12 馬車の中で
「カシム様と薬草園に行ったのかい?」
「いいえ、カシム様が迎えに来て下さったのです」
「おやおや、王子に迎えに来させるとは」
「判っています、私も申し訳ない事をしたと思っていますわ」
「なるほど、それでカシム様が癇癪を起こされたのか」
「ごめんなさい。園遊会でご挨拶した時も、喜んでいる様には見えなかったので、居なくても気になさらないかと」
薬草園まで迎えに来させたうえに、逆に怒って弟にするような事をしてしまっている。
「いきなり癇癪を起こされてびっくりしたかい?」
「薬草園でしたので驚きましたけど、大丈夫でしたわよ」
「へぇ」
「自分ですぐに収めておられましたし、アルフレッドも昔良くありましたけど、私は一度も傷つけられた事などありませんもの。それにフランツがあれは反射の様なものだと」
「反射かぁ」
「はい、変に恐れたり逃げたりするから人の本能が反応するのだと」
「なるほど、フランツらしいな」
二人の護衛は驚いているようだったけれど、彼が多少怒っていても怖いと感じる事は無かった。
機嫌が悪く、同じように怒鳴られても、ガルス国の人の方がずっと恐ろしかった。
屋敷に戻る馬車の中、何でもない事の様に話す娘を見ながら、判っていても出来ないものなのだがね、と昔を思い出す。
アルフレッドを屋敷に連れ帰った日、ほんの少し目を話した間に、彼の魔力が暴発した。
驚いて戻ってみると、真っ黒になった部屋のベビーベットの横で、娘が赤ん坊に向かって、屋敷の料理がいかに素晴らしいか話して聞かせている。
目の前で火炎を放った子に、泣いているのはきっとお腹が空いているから。と近寄っていける大人はいない。
幼いゆえの無謀だったのか、彼女だからだったのか。
結局、それ以来、どんなに泣き叫んでいてもリディアが側に行くとアルフレッドは大人しくなった。
そう言えば、リディアが目を開けたアルフレッドを見て言っていた事も一緒に思い出す。
『お父様の緋色の瞳も美しいけれど、アルの瞳の色はもっと美しいわ』
なんとなく面白く無いので、話を変える。
「それで、ニテリラの花はみる事が出来たのかい?」
「ええ、白い花は初めて見ました。
想像よりずっと美しくて、でも種を譲って欲しいとはお願い出来ませんでしたわ、残念です」
「ニテリラの種が欲しかったのかい? セレスティアにでも頼まれたのかな?」
「それもありますけれど、、、セレスティアがニテリラの花を咲かせて下さったら、私も楽しむ事が出来ますもの、ですから、私の為に欲しかったのです」
「そうか、では私もリディアの為に種を手に入れてみようかな」
「まぁ、本当ですか?」
「必ずとは約束出来ないけどね」
「本当によろしいのですか?」
「娘が珍しく欲しがった物なのだからね。その位頑張ってみるさ」
ニテリラの花から作られる香水は、サウストリア地方の特産物で、一般に花や種が出回る事がない。
三年に一度しか花の咲かないニテリラは、種も非常に出来にくい、数が少ないので手に入れる事自体が難しいのだ。
薬草園で王子が側にいたなら、わがままを言う事も出来ただろうに、娘がそういった事をしないなら、自分が少しくらい甘やかしても良いだろう。
「ありがとうございます、お父様」
嬉しそうに自分の横で甘える娘に満足して帰宅する。
このくらいで充分だろう。
カシム王子が娘にどんな感情を持ったかなど、手に取るように判る。
おまけに面倒な者たちの処理が、そろそろジャルドの手に負えなくなりつつある。
妻と娘にまたしばらく会えなくなるのは、寂しいがそう言ってもいられない。
屋敷に戻ると、執事が暖かいお茶を用意して待っていてくれるので、居間で寛ぎながら話を続ける。
「リディア、そろそろウエストリアに戻るかい?」
「はい、戻ってもよろしいのですか?」
「そろそろひと月になる。アルフレッドも我慢の限界だろう、これ以上王都に留めていると、彼に嫌われてしまいそうだしね」
「ふふっ、そんなに聞き分けが無い弟ではありませんよ」
「そうかも知れないが、危険は冒したくないね」
「お母様はどうなさるのですか?」
「残念だが、彼女も戻りたがるだろうね、リディアを一人で移動させる訳にもいかないからね」
「あら、ごめんなさい。お父様」
「仕方ないね。まぁ、僕もなるべく早く戻るさ」
「転移門の調整がつき次第だが、王都にいる間に行きたい所があれば行っておきなさい」
「では、また王立図書館に行きたいです。よろしいですか?」
「気に入ったようだね」
「ええ、種々雑多な本があって楽しいです。メルニアの図書室の蔵書に加える本の参考にもしたいですし」
そんな話をしていると、母が外出から戻ってきて、父との話はこれで終わりになる。
父は気にしないが、母はもう少し私がレディになる事を望んでいる。
図書館に行く事を知られたら、別の所に連れて行かれてしまうだろう。
「ご機嫌ですね、お嬢様」
「ロニ、お父様が外出の許可を下さったの。王立図書館よ、一緒に行きましょうね」
「それは楽しみですが、いつウエストリアにお戻りになるのですか?」
「明日って事は無いと思うわ。それならばお父様もそうおっしゃると思うから」
「そうですか、では楽しみにしております」
お出かけになるなら、早めにお休みになって下さいと、ロニに着替えを手伝ってもらいベッドに入る。
こんなに明日が楽しみなのも久しぶりだ。
王立図書館にも行けるし、ウエストリアに帰ることができる。
深い森も、牧草地に咲くニルバの花も、懐かしくて仕方がない。
数日後に戻るなら、麦畑が金色に染まっていく様子も見ることが出来るだろう。
自分がどんなに生まれた土地が好きだったか、離れてみて良く分かった。
だからこの時は、思ってもみなかった。
大好きな場所を離れてもいいと思うなんて、それ以上に大切な人が出来るなんて。




