ここまでバカだといっそすがすがしい
その後、俺たちは月白さんの背に乗って空を飛んでいた。
「いや、快適だ。蛟ってすごいな、紫黒も頑張れよ」
眼下に広がる景色に歓声を上げているリックはさすがそろそろAランクになる冒険者だと思う。
「わしとてやればできる。ヌシらがジャスティンのところにいた時に灰青と飛んで行っただろう?」
「でも俺とベルを乗せては飛べないだろ?」
「ぐっ……」
「まだまだだな、おっさん」
口で勝てないと悟ったのか、紫黒がリックに巻き付き始めた。仲が良くて何よりだけど、こっちはそれどころじゃない。
「ううう、なんというか、苦手かも……」
頬をすごい勢いで風が抜けていく。今まで体験したことがない速度の上、急にガクンと落ちたりするので腹の中がおかしくなりそうだ。必死になって歯をかみしめているので顎が痛い。
「大丈夫かえ?」
月白さんが頭を横に向けた。心配してもらってありがたいけど、残念ながらそれどころじゃない。月白さんの体に回した手足も痺れてきたし、目が回ってきた。冒険者に成り立てだったとき乗った馬車を思い出す。酷く酔って、王宮の馬車がいかに恵まれていたかを実感したなあ。
うう、ダメだ、気持ち悪い。吐きそう……。
「人には辛い速さでありんしたか。お許しなんし」
言いながら、月白さんは急に速度を落とした。体がガックンと前に傾いて宙に投げ出されそうになる。バランス感覚がいいリックが慌てて背後から抱きついて助けてくれなかったら真っ逆さまだった。
「あら、お許しなんし。うっかりしんした」
「そんな嫁が可愛い……」
自分で言って照れてる紫黒を殴りたい……。
などと腹の中を黒くしていたら、紫黒が長い体を巻きつけて月白さんがの体にくくりつけてくれた。抜群の安定感。気にかけててくれたのに、なんか、ごめん。
月白さんが速度を落としてくれ、紫黒とリックが体を支えてくれたのでぐんと楽になった。吐き気が多少収まっただけでもだいぶ楽だ。
体は楽になったのに、気持ちがずんと落ち込んでくる。
「俺、本当に役立たないな」
ぽろっとこぼれた言葉で、なんだかとても情けなくなった。
歩いていたら昼過ぎになるからとわざわざ背中に乗せてくれた月白さんに気遣ってもらったのに、リックと紫黒に支えてもらわないと乗ってもいられない。ただ乗ってるだけなのに人の手を借りないとできないなんて。手のかかる赤子になった気分だ。
「先ほどからぬし様はわっちには理解できんせんことばかり言いんすね」
月白さんは前を向いたまま首を傾けた。
「わっちが知る限り、ぬし様ほど周りの為に心を砕いて働く人間はいんせん。何故役立たずだと思ってありんすのか、差し支えなければ教えてくんなまし」
慰めてくれているのかな?
そう思ってお礼を言ったらそうじゃないと首を振る。本心から不思議なのだと重ねるので苦笑いしてしまった.
「青褐やナナト様にも話したけど、俺は人に頼ることしかしてない。騎士や冒険者のおかげで街は守られたし、商人たちが尽力したから街が息を吹き返した。ジャスやゴードン達や真赭の治療ができたもいつもより多く癒し水が作れたのもドライアド様や泣き女が手を貸してくれたからだ。俺が死にそうなときは月白さんが助けてくれたよね。冒険者たちを殺した青褐と藍墨茶はナナト様の手にかかり、ナナト様はドライアド様と泣き女が父君の元に返してくれた」
ふぅ、とため息が出る。
「その間、俺がしていたことと言ったらただオロオロしたくらい。しかもずっとリックと紫黒に守られて、だ。結果として収まるところに収まったけど、自分は何をしてたんだろうと、自己嫌悪にもなるよ」
口にしたらますます情けなくなった。
もっと出来ることはあったのではないかと後悔ばかりしている。
もっと早くナナトに行くようにしていたら、月白さんが悪く言われなかったのではないか。
もっと強ければ、あんなにたくさんの冒険者たちを死なせなかったのではないか。
もっと先読み出来ていたら、街の人々に苦しい思いをこんなに長くはさせなかったのではないか。
もっと力があれば、青褐達にあんなに淋しい死に方をさせなかったのではないか。
もっと、もっと、もっと……。
考え出したら切りがなくてますます落ち込む。
時間が過ぎるほど、そんなことで頭がいっぱいになって胃が重い。
「冒険者ギルドでは王子だと言うだけ優遇されていたのだと聞いた。甘やかされ、自分だけが守られているのが申し訳なくて辛い」
呟いたら、体をギュッと締められた。背後からリックが腹の周りを紫黒が、回した力を強くする。ぐえぇ、と変な声が漏れた。
「ここまでバカだといっそすがすがしいな」
「全くだ」
和解したらしきリックと紫黒が口々にバカバカと言ってくる。
事実だけどヒドい……。
盛大に凹んだら、違うと言われてぺちんと叩かれた。
「この際だからはっきり言うが、ベルじゃなかったらこんな仕事、途中でやめてた」
「え!?」
突然なんてことを!?
