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02 舞踏会(1)

 今日は春の社交界の初日、王室主催の舞踏会が盛大に開かれる。


 朝から使用人達は忙しそうに働いているが、それでもウキウキした様子が見えるのは、この舞踏会で自分の婚約者達がお披露目されるからだろう。


 なんとなくイライラしながら半年前に会った婚約者の一人を思い出す。


「私とは結婚しないという事か」

「違います。婚約しても結婚する必要はないと申し上げたのです」


「私と婚約するという事は、后妃になりたいからだろう? 結婚しないなら、なぜ婚約を受け入れた」

「機会を与えてくれたのだと思います」

「機会?」


「はい、カシム様とお友達になる機会ですわ」

「友達になりたいのか、后妃ではなく?」

「ふふっ、王子さまとお友達だなんて素敵でしょう?」


「友達になって、二年経ったらどうする」

「結婚しなければ良いのですわ。婚約とはそういうものでしょう?」


 確かに婚約は親によって相手を決められる事が多い。

 婚約すれば相手の屋敷に行く事も招く事も出来るし、互いの所に泊まることも許されるが、そうでなければ社交の場で知り合うしかない。


 結婚するには本人の意思が必要な為、親に決められた相手との婚約を破棄して別の相手と結婚する事も珍しくない。


「二年後、私と結婚したいと思わなければ、婚約を破棄するという事か」

「はい、カシム様が結婚したくなければ、婚約を破棄出来るという事です」


 なんだか全く結婚の意思が感じられないのも面白くない。


「私が結婚したいと言ったらどうするつもりだ」

「結婚には双方の意思が必要ですわ。たとえカシム様でも強制は出来ないでしょう?」


 そう結婚は本人の意思が必要だ。

 本人が望まない限り、たとえ貴族院でも無理強いは出来ない。

 家の事情や経済的な問題で、望まぬ婚姻を結ぶ事がないとは言わないが、彼女にその心配はない。


「カシム様は私と結婚する気はないと言っておられたし、心配なんてしていません」


 先程彼女に、『婚約はするが、結婚するつもりは無い』と言ったのは、他でもない自分だ。


 カシムはリディアが苦手だった、正確に言うと、彼女の母親が苦手だった。

 美しいが冷たい印象のある夫人は、その夫である男も一緒に天敵の様に感じていた。


 その夫人にそっくりな娘が、自分の妻の一人になるなど考えたくもなかった。


 だが、この目の前にいる彼女を苦手とは思えなかった。

 緑色の瞳はクルクルと良く動くし、楽しそうに良く笑う、自分が発した失礼な言葉にも面白そうに答えてくる。


「確かにお前の言う事も判る。だが子どもが出来たら結婚するしかなくなるぞ」

「そんな事にはならないから、心配する必要はありません!」


 それに自分の言葉に言い返し、真っ赤になって逃げて行った彼女は、夫人に全く似ていなかった。


***


 舞踏会が始まって、人が集まって来る中なんとなく入口の方を気にしていると乳兄弟でもあるラクイルが聞いてくる。


「誰か探している?」

「ウエストリア伯の娘と話をした」


「あれ? 嫌いじゃなかった?」

「別に嫌いとは言ってない、苦手だと言ったのだ」


 驚いた顔をされるので、これ以上何か聞かれるのも面倒だなと思っていると教えてくれる。


「来たみたいだよ」


 入口の方を見ると、ウエストリア家の一行が入って来る。

 伯と夫人、その後ろから彼女が伯にそっくりな男にエスコートされて入って来る。


「ウエストリアの嫡男かな、確か彼も今日がデビューのはずだよね」

 

