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大蛇を退治したい人々 1

 ベル様、じゃなかった、ベルと別れた僕はウキウキした気持ちで実家に向かっていた。


 実はずっとベルって呼びたかったんだよねえ。元陛下と結婚したミラは結婚してから「息子だからベル」って呼んでたけど、さすがに僕はただの平民だしさ。それでもベルグリフ殿下じゃなくてベル様で呼ばせてもらえるのは生徒会特権だったね。

 冒険者になって、ベル様のことを知らない奴らが「ベル」呼びしてるの見たときは本気で呪おうと思って黒魔術師の店に呪いの藁人形買いに走っちゃったよ。

 でもまあ、それもいい思い出だよね、うんうん。


「ふふ、ふふふふ、ふふふふふ……」


 気が付けば笑ってるし、足元はスキップだ。

 でもいいんだ、ちょっとくらい浮かれよう。11日間頑張ったご褒美だもん。


 そんな感じで周りをよく見ず進んでいたら、目の前の壁にぶつかってしまった。

 固かったのでそのままコロンとひっくり返る。


「痛たた……」

「どこ見てやがる!この間抜け!!」


 見ればぶつかったのは壁じゃなく、カチコチの金属鎧を身に着けた戦士風のおじさんだった。

 鎧は、新品かな? 傷ひとつない。

 それによく見たらこの人、筋肉じゃないお肉でむちむちしている。新人冒険者ってわけじゃなさそうだし、コスプレ(ミラが『好きな服を着て楽しむこと』って言ってたアレ)かな?

 その隣には背の高い同じように戦士風のお姉さんがいる。こちらはずいぶんこなれた姿。緋色のマントに女性用鎧、しかもビキニアーマーだ。腕に自信がないと弱点である首や腹や足をこんなに出した戦士にはならないね。むき出しの腹は見事な腹筋。いいなあ。でも筋肉質の女の人って胸はそんなにないんだよね。僕としてはふわふわっとしたアナスタシア妃殿下みたいなほうが……。


「ごめんなさい。痛かったですか?」


 おっとっと、観察はここまで。

 上目づかいでウルウルして謝ると、お姉さんが顔を赤くして呻いた。おじさんのほうはチッと舌打ちをしている。まあ予想通りの反応。イイネ。

 おじさんとお姉さんはコンビとしてなんとなくちぐはぐだ。実は親子だったりして?


「ごめんで済んだら騎士団いらないよな」


 ぼくがおどおどするだけの一般市民だと思ったのか、おじさんは嬉しそうに顔を歪めて近づいてくる。いるよね、こういう弱者に強いタイプの大人。


「ちょいと、おやめよ。こんなかわいい子に」


 お姉さんがそれを止めてくれた。なんと優しい。女の人は優しい人が多いよね。

 僕はお礼を言い、手を貸して立たせてくれたお姉さんの指先に軽く口づけて紳士の礼を取った。


「ありがとう、綺麗なお姉さん。その鎧、鍛えられたステキなボディに良く映えてとてもよくお似合いです」

「あ、ありがと」

「おじさんもそんなに怒らないでくださいな。磨き上げられた格好いい鎧に傷をつけてしまったかと心配になります」


 にっこり。

 おじさんはもっと何か言おうとしたようだけど、口を閉じて笑った。おや? 意外といい人なのかも。


「口がうまい坊主だ。仕方ないな、これからは気をつけろよ」


 頭を撫でてくれるおじさん。坊主って、いったいいくつに見られてるんだろう? まあいいや。僕っていつも年より若く見られるんだよね。


「じゃあね、かわい子ちゃん。あたしたちはこれから大蛇退治さ」


 お姉さんは僕の頭をチョイっと撫で、踵を返した。


 ん? 何か聞き捨てならない言葉が出た気がするぞ。


 お姉さんの声が大きかったので、おじさんは慌てた様子で大声を出した。勢いで口をふさごうとして殴られてる。周りの人も怪訝そうな顔で見てるよ。人々の目が気にならないのか、二人はぎゃあぎゃあと騒いでいる。


「内緒だって言われたろ!バカなのか、あんた!」

「聞き捨てならないね!素人の分際であたしにかなうとでも思ってんのかい?」

「素人だってな、あの大蛇を何とかしたいって気持ちは本当なんだ!」

「はっ、実力も伴わない男が。その腹で餌にでもなるってのかい?」

「なにをっ!!」


 まだ続くのかな?

