蛇たちに話を聞いた
2019.11/30 話には影響しませんが、少し加筆・修正しました
砂浜近くに大きな木の板の残骸があったのでそこに座ると、蛇が頭の上から降りてきた。
目の前でとぐろを巻く。
こうして見ると長くて立派な黒蛇だ。ちょこんと尖がった鼻先がよく目立つ。角みたいに触ったら固いのかな?
思わず手を伸ばそうとしたとき、蛇が深々と頭を下げた。
『まずは祠とわが子を助けてくれた件、礼を言う』
言いながら、どんどん頭を下げていく。最終的に鼻先のとんがりが砂に埋もれたので、急いで引っ張り上げた。そのまま土に潜る勢いだったよ。
「ミミズじゃないんだから」
言いながら砂を払う。鼻の尖がったとこは意外にも柔らかかった。魔物じゃないんだから当たり前か。
『無礼な言葉だが今回は許そう。実は本当困っていた。ワシらでは祠は直せぬしな。近くの人間が直してくれたのだが、中途半端に歪んでしまってな。応急処置と言っていたが、その者ではそれ以上直せぬとのことで困っていたところだ。これが壊していったとかなら祟れるのだが、純粋に善意なのでなあ』
つい苦笑する。
「気持ちわかるよ。嬉しいんだけどね」
『んむ』
思わずしみじみしてしまった。
好意でしてくれるのはわかっているんだけど、今はいらないよって時とか、それはしないでほしいって時とか、断るのって難しい。後でこそこそ直したりするけど、それも気づかれたら気まずいし、さらに直してもらっても途中で終わっちゃったとか、逆に壊れちゃったとかだと目も当てられない。仕方ないんだけど複雑な気持ちになる。そこに少しでも悪意があるなら壊してしまえるんだけどね。
それに、そういう好意って、くすぐったくなるほど、嬉しかったするんだよな。
『実はあの祠にはワシらが主、龍神様の娘であるナナト様が祀られていたのだがな、先日の嵐の際、祠にひびが入ってしまったのだ』
黒い蛇はため息を吐きながら話し出した。
ワシの名は紫黒という。この辺りの蛇の長をしている。これでも偉いのだ。
こう見えて今年で198歳になる。もう少ししたら蛟になるのだぞ。
なに、蛟を知らぬとな?
仕方ない奴じゃ。教えてやろう。
水辺に住んで人に怖れられる蛇を水の主、蛟という。多くは魔力持ちの蛇が年を経てなるモノで、もっと年を取ると龍神になる。魔物ではないがどちらかと言ったら神に近い存在でな、ほかの存在を脅かすことはほぼない。
実はな、ナナトで騒ぎになっておるあの大蛇は蛟なのだ。
『ちなみにワシの奥さんな』
「何赤くなってんだよ」
『だって奥さんはいつもきれいでかわいくてな』
「はいはい。198歳のおっさんに言われても対処に困るよ。まあ夫婦仲がよくてめでたいね』
人の戯言だな、と年長者は余裕でかわしてやろう。
奥さんは名を月白という。最近蛟になった、ぴちぴちの222歳だ。大いなる水の魔力を持ち、美しいだけじゃなく、とても気立てがよくてな。その気性が気に入られてナナト様の専属侍女をしているのだ。
ちなみに、普段はワシと同じくらいの蛇なのだが、訳あって今は大きくなっておる。
『明日の夜、ナナト様は大河を抜けて海原のお父君のところにお戻りになられる。来年の祭りのため、一年かけて身を清めるのだ』
その準備として、海に下る96日前から神界につながる大樹のうろに潜んで禊を始める。最後の15日間は身の回りに結界を張って大河に沈むのだ。その間は何物も口にせず、水の気と己の光の気を練り上げて、海の神聖な気を取り入れる準備をする。
『それを人間どもが邪魔しないように、月白が監視していたのだよ』
「それがちょうど三か月半前なんだね」
『正確に言うと3か月と17日だな。あと2日。それで我らの仕事は終わる』
はずだった。
『知らなかったのだよ。ナナトの渡し場がたった19年でこんなに大きな港になっていたとはな』
