01 ウエストリアの屋敷で
彼が残した言葉と行動のおかげで、昨夜からずっと落ち着かない。
本来の姿に戻ってからは、屋敷にいるほとんどの時間を狼の姿で自分の側にいてくれて、それは不思議と居心地が良かった。
言葉は通じなくても、意思の疎通に問題はなく、守られている感覚だけが常に存在する。
人の姿の彼が、時おり自分の髪にふれる事があっても、自分に特別な感情を持っているとは考えていなかったので、自分も安心して彼に甘えていた。
昔から自分の周りには父の友人や部下が多くいた。
彼らに接するのと同じように、時にそれ以上に側にいても、彼が狼の姿であったから気にしていなかった。
それにすっかり安心して、甘えていただけだと思うと、顔から火が出る程恥ずかしいのに、おまけにその彼がいなくなって、自分がどれだけ寂しく思っているかなど、口に出す事も出来ない。
部屋で悶々としていると、友人が訪ねて来る。
彼女からサイラス様の話を聞いて少し冷静になる。
セレスティナは婚約者がいる訳ではないので、自分と比べる事は出来なくても、もう少し判り易く伝えてくれれば良かったのにと私が言えば、セレスティナは、あまり積極的に伝えられてもと頬を染める。
2人とも多少状況が違っても、これから数か月、こんな気持ちで冬を越すのは辛いと思っているのは同じで、それはウエストリアの屋敷にいてもイリノアの温室にいても変わりそうにない。
特にセレスティナは、毎日のように来ていた人がいないので、今までのように温室にいる事が出来ず、温室の世話をリオンとウルグ様に頼んで屋敷に来ている。
温室という自分の世界で穏やかに暮らしていた彼女の中に、強引に入り込み、突然いなくなってしまったので、彼女はそれに順応出来なくて困ってしまっている。
おまけにサイラス様は、正式にローエングルグ家に申し込んでいないので、来春18歳になるセレスティナは、貴族院から令状が送られる可能性まであるのだから心配になるのも仕方がない。
ダリオン様が娘の意に沿わない事をするとは思えないけど、彼女が私に話した事を父親に伝えられるとも思えない。
「本当に困った人達ね」
「ガルスの方って、私たちのように約定がないのでしょう?」
「そう聞いているわ」
「それって、婚約や結婚という約束が存在しないのかしら?」
「あまり聞いたことがないわね。
確か王都でも獣人の人と一緒に暮らしていた婦人が、彼と別れて貴族と再婚していたけれど、結局、彼女は貴族との結婚が正式なものだとされていたし。」
「そうなの?」
「そう聞いたわ」
「ガルスの人とって考える方がおかしいのかしら」
「それは違うわ、彼らが紙に書かれたことより、感情を優先しているだけでしょう?」
「感情?」
「サイラス様を見ていれば、セレスティナをどう思っているか分かるもの、彼らにはそれだけでいいのよ」
「そうなのかしら」
セレスティナが真っ赤になっている。
こんな彼女は初めてみる。
元々、表情豊かな人だけど、彼女の興味は植物に向けられていて、それが人に向くなんて考えても見なかった。
そう言う意味で、サイラス様は本当にすごい。
あっと言う間に、彼女を捕らえてしまった。
それに彼女も、エルメニアの約束事に反しているのを気にしているだけで、自分の気持ちに迷いはない。
体も弱く、小柄で穏やかな彼女は、一見とても弱そうで、実は私よりずっと芯が強い。
サイラス様が正式に申し込んでくれば、彼がウエストリアにいても、他の場所に行っても迷うことなく一緒にいる気がする。
「私もね、サイラス様が大切にして下さっているのは感じるの」
「素敵ね」
「ええ。もちろん彼の態度とか、残してくれた言葉もそうなのだけど、体の中に彼の魔力が残っていて、私を守ってくれているから」
「まぁ」
「いけない事だと思う?」
「いいえ、それより、やっぱりサイラス様はすごいわ。
私よりずっと後にセレスティナと知り合ったのに、ちゃんと気持ちを伝えて、貴方を捕まえているのだもの」
「捕まっていないわ」
「本当にそう思う?」
真っ赤になったセレスティナが顔を隠すようにして答える。
「いやだわ、どうしたらいいのかしら? しばらくどこかに行ってしまいたいわ、そうすれば少し気持ちも落ち着くのに、温室にいるなんて出来ないわ」
その意見には同感だ。
状況は少し違っていても、この長い冬の間、ここにいない人の事を考えて、屋敷にいるなんて、考えたくもない。




