「あはは、そりゃそうだ。呪いの一種だからねぇ。約束を破ったら蔓が伸びて絞め殺されるよ」


 同じく薬指の黒い蔦を見つめていたフェインが、軽い調子で話すマリーに向き直って目礼した。


「ありがとうございました。秋の君」

「いいよ。これも役目のうちさ。さあ、そこのふたり」


 ひざまずくイルダとレシャを見下ろして、マリーはにまにまといじめっ子のような顔で笑う。


「お前たちの主人は命をかけて誓った。うちのフィー、じゃなかった、王弟オリビアっていう滑り止めも出来た。このあたしが証人になった以上、絶対に誓いは破らせない。フェインを疑う理由はなくなったと思うんだけど、お前たちはそれでもフェインを拒むか?」


「滑り止めって」


 マリーの言い草に吹き出しながら、ブレスはふたりの臣を見つめる。


 フェインの言葉に聞き入り、誓いの儀式を見届けたレシャは、すっかり主君への忠誠を取り戻した様子でフェインを見上げていた。


 イルダはそんなレシャの横顔をとらりと見、顔を伏せて寂しげな笑みを浮かべ、立ち上がる。

 そのままドアに向かう彼を、ブレスは慌てて引きとめた。


「待てよイルダ、どこに行くつもりだ」

「私の役割は終わった。もう刃向かう気はない。ずっとここに居たんだ、外の空気くらい吸わせろ」

「イルダ……」


 いくらレシャと通じ合い、フェインへの憎しみを捨てたとしても、魔力を失ったイルダはもはや魔術師として王家に仕えることは出来ない。


 かける言葉も見つからず、もどかしい思いで唇を噛んだブレスに、しかしマリーは微笑みかけた。

 大丈夫だよ、とでも言うように。


「イルダ」


 柔らかな声でマリーが呼ぶ。

 振り返りかけたイルダを後ろから抱きしめながら、マリーは優しくイルダの金髪を撫でた。


「イルダはいい子だね。頑張り屋さんで、責任感が強くて、とっても家族想いで。本当はとってもいい子なのに、不幸が重なってそれが裏目に出ちゃったんだよね。悲しいことだ。つらかったね。でも乗り越えられて、すごくすごくえらかった。だからあたしが、ご褒美をあげよう」


 マリーはそう言って、己の首から首飾りを外した。

 魔術師の証のペンダント、古代王アリエスの石だ。


 茫然と立ち尽くすイルダの首にペンダントを掛け、マリーは抱きついたままイルダの向きを変えた。


 同じく呆けて棒立ちになっているブレスたちに向けて、マリーはぽんとイルダの背を押して送り出す。

 彼女はにっこりと笑って言った。


「ほら、これで元通りさ」




「──それで彼の魔力が、戻っちゃったっていうの? そんなにあっさり?」


 シルバーホース号の甲板をエチカと共に歩きながら、ブレスは苦笑を浮かべて頷く。

 エチカが疑うのも無理はない。その場にいた誰もが、信じられなかったことだ。


「マリー様が言うには、イルダの石が割れた時、イルダは全ての精霊に忌避される呪いをかけられたんだって。魔術って、基本的には精霊を呼んでその力を借りて発動させるだろ? だけどイルダは石の呪いで精霊が寄りつかなくなったから、魔術が使えなくなってしまったんだ」


「……魔力を失ったわけじゃなかったのね、そう見えていただけで。でも待ってよ、証のペンダントは譲渡できるようなものじゃないはずでしょう。そんなことが(まか)り通るのなら、わざわざ魔術師の資格を取る意味がなくなってしまうわ」


