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エルファリア商会頭と会う

 エルファリア商会の支店はナナトでも1.2を争う大きな店で、多数の品物がそろう名店と言われている。

 そんな店でも今は空の棚が目立つ。他店より多少は多い程度の品物しかない。

 この店でこれなのだから、町の小売店は相当ひどいだろうな。


 そんなことを思いながら店内を物色していると、顔なじみ店員のスコットがすすっと寄ってきた。


「これはこれはベル様。今日は珍しいお連れ様とご一緒ですね」


 笑みを浮かべているが、目は笑っていない。

 まあ、そうだろうなあ。首元に長い黒蛇、紫黒が絡みついてるからね。


「今の町に蛇を連れてくるなど、無謀と言うかなんというか……」

「う、うん、それなんだけどね」


 紫黒の体を軽く叩く。紫黒は音もなくゆっくりと回り、首と肩の周りに収まってしっぽを咥えた。スコットが感心したような声を上げる。


「なるほど、鎧に擬態していたのですね」


 擬態と言うか、ついてくるなら目立たないようにって言ったら勝手に肩に乗ってきただけなんだけど。身が詰まってて重いと文句言ったら、軽量化の魔法を自分に使って軽くなった。伊達に198年生きてないってとこか。それでも結構重たいんだけどね。


 擬態してきたとはいえ、町を通るのは確かに勇気がいった。冒険者で安価な蛇革鎧を愛用する戦士は多いので目立たないかなと思ったんだけど、紫黒の革は特上の素材だったらしくて悪目立ちしたんだ。売ってくれとかいう戦士もいて参ったよ。紫黒も楽しんで動こうとするし、こんな時じゃなかったらしっぽつかんで投げてたかも。


 ここでもチラチラと見ている商人がいる。今にも声をかけてきそうな者もいるから、早めに移動したほうがよさそうだ。


「約束の品物が入ったと聞いたんだけど、この騒ぎで遅くなってしまってね。会頭はいるかな?」

「奥におります。ご案内しますね」


 スコットはにっこり笑い、店の奥へと進んだ。




 支店とはいえ、エルファリア商会の店舗はとても広い。建物は小ぢんまりしているが、ぎっちり詰め込まれているので冒険者ギルドの倍はあるだろう。

 店舗の奥は倉庫になっていて、上に行くと執務室や店員の部屋などがある。泊まり込み用に大きな食堂や風呂まで設置していると聞いたっけ。そんなのが各地にあるんだから、大商人のやることは違うなと思ったよ。

 盗賊避けらしい複雑な通路を抜け、階段を上がる。会頭の執務室はちょうど屋根裏あたりだ。


「やあ、来たね、ベル君」


 部屋に入ると、窓を背にしてニヤついている紳士がいた。ふわふわした銀の髪を緩く束ね、すらりとした姿勢の良い長身をこちらに向けている。


「ご無沙汰してます、エルファリア商会頭」


 今日は冒険者で来ているのでこちらから頭を下げる。会頭は苦笑し、頭を掻いた。


「いつものようにジェロームおじさまと呼んでもらって構わないのに」

「……、そんな呼び方してませんよ」

「あれ、ジェローム兄様だったっけ? まあ、好きなほうでいいよ」


 さすがジャスの父上だ、と毎回感心するが、今回はスルー。

 それにしても、兄様とか。ありえないと言いたいところだけど、見た目だけならあながち嘘ではない。エルファリア商会頭は父上より年上で今は45歳だと記憶してるが、見た目だけなら20代後半に見える。たまに長男であるライナスさんと間違われると言ってた。ジャスも相当若見えすると思ってたけど、その辺は血筋なんだろう。ジャス以外の兄弟は年相応に見えるからきっと母親似なんだろうな。


「そういえばジャスは来てますか? 朝、冒険者ギルドに行く前に別れたんだけど」

「いや、まだだよ。ジャス君のことだから寄り道してるのかもしれないね」


 寄り道、か。危ないことをしていないといいんだけど、たまに無茶するから心配だな。


「もう、紙は、見たくない……」


 返答に困っているところに、部屋の隅から呻き声が聞こえてくる。

 視線をやると、執務用に机の横に予備の机が出されていて、見覚えのある大きな体が突っ伏していた。

 うん、大変だったね。脳筋に書類は無理、だっけ?