 伯の二人目の妻の話は知っていたので、あれが噂の弟かと思う。

 弟は、姉を守るナイトの様にピッタリと寄り添っている。


 仲の良い姉弟だと聞いていたが、あれはくっつき過ぎではないかと何故かまたイライラしてくる。


***


 初めての舞踏会は想像していた以上だった。

 高い天井はキラキラと輝き、そこに集う美しく装った人たちには圧倒された。


 社交界の初日、王宮で開催される舞踏会は、今日行われた第一王子の婚約発表を祝う為のものでもあり、贅沢なものだった。


「よかったわ、アルも一緒にいてくれて」

「僕も姉さまと一緒に来ることが出来て嬉しいよ」


 隣でエスコートしてくれるアルフレッドと話すと、彼も気を使ってくれる。


 会場を奥に進むと、ウエストリアの貴族達の中に見知った顔を見付け、ほっとしてそちらに向かう。アルフレッドの友人もいるので、彼もここにいれば安心だろう。


 弟を残して父に連れられ宴の中心へ、王室の方々へ挨拶に行く。


 タリム国王が舞踏会の開催を宣言し、今日、婚約が発表されたカシム王子に連れられ円の中心に進み、ワルツを踊る事になる。


「なんだ、緊張でもしているのか?」

「当たり前です。こんなに多くの人前で踊った事などないのですから」


「顔が怖いぞ」

「少し我慢して下さい」


 相変わらず意地悪を言うので、こちらも軽口をたたく。


「驚いたな、もっと足を踏まれるかと思った」

「この冬、フランツの足を随分踏みましたから」


 しばらく踊っていると、またびっくりしたように聞かれる。


「練習したのか?」

「それはもう」

「辺境伯の令嬢も大変だな」


 嫌味をまた言われるが、こちらは放っておくと、


「、、、フランツって誰だ」

「え?」


「そのワルツの練習相手だよ。ずっとそいつと踊っていたのか?」

「彼は我が家の執事です。執事であり、父の秘書であり、私や弟の教育係でもある大切な人ですわ。

 とにかく何でも出来る我が家にとって居なくてはならない人です」


「私の足が無事なのは、彼のおかげと言う訳か」

「そうですわね」


「では、礼を言わなくてはならないな、一曲目でリディアに攻撃されていたら、残りの二曲が大変な所だった」

「ふふっ、では私から王子が感謝していたと伝えておきますね」


 そんな話をした所で曲が終わる。


 カシム王子は他の婚約者たちと踊るが、私のワルツはこれで終了だ。

 婚約が発表された日は、婚約者としか踊らない。親族と踊る事はあるが、それもしばらくは遠慮したい。


 円の中心から外れてアルフレッドと別れた方に戻って行くと、向こうからグラスを両手に持った弟が近づいてきて、片方を渡してくれる。


「おつかれさま」

「ありがとう。緊張したわ、とっても疲れた」

「朝からほとんど食べてないでしょ? こっちにノエル達がいるから」


 そのままバルコニーの方に連れていってくれる。


 バルコニーは会場のかげになっているので、外にでると小さなテーブルにちょっとしたお菓子を用意して友人たちが待っている。


「ノエル、カーラ 来ていたのね」

「リディア、素敵だったわよ」

「ありがとう、カーラ、お世辞でも嬉しいわ。でももう充分。これを続けたいと思っている人は、それだけで尊敬できるわ」

「今日は特別だよ。いつもはもう少しマシさ」


 一つ年上のノエルが答える。


 美しい黒髪、赤茶色の瞳、双子にも見える二人は異母兄妹だ。

 母親が姉妹という二人は、とっても似ているし母親たち同様とっても仲が良い。


「仲良く踊っているように見えたわよ。嫌われているって言っていたでしょ?」

「足を攻撃されなかった事に感謝しているって、フランツにお礼を伝えて欲しいって言われたわ」


「練習のかいがあったわね」

「なのかしら? 一応、友好的な関係にはなりたいわね」


 気のおけない友人たちと舞踏会の中心から外れて内輪で楽しむ。


「おやおや、こんな所で何を楽しんでいるのかな?」


 お父様が、役目は終わったとばかりにホールに戻ってこない娘に呆れて呼びに来る。


「リディア、アルフレッドと踊っておいで」

「君たちもね。今日は客人も多い、顔を覚えて貰う事も必要だ」


 アルフレッドと踊るのは楽しい、近くには父に促されたノエルとカーラの二人もいて、安心して踊る事ができる。


「ごめんなさい」

「どうしたの?」

「今日はアルのデビューの日でもあったのに、なさけない姉ね」

「気にしないで、姉さま。僕も緊張していたし、踊りたくなかったから、、、でも姉さまと踊れるのは嬉しいよ」


 曲が終わる頃、お父様とパートナーを交代してまた踊り続ける。

 これで私と踊っていたのが、ウエストリア伯の嫡子であることが多くの人に認識されるだろう。

 弟の出生について心無い噂があるのは知っているが、これ程似た容姿を見れば疑いようも無い。


 面倒な婚約者の役も少しは役に立つものだわと納得し、おそらくそれも父の思惑通りなのだろうと思うと、ちょっと足の一つも踏みたくなる。




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