表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真実の愛を見つけた王子のその後の生活  作者: Chitto=Chatto
ゼブラシア山脈の魔獣
78/80

子守歌とポンポン

「ありがとう。ガイたちもゆっくり休んで……」


 そう言うと、ベル様はすとんと眠りに落ちてしまった。

 子どものようだとビル副長が笑っているけど、俺の頭は真っ白だ。くたりと横たわる姿は動力源が切れた人形のようで、思わず駆け寄って呼吸の確認をしてしまう。


「過保護か!」


 ガイ団長はバカみたいに笑ってるがそんなんじゃない。学院生からベル様を知ってる俺やサイラスやジャスだったらみんな同じ反応をするはずだ。

 ベル様はあまり丈夫じゃないくせに、人前ではそれを隠す。だから平気なんだと思ってると、一人でこっそり回復魔法かけてたりする。体が回復したって精神は回復しないのに、問題ないと言って笑う。当の本人が隠していると思っていないのがまた厄介なんだよな。

 そんななのに、人の心配ばっかりしてる。ガイ団長なんか心配しなくていいんだ。言ったら面倒だから口にしないが、殺しても死なないような人なんだから。


 ベル様は働きすぎだ。ナナトから戻ってまだ体が癒えてないって聞いてたのに、昨夜は遅くまで事務官たちを手伝って、今日はこんな山奥に来てる。

 山奥に連れてきたのは俺だからこんなこと言えた義理じゃないのはわかるけど、もっと自分の体を大事にしてほしいって心から思うし、無理なら断ってほしい。立場上断れないことのが多いし、もともと断れる性格じゃないのは学院生の時からわかってるけど、それでも切に思ってしまう。思うだけじゃなくて何とかしてやりたいんだが、力不足の自分が歯がゆい。


 俺が今なおどこの騎士団にも所属していないのは、早く実力をつけて、今は空席の第二王子付き護衛になりたいからだ。


 だがこれはまだサイラスとジャスにしか言ってない。たぶん父上は知ってるし、希望すればすぐになれる(希望した騎士はことごとくベル様の一日についていけずに挫折すると聞いた)と思うが、実力が伴わない護衛などただの足手まといだ。

 だけど最近は気持ちばかり空回って、正直焦ってる。ナナトではジャスがベル様をベルって呼ぶほど活躍したと聞いた。サイラスはミラと共に国庫に多大なる尽力をしているし、俺もがんばらないと……。


「心配するな。早く眠るよう、軽く術をかけた。ただ寝落ちただけだ」


 術か。よかった。いや、よくないのか? でもまあ紫黒さんのなら問題ないか。

 ほっとし、へたり込む。たぶんすごい顔をしてるんだろう、俺を見た紫黒さんがシャシャっと息を鳴らした。蛇の表情はわからないが、たぶん苦笑してる。


「ワシらのことでベルには苦労させたからな。まだ体が本調子でない故、なるべく休ませてやりたい」

「ありがとう。助かる」

「助かるとな。友は似るものなのか? まったく、ベルもライルも気遣いが過ぎる。子どもは子どもらしく、面倒なことはそこにいる大人に押し付ければいいのだ」

「……、俺ら一応成人してるんだけど」

「ふっ、198年生きとるワシや、聖獣のキー殿に比べたら、ここにいる全員赤子みたいなものだ」


 紫黒さんはベル様の体を器用に転がして一番楽な姿勢になるように調整している。何となく慣れている気がするのは気のせいだろうか?


「しかし、子どもが精いっぱい考えて動くのは悪いことではない。それを見守り、尾を貸して支えるのが大人の仕事だ。だからそんなに気負うな。ヌシらはよくやっている」


 動かされたことで眠りが浅くなったのか、ベル様が小さく呻く。紫黒さんは舌を出してベル様の額を舐め、シュルと小さく息を吐いた。多分術を追加したんだろう、再び穏やかな寝息が聞こえてくる。

 満足げに頷く紫黒さんはベル様の本当の父親よりよほど父親らしい。陛下、いや元陛下か、はベル様のことをこんな風に大事に扱ってなかったのを俺たちは知ってる。だからか、紫黒さんとベル様が一緒にいて、楽しそうにしているのを見ると心が温まるのは。