「リック、お疲れ様」

「ううう、10年分くらい働いた」


 聞けば、騎士団からここにきて説明をし、終わってやれやれと思っていたら「報告は書面にしろ」と言われ、事務仕事を強要されたらしい。逃げようとしたが回りこまれてしまい、今に至るのだとか。

 そんなリックの作った書類は、最初の2.3枚はとても読みやすかった。残りは、……、頑張ったことだけは認めようと思う。


「まだ3時間しか仕事してないじゃないか。寝言かい?」

「勘弁してください。脳筋には無理なんす……」


 ジェロームの微笑みにリックが呻いている。


『人とは不思議なものだな』


 首元で紫黒がシャッと息を吐いた。




 とりあえずリックの書類は一時中断してもらい、話をすることになった。

 執務室の隣にある応接間に移動し、お茶とお菓子をいただきつつ、まずは報告。

 ペンから離れたリックはすこぶるご機嫌で、ダシをよこせとか騒いでいるが、今は無視。って、ダシなんてないよ。


 紫黒に合図をすると、するすると離れていったん床に下りた。驚く二人をちらりと見たのち、俺の膝に座る。隣に座っているリックがお菓子をつまんで口元に持っていくと、不思議そうな顔をしてぱくりと食べた。


 その間、ジェロームから町の話を聞いた。大体騎士団で聞いたことと同じだったけど、商会には商会の大変さがあるようだ。毎日のように大蛇退治派と擁護派がやってきて、寄付を迫ってくると言う。中立を保つためとどっちも断っているが、断った瞬間暴れだす冒険者崩れなどもいて、対応に苦慮しているらしい。


「めんどくさいから追い出すんだけどまた入ってくるんだよね」


 ちなみにリックはちょうど店に入った時に冒険者が暴れだしたそうで、なんとなくむかついたから殴ってしまったと言ってる。なんとなくって、騎士だよね、リック……。リックらしいけど。


「騎士団からの要請はこちらの聞いた。正直うちも過剰な物資はないんだ。先日陸路で流通を始めたけど、船便ほど届かないからね。まあ可愛いジャス君が珍しく頼ってくれたから、破産にならない程度の融通はするよ。支援所のほうはジャス君が頑張るみたいだから、パパは少し手伝うくらいかな、資金面程度に」

「ありがとうございます」

「ただね、長期の支援はできない、と言うかしたくない。人は差し伸べられた手を最初はありがたがるが、慣れてしまうとあるのが当たり前になって自立しようとしなくなる。自立してほしいからと支援を打ち切ると、殺す気かと恨まれて不満を押し付けてくるからね。そこに行く前に支援は撤退するよ。陛下から依頼されても断る。それだけは理解してほしい」

「はい……」


 ジェロームの言うことはもっともだ。何もしなくても糧が手に入り、快適な寝床があり、身が安全なら、その状態でずっといたいと思う者は多いだろう。それだけじゃつまらないと飛び出してくる者のが多いと信じたいが、心が折れていたりすさんでいたりするときは立ち上がれないと思う。自分だって同じ状況だったら何かしようと思えるかどうか、難しい。