それはナナト様が川に入る前の下見にと、月白が大河に出た日のことだった。
大河の広さを知っている月白は大蛇に姿を変え、大河を見回って驚いた。たくさんの船が大河を行き来していただけではなく、一番たくさん通る道が主が沈む予定の結界の真上だったからだ。
ただ、結界の場所はとても深く、船が上を通る程度では問題がなさそうだったため、それ以上何もないようにと、毎日回って調べていた。
「そのころ、俺が月白さんに会ったんだね」
『そういえば「初めて正面から人間に話しかけられて、びっくりして思わず逃げた」と言っていた。あれはヌシだったのか。納得した』
「なんで納得なんだよ。まあいいけどさ」
それからしばらくはただ大河を回るだけの日々だったのだが、一月前の嵐の日に事態は変わる。
季節外れの大嵐がなぜかこちらにやってきて、多くの雨を降らせた。
河川敷のほとんどが水で溢れるという異例の事態に蛇たちは恐慌状態になり、棲み処を手放して逃げた。
幸い人家のほうには人間が作った堤防があり、そこまで逃げられた蛇は全員生き残った。人家に逃げて人に見つかった蛇もいたが、今回はなにもされず、逆に肉などを分けてもらえたと聞く。生きてはいなかったが、あの家にはいつか恩を返すと言う蛇もいるらしい。
残念ながら流された蛇も多かったが、3日後、何とか水の引いた河川敷に戻ることができた。
『そこで、ワシは言葉をなくした』
今までどんなことがあってもびくともしなかった祠が、無残にも地に伏せていたのだ。
月白やほかの蛇たちと協力し、なんとか立たせることはできたが、外側だけでなく中にも泥が入り、ご神体であった主の皮もなくなって、惨憺たるありさまだった。
禊をしている主に何と言ったらいいか……。
蛇たちは声もなく泣いた。
そんなときだった。
「あらあら、こんなになっちゃって」
ゆっくり、そろそろと歩いてきたのは、人間だった。
言葉がわかる紫黒と月白を除き、すべての蛇が逃げていく。ワシらは祠を守るべく立ち上がったが、嵐のせいで魔力切れを起こしており、なにもできなかった。
そうしていると、人間は、何と祠に手を掛けたではないか!
許せん!!
月白と二人、飛びかかろうとしたとき。
ワシらは、人間が丁寧に祠を拭き始めたのを見た。
水の入った桶に布を入れ、丁寧に外側をぬぐった後、扉の中を拭いていく。口からは懐かしい旋律の音が流れていた。たしか、前の祭りの時に人間が作った歌の曲だ。歌詞はわからないようで、フフフンと適当に歌っているが、間違いない。
「来年お祭りなのにこんなになっちゃって。全部直せるかなあ。とりあえずの応急処置しかできなくてごめんね」
人間は何度も桶の水を河原に行って替えながら、祠を綺麗に磨いた。土で作られているので川で洗ってしまっても大丈夫なのだが、そんなことはせず、手間暇かけて祠を磨き上げてくれたのだ。
言葉にならぬほど、感動した。
月白など泣いていた。
こんな人間がいるのだなと思った。
最後につけてくれた扉は部品が合わずに歪んでいたが、それでも嬉しかった。
人によって助けられた仲間がいる。
人によって直してもらった祠がある。
人と蛇とは共存できる、そう思った。
だから、主が人間を傷つけないように見張ろうと、皆で誓った。
さらに見回りを続ける日々を過ごすうち、月白の美しさに気づいたのか、人間がちょこちょこ訪れるようになった。
『手を振られたり声を掛けられたりするだけなんけれど、人間ってあんなに可愛いものでありんしたかね』
月白は人が好きになったらしい。
もともとナナトの人々は蛇を敬っている者が多く、住みやすい土地ではあったのだ。こちらに害がないのならば問題がない。月白の好きなようにすればいいと言ったら喜んでいた。