 というか、この二人、大蛇退治派みたいだね。お姉さんのほうはずいぶん軽い感じだけど、傭兵とかなのかな?

 この調子だと、少しつついたら色々聞かせてもらえそう。

 僕はにんまりと笑った。


「ちょっと待って、お姉さん」


 お姉さんのマントを軽く引っ張る。


「お姉さんたち、大蛇を退治するの?」

「ばっ、ばか、お前、そんなデカい声で」

「ああ、そうだよ。明日の夜に行くんだってさ。これから会合なんだが時間があるんでどこかで酒でもって話だったんだ。そうだよね、ドルフ?」


 ドルフと呼ばれたおじさんは目の上に手を当てて上を向いた。素直なお姉さんは大好きだよ、僕。


「このバカ女。脳筋かよ……」

「はぁ? もう一回言ってごらん!?」

「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い!?」


 再び口論になる。まあ、最近ではこの手の口論はありふれてるから誰も目を止めない。現にさっきまで何事かとこっちを見ていた人たちも「なんだ、いつもの大蛇の奴か」って感じで去っていく。最近こんな殺伐とした雰囲気なんだよねえ。

 せっかくのいい気分が台無しだよ、まったく……。


 ま、そんなことはいいのだ。

 本当は早めに実家に戻っていろいろ話を詰めたほうがいいのかもだけど、いい機会だから情報収集させてもらおうかな。


「まあまあまあ、その酒代、僕が出しますよ」


 僕は二人の間に物理的に割り込んだ。お姉さんの固い胸とおじさんの柔らかい腹がそれぞれ当たる。不思議な感触だなあ、むにむに……。


「はぁ?」

「なんだって?」


 二人は口論をやめ、そろって言った。仲がいいんだね。

 僕は二人の顔に口を寄せ、いかにも内緒だよと言う雰囲気を出し囁く。


「実は、僕、ずっと大蛇を何とかしてくれる人を探してて。できれば協力したいなって思ってたんです。お話、聞かせてもらえませんか?」


 言葉が染み込むまで2秒くらいかな。

 二人は顔を見合せたと思ったら、満面の笑みを浮かべ、両側から僕を持ち上げた。おじさんはよっこいしょって感じですぐに降ろされちゃったけど、お姉さんは軽々でしばらく片側の足がつかないくらいだった。お姉さんはそこそこ強そう、メモメモ。


 そして僕らはおじさんが行きつけだと言う酒場に向かった。






「それじゃ、素敵な出会いを祝して乾杯」

「「乾杯」」


 木のジョッキがぶつかってポコンと音を立てる。

 僕はリンゴジュースを、二人はエールを、同時に飲んでぷはあと息を吐いた。


「あー、いいね、昼間っから酒はいい!」

「しかもおごりの酒はうまいね」


 二人はご機嫌だ。まあそうだろうなあ。本当にお金出してないもんね。まあ大した額じゃないからいいんだけど。


 酒場は町の端っこにある普通の居酒屋だった。木の板で仕切られた半個室が並んでいて、グループごとにテーブルを囲めるようになっている。こういう店は修行を始めたときに一度行っただけだからわくわくするな。

 注文をするときはテーブルにあるベルを鳴らして給仕を呼ぶ仕組みになってる。その時だけ店員が来るから煩わしくないのがいいんだって。

 そんなわけで最初にたくさん料理を注文し、頼んだ飲み物とともにそろったら、あとは呼ぶまで誰も来ない。ゆっくり話をするにはもってこいだね。


 酒を頼まなかったので、二人は僕を未成年だと思ったみたい。そんなに若く見られるかなあ? まあ勝手に間違わせておこう。


「そういえば名乗ってなかったな。俺はドルフ=ギルグッド。ドルフでいい。ニナトから船で来たんだがこの騒ぎで帰れなくなった。今は港の倉庫で働いてるが、一昨日から仕事がなくなってな、こうしてる」