「それは、うん。あんまり大きい声では言えないんだけど、マリー様がずるしたんだ」


 マリーはかつての友であった古代王アリエスの形見の石の力を、女神の力をもってイルダのために書き換えた。


 かつてマリーが言っていたように、若い世代の魔術師が持っているアリエスの石は、アリエスが生きていた時代に刻印されたものと比べると劣化している。


 劣化した石の呪いを、当のアリエスが刻印した石の力が上回ったというわけだ。

 女神の力と古い石の魔力の合わせ技である。


「あきれた……」

「本当にね」


 首を振りながら、仕方なさそうにエチカが笑う。

 同意しつつも、ブレスだって笑っている。


 救いの道がこんなに身近にあっただなんて、思いもしなかったのだから。


「それじゃあ、イルダはフェイン様のもとに戻ったのね」

「……あー、いや。これからネモ様に報告に行くんだけど、イルダはなぜか私──じゃなかった、俺に仕えることになったよ」


 気を遣って先に帰っていったネモとマリーは、これを知らない。


 真面目なイルダは、一度裏切ってしまった以上フェインに仕える資格はないと言い張って、フェインの申し出を辞退してしまった。


 せっかく力を取り戻したのに行き場がないのはあんまりだ、と兄弟ふたりで困っていると、それを見ていたレシャが言ったのである。


 フェイン様が駄目ならオリビア様に仕えれば良いのではありませんか? と。


「兄さんもイルダもなんでかその提案に納得しちゃってさ……」

「ああ……それで捨て犬拾っちゃった子供みたいな顔してたの」

「ははは……はぁ……」


 遠い目で虚空を見やりながら、ブレスは乾いた笑いを浮かべる。


 なるほど、と頷いたイルダがその場でひざまずき、まっすぐにブレスを見上げて「オリビア様」と言い放った時のあの衝撃ときたら。


 数分前まで人間嫌いの野良犬のようだったのに、首輪がついたとたんに忠犬になってしまったのだ。


 荒んでいたあのイルダが懐かしく思えるような変わりように、度肝を抜かれるとはこの事かと思ったものだ。


「まったく、なんなんだ? 忠誠心ってそんなころころ変えられるものなのか? 俺、いつかイルダに寝首でも掻かれるんじゃないかなぁ」

「…………」

「エチカ?」


 気づけば隣を歩いていたエチカは立ち止まり、しらけた顔でブレスを眺めていた。

 肩に乗ったミシェリーが頭上でため息をつく。


「……ミシェリー、あなたの宿主って、バカね」

『そうなのよ』

「なんで!? ちょっと待てよ、なんでいっつも俺だけ仲間外れなんだ!」

「うるっさいわね、もう黙りなさいよ、ネモ様の部屋の前なんだから」


 すたすたと真横を通り過ぎていったエチカを追いかけているうちに、気づけば目的のドアの前に着いていた。


 ドアをノックしようとしたブレスよりも早く、エチカがドアノブに手を掛ける。


 止める間もなく開かれた部屋、その一角。


 ふたりは見てはいけないものを見てしまった。


「どう……? このへん? どのあたりが気持ちいいの? 教えてごらんよぉ、ネモ」

「いえ、私はもうどこを踏まれても嬉し……あいたっ、腰は、腰はいけませんっ……いや、逆に良いかもしれないですね」

「あはは! じゃあ、ここはどうだ。このこりまくったがちがちの肩と肩胛骨のう・ら・が・わ」

「あ゛ッ! お、おやめくださ……そこは、そこだけはぁっ!」


 ネモがマリーに踏まれていた。

 寝台の上にうつ伏せになった痩せた男が、赤毛の魔女に踏まれて身悶えしながら悦んでいた。


 いったい誰がこの光景を見て、彼らの正体が軍の責任者と女神様であると見抜けようか。

 真顔で壁を向いて耐えている当直の側近二名が、気の毒でならない。


 エチカはそっとドアを閉めた。

 くるりと方向転換し、歩きながら、顔を見合わせて頷く。


「見なかったことにしよう」

「そうね」


 それが優しさと礼儀というものである。


 他国の人間であるにも関わらず、惜しみなく力を貸してくれている疲れた男から、至福のご褒美の時間をどうして取り上げることが出来るだろうか。


 マリーもネモも楽しそうだったので、あれでいいのだ。

 そうだ。

 そういうことにしておこう。


『……あの男、ただ信仰心が厚いだけなのかと思っていたけれど、本物の(へん)た──』

「うわああ! やめろミッチェ、みなまで言うな!!」


 若い魔術師たちの動揺を置き去りに、夜は無情にも更けていく。


 翌日のふたりが、ネモの顔をまともに見られなかった事は言うまでもない。




9.5 主と従 終わり

 フェインとブレスが先延ばしにしていた双子の問題が解決しました。

 紆余曲折ありましたが、結束が強まったので良し。これでようやく、敵と相対する準備が整ったと言えます。

 マリーの持っていたアリエスの石については、78話に詳しく書いてあります。

 ちなみにラストのマリー様は、完全にただのドSの魔女でした。慈愛に満ちた女神サハナドールはどこに消えたのだろうか。


  次話から10章に突入です。

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