「ライルも近くで休むか? あいにく体がふさがっている故、ベルのようには支えてやれんが」

「ありがとう。でも、俺はもう少しやることがあるから」

「そうか。なら終わったら来い。子守歌くらいなら歌ってやる」


 蛇でも子守唄歌うんだなあ。

 紫黒さんと話していたら、俺の心から半分出ていた棘がなくなった。表面に出かかっていた焦りも再び沈み、なにかがすとんと落ちたみたいな気持ちになる。


「とはいえ、ワシもまだ眠れない。ちと言いたいことがあるでな」


 紫黒さんはどこから出てきたのかわからない尻尾で俺の尻をパシッと叩くと、地図を囲んで話し合っているガイ団長たちに目を向けた。


「悪いがライル、あそこにいる人間どもをここまで引っ張ってきてくれるか?」

「いいけど、紫黒さんの言葉、団長たちにわかるのか?」

「心配ない。それにそろそろ」

『帰ったわよぅ!』


 唐突に天幕の入り口を覆う布がはためき、突風が吹きこんできた。

 憶えのある衝撃が天幕の中をぐるぐると回り、キーさんの形になる。勢いそのままに駆け寄ってきたキーさんを、紫黒さんの尾が止めた。


「しー、キー殿、ベルが寝ている」

『あらん、ごめんなさい』


 小さな声で謝ったキーさんはちょっと光ったと思ったらくるりと一回転して姿を消した。

 同時に銀色の髪を高く結い上げた背の高い男が現れる。閉じてるのかなと思うくらい細い目の上には赤い隈取りのようなラインが書かれている。腹に絶対何か抱え込んでる顔した色男は、俺を見てパチンと片目を(たぶん)閉じた。


「ライちゃんったら、そんなに見つめちゃイヤン」


 心地よいバリトンの響き。うん、キーさんだな。


「そういえば人間になれるんだっけ?」

「人型、ね。ドラゴンにもクマにもなれるわよ。見る?」

「いや、今はいい。でもすごいなあ、キーさんって。かっけー」

「ふふふ、もっと褒めちゃっていいのよ」


 嬉しそうにくねくねしているキーさんを紫黒さんは何とも言えない目で見ている。そういえば紫黒さんはまだ蛟ではないので人型にはなれないんだっけ? 蛟である奥方はなれるらしいがならないように言っているとも聞いた。何に変化しても美形だから変な虫が寄ってくる、と今のキーさんよりくねくねしていた紫黒さんを思い出すとつい口角が上がる。


「おい、誰だ!?」


 下を向いていたビル副長が今気づいたように走り寄ってきた。手はベルトについている短剣を抜きかかってる。


「あらん、わかんないの? 無粋ねえ」

「そ、その声……」

「ふふ、あたしの美貌に腰が砕けちゃった? かっわいい!」


 声を聞いて足を止めたビル副長に、キーさんは楽しそうな笑みを向けた。続けて指先をちょいちょいと動かし、こっちを見ているメルルさんとガイ団長を招く。


「ほらほら、ちょっとこっちにいらっしゃい。あんたたちのためになること教えたげるから」

「やだね。そっちが来ればいいだろう?」

「じゃあ教えたげない。でも、いいの? ベルちゃんが知ったら悲しい顔するわよ。第三騎士団のかっこいい団長様はひ弱なベルちゃんを助けてあげるんでしょ?」

「くっ! わかった。行きゃいいんだろ」


 キーさんの言葉は揶揄い混じりだけど声に笑みは一切ない。それどころかむしろ怒り満載って感じだ。

 自分が口にしてしまったことだからか、ガイ団長は珍しく素直にこっちに来て、俺たちに向かい合う形でどっかりと胡坐をかいた。ビル副長は申し訳なさそうに隣にちょこんと座ってる。人化したキーさんより体が大きいのに小さく見えてなんだかおかしい。メルルさんはごめんね~と言いながらガイ団長を挟む形で副長の反対側に座った。


「あたしの結界の中で話してることなんだから筒抜けに決まってるでしょ? ほんと、脳筋ねえ。精霊の混じり子なのに」

「るせぇ。精霊関係ないだろ?」

「光属性に見目麗しい姿に高い身体能力。それだけのものを先祖からもらってるのに関係ないはないでしょ? まあそれはどうでもいいけど」


 言いながらキーさんがちょいと指を動かしたら、さっきまで団長たちが囲んでいた地図がふんわり飛んできた。上に乗った石の位置は記憶しているのと同じだ。さすがキーさん、すごいな。


「もう、ライちゃん、誉め上手で可愛い」


 口に出ていた。ま、まあいいか。

 俺の素直な賛辞に気をよくしたのか、キーさんは少し雰囲気を緩めた。そのままスラっと長い指を地図に当てて、青い石をざざっとベル様が先ほど示した場所に集める。そのすべてが×のついた石だった。