「あたしはネリー=ハバード。Cランク冒険者だ。あたしもネリーでいいよ。ここには先月、陸路で来たんだけど、まさかこんなことになってるとはね」


 二人はジョッキを傾けながら自己紹介した。

 日雇い労働者と冒険者か。なるほどね。


「僕はジェイム=ズボンドです。ジェイって呼んでください。両替商のフィギスさんのところで修行してます」


 さらっと偽名を出す。正直に初対面の怪しい人に本名言うバカいないよね。この人たちだって偽名かもしれないしさ。用心深さは大事。

 あ、でも修行でフィギスさんちにも行くから間違ってないよ。間者は嘘に真実を混ぜるって聞いたから試したとこ。


「両替商か。お前んとこも大蛇で迷惑かけられてるってか?」


 ドルフがジョッキを僕の手に当てる。僕は頷いてため息を吐いた。


「そうなんです。フィギスさんはしばらく店が開けられないから来なくていいと。仕事がないとお金も入らないんで困ってます」

「そうか。そんなときにこんなに食っちまったな」

「いいんです。話をしたいと言ったのは僕なので」

「よかったよ。やっぱり払えないから払えとか言われたら面倒だ」


 少しは気にしているのか、と思ったけどそうじゃなかった。安心したのか高い酒をたくさん注文し始めたよ、こいつら。まあその分の情報はいただこうと思うけどね。


「それで、大蛇退治の話なんですが」


 僕はわざと声を小さくし、向かいに座っている二人に向かって身を乗り出した。


「ああ、その話だね。あたしがドルフを誘ったのさ」


 あれは一昨日だったかな、とネリーは話を始めた。




 一昨日、ギルドの酒場で管巻いてたあたしに声をかけてきた男がいた。

 そいつは真っ黒いローブを着た魔術師でね。その日までは見たこともない男だったよ。


 普段なら相手にしないんだけど、その日のあたしはくさくさしてた。前の日にたまたまあった大蛇保護派と大蛇退治派のいざこざに巻き込まれてね、騎士団に連れていかれたんだよ。もちろん何にもしてなかったからすぐ出されたけど、むしゃくしゃするったら。騎士ってのはろくな奴じゃないよ。


 まあそんなわけで、酒をがぶ飲みしてたってわけ。


「ご機嫌斜めのようですね」


 とか話しかけられたんじゃなかったかな。スカしてんじゃねえって答えたら鼻で笑われたよ。

 そいつはまるであたしの連れみたいな自然な感じで同じテーブルに着くと、ジェイみたいにジュースなんか頼んでね。今度はこっちが鼻で笑ってやった。それでも男かいって。男だから酒を飲む必要はない、とか、なんかイラっとした感じだったね。


 まあそれはいいんだけど、そんな感じでしばらく相手してたら、奴が突然近づいて、小声で言ったんだ。


「ともに大蛇を退治しませんか?」


 なんだこいつは大蛇退治派なのか、とつまんない気持ちになったねえ。そんなことを言うためにわざわざ隣に来たのかよって。くさくさしてたし、一晩くらいなら遊んでやってもいいと思ってたのに、急に冷めちまった。って、こんな話を坊やにしたらダメだったね。ごめんよ、ジェイ。


「馬鹿馬鹿しい」


 もちろんあたしはその気にならなかった。あたし程度の戦士ではあの大蛇にかなわないのはわかってたし、そもそもこんな胡散臭い男の口車になんか載るもんかって思ってた。

 だけどさ、そいつは懇々と、大蛇がこの町にいることによって起きる不利益を説明してくる。

 聞いてたらさ、なんというか、あたしにもこの町のために戦うことができるんだって気になってきた。あの大蛇のせいでこんな雰囲気になっているっていうじゃない。こんなあたしでも勇者になれるのかと思ったら、少しわくわくしたね。

 勇者に憧れるなんてって笑うかい? 戦士ならみんな思うもんさ。ドルフは日雇いだからわからないんだよ。

 おっと、話がそれた。


 まあそんなわけで、あたしは大蛇退治を手伝うことにした。

 頷いたら、そいつはこう、握手をしたんだよ。その時に体がカーッてなったのは憶えてるんだけど、なんだったんだろうね。


 別れ際に、そいつはこんなことも言った。


「今、私達のところには同志が16人います。その人たちが1日に1人連れてきたら、仲間は32人になります。その人がまた連れてきたら、64人。そうやって今は仲間を増やしているのです。一人勧誘したら金貨一枚支払います。楽しみにしてますよ」