びっくりしてたら苦笑された。
「だってそうだろう? 騎士団長からの命令とはいえこんな無鉄砲な王子様、護衛しきれるか! 何回死を覚悟したと思ってる!? Bランク冒険者としてだってお断りだ。やってられん」
「……、ごめん」
「それを言うならわしとて同じだ」
腹の上に顔を出した紫黒が言う。
「最初に会ったときより手のかかる子どもだと思ったが、ここまで阿呆だと目が離せん。つい鼻を差してしまった」
蛇的に『手を出した』ということらしい。
「夢で泣いていた時から気にはなっていたが、ヌシは自分を軽く見すぎる。遺憾だが、ヌシが動いたから周りの人々が動いたと言った藍墨茶と同意見だ。青褐の予定が狂ったのもヌシが人々だけでなくわしらや精霊たちを動かしたから。それなのにまるで理解していない。自覚がないのはタチが悪いぞ」
「自覚と言われても、本当に何かした覚えがないので仕方ないじゃないか……」
「まだ言うか、リック、こやつが何をしたか教えてやれ」
紫黒が体を伸ばしてリックの肩に顔を乗せた。
「ベルはドライアド様と泣き女様を連れてきたな」
「他は?」
「ダシがうまかった。いや、冗談じゃない。あれでかなりたくさんの奴らの心身が楽になったって聞いてる」
「うちの灰青だけでなく、こやつが助けた者は?」
「筆頭はジャスティンだな。ゴードンとクラークもベルが治してやらなかったら今頃死んでる。真赭だったか、紫黒の縁者も助けたんだと聞いた。倉庫にいた冒険者も埋められてたやつらは生きてるよ。実は指名手配されてたやつらばかりで騎士どもが頭抱えてるがな。あとは冒険者ギルドの職員を何人か、か。ほかは知らん」
「まだあるか?」
「まあ、あげて行けば切りがないな。エルファリア商会会頭もベルがいなかったら動かなかっただろう。商会にとってほとんど利益のない自由市や芝居の計画なんてしないだろうから街の奴らの不満はすごかったんじゃないか? それに冒険者ギルドも騎士団もバラバラに動いて混乱していたと思う」
二人はうんうんと頷きながら楽しげにこちらに目を向ける。
「これだけ言ってもまだ何もしていないと言ったら、首筋にキスマークつけてやる」
「ついでに歯型もつけるぞ」
男二人で何言ってるんだ……。
思わず呆れてしまったけど、落ち込んでいる俺に気合を入れようとしてくれてるんだろう。気遣いが嬉しくて胸が痛い。もう泣きそうだ。
二人の言葉は心にゆっくりとしみこみ、硬くなっていた場所を緩めてくれる。
何もしてないと思ってたけど、ちゃんとやってたんだ。
途中、もっと頑張らなくちゃいけないかなと思ったときもあったけど、俺がやったことを認めてくれる人はいたんだな。
やったことはちゃんと形になってたし、役に立ててた。結果に表れてたんだ。
「俺、頑張れてた?」
口に出したら、声が震えてうっかり涙が一粒こぼれた。
慌てて月白さんの体に額を当てたら、笑いを含んだ答えが返ってきた。
「ああ、頑張ったな」
「よくできていたぞ」
「立派でありんした」
これはまずい、しばらくは顔をあげられそうもない。
月白さんの体に頭を押し付けたら、リックが頭をポンと叩き、紫黒はキュッと強めに巻き付いた。
それから1時間後。
俺はすっかり酔ってフラフラになっていた。恥ずかしいが泣き疲れてぼーっとしてしまい、そのせいで今までの疲れが一気に襲ってきたんだ。
そういえば、昨日からろくろく寝てない上に魔力枯渇で何度か倒れ、そのたびドライアド様とポーションに救ってもらいながらここまで来たんだった。
最後に飲もうと思っていた癒し水はナナト様に握られたときに全部割れてたし。
朝になってドライアド様が体力も魔力も全部回復してくれてはいたが、気力までは戻らなかったんだな。人っていうのは体力と魔力だけでは生きていけないんだと変な実感をする。
くらりと体が傾いだ。ヤバイ、体に力が入らなくなってきた。
俺、ひょっとしたらここから落ちて死ぬとか?
