細い月の夜 1
暗くなるまで商会で打ち合わせをし、いったん解散することになった。
紫黒は闇に紛れて大河から棲み処に戻ると言ってさっさと出ていった。見つかったらどうするんだと心配したら、鼻で笑われた。若干嬉しそうだったのは気のせいかな?
ジェロームは戻ってきたルイスを捕まえていろいろ用事を言いつけていた。話が進むたびにルイスの顔が青くなっていったがきっと気のせいだ。
うん、気のせい、気のせい……。
ルイス、なんかごめん、頑張れ。
ルイスがふらふらと出ていくのを見送ったジェロームはにっこりと笑いながら提案をしてきた。
「うまくいったらルイス君が楽になるのでよろしくね」
言いながら、手紙を渡してくる。
相変わらず使えるものは何でも使うなあ、と苦笑するしかなかった。
俺とリックは商業ギルドで行われていると言う大蛇擁護派の会合を覗きに行った。退治派にも興味はあったが、そちらはジャスが行ってるからね。
利用案内板を見ると、この時間は第二会議室と第三会議室が埋まっている。第二会議室は「DDD」で第三会議室は「DTK」と書かれていた。受付にいた職員に聞いたところ、「大蛇を大事にする同志」と「大蛇を退治する会」の略だそうだ。相反する団体が同じ建物で会議するんだと苦笑したが、第二会議室は二階、第三会議室は三階、それぞれ入り口と上がる階段が違うのでトラブルにならないと判断したとのこと。
いいのかな、というか、略称似てない? そもそもいるのかな?
会議室に入ると、擁護派の面々が議論していた。大きなテーブルをぐるりと取り囲んでいて、人数は20人くらいだろうか? 煮詰まっているのか、和やかではない雰囲気が漂っている。
リックが騎士団から来たと挨拶すると、クリンプトンは柔らかく笑った。
「騎士団もやっと大蛇様を保護する気持ちになりましたか」
擁護派の代表、クリンプトンはナナト大河に渡し場ができたときからずっとこの地で商売をしている老舗の8代目商会頭で、町の顔役もしているらしい。
握手を求めてきたが、リックはその手を握らない。
「残念だが、騎士団がどちらかを優遇することはない。俺がここで握手したら、騎士団がこちらと手を組んだって言いふらすつもりだろ?」
「疑い深い騎士様ですね。そんなことは考えておりませんよ」
否定しつつ笑っているが、そのつもりだったのは明白だ。さすが商人、したたかだな、と俺は苦笑した。
「そちらのお方は?」
「初めまして。冒険者のベルです」
さきほどジェロームにもらった手紙を見せる。クリンプトンは中身を確認して「ほぉ」と声を上げた。
「エルファリア商会の縁者ですか?」
「はい。親戚のように付き合わせてもらっています」
嘘は言ってない。ようにって言ったからね。
「王都のギルドから調査を依頼されてここに来ました。ついでに騎士団の手伝いをしています」
王都から、と聞いてクリンプトンの目が輝く。
「王都では大蛇様に手を出すなと言っているそうですが?」
「ええ。報告を聞く限り、今のところは手を出さない方向のようですね」
今のところ、というところで、周りで聞き耳を立てていた人々がざわついた。
「今のところ、と言いますと?」
俺は小さくため息を吐いて見せた。
「正直なところ、今の町の状態では大蛇のせいで物流が滞っていると判断されても仕方ないと思っています。事実、町では大蛇がいなくなったら元の町に戻ると声高に言う人々が多いと聞きました。上で行われている大蛇退治派の会合もそんな話が出ているのではありませんか?」
会議室が静まり返る。あんまり煽ると刺されそう。この様子では擁護派だからと言って安心はできないかもしれない。
「退治派の奴らはほとんどがよそ者だ。私達が蛇をどれだけ大事にしているか、わかっていない」
どこからか声が上がった。
「大蛇はこの渡し場の守り神であるナナト様の使いだと言われて育ってきたんだ」
