11 カシムとロクサーヌ
「カシム様、娘の相手をありがとうございます」
先に礼を言われてしまってはどうする事もできない。
結局、形通りの挨拶をして、彼女とウエストリア伯に別れを告げる。
彼女と別れた後、仕方ないので母の部屋に向かう。
母が体調を崩すと言っても、本当に調子が悪い訳では無い。
ちょっと気分が悪く、体の調子が良くない気がするだけなのだが、ニテリラの花を持って行くと思った以上に喜んでいる。この調子だと、明日には体調も良くなっているだろう。
自室に戻ると、寝台の上で彼女の事を思い出す。
西方辺境伯の娘、と聞いた時は正直うんざりした。
彼女は辺境伯の妻にそっくりだと聞いていたし、カシムは、ウエストリア伯の妻、メリッサが苦手だった。
美しいと賞賛される淡い金髪も、緑色の瞳も冷たく見え、あの瞳で見られると、何か悪い事でもして、咎められているような気分になる。
その妻とそっくりな娘など、絶対に遠慮したい。
立太子の為などと言われても、そもそも皇太子になる事自体に興味もない。
園遊会で紹介された時も、彼女の方から断ってくれるように仕向けたし、その後、王宮で会った時には、はっきり口にもした。
それなのに最近は、いつの間にか彼女の事を考えている。
だが彼女の方は、自分に全く興味を持っていない。
婚約も政治的な事と割り切って、その間、自分と友好関係を築ければ良いと考えている。
楽しそうに輝く瞳は、自分の方に向いていないし、淡い金髪は、まるで自分との間を隔てるベールの様に見える。
ため息をつき、そのまま寝台に寝転がっていると、ロクサーヌがやって来る。
「カシム様」
「どうした、寝室には来るなよ。まだ正式に婚約した訳ではないんだ」
「ごめんなさい」
彼女が申し訳なさそうに謝る。
仕方ないので、自分の横を叩いてこちらに来る様に言うと、嬉しそうに寄り添って来る。
そのまま柔らかい身体を片手で抱いて、また別の事を考えていると、隣にいたロクサーヌが小さな声で話し始める。
「マリーダ様にニテリラの花を持って行かれたのですか?」
「うん?」
「先程后妃様の所に伺ったら、カシム様がニテリラの花をわざわざ持って来て下さったとお聞きしました」
「母上の所に行ったのか」
「はい。良くご存知でしたね、マリーダ様が“白蓮”を愛用されていると」
「リディアがそう言っていたからな」
「リディア様ですか?」
「母上の使っている香水と同じ香りがすると言ったら、あの花から作られた物だと教えてくれた」
「まぁ」
「せっかく花も貰ってやったのに、母上に持って行けと言うからそうしたんだ」
「リディア様と仲良くなられたのですね」
「仲良くはないぞ。だが、もう決まった事だしな、今更どうしようもない」
「そうですか」
「どうした」
「私の事など忘れてしまったのかと」
「何だ、やきもちか」
「そうではありません、少し寂しくなっただけです」
「ロクサーヌとリディアは全く違う、気にする事はない」
一つ年上のロクサーヌは、穏やかで優しい娘だ。
私の耳を引っ張るような事はしないし、婚約する相手に向かって、『私も婚約したいとは思っていない』などと絶対に言う事はない。
『気にするな』と言った本人が一番気にしているように見える。
自分が横にいても、心ここにあらずの様子で、他の事を考えている風に見えるし、何よりこうして二人で居るのに、何時ものように自分にふれてこない。
それらに彼女が関係しているのは判っている。
一見無害な様で、思った以上にしたたかな人に違いない。
その証拠に、婚約など全く興味がないような顔をしていたのに、カシム様の所に会いに来るし、彼を使って后妃様に花を贈ったりしているではないか。
カシム様は、干渉される事を何より嫌う。
その事を知っているなら、婚約に興味が無いと思わせた事自体が策略のようにも思えてくる。
ロクサーヌは、カシムの母であるマリーダ后妃にも気に入られていた。
周囲の人は、彼女が血筋的に后妃の姪である事や、容姿が良く似ているからだと思っているがそうではない。
ロクサーヌが、第一王子の癇癪に耐える事ができ、また彼女といる時は、比較的王子が穏やかであるゆえに、マリーダ后妃はロクサーヌを息子の婚約者に選んだに過ぎない。
彼女は、幼い頃から王子の癇癪と同時に起こる雷電に耐える事が出来ず、それらを他人に委ねる事で、息子との関係を良好な物にしていた。
今ではロクサーヌが誰よりもカシム王子の側にいて、王子と共に居る彼女を后妃は気に入っているのだ。
后妃様や、何よりカシム様の気持が離れて行く事は、ロクサーヌにとって許される事ではない。
彼らの関心が無くなれば、また幼い頃の様に、誰からも振り向いて貰えないのはロクサーヌにとって、何より恐ろしい事なのだから。




