03 温室 - セレスティナ
「セレスティナ」
自分を呼ぶ声がする。
「リディア、久しぶりね」
リディアは王都から帰った後、“マテ”茶の話をして以来になる。
夏、森で“フレ”が咲きだすと彼女は森に入る。花が咲き、種ができて、それを取り入れてから糸を紡ぐまで彼女は忙しい。
森人と共にフレの種を集め、糸を取り出し、紡ぎ場で糸を紡ぐ。
ウエストリアの夏、これらの仕事はとにかく暑いので辛い仕事になる。
それでも彼女がいるとその場が和む。なぜか余り姿を見せない領主の娘は、人々に愛されていた。
真っすぐに自分達を見つめる瞳に、分け隔てなく接する様子に、彼女の側はいつも温かい。
そんな彼女と出会うまで、私は人付き合いの苦手な、土いじりばかりしている変な女の子だった。
「それ、なあに?」
薬草園で初めて会った時を思い出す。
自分と同じくらいの年の子が、じっと手元を見ながら聞いてくる。
「球根」
「球根? 何するの?」
「植えるの」
「植えるとどうなるの?」
「花が咲く、かな」
「花? どんな花が咲くの?」
おうむ返しに聞きながら、緑色の瞳がキラキラと輝いている。
「赤い花が咲く」
「赤い花? どうして分かるの?」
「フォレスターは、赤しか咲かないから」
「ふうん」
「じゃぁ、あっちは? あれも赤い花が咲くの?」
「あれは違う」
「どうして分かるの?」
「あれは違う花の球根だから」
「同じに見える」
「似ているけど違うの」
「ふうん、球根の先生だ」
そう言って残りを植えるのを楽しそうに見ている。
それから時々会うようになった。
時おりやって来てじっと見ているかと思えば、球根や種まで持って来て、「これは、なあに?」と聞いてくる。
答えれば凄いと驚き、知らないと言えば、自分も知らないから植えてみようと一緒に植える。
そうしているうちに、始めは薬草園の片隅にあった花畑がどんどん広がって、彼女の持込む種々様々な種から生えてくるハーブが薬草を飲み込み始めたので、小さな温室が作られた。
温室で沢山のハーブや花を育て、それらを乾燥させお茶や匂い袋にするようになって、やっと私は、周りから変な娘扱いされなくなった。
今では温室も大きくなり、そこで育てた色々なハーブや果物と紅茶をブレンドしたりして、独自の紅茶を作ったりしている。
マテ茶にしても、彼女は私が作ったと言うが、彼女が持ち込んだ葉からたまたま作れただけで、偶然の産物に過ぎない。
そんな彼女と会うのは楽しい。
彼女から日々の話を聞くのは面白いし、気分転換にもなる。
自分は今の生活に満足しているが、彼女が運んでくる風も心地よかった。
リディアに頼まれて作った“マテ”のお茶を用意していたら、珍しく連れが何人かいる。
彼女の弟は、姉が友人といる時間を邪魔しない為か、単にこの場所が苦手なのか、いつも温室の中に入らず、魔道具の工房に行く事が多かったが、その弟まで一緒にいて、それ以外にも見た事のない人が共に来ている事に驚く。
“マテ”茶は、甘い香りがするため、男性が飲むには向いていないので、別のお茶をと思っていると大きな声が聞こえる。
「うわっ」
後ろの方にいた客人が、痛そうに右手を上下に振っているのを見て、ネトの実を掴んだ事が判る。
ウエストリアでは、子どもでもネトの実を素手で触ったりしない。
実の表面には小さな棘があってなかなか取れないし、棘には毒もあるので痺れたり、化膿して膿んだりする。
とりあえず少しでも棘や毒を吸い出してしまうのが一番良いので、かれの手を掴むと残った棘や傷口から毒を吸い出す。
「子供でもこんな事はしないわ、ネトの実を素手で触るなんて」
ついつい文句が出る。
熟れたネトの実をそのままにして置いたのも悪かったと思うけど、まさか素手で掴むなんて思いもしない。
「もう、何を考えているの」
こちらがぶつぶつ言っても、相手は全く反応してこない。
「薬を塗っておくけれど、今日は痛いし、熱もでるわよ」
右手は少し腫れて、そろそろ痺れて痛くなってくる頃で、顔を上げて伝えると、相手の魔力が集まったように感じる。
びっくりして離れると同時に、側にいた別の客人が誤る。
「すみません、我々はガルスの者なので、驚いて魔力を暴走させました」
「大丈夫です」
何か気に障る事をしたらしい、まさか急に相手の魔力が強くなるとは思わず少し怖くなるり、距離を取りたくて彼らから離れる。
「セレスティナ?」
リディアが気にしているが、彼女は魔力を持っていないのでこういった事に気が付かない。
「何でもないの」
別に怖がらせる必要もないので、そのままお茶に誘う。
お茶の用意ができた頃、改めて共に来ていた客人が、ガルスのザイード殿下と部下のサイラス様、イグルス様と知る。
自分をびっくりさせたサイラスという人が、少しだけ近づいてきて謝る。
「ごめんなさい、怖かった? 傷の手当をありがとう」
先程の事を随分注意でもされたのか、頭が下がったままで顔も見えない。
獣人と聞いてしまったからか、まるで耳を落とした子犬のようで、あれほど驚かされたのについつい笑ってしまう。
「大丈夫です。もう怖くありませんわ」
「本当に?」
彼が嬉しそうに笑う。
その様子が、またしっぽを左右にぶんぶん振り回しているように見えてまた笑ってしまう。
「セレスティナ嬢は、魔力をお持ちなのですか?」
「はい、それ程強いものではありませんが」
ザイードと名乗った人が聞いてくる。
「それでサイラスの状態にも気づかれたのですね?」
「サイラス様の?」
「先程、魔力を暴走させました。我々は、女性に触れられるとつい感情が先に動きます」
「まぁ、ごめんなさい。私が知らないばかりに、、、」
教えて貰ったので彼に謝るが、先程からサイラスと呼ばれた人は、自分を見てニコニコと笑ってばかりいる。
なんだか怒らすと怖いが、懐くととても可愛らしい大きな犬を手懐けた気分になる。
それにあの黒髪はなんだかとっても柔らかそうで、触ってみたくなる。