そうしている間に、ナナト様が水底に沈む日がやってきた。
戻ってきたナナト様は相変わらず美しかった。内側から輝く神気は尊く、全身を輝かせるかのようだ。我らはナナト様の御前にひれ伏した。
大儀である……。
ナナト様の声はいつもと変わらず美しい。
だが、どこか様子がおかしい。いつもはない、ねっとりとまとわりつくような気持ちの悪いものが含まれている気持ちがする。
戸惑うワシらに、主は言った。
禊をしている間、ふいに、以前に口にした血の味を思い出した。
食べたくて食べたわけではなかった。ただ、川を流れてきた赤いものが偶然口に入っただけ。
それは地獄の味だった。
たっぷりと悪意が溶け込み、失意に溢れ、命の火が尽きてもなお呪詛を吐いていた。
決して美味くはない。
だが。
どうしてもあれが食べたくて仕方ない。
禊をして心のすべてを浄化しなくてはならないのに、あの執着の美しさがわたくしを離さないのだ。
もう一度、もう一度でいい。
たった一口でいいのだ。
口にしたい。
あの、人間の、血を。
ワシらは恐怖した。
主が望むなら何でもする。そういう覚悟はある。
だが、その人間がどこにいるのかわからない。ひょっとしたら祠を直してくれたあの人間かもしれない。
そう思ったら、とても怖くなった。
『承知しました、わが主』
だが、ナナト様の命令は絶対。ワシは地に頭を押し付けて言った。
そして、決意した。
何人たりとも、ナナト様に触れさせないと。
『渡し船が大事なものなのは知っていたから、最初はワシが主の目をくらましていた。それでも一日に数時間は休まねばならなかったから、その時間は月白が船を止めてくれた。それでいろいろと迷惑もかけられたが、お互い様なので仕方がない。矢を射かけられたと聞いた時は腹も立ったが、小枝をぶつけられたくらいで怒る月白ではないからな。水に落ちた枝は蛇たちに拾わせて返してやった。水を汚してナナト様に知られたら大変なことになる。今、結界を解いて暴れれば禊もすべて無駄になる上、来年の祭りもできないだろう。さらに人間に犠牲が出るやもしれず、それが心配だったのだ』
しかし7日前、ついにワシは限界に達した。
蛟になるために蓄えていた魔力も使い果たし、目くらましができなくなってしまったのだ。
心配した月白はついに全部の船を止める決意をした。
人の生活に支障が出るだろうが、血を流させるわけにいかない。水底にいる主人に人間を近づけることはできないのだ。
飛んでくる小枝や話に来る人間が増えたが、それでも船を止め続けた。ワシも月白もすでに限界に近づいていたが、あとわずかだと耐えていた。
だが、人の欲はワシらの想像を大きく上回っていたのだ。
ものすごい勢いで走る船を我らは止められなかった。船がまっすぐにナナト様の真上に行くのをただ眺めるしかできなかった。
無力だと思った。もうだめだと、涙が出た。
そのとき。
船が、食われた。
あれはナナト様の守護魔法だ、はっきりと分かった。ナナト様は集中すべくご自身の周りに龍の咢をかけていたらしい。御身の邪魔となるすべてのものを物理的に排除する術だ。自動で働くので、ナナト様はまだ気づいていないに違いない。
ワシは仲間たちに声をかけ、必死になって人間や船の残骸を回収し、その場を去った。
幸い、船の先端部分が喰われただけで、ほかは無事だった。人々は後ろのほうにいたのか、だれも血を流していない。ナナト様が血を口にしなくて本当に良かった。
回収した船は棲み処に近い砂浜に運んだ。人や物も同じように運んだが、人以外の物はほとんど破壊した。また同じことがあると困る。ついでに月白が警告をしておいたらおとなしくなった。
そして、やっと明日、禊が終わる。
『問題は祠だった。こればかりはワシらにはどうしようもない。直してくれる人間を探すしか、と諦めていたところ、ヌシが来て直してくれた。心から感謝している』