「で、俺を捕まえたと」

「そういうこと」


 ドルフは昨日から仲間になったと言った。ナンパと思って喜んだら違ったらしい。することはしたからいいとか言って笑ってネリーに殴られている。なんだかなあ。


「あいつらが仲間にって言ってるのは戦える奴だからジェイは誘えないね」


 残念そうに言うネリー。

 話を聞いていると心から大蛇を退治したいって感じではなさそうだ。まあ冒険者は依頼と謝礼があれば仕事をするって聞いたことがあるから、彼女の中では当たり前のことなんだろうな。


「そんなこと言わないで下さいよ」


 僕は瓶に入った強い酒をネリーに勧めつつ詰め寄る。


「僕は商人見習いだから語学も学んでますし、少しなら魔法だって使えます。きっと役に立ちますから、会合に連れてってください」

「でも、子供を連れてきたって言われたらこっちが困るし……」

「人数に数えられないと言われたらおとなしく帰ります。話を聞くだけでいいんです。この町を守ってくれる皆さんに会えればそれで……」


 じっと目を見る。ネリーの釣り目がちな黒い目に真剣な顔の僕が写っていた。よし、あと一息。


「ドルフさんからも頼んでくださいよ。一緒に勧誘したってことにすればいいじゃないですか」

「うむむ」

「金貨一枚なんでしょ? いい収入源ですよ、僕」


 ドルフに縋るような目を向ける。気持ちが揺れるのが手に取るようにわかって面白い。


「でもなあ……」

「子どもを連れていくわけにはねえ……」


 ちらっ、ちらっ、とこちらを見る二人。泣きついたところで連れていけないが、金貨はほしい。あとは「断ったらここの会計どうなるんだよ」ってところかな。

 正直に僕は20歳ですって言えば解決なんだろうけど、せっかく誤解してくれてるんだから最大限利用しようっと。


「わかりました」


 僕は肩を落としてしょんぼりした。


「今回は諦めます。お話を聞けて良かったです。他の人をあたります」


 辛いんだよ、と目で訴えながら、少し涙も浮かべておく。続けて上目遣い、と。


「僕は子供だから仕方ないですよね。会合の端のほうでお話を聞かせてもらうだけで、勇気をもらえると思っただけなんです。退治に行くなんてそんなおこがましいこと。僕はただの見習い商人ですから」

「そ、そうだよ。力のない子供が行ったところで、ねえ?」

「う、うむうむ。役に立てないことを気にするかもしれないだろうし、なあ?」

「どうせ何もできないけど、こっそり入れてもらえたらって思ってたんです。もし、お二人が協力してくれるなら、金貨を一枚ずつお支払いしてもいいんですけどね」

「「!!」」

「本当に残念です。それじゃあ僕はこれで失礼します」


 ぺこりと頭を下げ、伝票を取って立ち上がる。うわあ、結構食べてくれたなあ。まあ情報料は惜しまない主義だからいいか。


「「ちょっと待った!!」」


 二人がすごい勢いで立ち上がる。


「そ、その気持ち、とっっっっても大事よ。町を大事に思ってるのね」

「そそそ、そうだぞ。せせせせせせ、せっかくだし、連れてってやってもいい。おじさんは頼まれたらいやって言えない人なんだ」


 力任せに引きずられて席に戻された。自分に正直な人たちだなあ。素晴らしい。


「ありがとうございます」


 僕はにっこりと笑った。







読んでいただいてありがとうございます。


金貨一枚は大体10万円くらいで設定してます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 16人が32人、32人が64人… 鼠をもって蛇を制す。 立案者も本気で期待している訳ではないでしょうが、どの角度から見ても凄い皮肉。
[一言] 聖女様の何ちゃら7…殺しのライセンスは持ってなさそうですなw あと元ネタはスパイ(物理)とロマンス()が強過ぎてですねww 異世界版ズボンドカーはワイバーンですか? 件の聖女様が何代目推し…
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