「それで、本当に明後日になったら大蛇はいなくなるのかい?」


 ジェロームの問いに、紫黒は頷いた。


『明日の夜は新月だ。真夜中にナナト様は自ら練った気を放出する。すると大河が勢いを増して海に流れ、その流れに乗ってナナト様はお父君の御許に戻られるのだ』


 紫黒の言葉を訳したあと、先ほど砂浜で聞いた話をかいつまんで話す。



 今回のナナト大河の騒動は海に住む龍神の娘でナナトの町の守り神であるナナト様が来年行われる20年に一度の祭りの準備のために禊をしていることが発端。


 大蛇はナナト様の侍女で、この紫黒の連れ合いであり、蛟という水の魔物である。


 大蛇は人を害する気持ちはなく、むしろ守ろうとして働いている。

 ナナト様は特定の人の血を欲しているらしいが、誰の血かわからないため、人々を襲う可能性がある。大蛇やナナト周辺の蛇たちは襲撃を阻止するため、大河の通行を止めている。


 ナナト様の禊は明日の夜中に終わる。


「禊が終わったら、渡し船を阻む必要はなくなりますから、明日まで我慢してもらえれば、明後日からは通常運行ができる、と紫黒は言ってます」


 膝の紫黒に目を向けると、いつの間にかクリームで口の周りがべたべたになっていた。大きなケーキを堪能したらしい。人が真剣に話してるのに、と小突いたら指先にクリームをつけられた。


「その蛇が信用に足る証拠は?」


 うん、この姿を見たら誰でもそう思うよね……。

 紫黒は不満げに舌を出した。


『こちらこそ問う。この人間に信用する価値があるのか?』


 人語は話せないけど理解はできる紫黒。うーん、困ったなあ……。


「信用なんて、言葉だけでできるわけねーだろ? お互い実践すりゃいいんだ」


 クッキーをかじりつつお茶を啜っていたリックが言った。


「会頭はナナト様だっけかが無事に海に行くまで、町の人の気をそらす。芝居の一座が来てるんだっけ? 頭が高ーいって奴。せっかくだからこの町にいる全員を招待すりゃいいんだ。無料の上に食事と飲み物付き、一晩楽しみましょうとか言えば、町の奴ら喜ぶだろうぜ」

「ふむ」


「蛇たちはその間にナナト様をうまく誘導して海に送ればいい。血の主は探したけど見つからなかったと言うか、これじゃないかと思うとか言って適当な血でも持ってけ。少しでいいなら俺のをやってもいい。要は出てってもらえばいいんだろ?」

『出ていけはアレだが、まあそんなことだな』


「俺とベルは騎士団巻き込んで大蛇退治派を何とかする。擁護派のほうは、騎士団長に頼もう。擁護派の奴らは大蛇さえ無事ならいいんだから、少し説得したら引き受けてくれるはずだ」

「そうだね」


 俺たちのところはノープランだけど、ほかはすごくちゃんとした提案だ。急にリックが頼もしく見える。そういえばリックはAランクに近いBランク冒険者だった。先輩冒険者って頼りになるなあ。


 相談していると、窓から紙飛行機が飛び込んできた。

 水色の可愛い紙飛行機だ。


「おや、ジャス君から連絡だ」


 ジェロームは紙飛行機を拾い、開いて中身を読んで、片方の眉を上げた。

 同時に紙から火が出て、あっという間に灰になる。


「それは?」

「ああ、うちの商会の秘密連絡用紙だよ。読み終わったらすぐになくなる優れものさ」


 言いながら、ジェロームは難しい顔をして腕を組んだ。

 この人がこういう顔をしているときは、話しかけないほうがいい。反応はほとんど帰ってこないのを学習済みだ。それに2.3分で戻ってくるしね。


「かわいい子には旅をさせろっていうけどさ」


 しばらくして、ジェロームは溜息とともに口を開いた。


「ちょっと大蛇退治派にナンパされたから見学してくるって言われてもねえ……」


 別れてから数時間しかたってないのに、どうしてそんなことに!?


「まあそんなわけで、ベル君たちのほうにジャス君も混ぜてもらうことになりそうだね。多分大丈夫だと思うけど、任せたよ」


 笑ってるけど笑顔がすごく怖い。俺とリックは黙って頷いた。






読んでいただいてありがとうございます。

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