15 王立図書館(1)
久しぶりに図書館を訪れる。
好きな場所だったが、しばらくは彼女に会う事もないと思い、訪れる事が無かった。
来れば会いたくなるし、会えないと憂鬱になる。
ガルス国は、魔鉱石を交易に使っていた。
エルメニアでは、魔道具を作る“トゥグ”と言う特別な鉱石が取れたが、魔鉱石は無く、それをガルスが補っている。
その豊富な魔鉱石を使って、ガルスは、食糧や衣類などの必需品を手に入れていたが、いつか魔鉱石が無くなる時は来る。
ザィードは魔鉱石の代わりになる品物が、ガルスに無いか考えていて図書館に来ていた。
ガルスの植物がエルメニアで必要とされないか、その可能性が無いか、とにかく何でも情報が欲しいのが本音だった。
ついつい楽しい事があった為、一向に光の見えない調べ物から離れていたが、そんな事も言っていられない。
「ザイード様」
会いたいと思っていた人の声が聞こえる。
「リディア嬢」
「どうかされたのですか? なんだが難しい顔をされていましたけれど」
彼女が首を傾げ、覗き込むようにする。
本当に困る。
彼女がすぐ近くにいる。
最近は自分を恐れる事もしないし、会えると嬉しそうに微笑む。
「いいえ、それより手の中にある物を見せて下さい」
彼女と話し始めると、サイラスとイグルスはさっさとお気に入りの場所で昼寝と読書に精を出す。
「あの、覚えていらっしゃると良いのだけど」
「織物のことでしょうか?」
「ええ、覚えていらっしゃいますか?」
「もちろん」
「なら、余り期待しないで下さいね。先日描いて頂いた模様を織り込んで布を作ったので、ザイード様に見て頂こうと思って持って来ましたの」
そう言って小さな包みを開いて見せてくれたのは、銀色の美しい布だった。
それには濃い菫色で模様が織り込まれていて、確かに以前描き写した模様に似ている。
だが、無味乾燥な本の中とは違い、彼女の手の中にある布は柔らかく美しい。
それに銀色の布に彼女が優しく触れると、まるで自分の毛並みに触られている様で、勝手に身体が熱くなってくる。
衝動に負けて、手を出さないように腕を組んで彼女と話す。
「いや、驚きました。フレで作った布と言うのを初めて見ましたがこれは綺麗だ」
「そう言って頂けると嬉しいです。あの、気に入って下さったなら、貰って頂けますか?」
「ええ、もちろん、喜んで」
「良かった。いつもザイード様には助けて頂いてばかりなので、お礼と言える程ではないのですけれど」
「いや、嬉しい、ありがとうございます」
「ふふっ、良かったわ、布を織っている時にね、ロニが布を見て、ザイード様みたいだって言っていたの。だからザイード様が気に入って下さって嬉しいです」
あゝ、本当に困る。
ほんのりと頬を染め、嬉しいと言う姿をどれほど可愛いと思っているか、彼女は知っているのだろうか?
自分がどれだけ抱き寄せたい衝動と戦っているか、彼女は判っているのだろうか?
それでも感情に流される訳にはいかない。
初めて会った時、彼女をどれだけ怯えさせたかは覚えている。
「ザィード様は、薬草などの本を読んでおられますけど、何か調べていらっしゃるのですか?」
自分の目の前の男が、そんな事を考えているとは全く気が付かない彼女は、ザイードが見ていた書物を見ては話しかける。
「いや、そう言う訳では無いのだが、、、」
答えると同時に、獣人街の方で問題があったらしく魔力が動くのを感じる。
サイラスとイグルスが近づいて来ているし、ふと見ると彼女の弟もどうやら気が付いている。
「すみません、何かあったようだ」
「分かりました、お気を付けて」
普段は近づいて来ない二人の護衛の様子を見てすぐ彼女も頷く。
「大丈夫かしら?」
彼らが図書館から居なくなってしまったので、心配しているとアルフレッドが答えてくれる。
「大丈夫だよ、そんなに強い魔力では無いみたいだったし」
「そうなの?」
「衛兵達は、獣人の問題に関わる事を嫌がるから仕方ないよ」
その事は知っている。
アレス様と初めて出会った時も、衛兵達は獣人が気を失うまで手を出して来なかった。
「そうね。 前回、ザィード様に手伝って頂いたし、今日は私達が何かお手伝い出来るかと思ったのだけど残念だわ」
「何か調べていたの?」
「そんな気がしたのだけど、、、分からないわ」
そう言って彼が見ていた本を手に取る。
エルトニアの薬草などが書かれた本だけど、彼らがそれらを必要としているとは思えない。
ガルス国の交易は、食糧や衣類などの生活必需品がほとんどで、薬草や嗜好品などは無い。
彼が調べていたのが個人的な興味か、国に関する事なのか分からないが、勝手に調べる事は良くないのかも知れない。
「きっとまた機会があるわ。その時にお手伝い出来ると良いわね」
そう言って、本をもとに戻す。
ここに来る事はしばらく無いだろう。
王都に来てにヶ月、そろそろウエストリアに戻ると父が話していたし、ザィード様がウエストリアに来るなら今年の秋に王都に来る事は無い。
ここでザィード様が以外な才能を発揮していたのを思い出す。
最初は恐ろしい人に思えたのに、彼はそう思わせた事をとっても気にしていて、私が怖がらないように必ず自分との距離を保ってくれる。
殿下と呼ばれる立場にいるはずなのに、服装は護衛の人達と変わらないし、年上の人なのに子どもの様な顔を見せる時もある。
お気に入りのここは、殿下との思い出の場所にもなりつつあるなぁと残りの時間を過ごす。
大きな本をテーブルに置いて、姉が楽しそうに読んでいた。
ウエストリアの屋敷でもこうして彼女の隣で本を読むが、ついつい隣にいる人の顔を盗み見ている事がよくある。
彼女は表情豊かで、読んでいる時の気持ちが全て顔に出ていて、それを見ているだけで楽しくなる。
が、今日は違う。
彼女が手の中にある物ではなく、おそらくここにいない人の事を考えて微笑んでいる。
殿下と呼ばれる人が姉をどう思っているか、すぐに気が付いたし、何があったのか知らないが、姉が彼を信用している事もすぐに解った。
舞踏会では自分も助けられたし、彼ならば自分以上に姉を守る事が出来るのかも知れない。
それでも奪われたくは無い。
ガルス国や獣人の事はよく知らないが、彼らの番に対する所有欲の話は聞くし、彼の立場を考えれば、番に選んだ女性を国に連れて行ってしまうだろう。
人が暮らすには厳しいと言われる国に、姉を渡すなど考えられない。
「姉さま、そろそろ屋敷に戻った方が良いよ」
まだ彼が姉の心を掴んだ訳では無いのだから、まず彼の記憶が多く残る場所から離れてしまえばいい。
そしてそのまま姉の中から彼の記憶が、消えて無くなってしまえばいい。