せっかく無事に帰れそうなのになあ。
「馬鹿なこと考えてるんじゃない」
ごつんと後ろから拳骨が落ちてきた。
「ううう、やめてよぅ、弱ってるんだよぅ……」
「見ればわかる。大丈夫だ、もうすぐ着くぞ」
「ほ、ほんと?」
「リックの言うとおりだ。ほら、街が見えてきた」
恐る恐る顔を向けると、朝日を反射して輝く街が見えた。昨日の興奮からか、街は眠っていないように見える。活気づいた雰囲気が伝わってきて嬉しい。今日から渡し場が使えると報告したら喜んでもらえるかな?
そのとき、町の中心から大きな歓声が上がった。
「せっかくだからあそこまで行くか。月白、頼む」
「わかりんした」
「あそこって、えっ?」
どこだ!?
嫌な予感がして顔をあげようとしたら、月白さんが急に速度を上げた。
俺はただ月白さんの体にしがみつき、目をぎゅっと閉じて舌を噛まないように口を閉じた。
足元の景色がさっきより速く流れていく。
緑ばかりだったのが石造りの建物に変わり、道やら屋根やらといった人工物に変わっていく。
下から驚いたような声が上がった。月白さんを見てびっくりしたんだろう。悲鳴のような声があちこちから上がり、警笛があちこちで響く。
月白さんはそんなものを無視し、どんどん進んでいく。
たくさんの人の気配がすると思ったとき、真下から声がした。
『俺は真実の愛を見つけた!』
どこかで聞いたセリフがやたらいい声で聞こえる。
わああっ、と歓声が上がり、割れんばかりの拍手が続いた。拍手と歓声が滝の音みたいな轟音となって溢れ出す。地響きのようなそれに圧倒され、ぎゅっと目を閉じていると、月白さんが急降下した。
腹の中身が浮き上がるような変な感覚に胃がひっくり返る。
ぐええ、と呻き声をあげてたら、すとんと落ちた。月白さんが無事に着陸し、降ろしてくれたようだ。
今にも崩れそうだがなんとか地を踏みしめて立つ。リックと紫黒がうまいこと支えてくれて、転がらずにすんだ。月白さんが優しくすり寄って涙のあとをぬぐってくれる。みんなの気配りがありがたい。
とりあえず落ちなくてよかった。地面に足がついてるのっていいな。
そんなことを思いながら、目を開けると、そこは……。
舞台の上だった。
隣で豪華な衣装を着た黒い髪の役者がぽかんと口を開けてこっちを見ている。舞台なので化粧がとても濃いがものすごい美男子だ。さすが役者。
って、いやいや、ぽかんとしたいのはこっちも同じだ。というかきっと同じ顔してるよな。
黒い髪の役者の隣には真っ白いドレスをまとったピンクの髪の役者がいて、同じく口を開けてこちらを見ていた。こちらもものすごい美人。間抜けな顔でも美人なのはすごい。
あれ、黒い髪の主人公と、ピンクの髪のヒロイン?