「キーさんの最新情報よ。もうね、呆れたわ」


 確か青い石は冒険者を示してた。×は、死体か。


「ここにあるドラゴンの巣、あたしが目を離した隙に発見されたみたいなの。それで大量の人間がなだれ込んで、返り討ちにあったのね。ぐっちゃんぐっちゃんの死体でいっぱいで、それに引かれてうっすい魔物がたくさん集まって、大惨事になってたわ。とりあえず全部片づけて、ついでに薄いのと巣から出てたドラゴンを退治してきたけど、人の味を覚えたドラゴンたちが近くにいる人里に行きつくのは時間の問題じゃないかしらん」


 ぐっちゃんぐっちゃん……。想像したくないな。

 というか、キーさん一人で片付けたとかすごくないか? 俺たちいなくても平気なんじゃ……。

 そう言いかけたけど、キーさんがものすごくくたびれたと続けたので口に出さなくてよかった。魔獣は次々に湧くから一度くらい片付けたところで埒が明かないんだな、きっと。

 それにしても、素材の質が悪くなっているのを知ってるはずなのに、大量の人間がドラゴンの巣に行ったってのは引っかかる。ドラゴン素材とはいえ劣化品だったら高くは売れないよな。たぶん全員冒険者だと思うけど、そんなことも知らないのか?


「ちっ、冒険者ギルドが動いたのか?」

「たぶんそれはないわ」


 ガイ団長の舌打ちに、キーさんはため息を吐きつつ首を傾けた。


「あたしを魔獣と間違えたバカは見捨てたけど、素直に助けてって来た子たちは拾ってあげて話を聞いたのね。そしたら、みんな『ギルドには内緒なんだ』って言ってたわ」

「内緒?」

「そ。バレたら困るって言ってたけど、あたしにはよくわかんない」


 バレたら困るって……。殺された冒険者たちには悪いが自業自得以外の何物でもない。もっというと勝手に殺されたことでまがい物のドラゴンたちを活気づけてしまって迷惑だ。生きて帰った奴らもこのことが冒険者ギルドのマスターに知られたら少なくともこの国で冒険者をすることはできなくなるんだろうな。

 キーさんも同じことを思ったようだ。


「けどさ、冒険者って勝手に行動していいものなの? 内緒なのって聞いてみたら、聞くに堪えない言葉をたくさん吐いてそのままさっさと行っちゃったのよ。まあ、せっかく助けたその子たちも、あたしから離れた瞬間に薄い奴らに捕まって喰われてたから、結果全滅なんだけどさ」


 キーさんの話だと、少なくとも20人は死んでるらしい。バラバラになっているし魔獣の腹の中に納まってるしで全部は把握できなかったそうだ。


「ドラゴンたちがそなたの話す薄い魔物とやらだと知らなかったら、一攫千金を狙う輩が巣を強襲するのは不自然ではないな」


 ビル副長が腕を組んだまま唸った。

 ガイ団長は団長だから冒険者に直接対することは少なそうだが、副長は違うようだ。ちゃんと聞いてないから推測になるけど、さっきメルルさんが『ギルマス~、呪う~』と割と気軽に口にしていたのを思うと、副長や団付き魔術師は冒険者ギルドのギルマスとそこそこ面識があるんだろう。魔獣の多そうな辺境だし、協力体制を取ることが多いのかもしれないなあ。

 それにしては情報共有は微妙っぽいが、騎士団と冒険者なんてそんなもんか。


「ということは、夜が明けたらすぐにギルドに行って確認しなくちゃなんねぇなあ。こっちは訓練中だってのに、めんどくせぇ」

「確認だけだったら会わなくてもいいんじゃないんですか?」


 冒険者ギルドが情報を送ってきているのをさっき知ったから聞いてみたら、ガイ団長が露骨に顔をしかめた。


「奴らは嘘や間違った情報は流さないが、こっちが聞いたことしか話さねぇからな」

「でも確認なんですよね? 問題ないんじゃ?」

「おおありだ! この地にいる俺たちよりそこでグースカ寝てる王弟殿下のほうが詳しいとか腹立つ!」


 グースカ……。まあ確かにそうなんだけどイラっとする。

 紫黒さんもキーさんも同じようで、地図に乗ってた石が二つ、ガイ団長の額に当たった。ついでに言うとビル副長とメルルさんも団長にデコピンしてる。ちょっと気が晴れた。


「ってえな! 冗談だよ。過保護か」


 ガイ団長は赤くなった額を押さえつつ、涙目でため息を吐いた。そしてキーさんに向かい、頭を下げる。


「まあ、団を預かる身として礼を言う。ありがとよ」

「あら素直。かわいい」

「るせぇ」


 可愛いと言われた団長は露骨に顔をしかめ、石を一つ取ってキーさんの額にぶつけた。


「ドラゴンの巣のことはわかった。夜にドラゴンの巣に乗り込むバカはいないと信じたいが、見つかったんなら今後も死にに来る奴がいるだろうから、この地を守る騎士団として対処する義務がある。訓練は中止だ」