「わしらは蛇と共存してきた。この町の倉庫にネズミがいないのは猫ではなく蛇のおかげだ」
「蛇は俺たちを殺さない。騎士が理不尽にはなった矢ですら返してきたではないか」
「飛び出した船の船員だって全員帰ってきた」
「あんなに可愛い蛇を殺そうなんて……」
口々に蛇を守る言葉が出てくる。紫黒は喜ぶだろうな。
ここにいる人々は古くからこの地に住んでいるらしい。開墾からいて苦労した家もあるみたいだ。
申し訳ないと思いつつ、意地の悪い質問をしてみた。
「でも実際、大蛇が川を封鎖しているせいで皆さんの生活は徐々に悪くなっている。そのあたりはどうお考えですか?」
蛇たちのことを知った俺にはここの人たちの気持ちはとても嬉しい。だけど、何の対策もしないでただ反対しているだけでは何も変わらないと思う。
「騎士団のところに行って大蛇退治派とトラブルになったと聞きました。あと、町の小売店の店主たちは「擁護派も退治派も寄付を求めていくので変わらない」という嘆きの言葉も聞いています。どちらについても変わらないのでしたら、利があるほうに傾くのが人の性ですよね。事実、向こうのほうが人数は多そうだ。噂では明日にも大蛇を襲おうとしているとか」
「そ、それは本当ですか!!」
「噂、と言いましたよ。でも俺は事実だと思っています。ですから助力を求めたいと思い、ここに来ました」
ぐるりと見まわす。人々はそろってテーブルに目を向けた。
「仕方ないじゃない」
中年の女の人が呟いた。
「私たちは退治派の奴らと違って戦えない。そりゃ、今の状態は良くないわよ。続いたら町が潰れるかもしれない。だけどね、あたしたちはずっと、子供の時からずっと、蛇と親しくして生きてきたの。少しの間、河を渡れないからと言って、大蛇様を殺すなんてできない」
そうだそうだ、と周りの者も同意する。
「俺のとこはこの町が渡し場として栄える前からここにいる」
「ここが潰れてもきっと、ここで商売してると思う」
「そんな大事な土地を、暴力で汚したくないんだ」
「退治派は暴力集団だ。奴らに街を任せてはおけない」
どんどん声が大きくなる。大蛇を守るんだ!と皆が叫びだした。あまりの大声にリックが顔をしかめている。
「皆さんの気持ちはわかりました」
俺は静かに告げた。
「それで、皆さんはどうしますか? 何か行動しますか? 黙って町が朽ちていくのを見るだけですか?」
ぴたり、と声がやんだ。
ひょっとしたらいつもこんな感じなのかもしれないと思う。大蛇を守ろう!で満足して終わってしまい、対策がないままだから何の行動もしてないんだろうな。
言葉にするのは自由だけど、行動が伴わないのなら、ただの言葉遊びだ。大蛇が殺されてたとしても、抗議したり泣いたりするくらいで済んでしまうのだろう。
だから、大蛇退治派は擁護派を潰さない。潰したとしてもすぐに次ができるんなら、既存のものを飼い殺しにしたほうが楽だから。
擁護派の現状は、意地の悪い目で見れば「大蛇を守ってる、守りたいオレってかっこいい」ってことだろう。掲げた言葉は立派だと思う。だけど、行動が伴わないのなら、責任を取る気持ちがないのなら、今のうちにやめたほうがいいとも思う。
だけど、何かを守るために立ち上がるという気持ちはとても尊い。うまくいかせれば大きな力になるのにな。
人々は目を伏せたまま動かない。ただ、時折こちらに向けられる視線には「よそ者の癖に口ばかりだな」や「ポッと来た者が偉そうな」という言葉が滲んでいた。確かにそうだと思う。
「意地の悪いことばかりすみませんでした」
だから、俺は深く頭を下げた。
クリンプトンを始めとする擁護派の人々が困惑した顔を向けてくる。
「試したつもりはありません。それでも気分を害したら謝罪します。その上で、こちらの話を聞いていただけますか?」
1時間後。