よく見たら金色の髪とか青い髪とか、何となく見覚えのある面々に似た役者がいる。
まさかこれって……。
「真実の愛を見つけた王子の話?」
思わず呟いたら、黒い髪の役者がハッとした顔になり、へなへなとその場に座り込んだ。
観客席の人々の動きもまだ戻らない。全員が石像にでもなったように固まり、目を丸くして舞台を見つめている。
「なんか、いろいろごめん」
俺は役者たちに謝った。せっかく練習しただろうに舞台を壊してしまった。月白さんのデリケートな飛行で舞台装置は壊れなかったみたいだけど、芝居を止めてしまった。本当に申し訳ない。
でも。
「せっかくだから利用させてもらおうかな」
ようやく俺にしかできないことが回ってきたようだ。
俺は月白さんに合図をして、舞台の一番前に立った。
「観劇中に申し訳ない」
胸に手を当て、王宮で謁見の前にする礼の形をとる。泥だらけでボロボロだから、少しでも優雅に見えるようにと指先にまで気合いを入れた。
王宮のバルコニーで市民に挨拶するときのように胸を張り、体から声を出す。
「私はベルグリフ=ヴィル=コンフォートビター。この国の第二王子です。この場を借りて皆様に報告したいことがあります」
すっと右手を上げると、月白さんが俺と同じくらいの大きさに身を縮めながら寄ってきて隣に立った。右手の上に顎を置き、チロチロと舌を出す。
「ナナト大河にいた銀色の大蛇は私、ベルグリフと友となり、同時に大河を封鎖していた事情を説明してくれました」
月白さんがぺこりと頭を下げる。
固まっていた人々がひゅっと息を飲んだ音がした。
「本来ならば皆様にも詳しく説明しなくてはならないところですが、私もフラフラでして、後日改めるということでご容赦ください。ただ、大河に危険な蛇の魔物が住みつき、渡し船を襲う危険があったということはお話しておきます。そして、たくさんの冒険者の方々が魔物によって害されたことも併せて報告します」
観客席が大きくどよめく。
「それは大蛇退治派の冒険者か!?」
観客席から誰かが尋ねた。
「遺憾ながらその通りです。彼らは銀色の大蛇ではなく、魔物の大蛇を退治しようとしてほぼ全員が返り討ちに遭いました。銀色の大蛇とナナトを住処にしている守護獣の蛇たちが守っていなかったら、渡し場は街ごと壊滅していたのです」
悲鳴が上がり、観客席が騒がしくなるが、誰も席を立とうとしない。続きをもっと聞かせろ、という圧が全方向からくる。
だが、これ以上冒険者のことを話題にする気はない。話していることがすべて事実ではないからボロが出ないうちにやめておこう。
「その話は冒険者ギルドに詳しく説明します。私が皆様に今、真っ先に報告したいのは、今日から渡し場は以前のように使えるということです」
にっこりと笑う。口を開いている人々から声が消えた。恐ろしいくらいの静寂が舞台を包む。
俺は紫黒を招き、体に巻き付かせて手を広げた。
「ナナトの守護獣である蛇たちが渡し場を守ってくれます。一度止まってしまった航路を元に戻すのは大変かもしれませんが、王国で見舞金が出せるよう、陛下に嘆願するつもりです。全額は難しいと思いますが、少しでも早く元の生活に戻れるよう、王子としてできる限り努力します」
とりあえず私財を投じる予定。冒険者をやって手に入れたお金は半分国庫に半分は自分の口座に入っている。2年じゃ大して貯まってないけど少しは足しになるだろう。足りない分は国に負担してもらうけどね。
「私はこの国を愛しています。そして、皆様を信じています。これからもナナトの発展に尽力していただけるよう、お願いします」
一度大きく両手を開いた後、右手を軽く握って胸に当てて一礼する。
いまだ誰も声を出さない。ただ視線だけがこちらを向いていた。ここだけ時間が止まっているかのようだ。
「あ、そうそう」
俺はニヤリと笑って片目を閉じた。
「渡し場の倉庫はドライアド様が直してくれたから、前よりずっときれいになったよ。今は空っぽだけど、またたくさん荷物が入ったら見に来るから呼んでくれ」
冒険者のベルの顔で笑い、右手の人差し指と中指をそろえて眉の上において軽く離す。略式の騎士の礼だ。
「楽しみにしてるよ。じゃっ」
くるりと振り返り、舞台上の役者たちに軽く礼をし、リックと蛇たちを伴って舞台袖に引っ込む。
裏で見ていた劇団員たちは唖然とした顔で俺を見ているが、気にせず横を通り過ぎ、速足で逃げ出した。とにかく誰からも声をかけられないよう、狭い隙間を急いで走る。
劇場から離れた途端に膝から力が抜け、へたへたと崩れ落ちた。
「あー、緊張したあ」
やっぱりこういうのは苦手だよ……。
にへらっと笑ったら、リックが爆笑した。
「すげー、王子様みたいだったぜ、ベルグリフ殿下」
紫黒と月白さんも目を細めている。なんだかとても誇らしげで、こっちも嬉しい。
「ありがとう。心強い友に心からの愛と敬意を」
仲間たちに頭を下げた瞬間、これ以上ないほどの歓声が辺りを包んだ。
音に敏感な蛇たちが一瞬気絶しそうなほどの爆音。
俺はリックとハイタッチして、心の底から笑ったのだった。
読んでいただいてありがとうございます。
お察しの通り、終わらなかったよ!!
という回でした。いやだって、ベルが、ベルが……、ねえ?
次回でこの章終わります、たぶん…。