頭を下げている蛇に向かい、俺は深く深く、心から頭を下げた。
「守ってくれてありがとう」
驚いて頭を上げた紫黒の黒い体に手を当て、治療の魔法を使った。残念ながら今の俺には低級ポーション程度しか癒せない。それでもこの勇敢で心優しい蛇が少しでも癒されたらと願った。
片方の情報だけで真実はわからない。紫黒と話せてよかったとしみじみ思う。
大蛇と蛇たちは人々を守ってくれている。港を行き来する船を体を張って止め、主の手にかからないようにしてくれていたんだ。
知らなかったとはいえ殺そうとしたのに、まったく気にしていない。と言うか気づいていないのか。
俺はなんとも言えない気持ちになり、できることは何か考えた。
この蛇達を傷つけたらだめだ。
明日、この蛇の主が旅立つ時まで、自分にできることは何でもしよう。
そう思ったとき、リックから聞いた話を思い出した。
明日、大蛇を、退治する。
そう言って人を集めている者がいると言う。
背中が寒くなった。
守られている人間が、守っている蛇を襲ってはいけない。
この蛇たちを殺させることは、自分が盾になってもさせない。
絶対に、させない。
知らず、拳を握りしめていた。爪が食い込んで痛む。
『どうした?』
紫黒が首を傾げる。蛇が斜めになる姿は198歳でも可愛らしい。
そのとき、頭の上に影ができた。
急に雲が出てきたのかと見上げれば、銀色の美しいうろこが目に入る。続けて赤い相貌が飛び込んだかと思うと、長い舌が頬を舐めた。
『ヌシ様がうちの子を助けてくれた人間かえ?』
きらきら光る優しい目が細くなる。
大きな影の後ろから、小さな蛇が飛んできて、膝の上に乗った。
鮮やかな灰色の、小さな蛇が、可愛い黒い目をこちらに向けている。
どこかで会ったかなあ?
『さっきは助けてくれてありがとう!』
小蛇は俺の腕に巻き付いてきて頭に載った。
さっき?
『脱皮前だったからくすんでいただろう? うちの子の灰青だ。なんでも食い過ぎていたところを助けられたとか?』
食い過ぎて? ああ!あの小蛇か!
「元気になってよかったね」
頭の上に手をやると、そのまま腕に絡みついてきて、俺の鼻をペロッと舐めた。
その小蛇を紫黒が尾ではたく。
『まったく!大きすぎる獲物は食うなと言っておるだろうが!』
『だってー。脱皮前で食べたほうがいいかなと思ったんだよう。あのくらいならいけると思ったんだよぅ』
『うつけが!脱皮前は食ったらいかんとあれほど教えたろう!』
『げっ!!そ、そうだった!』
紫黒と月白の子はうっかりな食いしん坊らしい。よしよしと頭を撫でてやると、嬉しそうにすり寄ってきた。うろこの感触が心地よい。
『うちの子が世話になりんした 。礼を言いんす』
大蛇の声は思いのほか柔らかかった。
俺はゆっくりと立ち上がり、大蛇のすぐ近くに行って、膝をついた。胸に手を当てて頭を下げる。騎士の最大級の礼。紫黒は知らなかったようだが、月白は知っていたようで、とても驚いていた。驚き過ぎて小さくなったくらいだ。
小さくなった月白の頭に、敬意をこめて口付けした。
「貴女に最大の感謝と敬意を。俺はベルグリフ=ヴィル=コンフォートビター。この国の第二王子です」
貴婦人に対する最大限の礼をした直後、硬直した月白の横からものすごい勢いで飛んできた紫黒に押し倒されて、ぎゅうぎゅう絞められた。
まず紫黒にするのが筋だったかと反省したが(もちろん男性用の礼をだ)、後悔はしていない。
読んでいただいてありがとうございます。
誤字報告ありがとうございました。さっそく修正しました。心から感謝を。
※作中の月白のセリフは文書変換「浦里」というサイトで花魁言葉風に変換して載せました。微妙なのは仕様です、たぶん。




