大蛇を退治したい人々 2
そのまま昼過ぎまで店で過ごした僕は二人を残して一旦帰宅した。
もちろん実家のほうじゃなく、修行中に借りているアパートにだよ。誰につけられてるかわかんないからね。僕がエルファリア商会の関係者だってことは内緒にしておかないと。
まあ、あの二人に誰かついてるってことはないと思うんだけどさ、念の為。
ちなみにあの二人は夕方の会合まで店でのんびり過ごしてもらってる。いろいろあってお疲れのようだったから、度数の高いおいしいお酒によく眠れるハーブを入れておいたよ。僕って優しいでしょ。
お店の店員さんにも起こさないようにお願いしておいたから安心。ちょっと銀貨渡したら喜んでくれたしね。
部屋に入って扉を閉めると、連絡用の用紙を取り出して、詳細を書く。
この紙はエルファリア商会会頭もしくはそれに準ずる者以外が開くと中の文字が消える仕組みになっていて、機密性の高い情報を送るのに適している。しかも一度読んだら自動的に発火して証拠隠滅すると言う、商会ご用達の魔道具師渾身の作だ。
「まあそんなわけで、とりあえず見学してくるからよろしく、と」
さらさらさら、と記録して、ついでにお願い事も書いて、よしできた。ちなみにこのインクも特殊なものだったりする。お手紙セットのお値段、金貨1枚。金貨1枚あれば何でもできるね。
書き終えたら紙飛行機に折って窓から飛ばせば連絡終了。ちなみに紙飛行機の形で誰から届いたのかわかる仕組みになってる。いっぱいあるから憶えるのもめんどくさいんだけどねえ。
そんなに書くことなかったのに時間を食ってしまった。僕もまだまだ青いな。
青いと言えば、この目と髪、ちょっと変えとくか。
シャワーとトイレの間にある棚をあさり、二日で消える髪染めでちょっと染める。暗闇に紛れる感じだから黒でいいか。せっかくだから目も替えとこう。ベルの目の色替えグラスは今回黒だったっけ? 僕もおそろいにしよう、ふふふ。
ついでにささっと目立たない服に着替えて、完成っと。
おっと、忘れるとこだった。一応魔除けも持っていくか。あとポーションもこれとこれを飲んで、うう、まずいっ!もう一杯!
「さあて、楽しみだなあ」
最後に金貨を4枚補充して、僕は何事もなかったように居酒屋に戻った。
居酒屋に戻ると、店員さんが怪訝な顔でこちらを見た。
「子どもの来るところじゃないよ」
しっし、と手を払う。髪と目の色変えて着替えただけなのに気づかれないもんだね。
「いやだなあ、さっき来たじゃない。奥で寝てる二人の連れだよ」
にっこり。
店員さんは眉を寄せてじーっと僕を見つめてくる。
「こんな髪色だったっけ? 銀色じゃなかったか?」
「こんなだよ。どうやったら銀になるのさ?」
「目も、黒かったっけか? 確か水色だったような……」
「ずっと黒だってば。もうっ、誰と間違えてるの?」
さらににっこり。
店員さんは頭を抱えつつもまだ不審げに僕を見ている。そりゃそうだよね、ここを出たときはその通りだったもん。自分の観察眼と記憶力に自信があるタイプなのかな?
「酔っ払った二人に酒を掛けられちゃって、着替えて戻ってきたとこなんだ。その上、疑われるなんて、もう踏んだり蹴ったりだよ。ぶっかけられたのがめっちゃ強いお酒で具合悪くなっちゃって、吐きそうだったから白いタオルをかぶってたし、水色のローブ着てたから記憶に残ってたんじゃない?」
適当に言ったのに、なるほどねえと頷いて奥に連れて行ってくれた店員さん。災難だったなあと頭を撫でてくれた。そうそう、信じるって大事だよ。それに客の髪が何色だろうと問題ないじゃない。ちゃんとお金さえ落としてくれればね。
テーブルに戻ると、二人はまだ寝ていた。危機感がないと言うかなんというか。これでよく大蛇を退治するとか言いきったなあ。まあ個人の自由か。
寝ていた二人を起こすと、店員さんと同じ反応をしたけれど、酔っ払って記憶が混濁したんじゃないかと言ったら納得してくれた。人の記憶なんてそんなもん。一度会ったくらいで細かいところまで憶えてるのなんて、ベルとミラとサイラスくらいだよ。もちろん僕もだけどね。
「そろそろ時間かなと思って」
言いながらポーションを渡す。
「酔い覚ましだよ。二人ともすっごい酒臭い」
二人は疑いもせず飲んだ。不味そうに顔をしかめている。大丈夫だよ、それは本当に酔い覚ましだから。ちょっと色々入れたけど、体にいいものばっかりさ。
頭を振りながら、ドルフが手を伸ばした。
「金貨は……」
「持ってるよ」
ポケットから金貨を二枚見せる。金貨だけ取り上げて逃げようと思ったんだろう、すごい勢いで突進してくるネリーを避け、飛びかかってきたドルフに足払いをかけると、二人はとても悔しそうな顔をした。予想通りで実に嬉しいよ。うんうん。
「今渡したら僕のこと置いていくでしょ? さあ、会合に連れてって。大丈夫、二人と違って、僕は約束を守るいい子だから」
にっこり笑う。
二人は嫌そうな顔をしたが、僕のポケットをじっと見つめると、荷物をまとめて立ち上がった。
会合は夕方、夕焼けが一番きれいに見える時間に始まった。
もっと遅い時間かと思っていたので拍子抜けだったけど、見張りの人に事情を聞いたら「夕飯に遅れたくない奴が多いから」とのこと。生活に密着した会なんだね。
場所は、なんと商業ギルドの第三会議室だった。確かに申請したら誰でも借りられるけど、大胆だなあ。
何て名前で申請したのかなと思って、ギルドの利用案内板を見たら、第三会議室の午後と夜間の欄に「DTK」と書かれていた。何の略だかネリーに聞いたら「大蛇を退治する会」だそうだ。うん、わかりやすい。と言うか略した意味あるの?