 キーさんの額に当たって跳ね返った石を拾い、地図の上に落とす。


「ビルはいったん本部に戻れ。ことの顛末を王宮に伝え、騎士団を動かす許可を取ってこい。辺境伯にも同時に伝えろ。殿下の名を出して構わん」

「はっ」

「メルルは魔術師たちから魔獣討伐に必要なものをかっさらってこい。ついでに薄い魔獣とやらの説明もして、魔術師何人か引っ張ってこい」

「も~、めんどくさいなあ~」

「安心しろ、俺も同じだ。諦めろ。俺はこっちをグイドに任せて冒険者ギルドに行ってくるが、確認してすぐ戻るから、お前らが来るまでのんびり待っててやるよ」


 のんびり、のところでビル副長とメルルさんの眉がピクリと動いた。言葉通りじゃないんだろうなあと思いつつ、図らずもベル様が望んだような形になったなとぼんやり思う。


「それじゃ、あたしは引き続きここの子たちと一緒にいてあげるわ」


 屈強な子たちがなついて可愛いくて、とキーさんは声をあげて笑う。かわいい、のか? まあいいか。


「もちろん、ベルちゃんにもついていくわよ、心配だもの。ライちゃんには、うーん、どうしようかなあ」


 言いながら、ベル様の額に指を滑らせ、反対側の手で俺の頭をぐっちゃり撫でる。思っていたより気持ちいい。キーさんの加護がかかってるからかな?


「さっきまではここにいるアタシをライちゃんにつけて、本体のあたしがベルちゃんについてく予定だったんだけどねえ。ライちゃん、最初の話と同じくここに残る?」

「俺か?」


 最初の話ってのは、ここに来る前に話していたやつだな。

 あの時はキーさんの魔獣狩りに紫黒さんと一緒に参加したいって言ったら、ベル様に『第三騎士団の騎士と一緒にいてほしい』って頼まれたんだった。その時は何とかなるかなと思ったけど、一緒に飯食った先輩たちを見て、今の俺では、たとえキーさんが一緒にいてくれたとしても、第三騎士団の精鋭たちについて行けないと認識した。肉食うペースが俺より早かったからってだけじゃないぞ。

 だったら、俺ができることは別だな。


「いや、俺はベル様と一緒に辺境伯の町に行く」

「あら、ベルちゃんの護衛?」

「それは紫黒さんに任せるよ。俺ができるのは」


 言いながら胸元から冒険者タグを引っ張り出して、キーさんに見せる。


「こっちかな。俺もいちおう冒険者だから」


 興味津々でギルドタグを見、まだ弱いのねえと本音を吐かれて苦笑した。いいんだよ、2年でCランクなら俺にとっては大したことなんだから。


「ということで、団長とは別口で冒険者ギルドに行く。いろいろ話を聞いて、場合によっては締め上げるぞ!」

「おおっ、強気だな」


 ガイ団長に面白いと手を打って笑われた。まあ、確かに強気だな。俺ごときが冒険者ギルドのギルドマスターを締め上げるとかできるわけがない。とはいえ、冒険者たちがベル様に迷惑をかけるかもしれないなら釘を刺しておかなくちゃいかんだろ?


「あの親父にしてこの息子ありか。俺と一緒に行くって言わねぇところが気に入った。締め上げるときは俺の名も出していいぞ。情報搾り取って殿下と一緒に戻ってこい。その時どこにいるかは麒麟に聞け」

「そういうことなら任せて」


 キーさんは俺をじっと見てにこりと笑う。その姿がぼやけたと思った途端、キーさんの姿が3つに分かれた。一つは見慣れた(?)麒麟、一つは今まで横にいた長身の人型、もう一つは十代半ばくらいのちっさい人型。ベル様と合流した時のことを考えて兄弟設定にしたようだ。分身体を作れるとは聞いてたけど形まで指定できるのか。なんかもう、すごすぎてひく。