先ほどと同じように頭を下げた俺は擁護派の人々の感謝の声に包まれていた。
リックが親指を立てて笑う。
ほっとした俺は、王室付商人の称号は伊達じゃないんだなあと思いながら手紙を見つめたのだった。
その後、エルファリア商会で準備してくれた馬車に揺られて騎士団の詰め所まで戻り、団長のアランと話をした。
事情を説明すると、アランはひたすら唸っていたが、小隊を一つ貸してくれると言ってくれた。以前、大蛇を攻撃してしまったと凹んでいた弓を使う部隊だと言う。弓以外も堪能だから心配するなと言われたよ。なんでも隊長がリックの友達なんだそうだ。リック曰く「筋肉愛好家仲間」だそうだが、同じような脳筋でないことを祈ろう。
そんな話をしていると、町から帰ってきた騎士が来て、大蛇退治派についての情報を教えてくれた。
大蛇退治派は細かく数えるときりがないそうだが、実際に手を出そうとしているところは1つだけで、ほかは害がないと言う。
その一つはほぼ毎日会合をしていて、人数も増え続けているそうだ。今は大体200人くらい、主に冒険者や日雇い労働者などで構成され、戦士風の男が多いそうだ。
その中心人物は黒いローブを着た魔術師と、美しい呪い師。どこから来た者かはわかっていない。
集会に潜入したというその騎士によると、彼らは明日、大蛇を退治に行くと話しているそうだ。リックが冒険者ギルドで盗み聞きした話と一致するので、間違いないだろう。
「明日と言っても、具体的に襲撃するとしたらいつなんだ?」
アランが尋ねると、騎士は首を傾けて考えつつ答えた。
「そこまでは話していませんでしたが、夜ではないかと推測します」
「根拠は?」
「さすがに昼間は目立ちます。大蛇擁護派もいますからね。大蛇に対する前に鎮圧されてしまっては意味がないでしょう。あの人数で暴れたら騎士団としては大変ですが、明るい時間でしたら抑えきれないほどではありません」
なるほど、一理ある。
「でも、早朝とかだったら可能じゃないか?」
「その可能性も考えましたが、低いと思います。会合後、前祝とか言ってその場の冒険者全員酒場に繰り出していきましたからね。魔術師が前払いで報酬の半分を渡したと聞きました。正直バカなのかと思いましたよ」
苦笑する騎士を見ていたら、何となく心がざわついて、つい口をはさんでしまった。
「本当に、そうだと思う?」
「は?」
「早朝はない、と言うのには同意する。冒険者は朝が苦手な人多いからね。だけど魔術師がバカだと俺は思えない。何か意図があるんじゃないかな」
「冒険者を二日酔いにする理由がか?」
「うん。たとえば、お酒が入ってるほうが効く薬を使うとか、ね。考えたらいろいろあると思うから、簡単に相手のことを馬鹿にするもんじゃないと思うよ」
「っ……。そんなこと、冒険者風情に言われなくてもわかってる」
騎士は悔しそうに呟いた。アランが青い顔をして怒鳴りつけようとするのを止める。
「言い過ぎましたね。すみません。色々調べてもらってありがとうございます。明日もよろしくお願いします」
頭を下げると、騎士は鷹揚に頷き、アランに一礼して去っていった。
「おい……」
アランは困った顔をし、申し訳ないと言って頭を下げた。
「躾が行き届いていなくて申し訳ありません」
「気遣いありがとう。冒険者と騎士は昔から仲が悪いって決まってる。気にしないでいいよ」
「そう言っていただけると。あとで騎士団全員きっちりしごいておきます」
「ベルは優しいなあ。俺ががっつり殴っとくから心配すんな。はっはっは」
「う、うん……」
なんか、いろいろ、申し訳なくて辛い。
騎士団の皆さん、頑張ってください。
俺は心の中で手を合わせた。
読んでいただいてありがとうございます。
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