「いいか、くれぐれも騒ぐんじゃねぇぞ」
ドルフが睨んでくる。これで15回目だから聞き飽きたよ。やれやれだぜ。
握ったマントの端からネリーが緊張してるのも伝わってくる。カジュアルな名前だけど圧はすごいのかもしれないね。
「おい、その子供は何だ?」
入り口で止められた。二人がぎょっとして竦む。
「お仕事ご苦労様です」
僕はにっこりと笑い、お辞儀をした。黙ってろ、と言いたげにネリーがマントをかけてくる。ビキニアーマーにぴったりくっつけられたのは役得だけど、正直あんまり嬉しくない。汗ばんでるし、酒臭さが残ってるし、何より筋肉でカチカチなんだもん。
「見学希望だ。戦士じゃないけど商人見習いなんで金はある」
「小遣いはたいて見せてくれって言うからさ。連れてきたんだよ」
見張りらしい男が胡散臭そうにマントに手を掛け、僕を見た。
その手にそっと、100銀貨を握らせる。もちろん二人には内緒だよ。
「僕は子供なのでお役に立てないけれど、この町のために戦ってくれる勇者の方々を一目でも見て安心させてもらえたらと思って」
頭を下げると、男はポケットに手を入れながら頷いた。反対の手で僕の頭を撫で、ネリーのマントから出してくれる。
「いい心がけだ。さすがに中には入れてやれんが、俺の隣で聞いていくといい」
「ありがとう」
「あと、もっといい席が欲しかったら、用意してやれないこともない」
ちらっちらっ、と目で合図する。子どもにたかる勇者なんてろくなもんじゃないね。でもまあ、せっかくのお誘いだし、受けておくか。
僕はそっと頷いて、にこにこ笑顔とともに100銀貨を2枚を男のポケットに滑らせた。小さくチャリンと押しがしたのは前に入れた銀貨にぶつかった音だろう。男の口元がにやける。
さてと、これでしばらくお別れだ。約束は守らないとね。
僕は入り口で突っ立っている二人のところに行き、代わる代わる抱き着いた。その間にそっと金貨を握らせる。金の手触りに、二人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤッと笑った。
「ネリー、ドルフ、ここまで連れてきてくれてありがとう」
「いいってことよ。またな」
「物騒だから気を付けるんだよ」
「ありがとう。二人の武運を祈ってるよ」
笑顔で手を振ったのち、見張りの男のところに戻る。
二人はにやける顔を繕いながらいそいそと部屋に入り、人に紛れて見えなくなった。薄情だなあ、ふふふ。
一人になってたたずんでいる僕は見張りの男からはとても心細そうに見えたのだろう。思ったより優しい力加減で会議室の横にある小さな部屋に連れて行ってくれた。
「こっちに来い。見られないようにな」
部屋の中には長四角のテーブル1つに椅子が4つあり、三人の男がいる。男たちは胡散臭そうに僕を見たけど、丁寧に頭を下げてよろしくお願いしますと言ったら、表情を和らげて椅子を1つ貸してくれた。いちばん優しそうなおじいさんに聞いてみたら、僕みたいな子供が集会の間に親を待っていることがあるらしい。その子供は実年齢いくつなんだろう? 僕は20歳なんだけど、いいよね、別に。
おとなしく座って耳を澄ましていると、いろいろな会話が飛び込んでくる。
「いよいよ明日か」
「コリーはずっとそればっかだな」
「だってよう、あの大蛇がいるせいでうちは商売あがったりだ。いい加減いなくなってもらわないと、家族そろって路頭に迷っちまう」
「だよな。いくらこの町の守護獣が蛇だからと言って、この町を破滅させようとする悪魔を退治しないなんて、おかしい」
「王はいったい何を考えているんだ? 下々のことなんてどうでもいいってか?」
「まあ王宮からナナトは遠いしな。自分に影響がないから関係ないんだろうぜ」
「王は俺たちのことなんか考えてないに違いない」
「若くて顔がいいって話だが、それだけじゃなあ」
「この国は俺たちを守ろうなんて思ってないんだ。だから俺たちは自分で自分を守らにゃいかん」