『じゃ、あたしはここでお留守番するわね』

「じゃあ、あたしはベルちゃんと紫黒様と一緒」

「それじゃあたしはライちゃんとデートするわん」


 デートは婚約者に叱られるからちょっと。まあキーさんは聖獣だからノーカンだな。

 それにしても紫黒様か。紫黒さんの株が爆上がりだ。でも確かにそう呼びたくなる気持ちもわかる。様付けされた紫黒さんの表情は蛇だからわからないけども。


「それじゃこの話はここまでだ。俺はグイドに指示して寝る。お前らは先に寝ておけ」


 終わりと手を打ったガイ団長の横でビル副長が地図を片付け始めた。メルルさんか大きくあくびをして天幕の隅に置きっぱなしの寝袋に向かう。

 紫黒さんが姿勢を緩めて俺の場所を空けてくれた。キーさんは麒麟一つを残して分身を消し、寝ているベル様の額に鼻を乗せる。


 そのとき。

 冷たい風がどこからが吹き込んできて、ベル様の周りをくるっと回った。


 紫黒さんがハッとして身をかがめ、ベル様の胸の上に尾を置く。

 キーさんが天幕の入り口を睨むと、一瞬だけ大きな白い影が浮かんで消えた。そのあとすぐに、先ほど天幕を開けてくれた騎士が入ってくるも、すぐに膝をついて前のめりに倒れる。完全に倒れる前にガイ団長が抱き留め、ビル副長も駆け寄った。意外にことにメルルさんのが副長より速い。


「グイド! なにがあった!?」


 でかい騎士にのしかかられてるガイ団長の腕から体を受け取ったビル副長が揺すると、騎士はうっすらと目を開けたが、まるで全力疾走でもしていたようにぐったりしている。


 団長たちのところに行こうと腰を浮かしたとき、眠っていたベル様がピクンと身を竦めた。騒ぎで目覚めたのかと思ったらすぐに脱力して寝息を立て始める。紫黒さんの術はすごいなと思ってたら、紫黒さんがキーさんにシャッと息を吐きかけた。


「キー殿、ベルとライルをしばし任せた」

「わかったわ。気をつけてね」


 なんだろうと訝しんでいるうちに紫黒さんの体がみるみる小さくなり、いつもの蛇の大きさに戻る。ぐらりと崩れたベル様の体は麒麟のキーさんが受け止め、再び現れた人型のキーさんたちが横に転がってベル様の体をキュッと抱き込んだ。

 あっけにとられる俺を小さいキーさんが手で招く。近づくと耳を引っ張られて危うく転げそうになった。


「なにを」

「しっ! 静かにして」


 動かなくなった紫黒さんをベル様の手首にくるりと巻き付けつつ、大きいキーさんが俺の唇に人差し指を当てる。


「飛竜の長があたしの結界を通り抜けてベルちゃんを連れてった」

「え?」


 ベル様、ここにいるよな?

 口に出して聞きたかったが、キーさんが目でダメだと言うので、今は黙って頷いた。そんな俺を物分かりがいいと褒め、キーさんが耳元で続ける。


「長が悪意のない魂だけで来たからあたしの結界に阻まれなかったのね。幸い、紫黒様がすぐに気づいて一緒に行ってくれたけど、その間は体が無防備になるからあたしががっちり守るわ」


 聖獣のキーさんがきっちり守ってくれるんなら心配ない。ベル様のほうも紫黒さんがいるからきっと大丈夫だ。問題があるとしたらむしろ俺のほうだなあ。


「そしたら俺はビル副長に明日のことをいろいろ聞いてくる。そんでもって、明日に備えてベル様の隣で早めに休むよ」

「ふふ。そうしたら二人まとめてポンポンしてあげる。早く戻っていらっしゃい」


 麒麟のポンポンか。蛇の子守歌とどっちがよく眠れるかなあ?

 そんなことを思いながらキーさんに頭を下げ、ベル様の額と紫黒さんの尖った鼻先をそっと撫でてから、団長たちのところに向かった。






読んでいただいてありがとうございます。


ここのところ忙しくて間が空きましたが、続きをお届けできてよかったです。

当初は紫黒一人称で書いていたのですが、進まないのでライルにバトンタッチしました。ライルは書きやすいので助かります。紫黒、ガイたちに何か言いたいことがあったはずなのに結局言わずに終わりました(汗)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 紫黒さんの子を見守るが如き父親ムーブ、 キーさんのおちゃらけつつも万能感溢れる姉御♂さんムーブ、 ガイさんのデリカシー皆無だけど有能な強者団長ムーブ、 今回は「格好良い大人」達が沢山いてく…
[一言] 何よりもキーさんがノリノリなのである…(笑) ベル君…またややこしい事に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