「そうだそうだ」
「騎士団なんて役に立ってないじゃないか。あいつらは俺たちを守るんじゃなかったのか? 何で魔物を守るんだよ?」
「そうだそうだ」
「商業ギルドだってそうだ。自分たちの利益はしっかりがっちり守ってるくせに、俺たちに回さないなんておかしい。陸路をもっと発達させればいいじゃないか? 俺たちは干上がれっていうのか?」
「そうだそうだ」
「俺たちは自分を守らなくちゃならない。そのためにはあの大蛇はいらないんだ」
「大蛇を退治しようと誘ってくれたブルータスさんには感謝してもしきれん。戦える奴らに声をかけて、今じゃ256人になったそうだぜ」
「冒険者をたくさん連れてきてくれたそうじゃないか。これなら何とかなるんじゃないか?」
「ブルータスさんの話を聞いてると、大蛇を倒さねばって気になるもんな」
「それに、ブルータスさんがあの呪い師を連れてきてくれたんだしな」
「あの呪い師がいれば、大蛇を殺すことができるって言ってたもんな」
「あのねーちゃん、すげえ別嬪だよな」
「ギャリーはそればっかりだな」
「だ、だってよう、あの胸、あの尻、あの足、どれもすごいじゃんか。この町で見たことあるか?」
「違いない」
一斉に笑う。
その後は呪い師に関する雑談ばかりになったので、僕は机に伏せて寝たふりをしつつ、会話の内容を少し整理した。
まず、大蛇退治派は冒険者多めの約250人。たしか1人が次来るときは1人連れてくるって話だった。ネリーから聞いた時は同志は16人って話だったから、16人が32人、32人が64人、64人が128人、128人が256人……、ってとこか。順調に増えたんだなあ。明日には512人になってたりして。
大蛇が来て商売あがったりなのは商業ギルドに所属する大手商会よりも町の小売店や渡し場の船主が多いと思うから、256人の中には商人もたくさんいるみたい。まあここを集会所にしてるんだったら商人がいないってことはないか。
船が出ないことで困っているのは渡し船の船主や船員、あとは荷下ろしなどの人足。品物が来ないことで困るのは商人だもんね。
大蛇退治を待たせてることでだいぶ王への不信が高まってる。まあ実質被害にあっている人にとって遠くで見ているだけの王は不愉快だろうな。
同じ理由で騎士団への風当たりもきつそう。
というか、騎士団、大蛇に惨敗中なんだっけ? ダメじゃん。
大蛇への不満。
王への不満。
商人ギルドへの不満。
騎士団への不満。
生活が不安定なことの不満。
好きなものが手に入らない不満。
不満、不満、不満。
たくさん不満があるんだなあと感心するくらい、不満ばかり口にしている。
第二王子が来てるのを知ったら、どうなるんだろう? 王様ありがとうってなるかな?
うーん、……、ダメだな。ベルの風当たりが半端ないと思う。それは避けたい。というか悲しませたくない。
ベルが大蛇を何とかしたら、王への不信は一瞬で払しょくされると思うけど、現実的には厳しいだろうな。
大蛇退治派の中心人物はブルータスと言うらしい。ネリーが言ってた真っ黒いローブのスカした魔術師だと思うけど、すごく人望があるみたい。人を集めるシステムを考えたのもこの人っぽいね。
この人が話すと気持ちが盛り上がるって言ってるけど、ひょっとしたら魔法かもしれない。握手したらカーッとなったってネリーが話してたな。調べてみたいけど、危険かな。下準備がいりそう。
この人が連れてる呪い師は大人気だねえ。そんなに美人なら見てみたい。美人は見慣れてるけど、どんなタイプなんだろう?
などと思っていたら、いきなり扉が開く音がした。
男たちの会話がピタッと止まる。一気に空気も氷点下に下がった気がした。
どうしよう、このまま寝たふりしてようかな?
「そこの子供、寝たふりはばれている。顔を上げろ」
耳に入る女の声は綺麗だったけどとても冷たかった。
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